東方付喪録   作:もち羊

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119季 星と冬と金の年 春の章
白玉楼


「ねぇ妖夢」

 

 まほろばのように、美しく儚げな白玉楼の主が従者の名を呼んだ。

 

「はい、何でしょうか幽々子様」

 

 夕飯時。従者として彼女が好みそうな食事を提供する。勿論栄養価は偏っておらず、彼女が幽霊であるとしても決して変調にはなりそうもない食事だ。

 

「桜……咲かないわね」

 

「ええ、この立派な西行妖は決して咲くことはないでしょう」

 

 彼女が言っているのは、冥界に存在する白玉楼。その庭園に佇む、立派な桜。

 その桜……西行妖は、未だ芽吹きもせずに上品な狐色を見せているだけ。

 

「花に染む 心のいかで 残りけん

捨て果ててきと 思ふわが身に」

 

「幽々子様……」

 

 妖夢は箸を止めた。普段よく食事を行う主が、一切食事に箸を付けていなかったからだ。

 何か予感がした。嫌悪とも幸とも取れぬ、変革の予感が。

 

「妖夢、桜とは……人も妖も、霊も神でさえも見蕩れるもの」

 

「………………」

 

「それは好奇心も同じ。抱かない存在はいない。もし抱かぬ存在がいるのならば……その存在は毎日が退屈で仕方がないのでしょうね。もしかしたら、退屈過ぎて死んじゃうのかも」

 

 いつもそうだ。主の話の意図は読めない。けれど、意味はある。このおっとりしていて日和見のような雰囲気を醸す主は、何も考えていなさそうでその逆。先の先、人が見渡せぬほどの先をその視界に映している。

 

「妖夢。好奇心が止まらないの。西行妖の下に何が埋まっているのか……。その真実をこの眼に映したくて堪らないの。妖夢は何だと思う?」

 

 主が好きな門答だ。今までの経験で分かる。主は私がどんな答を出したとしても、微笑むだけで何も言わない。明確な答なんて無いのかもしれない。一時の暇潰し……娯楽のような物なのかもしれない。

 故に、私は特に悩まず、自分の思うがままに答を出すことにしている。

 

 私の答が主の望む、望まないであろうと、答を出すということに、意味があるのだと私は思っている。

 

「……何も、埋まっていないと思います。埋まっていたとしても、骨や泥を被った器物くらいでしょう」

 

「そう……そんな答もあるわね。妖夢、実は私、書架でとある古書を見つけたの」

 

 その時の主は違った。いつもなら微笑むだけなのに、反応したのだ。……まるで落胆するように。

 

「その古書には、西行妖の下に眠る存在について言及されていたわ」

 

「そうなんですか……。意図を読み取れず申し訳ございません」

 

「いえ、責めてる訳じゃないのよ。ただ、親友に裏切られたかもしれないってだけ」

 

 それは驚きだ。まさか冥界を治める幽々子様に、対等な関係である友人の存在があったなんて。私が庭師となってから一度もご友人様を見たことが無い。てっきりいないことだと思っていた。

 それに、今の主の姿はどこか疲れているような……寂しいと感じる姿をしていたのだ。そして主が言った、裏切られたかもしれない……に込められた真意とは。

 

「真意なんて事実以外の何者でもないわ。そうね……確かめましょう、この妖怪桜の正体を」

 

「確かめるって……土を掘るんですか?」

 

「……? 何を言ってるの、妖夢。そんなことするわけないじゃない」

 

 ではどうするのか……と言った疑問を呈す瞳で見つめたところ、意外な答えが返ってきた。

 

「咲かせるのよ……桜を。それも六分咲きや八分咲きなんかじゃない。もっと、そう……この庭が映えるほど満開に咲かせるのよ」

 

 それは希望。確定や不確定なんかの理屈ではない。ただの机上の理論。空想的。幻想的。

 ここは従者としてハッキリと言うべきだろうか。西行妖は決して咲かない……と。

 

 主がご存じかどうかは知らないが、西行妖には一つの結界が張られている。それも、かなり強固で難解な結界だ。この結界は誰が張ったのか……それは分からない。けれどここまで強い結界を張ると言うことは、何か明かしてはいけない物が埋まっているのだろう。

 

「幽々子様……しかし西行妖は今までに咲いた事など……」

 

 やんわりと優しく否定する。従者として、主の為に。だが、主は譲ることなどなかった。

 

「春を集めなさい。この寂しい冥界、春で満たせば西行妖も釣られて満開になる筈」

 

「春……ですか」

 

「ええ、春よ」

 

 春……しかし冥界には春は無い。あるのは閻魔が施した偽りの四季の術。

 だからこそ、本物の春を集めるとしても集めるとしても地上に行くしか方法はない。けれど、もし春を集めたのならば……。

 

「地上の春はどうなるんです?」

 

「暖かい地上の方々には、少しだけ我慢してもらう他ないわね」

 

「異変だと判断されれば、巫女が動きますよ」

 

「今のうちに動けなくさせれば良いのよ」

 

「物騒ですね」

 

「承知の上よ」

 

 それはなんとも危険な賭けである。幻想郷の巫女の動きを封じ込める事。それ則ち幻想郷の賢者である八雲紫への謀反に近い。

 決して温和な八雲紫でさえ、巫女への理不尽な攻撃は看過しないだろう。それ単体でさえ、異変になってしまうかもしれない。

 

「大丈夫、妖夢の考えていることは分かるわ」

 

「それでは……」

 

「妖夢、貴女は春を集めなさい。巫女は……私が優しく対応するわ」

 

 背筋に悪寒が走った。主である西行寺幽々子は微笑みを見せただけだ。けれどその笑顔を見ると、何故だか不安になってきてしまう。主が亡霊である以上、最悪の事態にはならないと思うけれど。

 

「分かりました。では夕飯が終わり次第、少し留守に致します」

 

「よろしくね、妖夢」

 

 その後はつつがなく夕飯が終わり、片付けをした。

 私室に戻り、お祖父様から授かった二振りの刀を腰に差す。

 

 楼観剣と白楼剣。

 迷いを断つ、命を奪う。

 

 お祖父様から、迷いを断つことの難しさと命を奪う事への罪深さを習った。この二振りには、その意思が閉じ込められている。

 

「従者は主に従い、命を承り、時には進言し、迷い無く主の敵を葬る。……よし、行こう」

 

 白玉楼から地上へと続く長き階段。殺風景を極めたその場所で、白き魂を連れた半妖が飛んだ。

 

 

 

 ───────これは後で知ることになる。

 

 あの時、主の微笑みが不気味に見えた理由。

 

 それは、死を操る主自身がその死に導かれ、破滅へと向かっているような気がしたからだ。

 

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