東方付喪録   作:もち羊

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綺麗な夜空

魔理沙は墜落しながら、レミリアとフランの残機を減らす霊夢を見つめていた。

 

「箒、来い」

 

 魔法の箒が、再度落ちていく魔理沙を拾う。魔理沙は負けたのだ。いや、異変解決から脱落したと言っても良い。彼女の役目はもう終わった。後は見るだけ、祈るだけ。親友が勝つ時を、その瞬間を。

 

「博麗の巫女、やるわね。私やフランにもその存在を気づかせないなんて!」

 

「あんたの目が節穴なだけじゃない? ほら、言うでししょ、コウモリは目があまり発達していないって」

 

「だーかーら、吸血鬼とコウモリを一緒にしないで」

 

 レミリアが吠える。かなりのご立腹らしい。霊夢は全く気にしていないみたいだが。

 レミリアも、フランも、霊夢も、残りの残機は一つ。スペルカード数も、レミリアとフランの分を合わせれば互角である。だが……視界は二つと一つ。霊夢一人の状況では、さっきのような奇襲も使えない。

 

「霊夢……勝ってくれ」

 

 ぽつりと漏れた一言は、今私が純粋に思った気持ちであった。

 

「……終わらせるわよ、吸血鬼。ついでに魔理沙の仇を取らせてもらうわ」

 

「ふんっ、弱者の負ける前のようなセリフだな」

 

「私は弱者じゃないから負けないわね」

 

「強者と無敗は違う。そんな貴女は、勝利という在りもしない幻想に酔いしれなさい!」

 

 レミリアの声で再度弾幕ごっこが始まる。被弾したからか、両者慎重に機を窺っていて場は動かない。小弾は牽制程度には放つが、スペルカード宣言には至らないようだ。

 緊張という言葉が一番似合う空間。

 ─────もどかしい。そんな想いが零れそうだ。

 

 その時、痺れを切らしたフランが不満を言った。

 

「あーやめやめ、やめようよ、こんな楽しくない弾幕ごっこ」

 

「……それもそうね」

 

 フランには彼女の性格上、こんな静かで緊張するような弾幕ごっこなんて楽しくもなかった。フランの価値観は二つ。つまらないか、つまらなくないか。今の状況は、つまらないに当てはまったのだろう。

 

「博麗さん、こうしましょ? 今から私が最後のスペルカードを宣言するから、貴女が全部耐えきったら貴女の勝ち。当たったら……ま、明日の夕食にでも会いましょう」

 

「『耐久スペル』ね……良いわよ」

 

 耐久スペル。その名の通り、耐え続けるスペルカード。相手が一分間弾幕を展開し、それを相手がスペルカードブレイクするまで耐え続ける。当然弾が当たれば残機は減るし、残り時間は動かない。逆に耐え続ける側は反撃を行ってはいけないので、本当の意味での地力が試される。

 

 霊夢はフランの提案を同意した。よって、霊夢は弾幕を一分間耐えねばならないのだ。

 正直、正気の沙汰ではない。霊夢も知っているハズだ。レミリアとフランの両方で、どちらの弾幕が過激だと聞けば、必ずフランの方に軍配が上がることを。

 

 『フォーオブアカインド』、『レーヴァテイン』。たったこの二つを見ただけで、威力の強大さは分かる。そんなフランが耐久スペルを提案したのだ。必ず最も強いスペルカードを宣言してくるだろう。

 

「ふふ、博麗さんは495年の長さって理解出来る?」

 

「は? ……そんなの分かるわけないじゃない」

 

「じゃあ分からせてあげる。私が495年味わった苦悩、苦しみを。QED『495年の波紋』」

 

 フランが最後のスペルカードを宣言した。

 その弾幕は、宣言者が何もない空間から円形に並んだ密度の高い弾幕を発射し、それらを構成する弾が鈍足である事によって、じわじわと逃げられる空間を狭めていく悪魔のような弾幕だ。

 

 円形の弾幕は空中の様々な位置から次々と発射され、ある一定の距離を進んだ所で反射する。

 まるでその光景は、水面の《波紋》のようだ。

 

 最初の頃は悠々と躱していた霊夢。だが波紋の数が増えていく毎にその余裕は無くなっていった。

 四方八方から迫り来る小弾。三次元的な動きを繰り広げるも、上下左右から反射してくる弾幕の前に、霊夢でさえグレイズを許した。

 

「くっ…………」

 

「ほらほらぁ、もっと行くよー!」

 

 波紋が増えた。増えて、増えて、増えて……。小さな水溜まりに雨が強く打ち付けるような。それほど激しい波紋。霊夢は被弾さえしていないが、身体中の至るところが破け、掠った場所からは血が吹き出る。

 

 痛々しい。そんな言葉が似合う程の様相。見てる私でさえも、弱気になってくる。

 

 やっぱり強かったんだ、フランは。

 やっぱり霊夢でも勝てないんだ。

 

 頭に一瞬だけ浮かび上がった二つを、なんとか飲み込む。もし言葉として口に出してしまったら、本当にそれが現実になってしまいそうだったからだ。

 

 耐久スペルが始まってから、まだ30秒しか経っていない……─────。

 

────────────

 

────────

 

 

 咲夜、美鈴、パチュリーらの三人は、数少ない紅魔館の窓から霊夢とフランの弾幕ごっこを見ていた。

 

「……フラン、楽しそうね」

 

「おや、パチュリー様がそんな事を言うとは……。明日は雨でも降りますかね?」

 

「雨ならよく降るでしょうに……。そんなに屋根付きの見張り小屋は要らないのかしら?」

 

「すいませんでした」

 

 美鈴とパチュリーが冗談混じりの会話をする中、咲夜といえば会話にも参加せずに、弾幕を避け続ける霊夢の動きを凝視していた。

 

 未だに痛む頭を押さえながら霊夢を睨み付ける咲夜の表情を見て、パチュリーは少しだけ笑みを浮かべた。

 

「……そんなに悔しいのかしら、紅魔館のメイド長は」

 

「いえ、先の結果は私の未熟な力に因るもの。今度こそ負けません」

 

「そんなに硬くなくて良いのよ。もう少し肩の力を抜きなさい。例えばあんたのお母様にしているような行為を、私にしても良いのよ? 私とレミィは永い付き合いだしね」

 

「…………ッッ!? な、何故それを……」

 

 ……咲夜がこっそりとレミリアの私室に行き、甘えているのを知っている。

 

 実はパチュリーは自分の魔法を有効活用しようと、紅魔館の監視役まで受け持っている。とある日、深夜になり夜の帳が落ちる頃、自分の親友であるレミリアの私室に一人の影が現れたのだ。

 あり得はしないけれど一応……と思い魔法で現場を覗くと、そこには天蓋付きのベッドの上で親友に抱き着き頭を擦りつける咲夜と、それを優しい瞳で見つめながら頭をなで続けるレミリアの姿があった。

 

 甘いわッッッッ!!! と、覗き見している自分の方が気恥ずかしくなり、それ以降は自主的に見ることを控えている。

 しかし完璧で表情を表に出さないような咲夜でも、こんな一面があったなんて……と少なからず衝撃を覚えた。

 

「私は生まれながらの魔女よ? それくらい知ってるわ」

 

「…………ぅ、黙ってて、パチュリー様」

 

 顔を朱に染めて、必死に言葉を取り繕う咲夜を見たパチュリーは、安心した表情を見せてそれ以上突っ込むことをやめた。今の咲夜は、さっきより少しだけ肩の力が抜けたように見えたからだ。

 

「……これ以上語るのは無粋ね」

 

「えっ? えっ? パチュリー様も、咲夜さんも、なんの話をしてるんです?」

 

「ふふ……秘密よ」

 

「えー! パチュリー様、そりゃ無いですよ~」

 

「美鈴、それ以上知ったら刺すわよ」

 

「あ、はい、すいません黙っておきます」

 

 ナイフを仕舞い、咲夜は紅い夜空を照らす弾幕を見た。……どうやら、霊夢は生き残ったようだ。

 

 

─────────────

 

───────

 

 霊夢は肩で息をしている。疲労困憊と言った様子だが、私はあいつに飛び掛かりたくて仕方が無かった。それだけ、自分の嬉しさを霊夢に伝えたかったのだ。しかしそれは叶わない。何故ならまだ弾幕ごっこは終わっていないからだ。

 

 霊夢は生き残った。一切被弾せず、フランのスペルカードを生き残ったのだ。しかし傷は多く、無事ではない。

 

「……お姉様、後はよろしく」

 

 去っていくフランの横顔を見たレミリア。驚嘆した。フランの顔が、悔しさで歪んでいたからだ。そんな表情、レミリアは見たことがない。心の奥底で、なにかが痛んだ。ちくっ、と。針で刺すように。それは少ないながらも、レミリアに到来した感情の発露。

 “初めて自分の妹にそんな顔をさせる事が出来た”事実による、嫉妬心から来るものであった。

 

 だがそんなことレミリアは知らない。分からない。だからこそ、この感情から目を逸らす事しか出来なかった。それしか彼女には選択肢が無かったからだ。

 

「博麗の巫女、とうとう私達二人になったわね」

 

「ええ……やっとよ……」

 

「どうした? 疲労困憊じゃないか。運動不足でも祟ったのかもしれないな」

 

「ちょっと、私のセリフ取らないでよ」

 

「ほう、今のが貴様のセリフ……だと」

 

「そう。未来の私があなたに発する言葉よ」

 

 霊夢が自ら攻めた。霊夢とレミリアの間には、弾幕ごっこのルール以外阻むものは何もない。

 

 固唾を飲む。線香花火のような閃光が、霊夢とレミリアの周囲で瞬く。あの光は、弾幕と弾幕がぶつかっ際に発生する光だ。

 

「さて博麗の巫女! 私とあなたで残機は共に一つ。そろそろ決着を着けようじゃないか!」

 

「そうね。そろそろ勝利の美酒に酔いたいもの」

 

「幻か現かなんて、本人が気づく筈もない。勝利の美酒が幻ではないことを祈ることね」

 

「大丈夫、私はおぼろでも幻でもいける口だから」

 

「口だけにならないと良いわね。『紅色の幻想郷』」

 

 レミリアが最後のスペルを宣言した。

 異変はもうクライマックス。これで終わるだろう。

 

 『紅色の幻想郷』。全方位の大弾を発射、展開の後に小弾が発生し、様々な方角へ向かってその弾が飛んでいく……というなんとも運要素の多くが絡んだ弾幕だ。正真正銘、レミリアの最後の弾幕である。

 

 打って変わって霊夢のスペルカードは残り二枚。その内の一枚は、実はもう使えない。

 夢符『封魔陣』。そのスペルカードは、護符を召喚して発動する。一回使用する度にその護符は何百枚と使うし、護符は有限である。

 そして、既に既存の護符は霊夢の止血、骨折した腕の支えとして使用されており、もう弾幕を発生させるほどの残りは無い。

 よって霊夢は、霊符『夢想封印』しかスペルカードは残っていないということだ。

 

 けれど……今の霊夢には必要無いのかもしれない。

 

 魔理沙は見ていた。霊夢の様子を。

 全ての弾幕を躱し、全ての正解ルートへ辿り着いている霊夢の姿を。

 

 すげえよなって思う。いつ見ても追いつける気がしない。

 霊夢は浮いてるんだ。飛行とか空中にって意味じゃなく、俗世……ってよりは、意識的というかなんというか。とにかく霊夢はなにかから浮いてる……って感じるんだ。

 

 さっきだってそうさ。私が囮になったとき、霊夢はレミリアとフランの背後に一切の痕跡もなく近づけた。あの二人が油断していたってのもあるかもしれないが、意識も向けさせず後ろに立つなんて芸当、狙って出来るようなもんじゃない。

 

 ……昔から見てきた。博麗という幻想郷の一角を担う大事な役目を一手に預けられながらも、飄々としている霊夢を。

 ……昔から見てきた。命を張ることさえ、表情も変えずにこなす霊夢を。

 

 ……昔から見てきたから、分かる。そんな霊夢の心情を。100%理解できるってわけじゃ無いが、ほんのちょっと、ちょっぴりだけ霊夢の気持ちが分かる。その気持ちを考えると、霊夢も苦労してるんだなって。勝手な同情をしちまう。

 

 それと同時に、私なんかじゃ到底追いつけないくらい、霊夢は遠くにいるんだなぁって。思いたくもないのに実感しちまう。

 

「霊夢! いけ、いけ、もうちょっとだぁ!!」

 

 分かってるんだけどなぁ……。

 

「そうだ霊夢、後少しでレミリアの所までいけるぞ!」

 

 実感してるんだけどなぁ……。

 

「おしいおしい! 掠った事なんて気にすんな!」

 

 つい、声を張り上げちまうんだ。

 

「うっさいわね魔理沙! ちゃんと分かってるわよっ!」

 

「なんだとぉ!? 応援してやってる私に少しくらい感謝しろぉ!」

 

 くそっ。くそっ。勝て霊夢! そんな吸血鬼なんかコテンパンにしちまえ!

 

「あーもう、霊符『夢想封印』!!」

 

 霊夢が夢想封印を発動した。鮮やかな光が霊夢の周りを旋回し、レミリアの弾幕を消していく。

 霊夢の攻撃はヤケクソだ。魔理沙に煽られたせいなのかもしれない。しかしその顔は、楽しくて仕方がないと言った笑顔を浮かべていた。

 

「吸血鬼、喰らいなさい!」

 

「あんた、霊夢って言ったわね。…………あんた達の関係、少しだけ羨ましいわ」

 

 そして、レミリアは霊夢の弾幕がこちらに迫って来ることを確認したのち、観念したかのように目を瞑った。

 

 

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「負けたわね、私達」

 

 レミリアがぽつりと呟いた。

 

「そうだね、お姉様」

 

 レミリアを見下ろすフランが言った。

 

 レミリアは現在、凍らされた霧の湖の上で、大の字になり横たわっている。

 霊夢の弾幕に曝され、墜落したレミリアを救ったのはこの凍らされた湖だった。もし凍らされていなければ、流水が苦手な吸血鬼は溺れていた事だろう。

 この時だけは、チルノに感謝した。

 

「ああ、綺麗な夜ね」

 

 レミリアが見たのは、空。紅い霧が晴れ、その大きく黄金色の身体を晒す月が、頭上に浮いている。

 

「でも夜は共有できない。だって感じ方は個人に左右されるんだもの。だから私には夜なんて要らないわ」

 

「ん、なんで?」

 

 問い掛けるフランを見て、レミリアは少しだけ表情を弛める。

 

「そんなの決まってるじゃない。フランや咲夜、パチェや美鈴達と共有できない夜なんて、私には必要ないわ。それにもっと必要な物は、既に持っているしね」

 

 そう言って、レミリアはフランに笑いかけた。

 

「母……じゃなくてお嬢様、妹様、お夕食が出来ました!」

 

 紅魔館から咲夜が大声を上げて二人を呼ぶ。

 

 今夜のような、大きな満月が夜を照らす日。

 

 二人の吸血鬼の後ろ姿が月の光に照らされ、朧のように霧の湖に浮かび上がっていた。

 

 それはまるで、仲の良い姉妹のようで……。

 

 

 紅に包まれた夜は、終わりを告げたのである。





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