東方付喪録   作:もち羊

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紅霧の王

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ)

 

 この紅魔館の主であり現当主であるレミリアは、今まさに窮地に立たされていた。

 

(な、ん、で、こんなときに博麗の巫女が来るのよ~)

 

 レミリアは今、王の間の入り口付近で、レミリアを探す博麗の巫女と黒白の魔法使い然とした少女を観察している。

 

「そろそろ……出てきても良いんじゃない、お嬢様?」

 

「いるいる、悪気が走るわこの妖気。何で強い奴ほど隠れるんだ?」

 

(いや出れないから。なんかそんな雰囲気だけど、流れ完全に見失っちゃってるから。私が)

 

 こんな事になったのは数分前まで遡る。

 

────────────

 

───────

 

『うー。なんで来ないのよ~』

 

 レミリアは退屈していた。博麗の巫女が来たとの一報を受け、いざ準備したのは良いものの、中々その博麗の巫女とやらが来ない。時間稼ぎをする自分の従者が、それだけ優秀だという事実でもあるのだが、それはそれこれはこれ。

 

 実際レミリアはすることが無いのだ。頭の中ではどんな展開に持っていこうか、どんな格好いいセリフを言おうか、なんのスペカを使うかの思考がごちゃ混ぜになっており、結果思考の進行は遅い。

 

『あー、なんだか催して来たわね。えーっとおトイレはーっと』

 

 そして彼女が用を足すために台本を置いてその場を離れ、戻ってくるとそこには二人の少女がいた。

 一人は頭に大きなリボンを巻いた、紅白の巫女服を着込んだ少女。

 もう片方は黒い服に白いエプロンを着込んだ全く知らない少女。

 

 ここでレミリアの頭は急速回転し始める。

 

 ────台本置いといたままだ…………と。

 

 

───────────

 

───────

 

 

「なぁ霊夢、ここにそのお嬢様とやらはいないんじゃないのか?」

 

「いや、絶対にいるわ。きっと隠れているだけよ。私の勘が告げているもの」

 

「そりゃあ霊夢の勘は当たるけどよぅ……流石に今回は…………ん? こりゃあなんだ?」

 

 その時魔理沙は、王座の横に置いてある何かを発見した。拾い上げると、それは一冊の本のようなもの。タイトルは紅霧異変と書かれている。

 

「えっと何々? 紅霧異変を起こす吸血鬼の王レミリア・スカーレット。彼女は大変聡明で、今後の幻想郷の行く末を憂いていた……ってなんだこりゃ」

 

 

「──────だめええええええ!!」

 

 二人が入ってきた入り口から、大変聡明な吸血鬼が飛び出してきた。顔は半泣きである。

 

 紅霧異変台本。通称レミリアの落書き本。主に咲夜と美鈴が編纂し、パチュリーが検閲した、紅霧異変の大まかな流れを予測し記録された本であったが、レミリアがこれではダメだと無駄に手を加え、無駄な才能を発揮し、一冊の小説のようになってしまった哀れな台本でもある。

 

 日がな退屈なレミリアにとって、小説を書いていたこの一時は唯一の時間潰しであった。それ故に何度も改稿し、何度も読み直して修正を加え続けた結果、完成度も高い本が出来上がってしまったのだ。弾幕ごっこそっちのけである。

 

 しかしそこはレミリア。思考だけは通常の人間度合いとほぼ一致しており、その本を他人に公開する事に対して恥ずかしさの感情は持ち合わせている。だからこそ王座という、いざと言うとき以外ではあまり滅多に入らない場所に隠しておいたのだ。

 

 それが見つかり読まれてしまう……ということは、自分が書いた自己陶酔の塊である痛いポエムを親の前で朗読される以上の苦痛。しかも親しい者ならまだしも、拾い上げたのは全くの他人。どのようなセリフを、口上を述べるかなんてもう頭の中に無かった。

 とにかく必死、台本を取り替えそうと必死である。

 

「やっと現れたわね。探したわよ」

 

「ふん、人間が。そのような傷だらけの身体で私に抗おうと? ……どうやら骨も折れているようじゃないか。帰りな、今日は気分が良いの。だから見逃してやろう」

 

(帰ってください!! 全然気分良くないから! 現在進行形で悪くなってるから!)

 

 レミリアが不遜らしく霊夢を追い返そうとする。だが霊夢は応じない。その瞳は、退くことなんてしない……と強い意思を感じさせるようにレミリアを見据えていた。

 

「てめえがこの紅い霧の元凶……ってわけか?」

 

 黒白の少女が少し詰め寄った。手には先程の台本が握られている。

 

「ふん、愚問だな。吸血鬼は霧状化が出来る。ここまで来れた能は褒めてやるが……この館の持ち物を置いて逃げ帰った方が得策だぞ?」

 

(その台本を置いて、一旦帰ってくださいお願いします!)

 

 レミリアの必死な懇願は届かず。

 

「一応聞くけど……なんでこんなことをしたの?」

 

「フッ、ご存知吸血鬼は日の光が苦手でねぇ。この紅霧に覆われた幻想郷なら、私達が堂々と活動出来るでしょう?」

 

「それで迷惑してる奴がいるんですけど」

 

「幻想郷は弱肉強食だろう? 弱い方が悪いんだ」

 

「だったら異変はすぐ解決出来るわね」

 

「ほう、私が弱い……と」

 

「欠点のある方が、魅力的よ」

 

 レミリアは焦っていた。これ戦う流れや……となんとなく理解できたからだ。

 正直今回の異変は負けることが確定している。だからこそ、レミリアには勝とうという強い意思自体無いのだ。実際日の光なんて、日傘さえ差せば無効化出来る。

 

 そしてそんな弾幕ごっこよりも、気がかりな事が一つ。黒白の少女が持つ台本だ。あれを取り返したい。どうにかして他人に見られる前に、あれを隠匿せねば。

 焼き払う……という選択肢も存在する。けれどあの台本はレミリアの最高傑作。情があるのだ。その情のお蔭で、レミリアは強硬策に出られないでいる。

 

(くううう! 察しなさいよそこの黒白ぉ!)

 

 歯痒い。なんとも歯痒い。後悔先に立たず。今更もう遅いのだ。

 

「……そういえば、この本はなんなんだ? 見たところなんか色々書かれているようだが……」

 

 魔理沙が中身を閲覧しようとした時、言いようもない熱が込み上がってきた。

 

 察しろ! ……と。

 

 見るな! ……と。

 

 やめて! ……と。

 

 沸き上がる怒りと熱。レミリアの身体から、怨嗟の昂りが巻き起こっていた。完全に逆ギレである。

 

「貴様ッ! その本に触れるなッ!」

 

「おぉっとと。こりゃなんか琴線に触れる代物だったか?」

 

 吠えるレミリアに対して、魔理沙はおどけてみせる。そして魔理沙は、信じられない言葉を口にしたのだ。

 

「そうだな……弾幕ごっこで私に勝てたら、返してやっても良いぜ?」

 

「……………………」

 

 それは魔理沙や霊夢らからしてみれば、異変解決の一環。ただの建前に過ぎない。けれどレミリア側からしてみれば、それは居住とプライドを賭けた究極な二択であった。

 もし勝てば、幻想郷の賢者である紫との約束を破る事になる。異変にて負ける……との約束が。そうなれば、レミリア達に幻想郷の移住は許されない。

 

 紅霧は害が少ないと言っても、脅威として認識してもらうが為に、霧を構成する妖気に多少の毒性が混じっている。霊夢らが駆けつけに来る速度はかなり速かった。そこは良い。悪いのは駆けつけるまでの期間だ。

 

 紅霧は既に幻想郷中を覆い尽くし、すぐにでも結界を突き破りそうになるまで充満している。このままでは幻想郷の存在自体が危うい。

 流石の紫もまさか一ヶ月以上も異変を放置しておくとは思いもよらず、よって昨日の夜に彼女の式である藍から連絡が届けに来た。

 

『一度で終わらせて下さいませ』……との文面で。

 

 レミリアは震え上がった。さしずめ前門の悪魔、後門のスキマである。

 

 レミリアは選ばねばならない。家族か、自分の羞恥心か。

 

「うーんそうね、じゃあ私から行っても良いかしら?」

 

「チッ、仕方ねぇなあ……。霊夢、後で甘味奢れよ?」

 

「賽銭の中身具合ね」

 

 レミリアが気付いた時には、既に霊夢と魔理沙が弾幕ごっこの準備をしていた。無言を肯定と捉えたのだろうか。

 

(なんで勝手に進めてんのよ!!)

 

 心の中で悪態をつくも、そんな事お構い無しである。

 

 そして、レミリアからすれば今更霊夢の事などどうでも良い。台本を持っている魔理沙しか標的に映っていない。そしてそこで閃いた。圧倒的な打開策を。弾幕ごっこで負けながらも、日記を取り戻す方法が。

 

「クックク、ふふふ」

 

「……頭でも狂ったかしら?」

 

「いやいや、滑稽でなぁ。私は吸血鬼。人間とは比べものにならない程の力を持つ」

 

「……で?」

 

「貴様は理解力も乏しいのか。二人で掛かってこい……ということだ」

 

 そう、これがレミリアの考えた打開策。弾幕ごっこ中、先に魔理沙から台本を強奪。その後、残った霊夢に負ければ良い作戦だ。

 確率論でいくと、その作戦の成功率は糸のように細い。しかし、頭の麻痺した今のレミリアでは、これ以上の打開策が思い浮かばなかった。

 

 この作戦に今は縋るしかないのだ。

 

「へっ、随分と舐められたもんじゃないか。霊夢、私も手伝うぜ」

 

「……好きにすれば良いわよ。だから甘味は無しね」

 

「そんな!」

 

 乗りおる乗りおる。さながら今のレミリアの心境は悪代官。まず第一関門は突破だ。このままゴールまで突っ切るしかレミリアの道はない。

 

「それで……名前はなんだっけお嬢様?」

 

「そう言えば言っていなかったな。私は紅霧の王であり、この紅魔館の現当主、レミリア・スカーレットよ」

 

「私は博麗霊夢。今からあんたを倒すから、覚えておいた方が身のためよ」

 

「ついでに私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだぜ」

 

 各々の自己紹介が終わり、三人は空中へと戦う場を移す。

 

「ふふ、貴女達、今夜はこんなに月も紅いから、本気で殺すわよ」

 

「ええそうね。こんなに月も紅いのに……」

 

「────楽しい夜になりそうね」

 

「────永い夜になりそうね」

 

「────涼しい夜になりそうだな」

 

 今、紅霧異変を止めようとする人間と、それを阻止する吸血鬼との戦いが、始まった。

 霊夢は陰陽玉を。魔理沙は八卦炉を。レミリアはどこから取り出したのか、紅く光る長い槍を。

 

 三者が武器を手に取った─────その時である。

 

「ちょっとお姉様! 誰も人間来ないんだけど!!」

 

 王座の間、その入り口で、溺愛する自分の妹がこちらに向かって怒りを露に叫んでいた。

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