この異変はテストプレイ。
幻想郷を治める賢者から、その意図を読み取った。彼女の懇意にしている博麗の巫女。人里の噂によるとつい最近代替わりをしたらしく、現在は博麗霊夢という人物が巫女をやっているらしい。
確か今年で齢が10になるほどの幼き少女。八雲も相当大事に育てていたのであろう。しかしその弊害か経験が浅く、まだ修行中の身であるとのこと。
八雲は博麗霊夢に経験と自信を付けさせたいのだ。こんな大掛かりな異変を起こして、実はマッチポンプでした……なんて事がばれぬよう、私達紅魔館勢に徹底的な監視を付けて。
人里に行き、存在が割れぬように。
異変の前に問題を起こし、素姓が知られぬように。
……まぁ、私やレミィに至っては自分の分身を作ったり、または錯覚を利用した幻影を作る事も可能なので、人里から漏れ聞こえる噂や情報を難なく取得出来た。あの賢者がこちらの動向に気付いていないとは思えないけれど……敢えて何も言わないのであればこちらも都合がいいもの。
さて、問題が一つある。私達は、博麗の巫女が異変解決に来た場合のシミュレーションは既に済んでいる。しかし、それ以外の者が異変解決に動いた場合は、どう対応するべきか聞いていないのだ。ここは各自アドリブで……という事だろうが、面倒なことこの上無い。
「ねぇ、素性も知らぬ輩の対処って面倒だと思わない?」
「げぇっ、気付いてんのかよ……」
数ある本棚の間から、少女が出てくる。リボンが付いた黒色のつばの広い帽子を着用し、黒系の服に白いエプロンといった魔法使い然とした格好だ。
私はもしもの時に備えて、適当な本に偽造した魔導書を広げる。今日は喘息の調子も良く、ある程度の全力を出せそうだ。常備薬は使わなくても良いだろう。
「さぁ、掛かってきなさ……って何をやっているのかしら?」
「物色中。……へぇ~色んな本があるんだなぁ、後でさっくり持っていこう」
「止めなさい」
この魔法使い、なんて恐ろしい事を言うのだろうか。まさか目の前で泥棒発言とか、どうも精神がとことん歪んでいるようだ。
「今なにか失礼な事を思っただろ……」
「気のせいだと思うわ」
紅魔館の地下に存在する大図書館。そこには数千、数万近くの本が収められている。元はこの紅魔館の主であったヴラド・スカーレットが趣味で集めていた物であり、後に私の父親が司書となった暁として多くの本を集め始めた事から始まる。童話や御伽噺から、パンドラや禁忌と名の付くような危険な魔導書までそこらに溢れ返っているのが現状だ。
「侵入者兼泥棒さんに名前を聞くのはおかしい話だけど……あなたの名前を教えてくれない?」
「おう、良いぜ。私の名前は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ!」
「そう……こちらも一応名乗っておくわ。私はこの大図書館の司書、侵入者ぶっ殺すガールよ」
「そうかそうか侵入者ぶっ殺すガールか……って中々物騒な名前だな。あんたの親のネーミングセンス、疑った方が良いと思うぜ?」
「嘘よ」
「だろうな」
戯れはこのくらいにして、弾幕ごっこを始めよう。侵入者について規定は無いけれど、とにかく激しい歓迎でもしておけば良いだろう。
「おっ、もう弾幕ごっこでもするのか?」
「ええ、無駄話の余裕は無いもの」
「じゃあ私の火力溢れる魔法を見せつけてやるとするか!」
「魔法……?」
「あ、図書館司書は魔法なんて知らねえか。じゃあとっておきの魔法を体験させてやるぜ」
魔理沙が箒に乗って中天に浮いた。帽子の中からミニ八卦炉を取り出し、いつでも使えるように構えた。どうやら戦闘準備が整ったようだ。
パチュリーには理解が出来なかった。こんな年端もいかぬ少女が魔法を使う事に。
この少女は魔法使いではない。まだ人間だ。そんな漂う木の葉のような存在が、私達魔女、魔法使いが数千年の時間を使い研究し、最適化し、長い時間を掛けて実用に至った魔法という存在を、こんな少女が私に見せる?
冗談でも笑えない。しかも魔理沙が取る構え。片手は箒、もう一方の片手は八卦炉を握るその戦闘態勢。まさかとは思うが……その八卦炉に魔力でも込めて大きな光線でこの辺りを焼き払う……といったような、そんな稚拙な技をまさか魔法と呼び披露するのではないだろう。
「魔理沙……だったわね。まさかその八卦炉から放つレーザーを、魔法なんて言わないわよね?」
「……もしそれを魔法だと呼んでいたら?」
「魔法そのものを馬鹿にしたとして、あなたを殺す気で弾幕ごっこに興じてあげるわ」
「魔法だぜ」
「そう、死になさい。日符『ロイヤルフレア』」
既に詠唱を終わらせておいた大魔法を放つ。
大量の弾が曲線状に広がる。そしてすぐに収縮し、また広がる動作を繰り返す。それを幾つも重ね、まるで太陽のフレアのような様子を醸し出すのが日符『ロイヤルフレア』である。
「おわっ、たぁ! いきなりキツい弾幕を放ってくるな、最高だぜ」
隙は大きいがとにかく弾の数が多く、変則的でいて規則的な弾の流れを何度も重ね合わせることで、対象者の逃げ場を徐々に奪い、ミスを誘う。
「一応言っておくけど、スペカは三つ。被弾は一回だけよ」
「じゅう、ぶん、承知だ、ぜ! ……っとと、あぶねえなおい」
「喋る余裕が有りそうね」
少しだけ癪だ。
パチュリーは魔理沙が逃げ場に選びそうな場所をある程度推測。少し弾の流れを変化させた。すると、魔理沙の動きが忙しなくなる。
「ちょ、今なにか操作したか!?」
「気のせいだと思うわ」
弾の流れを、時間配分を計算しながら少しずつ変えていく。残り二十秒。弾と弾の間の密度を変更、速度に緩急を追加。更に数を増やしていく。
数百年と生きた魔女である自分。人生の全てを魔の探究に捧げたパチュリーにとって、スペカの改造改変など容易い事であった。
「く、恋符『マスタースパーク』」
魔理沙が弾幕の隙間を縫って、持っている八卦炉から極太のレーザーを繰り出す。
その反撃は既に予測済みだ。パチュリーはスペカの終了時間を見極め、転移の魔法を使った緊急離脱でマスタースパークを躱す。
「大妖精の技術がこんなときに役に立つなんてね」
「くそっ、躱したのか!」
「今のも魔法よ。大大大先輩の魔法を見て、しっかり学びなさい」
「ハッ、ラーニングは得意なんだ。技を盗まれても文句は言うなよ?」
吸血鬼異変が終わったのちに、件の大妖精が披露した転移の術を独自に私が考察、研究の結果生み出された転移の魔法。この少女に模倣されるとは思えないけれど、本当の魔法を体験してもらうには丁度良いかもしれないわね。
「クソ! 当たれ、当たれ!」
「八卦炉をそんなに乱暴に扱ってはいけないわ。贋作とはいえ、元はと言えば天界の神聖な炉なんだから」
まずこんな幼い少女が、八卦炉のような物騒な物を持つことがおかしいのだけれど……。これを造った人物は魔理沙の事を思って造ったのか、それとも……。
「余所見してる暇はないぜ! 喰らえ、魔符『スターダストレヴァリエ』」
「……魔法、使えるじゃない。まだまだ拙いけれど。弾幕ごと押し潰されなさい、月符『サイレントセレナ』」
魔理沙が七つの魔方陣を自らの周りに展開し、星形の弾幕を渦巻くように放ってくる。
そして私は対抗するように、お得意の高速魔術詠唱で月符『サイレントセレナ』を唱えた。
展開した魔方陣の数は、魔理沙の魔方陣の数倍。自らの周りから、魔理沙の頭上、直下、左右に張り巡らせる。
出てきたのは鋭利で素早い弾。それに加えて、一つの魔方陣から発現する弾幕の密度は、魔理沙のスターダストレヴァリエと一線を画する。
「ぐっ、くぁ、くそっ、こりゃ退散だ」
「逃げ続けるばかりね。それでは進歩しないわよ」
「被弾するよか良いだろう」
「そうね。恐怖に向かって一歩進むのは、誰しもがたたらを踏むもの。良いわ、好きに逃げなさい。逃げれるならね」
波状攻撃を仕掛ける弾幕とは別に、こちらから別の弾幕を放つ。
魔理沙も上手く回避していくが、放たれた弾の中の一つが魔理沙の箒の先に当たった。
「うわっ、っと!」
バランスを崩す魔理沙。そこに全魔方陣を集中させて、一斉放火を加えた。
魔理沙が吼える。その声に同調したのか、魔理沙の持つ八卦炉が火を噴いた。まるでジェットエンジンの如く射出された火は、有り余る勢いを持って魔理沙に十分な程の加速を与える。
しかし上には私の魔方陣。弾幕の嵐に突っ込むかに思われた魔理沙だが、強引に身を捩り、反転し、屈み、弾幕を躱していく。
「はぁ……時間を稼ぐのは上手いようね」
「それは誉め言葉だってことに、私はしーっかり気付いてるからな」
「すぐにその減らず口を閉じさせてあげるわ」
「こっちだって後一枚スペカが残ってるぜ? 良いのか、消費させなくて」
「どうせ能なく撃つだけでしょう。それとも私が驚くような魔法でも見せてくれるの?」
「ああ、見せてやるさ。……しっかり受け取りやがれ」
……残念だが、その口車に乗るつもりはさらさら無い。私の月日以外の全ての属性を使った最高の魔法で決着を着けてやる。
「こちらも見せてあげるわ。魔の真髄とも呼ぶべき魔法を」
「私が先手だぜっ!!」
突如、視界を圧倒的な光量が包む。
「なっ!? なによこれ──────」
「マスタースパークの、放つ直前に光が集まる習性を利用しただけさ。こっちこそ残念だが、私は魔法を完璧には使えない。だから、今はこんな手品に頼るしかないわけだ。まぁ────てめえはその手品に敗れるわけだが」
「くっ、火水木金土符『賢者の────────」
「遅い! 八卦炉全出力、魔砲『ファイナルスパーク』ッッッッ!!!」
見えない。何も見えない。まさかこんな手を使うとは思わなかったわ。
魔導書で影を作っても、光が溢れて目を焼く。正確な座標を必要とする転移魔法はこんな時に使えない。
──────はぁ。受け入れよう。私が魔理沙の突飛な行動に考えが及ばなかった事が悪いのだ。
「魔理沙…………」
「喰らえええええええええ!!!」
「私の負けよ」
その一言は魔理沙に聞こえたかどうかは分からない。けれど、魔理沙の放ったファイナルスパークは逸れたのだ。……私の目の前で。
光の奔流が細くなり、視認できないほどになると、撃った本人である魔理沙が笑いながら近づいてきた。
「へへ、やっと負けを認めたな」
「ええ、流石にあの出力の魔法をくらえば、私でもただでは置かないもの」
「ま、あの魔法は
「は?」
「その顔を見ると気付いたみたいだな。そう、あの魔法は相手を驚かせる為に偶然出来たドッキリ同然の手品さ。な、言っただろ? てめえはその手品に敗れるわけだが─────……ってな」
私は呆然としていた。どうやら一本取られたらしい。
「じゃあ勝者の特権として、蔵書をちょっとだけ拝借しておくぜー」
プライドが傷つけられたからか、はたまた自分より幼い魔法使いに一本食わされたショックからか、私は大図書館の本が盗まれていくのを見ていることしか出来なかった。