東方付喪録   作:もち羊

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昏睡混冥

 冬至を迎え、肌を撫でる風が鋭利な刃物のように感じる。

 外に出るだけでごりごりと削られていく精神力。

 寒い。一言で表しても、宇宙の真理を理解したとしても、とにかく寒い。

 

 博麗神社の巫女である博麗霊夢は、温い場所で丸まる猫のように、炬燵の中で冬を越そうとしていた。まるで冬眠する直前の、気だるげな熊のようである。

 

「おーい霊夢~!」

 

 霊夢は眉を潜めた。聞きたくもない声が聞こえたからだ。霊夢は炬燵の中に身体を深く被り、居留守を決め込む事にした。

 

 母屋の扉が開く。バカ野郎、勝手に入ってくるな。

 近づいてくる振動が床を伝って耳に。どうやら大人しく帰ってくれそうではない。霊夢はため息を吐き、観念した。

 

「おい霊夢! ……ったく、居るなら居るって返事をしてくれよ」

 

「…………」

 

「返事しないから居ない……って事にはならないからな?」

 

「もう、何よ魔理沙。こんな寒い日に。言っとくけど人里には下りないから。さぶいし」

 

 魔理沙が残念な人を見るような視線を向けてくるが、無視。伊達に博麗の巫女をやっていない。こんなことに一々反応していたら、幾ら身体があったとしてももたないのだ。

 

「霊夢、大変だぜ。凄いキノコが取れたんだ。ほらっ」

 

「……あら、それは凄いわね」

 

「ちゃんと見ろよ……」

 

 霊夢からすれば、その猛々しく固そうなキノコ程度で神社に来たのか……と、キノコなんて興味範囲外でしかなく、逆にそれだけでこの寒い中を飛んできた親友に対して驚嘆を禁じ得ない。

 

「そういえば霊夢、腕は治ったか?」

 

「ああ、これ? ……まだ半分よ」

 

 霊夢が見せたのは、痛々しそうに包帯で巻かれた左腕。紅霧異変の時に、容赦の欠片もないメイドにへし折られたのだ。まだ半年しか経たない今、霊夢の腕は未だ完治していなかった。

 

「……ったく、無理はすんなよ? 只でさえ人里の希望、博麗の巫女様なんだからさ」

 

「魔理沙が心配するなんて珍しいわね。明日は雪かしら」

 

「もう雪降ってるからな……っと」

 

 霊夢とは反対側から炬燵に入る魔理沙。髪はうっすらと湿っていて、雪の中をかなり速く飛行してきたのだと分かる。雪が付着していないのは、玄関ででも落としておいてくれたのか。

 

 霊夢が足を動かすと、魔理沙の足に当たる。それを挑発とでも受け取ったのか、魔理沙は霊夢を蹴り返した。負けじと霊夢も蹴り始める。

 

「ちょっ、霊夢、痛い痛い、このっ」

 

「なによあんた、客人の分際で、このこのっ、私の炬燵にずけずけと入るなんて、道徳を成長と共に置いてきたの?」

 

「道徳も道理も私の前じゃあ消しくずさ。成長の方はまだまだするさ。第二次成長期に期待ってね」

 

 仲良く会話しながらも、炬燵の中で行われる大乱闘は苛烈を極める。中の様子が見えないという状況の中、どのように相手へとクリーンヒットを見舞うか。それに尽きる。

 むやみやたらに振り回しても良いが、その場合相手への隙を与える事となる。逆に慎重になれば、懐への侵入を許してしまう。このさじ加減が難しいところだ。

 

「えいっ」

 

「痛っ、ちょ、魔理沙! あんた今脛を蹴ったわね!?」

 

「いやいやいや! 蹴ってない、蹴ってない。気のせいじゃないか?」

 

「いーえ、絶対に蹴った! 私の眼は節穴じゃないのよ」

 

「犯人は私ですわ」

 

「あんたか!? ……って誰よあんた」

 

 いつの間にか霊夢と魔理沙を挟んだ場所に、空が溶けたかのような薄青色の、少々フリルの付いた着物を着る肌の白い女性が炬燵の一隅を陣取っていた。

 

「私は冥界から来ました、しがない亡霊の西行寺幽々子でございます。以後お見知りおきを」

 

「お見知りおかないわよ。勝手に人の家へ入り込んできて、お賽銭の一つでも置いていくのが道理ってもんじゃない?」

 

「あれ? この神社ってそんな風習あったっけか?」

 

 黙ってろとの意味を込めて、魔理沙の脛を蹴る。声を上げずとも、少しだけ涙目になっている魔理沙を見て、少しだけ落ち着けた。

 

「それで、亡霊が何の用?」

 

「……博麗の巫女、でしたわよね。貴女の事はよく聞き及んでおります。して……桜は好きでしょうか?」

 

 綺麗に笑顔を見せる彼女を見ると、まるで吸い込まれるような感覚を受ける。もし吸い込まれでもしたら、多分無条件降伏をしてしまいそうなほどに、それは魅力に溢れていた。

 

「質問は質問で返さないもんよ。……桜、桜ねぇ。春は結構好きな方よ」

 

「そうですか。それは良かった…………」

 

「それで、あんたは何が目的なの? 一挙一動なにか怪しいのよねぇ」

 

「ふふ……もうおやすみの時期かしら。貴女には隙間が無いわね」

 

「どういうことよ」

 

「すぐに分かるわ。貴女も、私のお友だちも、すぐに夢の中。夢から醒めた時、貴女の目の前には綺麗な桜吹雪が舞っている事でしょう」

 

「は? なにを……言…………っ………………て……」

 

 瞼が、まるで数十キロの重石にのし掛かられているように。抗えない。拒否できない。マズイ……。

 意識が沈んで行く。暗闇の中へ。ボヤけの中へ。

 

「おい、霊夢!? てめっ、なにをしやがった!」

 

 魔理沙が吠える。その怒号は、霊夢の耳に届いているかどうか……。

 

「寒さで一番有り得るのは凍死かしら。震え、心拍数の低下、錯乱・幻覚、そして昏睡、死亡。今の彼女は昏睡って所かしら。良い夢を見て欲しいわね」

 

「てめえ!!」

 

 魔理沙が八卦炉を構える。完全に幽々子を敵とみなした証拠だ。もし魔理沙がひとたび魔力を込めれば、すぐさま八卦炉はその凄まじい威力を持ってして幽々子を消し去るだろう。その事実を魔理沙は理解していた。……理解しているからこそ、魔理沙は撃てない。

 

「手が震えているわよ? そんなに寒いのかしら」

 

「お前、今何やったか分かってるよな? スペルカードルールなんて必要ねぇ。今ここで殺してやる」

 

「残念、私は亡霊。既に誰かに先を越されてるわ。それに……殺に慣れていない貴女の凄みには圧が無い。欠伸が出ちゃう」

 

 何処からか蝶々がやって来た。今の季節にはあり得ない、幻想の蝶々。赤にも青にも紫にも見える不思議な蝶々は、羽ばたく度に色を変えていく。そしていつの間にか、数十匹の蝶々が幽々子の近くに舞っていた。

 

「ではご機嫌よう、可愛らしい魔法使いさん。もし地上に春が来なければ……冥界で共に花見でもしましょう」

 

 大量の蝶々が幽々子を包み隠す。そして蝶々らが離れたときには、そこに幽々子は存在せず。幽々子を隠していた蝶々も、役目を終えたかのように地面に落ちた後、光の粒子となって消えていった。

 

「はぁ? 結局、一体、何が……ってそれよりも霊夢! 起きろ、おい霊夢!」

 

 魔理沙が勢いよく肩を揺さぶっても、霊夢は空を見つめ、返事もしない。寒い寒いと言いながら、よく相手をしてくれた霊夢の口は、だらしなく半開きのままだ。

 嘘だ……と叫びたかった。起きろよ、朝だぞ……と冗談混じりに囀りたかった。

 

「う、うぁ、ぁぁぁぁあああ、ああ、あ、」

 

 音もない霊夢を抱き締める魔理沙の背後で、一つの亀裂が空間を割った。

 

 

 

 

 

──────────────

 

────────

 

 

『西行妖、咲くのかしら』

 

『咲かないわ、きっと』

 

 笑顔の美しい、右隣に並ぶ親友へと問うた。彼女は咲かぬと言い張るようだ。

 

『西行妖、咲くのかしら』

 

『咲かないほうが良いのさ、きっと』

 

 気さくな神である、左隣に並ぶ親友へと問うた。彼女も咲かぬと口を揃えて言うようだ。

 

『西行妖、咲くのかしら』

 

『花より、酒さ。きっと此の世は酒の旨味と苦味で出来ている』

 

 伝説の鬼である、目の前で肴と共に酒を楽しむ親友へと問うた。彼女は眼前の酒しか見えていないようだが、実は先を見据えているようだ。

 

『私は……西行妖の満開姿を見れるのかしら』

 

『なんで見たいんだい?』

 

 左隣の親友は問う。……確かに何故だろうか。

 

『分からないわ。けれど……何故かそこに使命感があるの』

 

 そう、使命感だ。私は西行妖に使命感を求められているのだ。魂のようにふらふらと、まるで吸い寄せられるように私は近づいていく。

 

『おっと、ここから先は、あんたじゃ行けない』

 

 鬼が、私の足を止めた。

 

『何故…………?』

 

『だって、ここは夢じゃないか。あんたの……幽々子自身が見ている夢さ』

 

 私の名が呼ばれた。だがその名が、自身の名前だと気づくのに数瞬遅れてしまう。

 

『私は……西行寺幽々子。じゃあ貴女達は……』

 

 顔が分からない。黒い靄が三人の顔を覆って、当初の親友達とはまるで別人のような印象を受ける。

 

『私達は親友よ。貴女の親友』

 

『ああ親友だよ。親友。幽々子の親友』

 

『親友……私と飲み交わそう』

 

 この人達はこんなに怖かったっけ?

 

 いや、ここは私の夢。

 

 私は彼女達を恐れている?

 

 ああ、そういえば。

 

 この人達、誰だったっけ。

 

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