東方付喪録   作:もち羊

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蓮華

 界を解こう。

 

 

 

 

「ぉーぃ……ぉーい……」

 

「んぅ、んんん、う……」

 

 なんだか気持ち悪い。頭がくらくらして、目が回る。

 

 あれ? そういえば私はあの後どうなったんだろう。えっと、確か池でなにかに追いかけられて、殺されそうになって、えっと、えっと、思い出せない……。

 

 私は殺されちゃったのかな? なんだかひんやりするし……。

 

「ぉぉぉぉおおおおおおーい!!! 聞ーこーえーるー?」

 

「ぴぎぃ!?」

 

 耳もとで大声が響いて、思わず飛び退く。

 

「誰!? 誰!? えっ誰!?」

 

「あっ、やっと起きた!」

 

 そこには青と白のドレスを着た、ちっちゃい女の子が元気そうに私の周りではしゃいでいた。

 

 そしてそんなことよりもっと驚く事が。

 

 なんと私生きてる! 五体満足、なにも失ってない!

 

 もしかして……この子が助けてくれたのかな? それならお礼しなくちゃ。

 

 とにかく、私はまだこの子の名前すら知らない。だから、最初は自己紹介。

 

「ねえねえ、貴女名前は何て言うの?」

 

「あたいー? あたいはチルノって言うんだ!」

 

「へー、チルノって言うんだ! 可愛い名前だねっ!」

 

「ありがとう! それで、あんたの名前はなに?」

 

「私? 私はえっと……」

 

 そう言えば私の名前ってなに?

 

 記憶が無くてうやむやにしていたけれど、私って一体誰なんだろう?

 

「私の名前は……ごめん、無いの」

 

「名前無いの!? ……じゃああたいが付けてあげるね!」

 

 そう言って思いきり笑顔を見せてくるチルノちゃん。女である私でも、見惚れてしまうような笑顔だった。

 

「えーと……えーと……ん? 頭に付けてるのってそれ蓮華?」

 

 チルノちゃんに指摘されて頭を触ると、なんと小さな蓮の花がちょこんとかんざしのように差されていた。私はその蓮の花を見て、なにか心の奥底が満たされるような、それでいてどこか懐かしい感覚に襲われた。

 

「じゃああんたの名前は蓮華ね!」

 

「蓮華!? ……うん、うん、すっごく、すっごく良い名前だよチルノちゃん! ありがとう!!」

 

 そう言って私はチルノちゃんに抱き着いた。お礼の言葉を身体でも表現したかったからだ。けれど、それは叶わなかった。

 

「痛っ……」

 

 彼女に触れた途端、寒さと痛みが走った。それは凍傷に似た痛みで、よく見たらチルノちゃんの身体からは冷気が出ている。

 

「あっ、ごめんね蓮華! あたいの体……冷気でおおわれてるから……」

 

「いや全然大丈夫、うん! ……それでチルノちゃんは私を助けてくれたの?」

 

「え? あたいは蓮華のこと助けてないよ?」

 

「あ、そうなんだ、ごめんね」

 

 気不味い空気が流れる。今の所チルノちゃんは悪い人ではなさそうだし、取り敢えずはこの怖い場所から抜け出す道を聞こうかな。それと、私が今いるこの場所のことも聞きたい。

 

 私がチルノちゃんに勇気を出して要望を伝えると、チルノちゃんは笑顔で了承してくれた。……良い娘だぁ。

 草木生い茂る、暗くて幻想的な森を抜けていく。歩いている時に分かった。ここは私が知っている世界じゃないって。だって、水滴の滴る葉っぱの元である枝の先にいるのは、蟷螂や芋虫といったただの虫ではない。

 

 ベッコウトンボ。

 

 現在の日本では既に絶滅危惧種となっており、今ではもう姿を見ることさえ難しくなっている。

 ……あれ? なんで私こんなこと知ってるんだろう。ま、いいや。気にする事でもなし。今はこの森の外がどうなってるかの方が先決だ。

 

「それで、この場所はなんて呼ばれているの?」

 

「んーここは大蝦蟇の池って呼ばれてるんだ。あたいはさっきの池でよく蛙を凍らせて遊んでるんだけど、あそこの主がとっても短気で、一匹でも凍らせたら怒るのよ!」

 

「いやそれはチルノちゃんが悪い気が……」

 

 ぷりぷりと可愛く怒るチルノちゃんが言うには、ここは大蝦蟇の池というらしい。ということは、さっきの声はその主の方だったのかもしれない。じゃあ私を見逃してくれたのかな? ……うーん、考えても分かんない。今度謝っておこう。

 

「そろそろ大蝦蟇の池を出るわ。蓮華は……どこに行きたいの?」

 

「どこって言われても、私はまだここら辺りの場所を知らないから……」

 

「じゃあ霧の湖に来なよ! あたい、そこに住んでるからさ!」

 

 霧の湖?って場所に、チルノちゃんの家があるみたい。そしてその申し出はとても嬉しかった。家も自分の存在もなにも分からない私にとって、腰を落ち着ける場所があるのとないのとでは勝手が違う。私はチルノちゃんについていく事にした。

 

 草木生い茂る植物の宝庫。それは陽さえも隠し、暗く沈んだような雰囲気を出している。

 しかしそのような思いも、霧の湖に来てからはまさに霧散したのだ。

 

 まず目に付いたのが深い深い霧。チルノちゃんはそんな事など気にせずぐんぐん先に進んでいくが、先も見えぬ私からしたら不安しかない。

 もし近くに怪物でもいたら。もし近くに危険な場所でもあったら。チルノちゃんが目の前にいるのに、そんな考えがなくなる事はなかった。

 

「ここがあたいの家、『かまくら』だよー!」

 

 しばらく歩いただろうか。チルノちゃんが突然駆け出し、私も置いていかれないよう駆け出した直後、チルノちゃんの背に私の鼻が当たり悶絶。何故いきなり止まったかというと、どうやらチルノちゃんの家に着いたかららしい。

 

 氷で造られた半円状の山のような家。チルノちゃんが言うには、それはかまくらと言うらしい。中に入ってみると、幾分寒くなく熱が閉じ込められているのか少しだけ温かい気もする。家具らしい家具は見当たらず、氷漬けの蛙や氷で造られた枕、底に穴の開いたバケツ等が転がっているだけだ。

 

 座って、と促されて私は氷の床に腰を下ろす。かなり冷たい。

 

「んーと蓮華はどこから来たの?」

 

「それが……分かんない。私、記憶を失っているみたいで……」

 

「じゃあ『幻想郷』の事も知らないの!?」

 

「げ、幻想郷……?」

 

 初めて耳にした単語なのに、どこか懐かしい響き。私は幻想郷の事をどこかで知っていたのだろうか。でも記憶が無いし、考えても分からない。

 

「知らないんだったら、『幻想郷』について教えてあげるわね!」

 

 意気揚々と意気込むチルノちゃん。彼女が言うには幻想郷とは『博麗大結界』と『幻と実体の境界』によって囲まれた世界の名称で、今いるこの場所も幻想郷であるという。

 『博麗大結界』ってどこかで聞いた気がする。どこだったっけ。『幻想郷』の時みたいに、またもや懐かしい気分に襲われるが、その出所がどこなのか思い出せない。なんだかとても気持ち悪いな。

 

「チルノちゃんはなんで霧の湖に住んでるの……?」

 

「あたいが霧の湖に住んでるのは、あたいがさいきょーって事を証明する為よ!」

 

「……例えばどうやって?」

 

「あたいの『冷気を操る程度の能力』でこの湖を凍らせちゃえば、きっと皆があたいをさいきょーって認めるはずよ!」

 

「え、あの湖を凍らせるの!? ……ちなみに今の進行状況は?」

 

「ゼロよ!!」

 

 ハッキリと断言された。それってまだなにもやってないって事だよね……。

 

「あー! 蓮華ったらあたいが霧の湖を凍らせるなんて出来ないって思ってるでしょ!」

 

「お、思ってない思ってない、絶対思ってないよ! ……ちょっと無理があるなぁーとは思ったけど」

 

「思ってるじゃん!」

 

 チルノちゃんが憤慨した。完全に口を滑らせてしまった私が百分悪いんだけども。……そうだ!

 

「ねぇねぇチルノちゃん!」

 

「……なによ」

 

「私も手伝って良いかな? 霧の湖を凍らせるの。そうした方が、幾分か作業効率も早くなるだろうし、何よりもチルノちゃんがさいきょーだってことが通常よりも早く認められるよ!」

 

「……ほんとに?」

 

「ほんとほんと!!」

 

 チルノちゃんに私の思いが届きますように~と願いを込めて見つめる。どれくらいの時間がたったのだろうか、とうとうチルノちゃんが折れた。

 

「もー仕方無いわね。分かったわ。蓮華をあたいの子分にしてあげる! そして、あたいのさいきょーとなる軌跡を側で見ておくのよ!」

 

「うん!」

 

 何故かチルノちゃんの子分になっていたけれど、気にしない。チルノちゃんと仲良くなり、チルノちゃんのお手伝いが出来れば、私は満足なのだ。

 

 そう思っていたその時、湖の方から爆音のような物凄い音が聞こえた。

 

「なになに!? なにが起こったの!?」

 

 急いでチルノちゃんと外に確認しに行くと、なんと濃かった霧が薄らいでおり、湖の中心には紅い血のような洋館がそびえ立っていた。

 

「チルノちゃん、霧の湖にあんな立派な洋館って建っていたっけ?」

 

「……建っていなかったわよ。ま、気にせず湖を凍らせましょ!」

 

「気にしないの!?」

 

 全くもってこの事態に動揺していないチルノちゃん。私よりも数段大人で、大物になる予感がする。

 子分となった私は、親分であるチルノちゃんには逆らうべきではないと思い、チルノちゃんの手伝いを始めた。

 

 心の奥底に生まれた、とある充足感の正体からは目を逸らして。

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