あー寒い。ホント寒い。なんで私がこんな寒い日に空中散歩を楽しまなければいけないのか。世は理不尽である。まぁそれもこれも、私を縄で縛ってほぼ強制的に箒の上に積んだこの白黒魔法使い、霧雨魔理沙のせいだが。
クッソー覚えてろよー。私が本気出したらあれだから。世界なんて簡単に滅びちゃうから。どっかの魔王の如く世界を半分あげることだって出来るんだから。……なんて言葉に出して言ってみたーーーい。
正体は雑魚なんですけどね、私。もうとって捨てれるくらい。
「魔理沙ー、冥界の場所ちゃんと知ってるのー?」
「ああ、既に把握済みだ。もうちょっとで着くぜ」
「へぇー、そーなのかー。…………ん?」
私は魔理沙の背にくくりつけられている。流石に落っことす訳にはいかないという魔理沙の優しさが垣間見えた気がするが、縛っている時点で優しさどうこうではない。まぁその代わり背後の様子が見えるわけだが。
背後を見れるお蔭か、その存在に気付いたのは私が先だった。楽器を持つ小さい女の子三人を脇に抱えながら、メイド服を着た銀髪の女性がこちらに向かってきた。……というかあれ、咲夜さんじゃないか。何してるんだろ。カツアゲ?
咲夜さんが近くに来ると、流石の魔理沙も気が付いたのか声を掛けた。
「ようメイド。今日もか弱い少女にカツアゲでもしてるのか? 素晴らしい趣味だな。今度私もやってみたいぜ」
「じゃあ貴女は誘拐犯ね」
「お友達を遊びに誘ったらそれは誘拐か?」
オイコラ。勝手に縛って連れてっておいて私を巻き込むな。それに第一、私と魔理沙は友達ってほど永く付き合ってないじゃん。……いや待てよ。相手から友達のOKサイン貰ってるんだから、こちらも友達だと認めればそれはもう親友と呼んでも差し支えないのではなかろうか。ああそうだ。きっとそうに違いない。じゃあもう私と魔理沙はズッ友だね!
「確かに私と魔理沙は親友だもんねー」
「調子に乗るなよ」
「あ、ごめんなさい、すいません」
即座に謝る私。しっかり謝れる私、偉い。
というかやはりゴロゴロし過ぎたかな。この頃魔理沙がどんどん私に冷たくなっていく気がする。いや、初印象もかなり悪かったけども。なんだか好感度のメーターが一方通行で、相手の方はマイナス方面に振りきっている気がするのは私だけかな?
「見えてきたわ、魔理沙。あれが『幽明結界』よ」
「へへ、やっぱりありゃあ結界だったのか」
魔理沙が笑ってこちらを見た。
……え、私? 待って、なにその目は。めちゃくちゃ嫌な予感がするんだけど。え、縄を解いて欲しそうだなって? いやいやいや、冗談ですよね魔理沙様。まさかそんな酷いことを魔理沙大明神様がするわけ……あ、やっぱり拒否権はないのね。
魔理沙が咲夜になにか合図をすると、一瞬にして私の身動きを封じていた縄がほどける。
よし、逃げるチャンスだ! と思ったのも束の間、頭に強い力が加わった。魔理沙のアイアンクローである。魔理沙は鋼タイプだったのだ。
「……なに下らねえ事考えてにやにやしているのは知らんが、今から蓮華にしか出来ない大仕事だ。あの結界を壊せ」
「え、ちょっ、いやなんで私?」
「お前、初対面の時に言ってただろ? 結界を操るって。じゃああれしきの結界、壊すのなんて簡単だろ」
「いや、だったらゆっくり近づいて作業するから。なんで振りかぶっているのか聞いていいかな、ねぇ、ちょっ、ちょっとおおおおおお!?!?」
魔理沙選手、1投目振りかぶりました。蓮華ボール、幽明結界にストライクゥ! バッター無し!!
……ってぎゃああああああ!!! ぶつかるぶつかる! 死ぬってこれ死ぬってこれ! 感じたら分かる。これアカンやつや……。
迫る結界。突き抜ける風。私を投げた魔理沙。……最後だけは絶対に許さん。後で博麗霊夢にチクってやる。わーん霊夢お姉ちゃ~ん。魔理沙お姉ちゃんに虐められた~。……うん、この後十中八九霊夢にボコられるね。
「わ、わわわわわわわわぁぁぁ! ─────あぷし!」
凄く痛い。多分首が死んだ。もし死んじゃったら絶対に魔理沙を恨んで枕元に出てきてやる。
ってちょっと待てよ。私飛べないからこのまま落ちるんじゃ……。ん、あれ、なんだこれ頭が。あれ、視界がグルリグルリ、あれれれ。
────────途端、繋がった。
───────────
──────
私は白い世界にいた。白い世界って言ったってそれは綺麗で純粋な物なんかじゃ決してなく、どこか歪んだ、濁った白色だった。
「え、何処ここ」
グニっとなにかを踏んだ。反射的に足下を見ると、そこには頭が転がっていた。鼻から下の無い、中途半端な顔。……一瞬で身体中の汗が干上がった。
「い、や、わあああああああ!! わ、わああああああ!!!」
なんだここ、何処、何処、出口、こんな所にいてはいけない。私はここにいてはいけないんだ。
焦っていたからか、初めてこの場所に来たからか、気づけなかった。
よく見るとこの世界、全て私で出来ている。背丈や服装は違えど、顔も特徴も全て同じ。どう見たって私だ。
唯一私と違うのは……生きているか、死んでいるかの違いだけだろう。
私の立つ大地は全て私の死体で。壁も、建造物も、山も、崖も。
水は無い。私が生きるために必要な水は無い。この世界に存在していない。まるでこの世界は、私の要らない物だけが存在する廃棄地のようだ。
私は歩いた。走った。死体の丘を越えた。死体の荒野を越えた。死体の砂漠を越えた。
死体は続く。光なき瞳が。胴無き腕が。四肢晒し。
いつしか私の足は、とある場所に着いていた。
そこは大きな大きな核。マントルとも呼ばれる惑星の核が、円柱上の空間に浮かんでいる場所だ。当然の如く、全て私の死体で壁が構成されている。
マントル。それは心臓のように思えた。脈打つその中には、なにか黒い影が存在する。
それが何か、私は理解してしまった。それは穢れだ。穢れそのものだ。
マントル内を満たすもの。それは怨念だ。どす黒い、全てを呪い殺さんとする怨念の液体。
私は不思議とそれを美しいと思ってしまった。根拠はない。ふとそう思ったのだ。
私はふらふらと、光源に近付く虫のように近づいていく。
ああ、それに触れたい。触れたらもっと……もっと感じられる。全てを。そう、本当の全てを。
マントルに向かって伸ばす腕。その腕を、誰かが止めた。
「……光源に集まる虫。その光源は、自分を焼き殺す熱源だとも知らずに」
「貴女は……誰?」
私の腕を掴んだ少女。その少女は、私より少しだけ背の高い……“私”だった。
「私は蓮華さ。蓮華と名前を与えられた、最初の蓮華。あんたを止めに来たよ」
「はぁ? なんだよ、蓮華は私だ。私以外が私の振りをするな」
「おいおい、その言い草はないだろ? 私の方が蓮華歴は永いんだ。仲良くしようぜ、三代目ちゃん。……ああ、でも一代目は蓮華の名は与えられてなかったっけか。じゃああんたは二代目だ」
何を言ってるんだコイツは。理解したくない。してはいけないのだと思う。私は必死に耳を塞いだ。こんな奴の甘言に騙されぬように、と自分に暗示を掛けた。
だが、コイツの声は私の手を、耳を越えて脳に響かせてくる。
「無駄さ無駄さ、耳を塞いでも。ここはあんたの中。私が残した、あんたへの記憶のプレゼントさ。……もうそろそろ時間が無い。私が伝える事をよぉーく聞け」
「……………………」
「あんたは付喪神。主に忘れ去られ、念を持った器物に宿る神。器物とはいわば人工物だ。だがここにいる私達は違う。付喪神じゃない。あんたは造られたんだ、私に」
「……………………やめて」
「私達の目標はただ一つ。“災厄”を封印すること。地と月に眠る、全ての祖を封印すること」
「………………やめろ」
「不思議に思わないか? 信仰心が必要な神や恐怖心が必要な妖怪の類。それらは神話を見る限り、人が生まれる前から存在していた古代の神々もそれに含まれる。疑わなかったか? 何故それらが存在できていたのかを」
「…………おい」
「答えを教えてやろう。人間が変えたのさ、歴史を! 歴史そのものを食べるワーハクタクが居るように。数十億人まで形成される人間が、想像と幻想を抱き歴史を造り上げたんだ。この世界での人間とは、まさに歴史変容機器。この世界の本質は、まさに人間が信仰した歴史が本物となって刷り変わる世界!」
「……蓮華」
「だったら、もっとも信仰される存在ってなんだと思う? なぁ、おい、もうとっくのとうに気付いてんだろ? 私達はその最も信仰された存在のアバター。いや、ここで言うならば神だ」
「もう黙れよクソ餓鬼が」
私はベラベラと聞いてもない事を喋るソイツを、両の腕で押さえつけた。不思議と、無くなった筈の腕が存在している事を疑問に思わない。いや、違うか。そんな事思っている暇さえないんだ。コイツを殺さなきゃ。殺して八裂きにして、内臓腸引きずり出して、ぐちゃぐちゃに分解して、再生しても身動き出来ないよう磔にして何度も殺してやる。
「おいおい一代目さぁん、結構ご立腹なようで最高だぜぇ。……どうりでおかしいと思ったんだ。西行妖を私が封印した後、あんたは私を死に誘った」
「てめぇ、話すのを、やめろ!」
私は二代目蓮華の首に手を掛ける。
「───死になさい───……ってな。死とは穢れをあんたに還元すること。西行妖と幽々子によって高められた私の穢れを、あんたが復活する糧の為に使おうとしたんだ。だがその不自然な行動が、こうやって二代目の私に『記憶の隙間』を、『対話の場の世界』を創らせるきっかけを与えちまった」
「クソッ、黙れ、黙れぇ! ぶち殺すぞてめえ!」
「ハッハッハ、本性かよそれが。三代目ちゃんの主導権を握りたくて、アイツが生まれた瞬間に干渉してたよなぁ。私が咄嗟に結界を発動させなきゃアイツ、文字通り死に戻ってたぜ」
私はコイツを殺そうと、腕に神力と妖力を込め始める。神であるコイツも同じ信仰心からなる神力でやられれば、当然効く筈だ。
三代目はてめえみたいな使えない二代目と違って、私が復活する為の依り代となるべき存在。二代目が私を封印しておくために造った器だとしても、それはあまりに純粋で綺麗だ。いつでもこちらの色に染め上げる事が出来る。だったら有効活用だ。二代目を殺せば、コイツは私のもんだ。とっくに死んだ死者は黙ってやがれ。
「ぎひっ、ぐ、あ……なぁ三代目。聞こえるか。……聞こえ、なくても、良い。頭の奥底に閉まっておくだけで良い」
「ぎゃはっっはっははははははははははは! ここは私達の世界! 呪われた異空! 私に乗っ取られた三代目の意識なんて既に灯火に近いさ!」
「覚えておけ、三代目。コイツの……私達の正体は……今なお人が形成し創り続けられている存在。古代の生物、初めて地球に生まれた微生物さえも、無意識下に信仰していた。だからこそ、この世界に生まれた最古で祖なる神。人の手が及ばずに創られた存在」
「死ね、死ね、死ねえええ、死ね!!」
少しずつ世界が崩壊していく。残されている記憶の容量も少ない。
「そう、私達は─────この大地そのもの…………私、達は地……のアバターで、……古代から……月……殺し………生…………──────────」
その時、世界に皹が入った。
───────────
──────
「よし、『幽明結界』が壊れた。私の思った通りだぜ」
誰かにおぶられる。とっても温かい布地の感触。
「おい、何を泣いてんだ? ……あー、ま、まぁ私もいきなりこんなことをやったのは悪いと思ってる。だから、今度償いって訳じゃあないんだが、団子でも奢らせてくれ? な?」
団子、団子かぁ。とっても美味しそうだ。
「魔理沙、敵さんのお出ましよ」
「ああ、そうだったな。おい妖夢、どうだ、今度こそリベンジといこうじゃねえか!」
私は箒から下ろされ、魔理沙に頭を撫でられる。
「ちょっとばかし待ってな。こっからは私達の時間だ」
見上げると、そこには白玉楼に続く階段。その先に異変の元凶がいるのだろう。
「幽々子……聞いたことがある。私の……友達」
そう、友達ならば助けなければならない。私は魔理沙の制止を振り切って、階段を駆け上がっていった。