東方付喪録   作:もち羊

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理想。


紫の記憶

『蓮華、こっち、こっちよ!』

 

 スキマで移動して、丘の入り口付近にいる蓮華へと呼び掛けた。

 

 私の心は弾んでいた。久方振りの友人との再会。かなり昔からの付き合いであるからこそ、喜びは更にだ。

 

『待ってくれ、紫。急ぐのは良いが萃香がまだだ』

 

 町人娘の着物を着た蓮華は、至って普通の人間に見える。どうやら霊力、妖力、魔力、神力、それら共々を全て極限まで抑えており、常に緊張状態であるはずなのに一切そんな様子を見せない彼女には敵う気がしない。

 

 私より永く生きる彼女。一体いつから存在していたのか。しかし、彼女が私より永く生きているお蔭で、私達は友になれたのだと思う。

 生まれて初めての、最初の友達。近頃はとある鬼との関係にかまけているようで、相手にしてくれなかったのはとても悲しかった。

 

 でもそんな日も今日で終わりにする。蓮華に伝えるのだ。私も新しい人間の友達が出来たよ……と。また一緒に遊ぼう……と。

 

『紫~まだー?』

 

『もうちょっと待ってて! 蓮華と萃香が来るから!』

 

 新しい人間の友達である幽々子が、気だるげそうに急かした。

 萃香と呼ばれる鬼はまだだろうか。早く来てほしい。

 

 私達が今いるのは、西行邸の近くにそびえる高い丘。その頂点で、今夜流星が見えると言うのだ。たった四人での流星祈願会。四人と言っても種族は一人。だけど特別寂しくはない。

 私達は友達という特別な結界で結ばれているから。

 

『ああ~すまんねぇ、ひっく、蓮華ぇ、飲み過ぎちった』

 

『萃香、紫達を待たせている。私の背に乗れ。その千鳥足じゃあ、丘を登るのにも一苦労だろう』

 

『おっ、そりゃ助かる。……それと、今日は特別な日って聞いたんでね。特上の酒を四人前、持ってきたよ』

 

 萃香が指をクルリと回すと、霧が現れ、その中から四人分の酒樽と酒器が現れる。どれも蓮華が聞き及んだ事しかない、まさに上物。蓮華と言えど、少しばかり口角が上がる。

 

『時は半刻も無い。飛ぶぞ』

 

『あいさ』

 

 脚に力を込め、大きく踏み込む。常人が登るには一刻ほどの時間を要する、その大きな丘。蓮華と萃香がいた場所からでは、頂点まで見上げる事しか叶わない。

 蓮華の踏み込んだ場所は陥没し、半径数十mに渡って亀裂が走る。それほどまでの跳躍。萃香を乗せた蓮華は、たったひとっとびで丘の頂点へと到着した。

 

『ああ、綺麗だねぇ。下から上へと至る快感。最高だねぇ』

 

『萃香、吐くなよ。……紫、すまない遅くなった』

 

『いえ、まだ時間はあるわ。こっちよ』

 

 蓮華と背に乗る萃香を、私と幽々子で見つけたベストスポットへと案内する。

 ベストスポットと言っても、何も特別な場所なんかじゃない。岩肌の少ない斜面に敷かれた草木の絨毯。空へと続く景色は、下に広がる町まで見渡せるほど開けている。

 

 夜。宵闇とも例えられるほどに、夜という時間帯は恐れられている。しかし、今ならば、どんな怪異が来ようと。どんな災害が来ようと怖くは無いだろう。

 恐怖そのものである妖。力の象徴である鬼。智恵を持つ人。万物を司る神。それら全ての種族が、今ここに集っているからだ。これほどまでに頼もしい四人はいないだろう。

 

『そろそろよ、紫。多分、そろそろ……』

 

『あっ、あれじゃないのかい!』

 

 萃香が叫んだ。天へ向かって、指を突き刺す。

 

 四人が空を見た。天へと眼差しを向けた。

 

『綺麗……』

 

 呟いたのは誰だろう。そんな事が気にならないほど、その光景は幻想的だった。

 

 

 ─────大いなる星々が、濃淡のように染まった暗き空を埋め尽くす。

 

 一つは筋を。

 一つは軌跡を。

 一つは光を。

 

 神々しささえ感じるような光の瞬き。まるで夜そのものが回転しているかのように泳ぐ、天空の魚達。魚はその身を揺らすことは無いが、一様に列を作り、宇宙という海に逆らうように遊泳した。

 今ここで並び、座っている四人には、境界など存在しない。星の下に集った、ただの酔狂な存在でしかないのだ。

 

『もし、星を掴めたら……なんて思ったことはないかい?』

 

 蓮華が変な事を言った。星なんて掴める筈もないのに、そんな、絵空事を。

 

 蓮華が続ける。

 

『掴めちゃいけないんだ、星は。こうやって彼らの躍り狂う姿を、遠目で見るからこそ美しいのだから』

 

『確かに……美しいわね』

 

 鬼も、妖も、人も、神も、結局は同じ。天へと浮かぶ、ただの石の塊に想いを馳せる。

 光とは、闇とは、調和とは、なんとも規則的で不規則的。相反しながら、調和を保っている。そこに境界が生まれ、界が生まれ、生命が生まれ、意思が生まれる。

 これほどまでに美しい物など、あろうはずがない。あってはならない。

 

 情を疎む存在もいる。規律を嫌う存在もいる。けれど嫌うのならば、嫌えるのならば、そこに情や規律は存在しているのだ。

 

『ねぇ、紫、蓮華、萃香』

 

 幽々子が突然皆の名前を呼んだ。

 

『星は掴めないかもしれないけど……見ることは出来る。じゃあ、桜は? ……桜なら見ることも、触ることも出来るわ。西行邸に植えられた西行妖。その下で、花見をしましょう。きっと、満足してくれると思うわ』

 

『へへっ、良いこと言うじゃないか、あんた。人間の卑怯な奴は嫌いだけど、あんたみたいな風情のある奴は好きだよ』

 

 萃香が屈託の無い笑みで笑った。しかしその手には、持ち込んだ酒器が握られていた。酒樽から酒を一口よそい、口に流れるように持っていく。

 酒を喉に流し込んだ後、萃香は幽々子に近寄った。

 

『どうだい、幽々子とやら。鬼と楽しむ酒宴など滅多な経験ではあるまい。あんたはこんな経験を逃す人間じゃないだろう?』

 

 萃香が不敵に笑う。幽々子も幽々子で、負けじと酒をよそった。それは一口というよりは、あまりにも多い量。慌てて紫が制止の声を上げようとするが、幽々子はそんな事知ったことかと言わんばかりに、全て飲み干してしまった。

 

『良い飲みっぷりじゃないか。気に入ったよ』

 

『ああ……幽々子ったら。お酒、かなり弱いのに』

 

 額に手を当てて、溜息を吐く紫。その懸念は当たっており、みるみるうちに幽々子の頬が朱に染まっていく。

 

『大丈夫よ~ぅ、紫ぃ~』

 

『カッカッカ、酔いも酒の楽しみの一つさ。どうだい、紫も一杯いくかい?』

 

『はぁ……頂くわ。こんな上等なお酒、滅多に飲めないもの。蓮華は、どうする?』

 

『私は……そうさな。もう酔っているよ』

 

『あら? いつ飲んだの?』

 

『いや、私達のこの関係にさ』

 

 どうも今日の蓮華は変だ。いつもと同じように飄々としていないし、どことなく口調も堅い。本当に酔っているのかもしれない。

 

『ハッ、蓮華、それは酔っているとは言わんさ。酔いとは醒めるもの。私達の関係はいつだって醒めないだろう?』

 

『ああ、そうだったな。よし、私も少し頂こう』

 

 蓮華も立ちあがり、酒をよそった。

 

 天に遊漁が映るなか、私達四人は、酒を飲み明かした。……いつかこの関係は崩れてしまうのかもしれない。何より、幽々子は人間なのだから。寿命は妖怪や鬼よりかなり短い。

 

 いつか彼女には死が訪れるだろう。いつか私は泣くことになるだろう。それは明日かもしれないし、ずっとずっと先なのかもしれない。

 それを受け入れれるか……? と問われれば、答えは出せない。その時の私が、どんな行動を移すかなんて今の私には分からないもの。

 

 しかし、今だけ。今だけこの享楽に浸らせて欲しい。ずっと一人ぼっちだった私にとって、今のこの四人との関係は、どんな極楽よりも素晴らしい物なのだから。

 

『紫~、ほら、もっと飲め飲め~アハハ!』

 

『ちょっ、蓮華、あんたもう酔ったの?』

 

 突然抱き着いてくる蓮華を回避できず、私は押し倒されてしまう。

 

 私みたいな胡散臭げな女でも、こんな楽しみがあって良いんだと享受出来る。

 

 まさに今は、有頂天外。

 

 酒と友が織り成す理想郷なのだろう。

 




これは幽々子自尽の、一年前の出来事。
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