東方付喪録   作:もち羊

22 / 71
流血というより、痛々しい表現があります。お気をつけ下さいませ。


瀟洒なメイド

「意外と広いわねこの館」

 

 まさか館の大きさが、外と内で違うとは誰が想像しただろうか。玄関を抜けると中央に回る魔方陣が設置されたエントランスホールがあった。見る限り全てが赤で統一された内装は趣味が悪いにも程があるが、一転してみると統一性を極めた美ともとれる。

 

 余った護符で傷口を縛りながら、窓の少ない通路を進んでいく。しかし幾度も幾度も進んでも、何故か通路の終わりが見えない。逆に引き返すと、今までの努力がなんだったのかと言えるくらい簡単にエントランスホールへと戻れた。

 

 これは……。

 

「そこね」

 

 護符を飛ばす。霊力でコーティングされた護符は、唯の紙とは思えない硬さを誇る。

 天井に刺さると思われた護符は、何故か途中で不自然に逸れ、地面に落ちる。

 

 そこはなにもない空間の筈であった。しかし霊夢が護符を飛ばした場所だけ、空間が歪んでいる。霊夢が目で促すと、その場所からメイド服を着込んだ銀髪の少女が現れた。歳は霊夢と同じくらいの十歳。そして彼女は、人間であった。

 

「……よく気付いたわね、褒めてあげるわ」

 

「お褒めの言葉なんて要らないわ。それより物かお金が欲しいわね」

 

「あなたはお嬢様の敵?」

 

「お嬢様が誰かは知らないけれど、もしこの異変を起こした奴がそのお嬢様だったら、私の敵ね」

 

「そう……」

 

「確証は無いし、あんたの大好きなお嬢様の潔白を示したいのなら、私をお嬢様のところに案内してくれない?」

 

 銀髪のメイドが首を捻る。心底私のお願いの意味が分かっていないような表情だ。

 

「私が敵に案内するのは、冥土だけよ」

 

「今時のメイドは大変ね。お嬢様とやらの為に血生臭い仕事までやらなきゃいけないなんて、同情するわ」

 

「同情してくれるなんて優しいのね。けれど私にとってお嬢様とは全て。どんな命でも完遂するのが私の流儀よ」

 

「いつか破綻するわよ」

 

「時間や空間は破綻しないわ」

 

 話し合っても無駄なようだ。彼女の瞳には強い光が灯っている。意思を曲げようとしない……ある意味頑固で、ある意味強靭な精神の光が。

 

「取り敢えず通路を戻してそこを退きなさい。退かぬならあんたも敵とみなすわよ」

 

「あらあら、かの有名な博麗の巫女とやらは頭がお花畑なのかしら。私とあなたがいつお友達になった?」

 

「じゃあ敵ね。真剣かお遊びか選ばせてあげるわ」

 

「あなたの好きにすれば? まぁどちらにせよ……勝ち目は無いでしょうに」

 

「それはあんたの方でしょ」

 

 満ちる間際の波のように、警戒心を感じさせず接近する。

 

 私は人の動向、視線を感じることが思いの外得意だ。博麗神社を何者かが監視しているような、被害妄想染みた感覚を覚えたのはかなり昔。いつかその正体を暴こうと躍起になっていたら、いつの間にか覚えていた自分だけの視点、感覚。その人の意識はどこに向いているのか、その人から見える視界の範囲は。

 

 意識がハッキリとしてきた年頃から、博麗神社でその感覚を養い続けた日々。それもこれも、自分が見られている、監視されているという根拠の無いなにかから来た物だ。今ではその視点、感覚は勘として昇華され、意識せずとも感じ取れる新たな武器となった。

 

 霊気に包まれた護符が拳に巻きつき、目の前のメイドの腹に重い一撃を加える。

 その時のメイドの顔と言ったら、腹を抱えて笑ってやりたいくらいだ。まるで意識外から加えられた攻撃は、油断をするしないの前提を崩し、緊張から来る筋肉の強ばりを無効化した。

 

「ぐっ、ぅあ……」

 

「ふん!」

 

 距離を取るためと、追撃として更に鳩尾へ鋭い蹴りを放つ。だが咄嗟に反応したメイドが、腕をクロスさせ庇ったことで追撃は失敗してしまった。

 

「……流石、博麗の巫女」

 

「驚いているところ悪いけど、今ので実力はハッキリしたでしょ? 遊びじゃない限り、あんたに止めを刺すことだって出来たんだから」

 

「遊び……ね。確かに手加減をしてる場合じゃなかったわ」

 

「へぇ……じゃああんたは奥の手でも持っ──────」

 

「『ルナクロック』」

 

 ──────時が止まった。

 

 

 咲夜は不機嫌であった。何故自らが仕える主が、こんな少女に負けなくてはならないのだと。

 異変解決にどんな奴が来るのかと思えば、自分と同い年くらいの女の子。数百の時を生きる主に、こんな輩が勝ってはならない。

 飢餓で飢え死にそうな所を保護してくれた主であり、母様が負けてしまうのは、どうしても納得がいかないのだ。

 

 今回の異変は母様の意向とは違う、云わば付き合いのようなもの。幻想郷に移住する上で必要なごますり。けれど、幼い私にはそんな事分からない。純粋だからこそ、母様の勝利を純粋に願う。

 

 そこに不純物など無いに等しく、例え母様に教えられた私のやるべき事と行動が違ってしまっていたとしても、私は博麗の巫女を母様のおわす場まで連れていかない。行かせない。決して。

 

 咲夜以外生物としての機能を全て停止させられた世界で、咲夜はナイフを配置していく。

 必ず博麗の巫女に勝つために、抜け道も作らない。だが死ぬ程度ではない。良くて重傷。

 けれどこれは弾幕ごっこを知らしめる為に行われた異変。死亡しては不味いため、重傷程度で終わってくれるのはこちらとして嬉しいところだ。

 

「……さて、時間を動かしましょう」

 

 ────時間が動き出す。

 

「────てるのかし…………ふぅん」

 

 霊夢の周りには、総ての死角を埋めるようにナイフが設置しており、矛先は当然全て霊夢だ。

 

「さて、遊びでいられるかしら」

 

「それが奥の手……。───だったら嘗めてるとしか言いようが無いくらい救われないわね」

 

「なんだと? ……ふん、戯れ言を聞くつもりはない。串刺しにでもなって焼かれなさい」

 

 咲夜の合図と共にナイフが動き出す。まるで霊夢がとても強い磁石で造られていて、ナイフの鉄の部分がそれに反応し即座に吸い付くように、矛先は霊夢に向かっていった。速さは然程ない。けれど数は人を限りなく殺傷しても有り余るほど。

 

「ナイフをどれだけ近づけたとしても、当たるとは限らないのよ。『夢想封印』」

 

 色とりどりの光弾が霊夢の周りを旋回し、次々とナイフを弾いていく。ナイフは銀製だが、これといって特別な能力は無く、ただ普通に頑丈なだけである。故に、霊夢の放つ夢想封印に対して決定的な打撃は与えられず、沢山あったナイフが撃ち落とされていく様を、咲夜はただ突っ立って見ていることしか出来ない。

 

「……じゃあ次、幻幽『ジャック・ザ・ルドビレ』」

 

 時が止まり、また動き出す。この行為を霊夢は知覚できないが、勘として何となくだが、限りなく正解に近い答えを頭の中で出し終えていた。

 

(空間を操る能力なのは間違いないわね……)

 

 咲夜が赤い大弾と大量のナイフを、直線上に何個もばらまく。霊夢を的確に狙ってくる両方は、次々と霊夢の逃げ場を無くしていく。

 しかし霊夢はこれ程以上に落ち着いていた。それは今までの激闘から来た精神的余裕か、または侮りから来る絶対的勝利への自負感か。

 

 けれどこうなってしまった霊夢は強い。自らの直感と勘を信じ、弾幕の隙を見つけて抜けていく。針の穴を通すようなグレイズにも、顔色一つ変えない。

 霊夢の調子が良くなる事に比例して、咲夜の心境は穏やかではなかった。霊夢が躱し続ける毎に焦りがぽつぽつと湧き出し、飽和点に達するとミスを誘発させられる。

 

 それの繰り返し。繰り返しだ。

 

 いつの間にかナイフは一本を残して全て放ち終わっており、その結果はこれ以上続行不可だと咲夜自身に深く訴えかけていた。

 霊夢は愕然とする咲夜を無視し、通路に向かって再び歩き始める。

 

「ちょっ、ちょっと待って!」

 

「…………」

 

 霊夢は振り向かない。

 既に戦う力を持たぬ者に、無理矢理力を振るいたくなかったからだ。霊夢は理解していた。自分の力は妖怪退治や異変解決の為に使われるのであって、しようと思えば抵抗さえ出来ぬようになってしまう少女に振るうべき力ではないことを。

 

「……待ちなさいよ…………ッッ!!」

 

 だから、振り向かない。振り向いてはいけない。振り向けば、彼女の意思を尊重せねばならないから。あの瞳に宿る、自殺願望に近い忠誠心に付き合わねばならなくなるから。

 

「待って……まっ…………って!」

 

 

 ────咲夜は親の顔を知らない。産まれてから一度も見たことが無い。気付いたときには捨てられていたからだ。

母の乳の味も、父の逞しい掌の感触も、咲夜は感じたことがなかった。

 

 幼いながらも知恵を振り絞り、生きるために盗みをした。生きるために命を奪った。生きるために泥をも啜った。

 

 人の誇りを貶めて、獣と化した。けれどそんな生活も数年で尽き、保護されるまではゴミ箱を漁ったり、捨てられていた廃棄物や虫なんか口に入れてみた。……味は最悪だったけれど。けど、生きるために必死だった。

 

 人間とは脆く儚いもので、そんな生活を何年も続けていた咲夜の体は限界寸前であった。そして魔法の森を抜けてすぐ、咲夜はとうとう飢えで倒れてしまう。

 

『ふんふんふーん♪ 今日は漫画最新刊の発売日~♪ ……あら? 何これ……って人間じゃないの!?』

 

 咲夜の人生上、咲夜に掛けられる声とは罵詈雑言を極めたものばかり。死ねだの消えろだのはもう聞き飽きている。そんな咲夜にとって、その声音に懸けられた想いがどんな物か分からなかった。けれど、理解にし難いものである事は確かである。

 その声は、今までの誰とも違ったナニかを孕んでいたのだから。

 

 そして咲夜は大きな館に連れて帰られ、体を念入りに洗われ、視界が滲むような美味しいご飯を食べるはめになる。

 

 まるで犬だ。餌を与えられた程度でなつくなんて。けれどそんなプライドを二の次にしてまで、その“家族”は暖かかった。

 温い温床は、咲夜を出しまいと足を引っ張り続ける。けれど、それに浸かり続ける。そんな道を、咲夜は選んだのだ。

 

 どんな困難が降ってきても、美鈴を。妹様を。パチュリーを。私を拾って、育ててくれた母様を。この暖かい関係に浸りながらも、護りたいって思えたからだ。

 

「───────……奇術『エターナルミーク』」

 

「……忠告よ、足掻きは止めなさい」

 

「だが断るわ。その先にいるのはお嬢様。お嬢様を守らない従者はいませんことよ」

 

「いるかも知れないわ」

 

「それは従者じゃないわね」

 

「あっそ」

 

 太腿のホルスターに収納してある、最後のナイフを手に取る。体術も何もない適当な構え。だが覚悟だけは一流のソレだ。

 

「行かせないわ、お嬢様の元に」

 

「じゃあ無理矢理通るだけよ。そのお嬢様の元まで」

 

 咲夜が地を蹴る。慎ましさも有ったもんじゃない、必死な走法。

 霊夢は振り返った。応えるために。

 咲夜はナイフを、武器を握ったのだ。自分の覚悟と共に。これに応えねば、流石に会ったばかりの他人と言えど失礼ではないのか。そう思った霊夢は、陰陽玉を呼び出す。

 

 陰陽玉。博麗神社に飾られていた神性に溢れる物体で、霊夢といえどまだ完璧に使いこなせていない。危険なので弾幕ごっこくらいにしか使用していないが、それを抜きにして霊夢は呼び出した。

 

 この行為が指すものは何なのか。

 霊夢は陰陽玉から小弾をばらまいていく。

 対して咲夜は、自前のナイフで一つずつ最小限に弾を捌いてく。 

 徐々に近づくお互いの距離。そして霊夢の陰陽玉と咲夜のナイフがぶつかった。

 

 これに制したのは陰陽玉の方である。咲夜のナイフの刃先を粉々に砕き、弾く。

 だが咲夜は諦めない。ナイフが無くなれば、次は自分の体を使えば良いのだ。

 

 鋭い回し蹴り。

 霊夢、直感で後方に下がり躱す。しかし冷や汗は滲み出た。

 今の咲夜は必死だ。忠誠心から来る想いが、自らの身体を動かす原動力となっている。

 

 陰陽玉と直感を盾にして防ぎ躱す事を何度も行うが、相手方の息が切れる様子はない。それもそうだ。地獄を何度も見続けながらも生きようともがき続けた咲夜は、逃走用の為とはいえ体力もかなり鍛えこんである。

 霊夢も常人を超える身体能力が有るとはいえ、地力の差は歴然であった。

 

「……ッ! どう、かしら……少しはここから引き返す気にでもなった?」

 

「残念、私は強情なのよ!」

 

「それもいつまで続くのかしらね!」

 

 拳が、蹴りが、流れが鋭くなっていく。咲夜が流れに乗り始めたのだ。鋭いながらも芯を捉えてくるその一撃は、云わずもがな重い。霊夢は防戦一方であった。

 

「さて、そろそろ終わらせてあげるわ」

 

「余計なお世話よ」

 

 霊夢は陰陽玉を前面に出し、刹那の時間稼ぎを行う。その間に行ったのは、護符による拳のテーピング。それは拳のみならず肘までに及んだ。

 

「そんな玩具、時間稼ぎにもならない。ここでくたばれ!」

 

 陰陽玉を越え、防御を捨てた霊夢に向かって、咲夜は全体重を乗せた手刀を放った。

 これをくらえば確実に昏睡は免れないであろう、そんな一撃。

 

 それを霊夢は、護符を巻きつけた左手で受け止めた。

 

 雷が骨を貫く。……そんなイメージが湧くほどの痛み。文字通り、咲夜の手刀は貫いたのであろう。霊夢の左前腕を支える橈骨(とうこつ)尺骨(しゃくこつ)を。

 

 その時、感触と同時に咲夜は勝ちを確信した。その瞬間に浮かび上がる勝利までの方程式と、陶酔感。

 陶酔感に溺れたのだ。だから気付かなかった。陰陽玉はまだ役目を終えていない事に。

 

「結構固いわよ、それ」

 

「……え?」

 

 突如、陰陽玉が高速回転。そして急速に霊夢の手元へと戻っていった。その軌道上に、咲夜はいたのだ。陶酔感が心を占める中、陰陽玉の存在に気付く事は至難であろう。

 

 小気味の良い音が通路に響き、メイドと巫女の対決が決着した。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。