此処は空中。白銀の妖精が激しく乱舞する様子は、熱が好きな存在にとってはまさに地獄と言えよう。
そこに紛れるように二人はいた。正しくは二人と一霊だが。
「あーあ、こんな雪の中じゃ妖夢が何処にいるか分からねえ。うっかり弾を当てちまうかもしれねえな、気を付けろよ?」
「問答無用。斬らば分かる」
片方は人間の魔法使いの少女。片や種族の異なる半人半霊。お互いは砲と刀を構えて対峙していた。
今から行うのは命のやり取りではない。幻想郷で定められたルールの元に行う弾幕ごっこだ。魔理沙は当然として、妖夢も自らの主からそれがどんな遊びか聞き及んでいた。
主曰く困ったら提案なさい……と。
レミリア含む紅魔館のメンバーらが起こした紅霧異変のお蔭で、ある程度幻想郷内でも使われるようになった決闘法。妖夢のような未熟者でも主に勝つ可能性が出来るという、簡易な下克上も可能にする遊びだ。
「スペルカードは三枚、被弾は一だ。妖夢、良いか?」
「スペルカードなど三枚も要らない。一瞬でけりを着けてやろう」
「良い威勢だ、ワクワクするぜ!」
魔理沙がスペルカードを取り出し、宣言した。
「恋符『ノンディレクショナルレーザー』」
魔理沙から五つの魔方陣が放たれ、各々が色の違うレーザーを回転しながら放つ。
レーザーというものは初速が異様に速く、油断して直線上に居ればすぐにその餌食となってしまう。軌跡にも被弾判定のある銃弾とでも言えば良いだろうか。
(……ふん、簡単ね)
妖夢は冷静に判断を下し、身体を捻って躱す。
しかし魔理沙はそれを読んでいた。
「おぉっと、さっき油断するなって言ったよな?」
魔理沙は更に自分の目の前へ魔方陣を展開、そこから妖夢に向かって大小の星を模した弾を放っていく。
これには妖夢も逃げねばならない。何故なら、躱す以前に妖夢の五体を狙って幾つもの弾が向かっていくからだ。所謂狙い撃ちである。
だが、妖夢は動かなかった。それは降参の意を相手に伝える為ではない。“動く必要も無い”のだと相手に明確に示す為だ。
“刀を収納する鞘の先が、一瞬だけ動いた”───と、それだけ。
魔理沙にはそれだけしか見えなかったのだ。
「軽い。そして豆腐より脆い」
妖夢に向かっていく大小の星弾。それらは妖夢が腕を動かすだけで二つに分かれた。
「おいおいそんなのアリかよ……」
その現象の原因と結果は、すぐに理解出来た。妖夢が刀で弾幕を斬る。そして弾幕が斬れる。この二工程。たったこれだけ。
あまりにも分かりやすく、あまりにも不平。なんとも言えぬ感情が心の奥底から湧き出てくる。だが、これも弾幕勝負で有り得ること。仕方無いと考えればそれまでだが、それでも耐え難い……。
スペルカードにはその弾幕制作者の想いが詰まっている。そしてそれを見せるということは即ち心の開放であり、弾幕ごっことはコミュニケーションでもある。
対峙した敵が魅せる弾幕の美しさ。そしてそれを永く見るために、永く相手の気持ちを感じるために、こちらも全身全霊をもって相手の心に応える。
それこそが、スペルカードを用いた弾幕ごっこという特殊な決闘法の解だ。
だが今のはなんだ?
斬る───斬る───斬る───斬る───斬る……。
全てを斬る。
それはまるで拒絶。寄っていく心を遠ざけ、更に斬り捨てる行い。魔理沙の中の……そう、どこか弾幕ごっこを楽しんでいる部分。そこが妖夢の拙い行為に反応し、怒りの成分を分泌する。
(こんな奴に負けてたまるか……こんな、弾幕ごっこの真意さえ知らない奴に……!!)
魔理沙は沸々と怒りを貯めていく。妖夢の涼しそうな顔がまたそれを加速させた。
「余裕そうな面見せてんじゃねぇっ! 魔符『ミルキーウェイ』」
スペルカードブレイク……通称時間切れはまだ先だ。しかし魔理沙に沸き上がる情動が、次のスペルカードに手を伸ばすキッカケを作った。
魔符『ミルキーウェイ』。天の川を意味するそのスペルカードは、魔理沙を中心に半時計回りの弾幕を展開。相手が避ける事に手間取っている間、更に小弾を左右から圧するように放つ。
流れるような弾幕は、まるで夜空を染める天の川。紅霧異変後、夏の綺麗な星空を見て思い付いたスペルカードだ。
「これは……追い詰められる。人神剣『俗諦常住』」
これは拙いと思ったのか、妖夢もスペルカードを宣言する。
ああ、そうだ。それで良いんだ。
色鮮やかな弾幕飛び交うこの状況。相手の気持ちを感じとるこの状況。心と心をぶつけ合うこの状況……!
これこそが弾幕ごっこだ!
妖夢が空間を一閃。するとそこから楕円形の弾がゆっくりと現れ、妖夢自身も赤みがかった大弾を列を成すように放っていく。
魔理沙のミルキーウェイ。妖夢の剣技弾幕。お互いのパーソナル領域を侵食しながら、その二つはぶつかった。
ミルキーウェイと俗諦常住がぶつかった際、大きなエネルギーとその性で飛び散った弾幕が発生し、大気を揺らす。
魔理沙は帽子を押さえながら、慣れた飛行操作で軽々と躱していった。
経験という意味では、紅霧異変と同様に魔理沙の方へ軍配が上がる。その経験の差だろうか。魔理沙のミルキーウェイから飛び散った弾幕が、妖夢の服や肌を掠めていく。
「どうだ妖夢! これが弾幕ごっこだ!」
「黙れ。口は災の元。今のは忠告だ」
「へっ、そういうのは勝ってから言え!」
「そうか……笑みを浮かべるところ申し訳ないが、早々に決着は着けさせて貰う」
妖夢が避ける動作を止め、刀を鞘に戻した。
─────何をするつもりだ。
魔理沙は彼女の真意を考えた。
─────何故刀を。
───降参?
─────────────諦観?
────────違う。
─────勝てる算段がきっと。
─────────だったら奴が行う次の動作…………。
次から次へと過ぎる思考。だがそれは途中で遮られる。それは心境の変化や突然の状況の変化による精神の不均衡等からくる内面的な問題ではない。
外部。それも背後からである。
「あっ……───────」
声も出せなかった。立て直す暇さえなかった。
これは……この“攻撃”は……!
魔理沙の思考を途切れさせたのは、背後から被弾した弾幕のせいである。しかしそこに妖夢の弾は無かった筈だ。丁度そこは何も無い空間。確実な安置である筈だった……。“それ”が現れるまでは。
(あれは、妖夢の半霊か……クソッ!!)
妖夢の半霊。魔理沙を被弾させたその存在は、魔理沙のミルキーウェイと妖夢の俗諦常住がぶつかっている間、透明化して魔理沙の背後に回り込んでいたのだ。魔理沙の不幸はこのあとである。なんと、半霊も弾幕を放てたのだから。
魔理沙は襲い来る弾幕に耐えながら、空中から身を降ろした。──────……降ろしてしまった。
────────────
───────
「魔理沙の負けね」
咲夜が淡々と機械のように告げた。魔理沙の心境としては、今だけはその声だけでも恨めしい。
負けたのだ、魔理沙は。悔しくない訳がない。その悔しさと妖夢への恨みが溜まりに溜まって、今の魔理沙は爆発寸前であった。腐ってもまだ11歳。感情を飲み込む術など知る筈もなく、その感情の行き場を瞳から落としながら、言葉にも成らない罵詈雑言を妖夢に吐いて、魔理沙は逃げた。
逃げなきゃ耐えられなかった。あんな奴に負けた自分が情けなくて、殺したいくらいだった。
強い、強い衝動。勝ちたいという原始的欲求。
魔理沙はまた敗北を知った。
けれど、その分また強くなった。