東方付喪録   作:もち羊

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春雪異変

 辺境すら寒さに包まれ。

 幻想郷に白銀の龍が現れた。

 

 視界に写るは鱗。指先を朱くする鱗。

 

 冬は終わらない。

 人々がそう気づくのは春の訪れを過ぎて数ヵ月後。

 いつもなら、 酒を片手に花見を楽しむ。

 

 口寂しい蜜の味。

 春はまだ、来ない。

 

 

     ~春雪異変序章~ 人里の記録より

 

 

 

 

 

 霊夢が眠り、蓮華が代理となり、魔理沙がお誘いをすっぽかされた時からはや三ヶ月。

 

 その間、霊夢は起きることもなく。

 

 その間、蓮華は働く事もなく。

 

 その間、魔理沙は負け続けていた。

 

 魔理沙はとある一件の敗北以来、ずっと妖夢を追い掛け続けていた。それは図らずしも妖夢の尾行に繋がり、冥界の入り口の特定の繋がった。しかし入り口から入る事はまた別だ。魔理沙がどれだけ攻撃を加えても、冥界の入り口はピッタリと閉じており、開く予兆すら見えない。

 

 橋渡し人が必要。やはり冥界に行くためには、妖夢を使わねば不可能なのだと頭に刻んだ。

 その想いと、未だ動かぬ霊夢の状況が、魔理沙を突き動かしている。何度も幻想郷を飛び回り、雪が降っていようと、体調が悪かろうと妖夢に勝負を挑み続けた。けれど結果は芳しくなく、魔理沙は逃げ戻る日々を繰り返していた。

 

 そして今日も魔理沙は出掛けようとしていた。目的は明白。妖夢打倒と、冥界の主を倒すことだ。

 少しだけ状況が突飛で切羽詰まっているが、結局は日常の範囲は出ず。

 

 ────……そんなある日、誰かがふと思った。

 

 ───────────幻想郷が平和だと。

 

 平和。幻想郷ではとても珍しい現象である平和。それはどこか歪で、どこか不自然。そして幻想郷の住人らは気づく事になる。雪が吹雪く春の訪れの日には、既に異変は始まっていたと。

 

 

────────────

 

────────

 

 

 雪が降り積もる霧の湖。紅い館がある場所とは正反対に、その廃洋館は建っていた。

 ……その廃洋館には色んな噂がある。どれもこれも人里で伝播された信憑性の薄い物ばかりだが、共通した点が一つある。それは、音楽が聞こえるというもの。

 

 人は知り得ない。それが騒霊の仕業だと言うことに。

 

 騒霊は三霊。各々が楽器を手にし、思い思いの音楽を奏でている。

 

 その中の長女、ルナサが呟いた。

 

「そう言えば楽団の予定ってどんな感じ?」

 

「今日は確か冥界に行って演奏だったよ」

 

 答えるのは次女のメルラン。彼女達は三女のリリカと共に、プリズムリバー楽団を結成している。激しくも美しい音楽を奏でる三霊はとある界隈に於いて有名で、時折依頼が来るほどだ。

 

 今日も彼女達はいつもと同じように依頼をこなすつもりであった。陽気で楽天的な彼女達は、現在起きている異変とこれから自分の身に降りかかる不幸に気付かないのである。

 

「じゃあそろそろ出発の準備を─────」

 

 リリカがそう言った瞬間だった。首元にヒヤリと冷たいナニかが当てられる。

 

「え………ムグッ」

 

 話す暇さえ与えられぬほど、その行動は速すぎた。慣れた手つきとも言えよう。他の姉妹がこちらを向いて、目を見開く。

 

 リリカの首元に冷たい物……そう、鋭いナイフを突き立てる咲夜は、耳もとでボソリと呟いた。

 

「冥界に行くって言ってたわよね……ちょっと私に冥界の場所を教えて頂けないでしょうか?」

 

 小さな声。だが冷たい。まるでナイフのような声であった。

 リリカは頷くしか出来ない。でなければ、彼女自体の命も危うかったからだ。

 

 話とは関係ない余談だが、紅魔館の主もこの異変を楽しんでいた。しかし止まない冬にとうとう飽きたのだ。その癇癪が咲夜を動かした要因とも言えよう。

 

(魔理沙が言っていた冥界……そこに春は向かっている)

 

 咲夜の視線は遠くを。それも、天空も天空。冥界と現世を区切る『幽明結界』に向けられていた。

 

 

─────────────

 

───────

 

 

「あー暇だ。超暇なんですけど」

 

 所変わって博麗神社。そこでは現在博麗の巫女代理を務める蓮華が、一人寂しく囲碁を打っていた。当然相手などおらず、一人囲碁である。ルールは知らない。

 

「博麗の巫女ってこんなに暇なの? こんなに暇なのにお金貰ってるの? あー、くっそ、私もここに就職しようかなーっと」

 

 蓮華は主に水を摂取すれば生きていける存在なので、博麗霊夢の苦労を知らない。電気やコンロなんて良いものは無く、道具や物も最小限にしか並べられていないこの博麗神社の様子を見れば、霊夢がどんな生活をしているのかある程度察しは付くだろうが、人間と同じ視点を持たぬ蓮華には分かる筈もなかった。

 

「蓮華!!」

 

 そんな怠惰な日々を送っていた蓮華を叱咤するかのように、博麗神社の襖が勢いよく開けられた。

 その人物は時折霊夢の様子を見に来る張本人、霧雨魔理沙である。

 

「なーにー、魔理沙~。私になんか用?」

 

「そんな蕩けた顔してる場合じゃねえ! 異変だよ異変、博麗の巫女として一緒に来い!」

 

「えーやだー」

 

「知らん! だらけているのならそのままで良い。私が勝手に連れていく!」

 

「ぎゃーーー、もっとだらだらしてたいーーーー!! お外の寒いのは嫌だーーーー!!」

 

「こいつ、とうとう堕ちるところまで堕ちたな……」

 

 駄々っ子のように騒ぎ立てる蓮華を見て、魔理沙の口からはもう何も出なかった。

 炬燵という魔道具にとり憑かれた哀れな妖怪。その末路が人間に引っ張られながら箒の後ろに乗せられ、魔理沙と共に飛び立っていった。

 

 魔理沙としてはこんな奴に頼りたくなかった。けれど今は出来るだけ人手が必要なのだ。霊夢に残された時間も少ない。もうなりふり構ってられなかった。

 

 

────────────

 

───────

 

 二つの存在が動き出した今、当の冥界の主、西行寺幽々子は扇子を取り出し、流麗な舞を舞っていた。

 

 妖夢は正座し幽々子の舞を見ているが、その表情は綺麗な物を見るときのような、感動したような物ではなく、どこか悲痛さが伴った表情であった。

 

「幽々子様……」

 

「あら、なぁに?」

 

 妖夢の呟きが幽々子には聞こえていたようで、彼女は舞を止めて振り向いた。

 

「もう……お止め下さい幽々子様。西行妖は諦めましょう」

 

「何を言っているの? ほら、もう西行妖は八分咲き。もうこの桜は咲くわ。満開よ」

 

 妖夢は幽々子の顔を直視することが出来なかった。もし直視してしまえば……妖夢は幽々子にその白楼剣を突き立てていただろうから。

 

 西行寺幽々子。彼女は冥界に訪れた霊でさえも見惚れるような容姿をしている。彼女から与えられる本当の『死』は、地獄に行く者からすれば最後の救いに。転生を果たす者からすれば未練になるほどだ。

 

 そんな彼女が、今では見る影もない。

 

 頬は痩せこけ、目の下には大きな隈が出来ている。心なしか顔色もかなり悪い。まるで今にでも死にそうだ。

 

 妖夢にはなんとなく分かっていた。

 西行妖を咲かすこと。それは主の死だと。

 

 妖夢は『魂魄妖夢』として幽々子を止めたかった。けれど従者である『魂魄妖夢』は、主である西行寺幽々子に従う他ない。

 

 こんな時ほど従者である事を悔やんだ事はなかった。

 

 誰かに西行寺幽々子を止めてほしかった。しかし冥界と現世を分かつ幽明結界を突破する方法は生者には無く、亡霊や魂であるならばそれらを司る幽々子を止められない。

 それでももし生者が結界を突破したとする。しかしここは冥界。生者が来るべき場所ではない。すぐさま幽々子に死を与えられ、この冥界の住民となってしまうだろう。

 

 歯噛みする思いだ。誰しも幽々子を止められぬ。止めれる者がいるとするならば、それは幽明の結界さえもあやふやにしてしまう存在か、はたまた生と死を区切る事が出来る人物か。

 

 だがそんな存在など夢物語同然。いても動かぬ。

 

「少し出ます」

 

「そうなの? 気を付けてね妖夢。もし西行妖が満開になったら、皆で華を見ながら宴会でもしましょう」

 

「はい……」

 

 心もち重く、白玉楼から冥界の入り口に続く階段を降りていく。

 

 幽明結界。大きな扉の形をした、強大な結界。冥界への橋渡しは妖夢でも可能だが、それは相手が死者の場合のみで生者は例外である。

 

「はぁ……」

 

 扉に手を付き、溜め息を吐く。

 

 もう駄目だ。私はお祖父様と約束した事さえ守れぬのだ。幽々子様を託され、二振りの剣を受け取った幼い自分。その日はきっと守り通せると信じていた。

 

 現実は厳しく……辛い。

 

 涙が出そうなのをグッと堪えて、元来た道を戻ろうとすると、後ろからガラスが割れるみたいな……ピシっという音が聞こえた。

 気のせいかと思い無視をすると、更にガラスに亀裂が入るような音が連続して聞こえる。

 

 まさか……と思い振り向くと、割れぬ筈の幽明結界に罅が入っていた。

 

「嘘っ、嘘っ、え、なんで!?」

 

 焦り、不安。そして少しだけの希望。

 

 妖夢は知らなかった。この幻想郷に結界を司る存在がいることを。

 

 妖夢は知らなかった。界を結び、死と生を分ける事が出来る存在がいることを。

 

 妖夢は知らなかった。その存在は、有名な大妖怪などではなく。博麗神社でだらけていた、とても脆弱な妖怪であることを。

 

 そして妖夢は後に知ることになる。彼女を。『界を結ぶ程度の能力』を持つ彼女の名前を。

 

 それは幽明結界が割れる音と共に、一人の魔法使いの箒に乗って、とある顔馴染みのメイドと一緒に現れた。

 

 春雪異変は既に始まっている。そして、既に終わりを迎えていた。

 

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