「ったく、さっぶいなぁ」
魔理沙は魔法の森付近を探索していた。冥界を見つける為に、まずはホームグラウンドを漁ってみようと思ったのだ。
あると確信するには可能性は薄いが、情報の一つや二つあれば上出来だと。
しかし吹雪が酷い。今日に限って豪雪日だとでも言うのだろうか。霧のように視界を防ぐ雪の結晶。低気温からか身体も敏感になり、雹でも当たる日には最悪とごちるしかないだろう。
「チッ、空はダメだな。降りるか」
それは正しい判断だった。
魔法の森は鬱蒼と草木が繁り、豪雪の侵入をある程度防ぐ役割を果たしている。問題は道に迷ってしまうことだが、この辺りもよくキノコや素材を取りに来るので、魔理沙からしたら近所の散歩程度のものだ。
気の向くままに歩いていると、突然声が掛けられる。
「あら、魔理沙。こんな所に来るなんて珍しいわね。明日雪でも……って雪なら既に降ってるわね」
「私が現れた時は霧雨だぜ」
「それは自虐かしら? ……それより、貴女も人形劇見ていかない? 今日は珍しいお客がいるの」
「へぇ、どんな奴だ?」
「お客より人形劇の方を気にして欲しいわね。まぁいいわ、行ったら分かるわよ」
現れたのは、魔理沙が魔法の森に住み着き始めた時からの友人、アリス・マーガトロイドである。
輝くような金髪をショートにし、頭にはヘアバンドのような赤いリボンが結ばれていて、青のワンピースのようなノースリーブとロングスカートを着ている。
彼女に導かれるように森の中を進む魔理沙。目的地はアリス宅だろうと目星を付けていたが、案の定アリス宅が見えてきた。
アリス宅。魔法の森の拓けた場所に、一軒家ほどの家がある。拓けているお蔭で雨風晒されそうな気もするが、そこは魔法使い。障壁を張って、人形劇をするための場所をしっかりと確保してある。
座るための場所には雪の結晶なぞ一片も無く、かなり前から障壁を張り続けているのだと分かる。簡単に言っているが、これは実行しようとしたならば永続的な魔力が必要になるか、魔力の回復速度が消費速度を上回らなければならない。
アリス・マーガトロイドとはそれほどまでの魔法使いだが、彼女はその魔法を自分の為に使わず、人形の為に使う。
魔法使いの同僚として勿体無いなと思う魔理沙だが、彼女がそれを望んでいるのだから仕方ない。
「こっちよ。……お客さん、相席して頂いてもよろしいかしら?」
「あ、いえ、構いません」
立て掛けてある観客席に座っている一人の少女。銀白色の髪をボブカットにし、白いシャツに青緑色のベストを着ている。しかし何よりも目立つのは、その腰に差さる二振りの大きな刀だ。
「あ、その、横、失礼するぜ」
「いえ、その、こちらこそ」
「あんたらお見合いしてるんじゃないんだから、そんな余所余所しくしなくても大丈夫でしょ。特にこの幻想郷では」
魔理沙は帽子の上から頭をガリガリと掻く。どんな奴かと興味を誘われれば、なんでもない、ただの少女だった。刀の事は気になるが、幻想郷に常識は通じないのだ。こんな奴もいるだろう。
(そういやホイホイ付いて来ちまったが、私は霊夢を救う為に冥界へ行くんだろうが。クソ、こんな所で時間を潰してる場合じゃなかったぜ)
主に魔理沙の自業自得だが、興味をそそった方も悪い……と上手い責任転嫁。
魔理沙は準備をしているアリスを一瞥しながら、席を立った。
「あれ、帰るのですか?」
隣に居座る銀白色の少女が、その水晶のようなまん丸瞳で見つめてくる。帰るのか───と純粋な疑問を呈すその目は、魔理沙の沈む心には逆効果だ。
「あーそうだな。私は今から冥界の主に用があるんで、こんな事してる場合じゃないんだ」
「冥界の……主?」
「ああそうだ。名前は西行寺幽々子っつーんだが、今からそいつを探してぶん殴りに行く」
「ほう。さいですかさいですか。貴女こそ、幽々子様の敵という訳ですね」
「あー?」
少女がゆらりと立ち上がる。心なしか先程の純粋な瞳は鳴りを潜め、敵意が滲んでいるようだ。
魔理沙はなにか嫌な予感がしたのか、片手で箒を掴み、もう片方で帽子の中から八卦炉を取り出した。
少女は刀の柄に手を掛ける。慣れた動作だ。少女は刀を抜くことに躊躇も無いほど、刀に触れてきたのであろう。
「おいおい物騒だなぁ」
「主に仇なす敵を斬るのは従者の役目」
「ほうほう、あんたは西行寺幽々子の従者って事か。なら話は早いぜ。さっさと冥界に案内しな。じゃねえと、痛い目に会うぜ?」
「それは貴女の方よ。冥界へ正式入場させてあげる」
「おー怖い怖い。冥界の住民ってのはこんなに気が荒いのかねぇ。えーっと、ちんちくりん」
「私はちんちくりんではない……っ! 魂魄妖夢という立派な名があるの!」
「そんなことどうでもいいっつの。良いのか、お喋りに夢中になってて。私の八卦炉はもう既に魔力充填完了しているぜ」
少女は目を見開いた。それは驚きからではない。油断をしてしまった自分を悔やんで……だ。
「貴様……名は」
「あー、えっと、レミリア・スカーレットだぜ」
「嘘ね。それはつい最近幻想郷に入ってきた吸血鬼の名よ」
バレたか……と舌を出してネタばらし。おちょくりで我を忘れてくれれば良いのだが、目の前の妖夢にはそんな様子など微塵もなく、逆に闘志を高めているようだ。
「私の真名は霧雨魔理沙だぜ」
「そう、魔理沙、では貴女を斬ります。恨む必要もありませんよ。死んだとしても記憶を失い、閻魔様の裁きを受けるだけですから!」
「あいよ、そりゃあ親切設計だなっと。『マスタースパーク』」
「無駄よ。『餓鬼十王の報い』」
八卦炉からマスタースパークが発生する。妖夢との距離は、少しだけ距離を取ったとはいえ数m。発生した時点でほぼ決着と同じなのだ。魔理沙もそれを理解して、通常よりも威力は弱めのマスタースパークを放っている。
しかし、妖夢にとってはその見立てさえ甘かった。
─────時が緊張する。
止まった訳ではない。圧縮し凝縮し集中されきった刹那的な極限集中状態。
思考と認識、視界だけがこの世界に存在でき、身体は全く動かない。
時間にして一秒も満たないが、その間に妖夢はマスタースパークを横に一閃した。
マスタースパークを斬ったということは、当然必然次は魔理沙だ。緩慢とした時の中で、刀の刃が迫る瞬間を見ていることしか出来なかった──────。
「待ちなさい。ここまでよ。人形劇を見ないなら、さっさと帰りなさい。ここは闘技場ではなく、御客の場よ」
刃が鼻先で止まる。それは妖夢が手加減をしてくれたって意味じゃない。アリスが操っている人形を使って、妖夢の腕をおさえたのだ。
「邪魔を……する気ですか?」
「邪魔をしているのはあんた達でしょ。はぁ……興が覚めた。今日は二人とも、帰って。人形劇はお仕舞い。今度近くで喧嘩したら本気で怒るから。じゃあね」
どうやらアリスを怒らせてしまったようだ。戦いの最中だったが、なんだかいたたまれない気持ちになり、八卦炉を仕舞った。妖夢も刀を鞘に納めていた。気持ちは同じようだ。
「近くで……ってことは遠くでなら良いんだよな」
「そうみたいね」
「今日は装備も少なかった。だから負けそうになった。だが結果は引き分け。うん、そうだな、明日、魔法の森の奥に来い。霧雨魔法店っつーちっさい店があるはずだ。そこで今日の決着を着けようぜ」
「ふむ……では、明日ですね」
「ああ、うっかり迷うなよ?」
「半霊が居るから大丈夫」
すると、妖夢の後ろから人の頭一個分ほどの白い塊が出てきた。それは空中にフヨフヨと浮いていて、妖夢から離れようとしない。
「へーそりゃ便利だな。私も欲しいぜ」
ナデナデスリスリしてみると妖夢に叩かれた。痛い。
妖夢を見ると、親の仇を見るような目で見てきた。……そんなに過剰にならなくていいのによ。
「……あんたは半霊を持てないわ。今のでよーく分かった」
「はぁ?」
「じゃあね」
そう言って帰っていく妖夢の目は、少しだけ涙で潤んでいたような気もするし気もしない。十中八九気もしない。
……はぁ、帰るか。明日の為に用意もしなきゃいけないしな。
そして、一日が経つ。
妖夢は来なかった。