その異変に気づけたのは、自分の式神である藍の一報からだった。
冬には眠りに付くのが、八雲紫の習慣である。それはとある理由からだが……何も知らぬ者達からは、ただ怠惰に寝ているとしか捉えられない。
よって彼女が眠る意味を知るものはごく一部であり、それを紫は良しとしている。
その秘密は、幻想郷の管理者である八雲の弱味そのものであり、幻想郷の弱味そのものである。だからこそ八雲は自分の誇りを売り、怠惰という不名誉を背負いながらも、幻想郷を管理し続けるのだ。
彼女の睡眠の大切さは、彼女の近しい者ならば知っている。故に、彼女を起こそうとする者は、相当な用事でなければ彼女の怒りを買うだろう。
それを知ってもなお、八雲藍は紫を起こした。それだけ性急に解決すべき事態であったからだ。
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八雲紫はスキマの中を通り、博麗神社へと向かう。藍によると、冥界を治める亡霊姫西行寺幽々子に襲われたというのだ。
─────有り得ない、と普段ならば一蹴する内容だ。けれど今は冬。頭のキレる幽々子の事だ。私の力が一番弱まる時期に事を起こしたとも考えられる。
つい最近に起きた紅霧異変。これはスペルカードルールの頒布と共に、幻想郷中に蔓延る強き力を持った妖怪どもを手懐ける為。そして、妖怪の恐怖を定期的に思い出させる為に、異変を起こしやすくする事が主な目論見だった。
異変を解決する役割である博麗の巫女が打倒されたと知られれば、ただの笑い者で済むのかどうか。最悪、幻想郷内での内戦になりかねない。
博麗の巫女は、最も強き存在でなくてはならないのだから。
紫の頭脳は智恵で溢れている。その能力に近いなにかは、無間に存在する闇の広さでさえ瞬時に求められるほど。この時の紫は確証はなかったが、なにか嫌な予感がすることも事実。よって紫は、今の時点から続く未来の可能性を求め続けていた。
まるで無限に続く数式のようなもの。そしてやっと、スキマの出口が見えた。答え合わせはすぐそこだ。
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「霊夢!!」
普段取り乱さぬような紫が、声を張り上げた。
彼女がスキマを経て見た光景。それは、白黒の魔法使いに抱き抱えられた血の気の薄い博麗の巫女の姿であった。幻想郷の賢者である紫の頭脳は、すぐさま状況把握に努めようとフル回転し始めた。
心拍数や呼吸の有無を計ると、うっすらとだが聞こえる鼓動。まだ彼女は生きている。その事実が浮かんだ瞬間、紫は次の行動に移った。
「確か魔理沙と言ったわね……今から緊急処置を行うわ。その間に霊夢の身に起こった出来事を、詳しく説明して頂戴!」
「え、いや、あんた誰だ? それに、なんで私の名前……」
「今はそんな些細な事なんてどうでも良いの。早く言いなさい」
紫の強い言動に、魔理沙は従わざるを得なかった。紫は神社の居間に霊夢を寝かせ、スキマを開く。
「式入力、検査。『ラプラスの魔』」
霊夢の周りに異形の眼が現れ、じっくりと観察するように霊夢を調べ始めた。
紫が魔理沙を見る。どうやら魔理沙に事の経緯を説明しろと言っているようだ。
「えっと、あ、そうだ。私は今日暇だったから博麗神社に来たんだが、その時霊夢は炬燵でのんびりしてたんだ」
「続けて」
(外傷は無いわね)
「それで、ちょっとだけじゃれあっていたら、なんかいきなり変な人が現れたんだ」
「…………」
(内蔵に異常もない。こんな綺麗な方法なんて……)
「そいつが言うには、亡霊って奴で、えーっと名前は確か……」
「西行寺幽々子」
「そう! 確かそんな名前だ!」
「……感謝するわ、魔法使いの卵さん。後はこちらで処置するから、帰って構わないわよ」
「いや、私もここに居させてくれ。霊夢の側に……」
やんわりと魔理沙に向かってもう用は無いと伝える。だが魔理沙はどう捉えたのか、頑なとしてその身を退かなかった。
「……ま、良いわ。ある程度検査は済んだしね。多分症状は凍死に至る間の昏睡状態。これならまだなんとかなるわ」
「なんとかなるって、どうやって」
「凍死に於ける最終警告は昏睡よ。実際ならここで手遅れだけど……幽々子の能力は『死を操る程度の能力』。いわば死に至るまでの疑似体験に近いわ。だから、昏睡と死亡の境界を弄ればなんとか命は助かる。けれど……永くはもたない」
「どれだけもつんだ?」
「そうね……今は二月。もったとして6月。それ以上は霊夢の身体は耐えられないわ」
「…………ッ!」
魔理沙は愕然とする他無かった。霊夢の命はもう四ヶ月しかないのか。そんな理不尽が今霊夢を襲っているのか……と。
絶望、と言った表情をしている魔理沙に向かって、紫は安心させるように言った。
「元凶は決まっているわ。西行寺幽々子よ。彼女を打倒すれば、諦めて霊夢に掛けられた能力を解いてくれるんじゃないかしら」
「そう、なのか……?」
「信じなさい。盲信なさい。私達に確定はないわ。何故なら確定だと思い込む思考しかないもの」
魔理沙が口をつぐむ。紫は処置を終えたので、次の目的地に向かうために、スキマを使って羽毛布団を取り出した。この羽毛布団は自分が寝るためではなく、霊夢を寝かせる為だ。
炬燵をどかし、代わりに慣れた手つきで羽毛布団を敷き、そこに霊夢を寝かせる。まるでぐっすりと眠っているかのような霊夢を見て、軽く髪を撫でた後、スキマを開いた。
「霊夢を頼むわね。そして、どうするかは貴女次第よ。一応こちらから博麗の巫女の代役を立てておくから、彼女に相談しても良いわ」
そして魔理沙の視界から消え失せる。
残されたのは眠り続ける素敵な姫と、魔法使いだけだった。
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冥界。幽霊から亡霊が集い、閻魔の裁判を終え、成仏もしくは転生が決まった霊たちがそれを待つ間過ごすところ……いわば待ち合い室のような場所でもある。
冥界にて待つ霊へ心身的負担を掛けぬようにとでも配慮されたのか、四季も存在する。
春には桜が、秋には紅葉が。その美しさのあまり、死者も成仏することを忘れてここに留まることも少なくない。
冥界にある池の畔には、大きな屋敷が建っている。そこには噂によると、この冥界を治める亡霊が住んでいるらしい。
そして今宵、珍しくその屋敷へ客人が訪れていた。人ではない存在に向かって客“人”……と表すなど、どこかおかしな話だが、妖力を極限まで抑えているその存在は容姿も相まって人間にしか見えない。
「……久しぶりね。お茶でも飲む?」
冥界の主が、対面に座る客人に向かって茶化すように聞いた。
「意外とお惚けね、幽々子。変わってないわ」
「あらあら、そんなに怖い顔をして、綺麗な顔が台無しよ?」
「そうね。夜更かしは美容の敵ですもの」
「ふふふ。紫……貴女の残り時間はいくつかしら。早く寝なくて良いの?」
痛い所を突いてくる幽々子に、紫は嘆息した。
「そうよ、幽々子は知ってると思うけれど、私には時間が無いわ。端的に言うと焦ってるの。だから、早く博麗の巫女を戻しなさい」
「嫌……と言ったら?」
「残念に思うわ」
「そう……」
幽々子が目を伏せ、言葉をぽつりと漏らした。
「貴女……言ったわよね。西行妖は咲かないって」
「言った……わね」
「私はその言葉をずっと信じてきた。もしキッカケが無ければ……私はずっとそれを信じていたでしょう」
キッカケ、という言葉に首を捻る。まさか幽々子を唆した人物が、彼女の後ろにいるのか。彼女を殺そうとする存在が、どこかにいるのか。
紫は恐る恐る聞く。
「そのキッカケがなにか……聞いても良いかしら?」
「先代庭師……魂魄妖忌の書架を漁っていたら、とある古書を見つけたのよ。そこには西行妖の下に眠る存在についての示唆と、その封印の解き方について書かれてあったわ」
紫は内心で舌打ちを噛ました。聞いたことがある名であった。名前の通り、忌ま忌ましい奴であったと。
西行妖の下に眠る存在。それは、西行寺幽々子の生前の姿。彼女がその危険な能力を疎み、自尽した際に、私が境界を操って彼女を亡霊としての姿で定着させた。人と死んだ際に生まれる亡霊、その境界を操ったのだ。
そして、彼女の生前の姿を西行妖の下に封印した。蓮華の持つ『界を結ぶ程度の能力』で、解けぬ結界を張ったのだ。
亡霊にとって、生前の自分の死体が燃やされるか、又は自分が死んだ姿を見てしまうことは、死を意味する。だからこそ、幽々子が現世に留まる為には、彼女の目の届かぬ所に死体を保存する他なかった。
その時に、最も抵抗したのが魂魄妖忌だった。
彼は、もう幽々子を休めて欲しいと嘆願した。けれど彼女に宿る能力は、もし幽々子が輪廻転生をしたとしても幽々子を苦しめ続ける。その事を説明しても、彼は首を縦に振らなかった。次第には、封印を施そうとする蓮華に向かって斬りかかったのだ。
彼ら半人半霊と私達妖怪は寿命が違う。人間よりは長けれど、妖怪よりは短いとされる半人半霊。半人半霊である彼は、『西行寺幽々子』としての救いを求めたのだろう。彼の仕える主は、『西行寺幽々子』以外にいないからだ。
結果的に彼の願いは聞き入れられなかったのだが。
「幽々子、忠告よ。西行妖を咲かせてはならない」
「眠たそうな貴女に言われても、所詮は寝言よ」
「幽々子本当にお願い。咲かせないで、西行妖を。もし咲かせてしまっては……貴女が……」
「貴女が……なに?」
「いえ……何でもないわ」
とにかく、もう時間が無かった。私はもう住み処に戻らねばならない。
「……幽々子、貴女は私の友が必ず止める。必ずよ」
「友……。蓮華か、萃香かしら。それとも貴女の新しいお友だち? ……いえ、蓮華はもう消滅しちゃったのよね。いつ頃彼女は生まれるのかしら」
「きっと驚くわよ。それを肴に楽しみになさい」
「うふふ、久しぶりか……はたまた新しき邂逅か。それは楽しみね。それと紫……どれくらい永くなったの? その睡眠時間」
「…………私はいつもより眠たいから寝るだけよ」
「それが永遠にならないよう祈るわぁ」
紫は手をフリフリと振る幽々子を眺めながら、スキマの中へと消えていった。
「ふふ、紫。貴女が眠るようになったのはいつ頃だったかしら」
タイムリミットは、大妖怪である彼女の身さえも蝕んでいた。
あ、ついでですが、一話を少しだけ変更致しました。これからも、設定のすれ違いにより変更する場合もあると思います。ご了承下さい。