東方付喪録   作:もち羊

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すいません、木曜日の分です。書き溜めをずらしてお送り致します。


リベンジャー

「おい蓮華! ……っち、咲夜、蓮華を頼む!」

 

 魔理沙が叫ぶ。必死で叫んだそれは、咲夜の事の重大さを伝えさせた。

 時が止まる。それを感知出来るのは咲夜だけ。しかし咲夜が蓮華を探してもその姿は見えなかった。恐らくだが、もう既に階段を駆け上がったのだろう。もしそうならば、蓮華はなんて素早い移動速度を誇るのだろうか。

 

 時が動き出す。既に咲夜は姿を消し、それを確認し終えた魔理沙は改めて妖夢に向き直った。

 

「よう妖夢、今日も弾幕ごっこで遊ばねえか?」

 

「止めて……お願い、皆が死んでしまう。さっき進んでしまった女の子も、消えた咲夜さんも、魔理沙……貴女も」

 

「私がそれしきの脅しに屈すると思うか?」

 

「貴女達の勇気は賞賛に値する。けれど幽々子様の能力の前では、生死を超越しない限り生き残る事は出来ないわ」

 

 魔理沙はそんな妖夢の主張に鼻を鳴らした。

 

「幽々子って奴は冥界の主をやっているんだから、当然冥界を管理するお偉いさんらもその能力に対して制約を設けているだろ。幽々子も、もしその能力を使ったらお偉いさん全員を敵に回してしまう事くらい予想する筈だ」

 

「違う……違う……幽々子様が危険なのではない。違うんだ……」

 

 妖夢は必死に、懇願するように否定した。そう、妖夢は知っている。危惧すべきなのは幽々子ではない。真に危惧すべきなのは、幽々子の能力なのだ。

 

 『死を操る程度の能力』

 

 生物はこの地球上に存在している限り、まず真っ先に襲ってくるのが『死』である。

 仙人や神霊と呼ばれる存在達は、先ずその死を回避せねばならないのである。

 しかし仙人と言っても、尸解仙のような死を利用した仙人へと至る方法もあるが。

 

 このように、人が超越者と成るためには、必ずと言っても良いほど死は付きまとうのである。

 常人ならば逃げることは許されず。超人ならば最初の関門となる。そんな事象を操る事が出来るのが西行寺幽々子という存在であり、その元は『死を操る程度の能力』に帰結する。

 

 もし……もしもだ。これだけで終わっていたのならば、妖夢はどれだけ心が救われていた事だろう。

 

 冥界の主の姿を知っているだろうか。決して着飾り過ぎない着物を着用しながらも、溢れでるカリスマと妖艶で惹き付けられるような魅力は抑えられていない。

 そんな彼女が、西行妖に春が宿っていくに比例して、痩せ細り衰えていく。

 

 彼女の身になにが起ころうとしているのか。

 原因は分かっている。西行妖だ。妖夢が春を集めたせいで、今まさに開花しようとしている桜の皮を被った化け物だ。

 

 そして驚くべき事実がもう一つある。

 

 “妖夢は、既に一ヶ月も前から春を集めていない”……ということだ。

 

 主観とこの事実から、妖夢はとある推測を立てた。

 西行妖は既に自立しようと独自に成長していて、今では春を自ら吸収し、そして何らかの力で幽々子の死を誘っている。いわば西行妖は、間接的に『死を操る程度の能力』を幽々子自身に向けているのだと。そう推測付けた。

 

 西行妖が開花していくにつれ、幽々子が弱っていく。気丈に振る舞ってはいるが、彼女の身体は既に限界を迎えているだろう。

 妖夢は従者でありながら、それを見ている事しか感じる事しか出来なかった。

 

「魔理沙……従者ってなんだと思う?」

 

「主に従う者なんじゃないのか?」

 

「では従者とは、主に対して何を従うのだと思う?」

 

「うーん、命令とか、そういうのじゃないのか?」

 

「魔理沙はそう思うのね。従者は主の命に従う者だと」

 

 妖夢が目を伏せる。唇を噛んで、拳を強く握った。妖夢が目を伏せたのは、ただ単純な理由だ。見られたくなかったのだ。妖夢の中を流れる激情を。今にも流されてしまいそうな、混濁した感情の波を。

 

 妖夢が声を震わせながら魔理沙に問うた。

 

「主がいなければ、それは従者じゃないの?」

 

「……そうなんじゃないか?」

 

「そう……だったら私は従者失格だね」

 

 魔理沙はその時に見た。

 妖夢の頬を垂れる一筋の涙を。

 

 それが見えたのは偶然の偶然だが、涙が流れている事は事実だった。彼女の言葉はどこか寂しげで、虚しく、冥界に広がる白い空へと消えていった。

 そして妖夢は今までの思いを全て吐き出すように、魔理沙へと吐き捨てる。

 

「雨を斬れる様になるには三十年は掛かると言う。

空気を斬れる様になるには五十年は掛かると言う。

時を斬れる様になるには二百年は掛かると言う。

これは私のお祖父様の教えだ。お前はまだ……雨の足元にさえ及ばないッッ!!」

 

「私は霧雨だぜ? とっくに雨さ」

 

「ふんっ! ……さぁ、掛かってこい。お前を斬って止める。そして今度は咲夜さんに追い付いて止める。あの女の子も止める。全部斬って確かめてやる! 私の未来も行く末も!!」

 

 妖夢が腰に差してあった刀を二振り、全てを晒し出す。刃に描かれた波紋が光に反射して、独特な軌跡を映し出す。

 魔理沙は感じた。妖夢の行動全てが悩みに悩んだ末の行動ではなく、まるで自暴自棄のような……ヤケクソ染みた行動であることを。

 

 彼女の涙の意味とは。彼女の真意とは。彼女の悩みとは、葛藤とは、望みとは。……全て、魔理沙には分かる筈もない。理解など他人には不可能なのだ。

 

 しかし、とある行動であれば通じ合えることならば出来る。理解も分かり合う事も、生物である以上不可能だ。……けれど、“通信”ならば可能なのだ。通信し、慰め、諌める事ならば、生物である以上必ず出来る。

 

 魔理沙はスペルカードを天高く掲げる。これは合図だ。妖夢と行う弾幕ごっこの、開始の合図。

 

(妖夢、てめえが泣いてる理由は私には分からない。……だから、教えてくれ。その涙の意味を)

 

 約三ヶ月間、魔理沙は妖夢に挑み続けた。何度も試行錯誤を重ね、道具を増やし、手数を増やした。だがそれも今日が最後。今ここで決着する魔理沙と妖夢に巻き付く因果の螺旋が、幾多も続いた弾幕ごっこの結果が。

 

「準備は良いな? スペルカードは三枚、残機は一だ。じゃあ行くぜ! 恋符『ノンディレクショナルレーザー』」

 

 魔理沙の周りに魔方陣が発生する。それは以前と同じ五つの魔方陣だ。その魔方陣からは案の定、色鮮やかなレーザーが発射される。

 妖夢は素早い接近でこれを躱していき、魔理沙の懐へ潜り込もうとする。

 

「おおっとまだまだだぁ!」

 

 レーザーが変化した。変化した……というよりは、レーザーの本数が増えたのだ。

 約十色。更に魔理沙からも鋭い弾幕が放たれる。妖夢は咄嗟に身を捻り、自分を狙うレーザーを回避。一旦距離を取り、態勢を立て直す。

 

 妖夢はこの弾幕の嵐を一筋縄では突破出来ないと判断したのか、自分もスペルカードを宣言した。

 

「白楼剣、楼観剣。私の道を切り開け。修羅剣『現世妄執』」

 

 妖夢が大上段に刀を構えた。隙が大きそうな構えに見えるが、妖夢の振る刀はまさに神速。妖夢に対してどれだけ隙があるように見えようとも、妖夢にとっては隙にあらず。

 逆に刀を振る時の大上段というのは、体重も加わる為に相当な威力を誇る。それを魔理沙は知らない。知らない故に、魔理沙も攻勢に出たのである。

 

 魔理沙のレーザーと弾幕が、大上段に構える妖夢へと迫っていった。

 妖夢は目を瞑っている。それは嘲りや侮りから来る、油断の賜物などではない。感じようとしているのだ、弾幕の位置。着弾までの時間。おおよその自分の行動出来る範囲。

 

 ─────時間にして数秒。妖夢から2m以内まで弾幕は迫っていた。その時、彼女が動いた。

 大上段に構えていた刀を思いきり振り下ろす。二振り故に扱い難さこそあれ、手数は二倍である。

 

 一閃、一閃。

 

 それだけで妖夢の目の前から弾幕が消え失せ、妖夢が通る為の道が出来る。

 彼女が刻んだ空間には白い軌跡が残り、その威力を証明した。もし直線上に居れば無事ではなかっただろう。

 

「……ハッキリ分かったでしょ。もう諦めて」

 

「嫌だね、私はしつこい事で有名なんだ」

 

「だったら切り刻むのみだ!」

 

 唐竹、袈裟切り。

 逆袈裟、左右薙ぎ、切り上げ、逆風───……。

 

 披露される多くの太刀筋。人が人生で見れる太刀筋の種類なんて、全くと言って良いほど無い。まず刀を見れるだけで奇跡だ。

 人間離れした妖夢が震う刀は人間の常識の範疇を優に超え、振るわれた太刀筋は弾幕となって魔理沙に襲い掛かる。

 

 近づけば切られる。しかし近づかねば弾幕の方が切られてしまう。

 妖夢の弱点とは刀を振るうまでの時間が長いということだが、弾幕を薙ぎ払う威力に神速の斬撃の前にはそんな弱点など霞んでしまう。

 

(こりゃあ“アレ”を使うか……?)

 

 魔理沙は新しく発注したとある物を、帽子の中に隠していた。魔理沙が隠す物とは、つい最近に霖乃助に頼んで以前と同じ材料で作って貰った物だ。ついでに時計の文句も言っておいたが。

 

 これを発動するとき。それはかなりの危機に瀕した時だ。まず発動条件として、マスタースパークの二倍の魔力を使い、更に両手が塞がる事だ。これは戦闘時に置いて重すぎるデメリットだ。それを霖乃助にも指摘されたが、魔理沙は敢えてこれを使う。

 

 理由は単純明快。パワーが出るからである。

 

 ────────そして時間。多少の差はあれど、二人のスペルカードが終わりを告げた。

 

 まだだ、まだまだ。まだ伝わってこねぇ。

 

 妖夢の想いが、感情が。

 

 妖夢はスペルカードが切れ様にすぐさま二枚目へと手を伸ばす。

 

 ここが魔理沙の決断時であった。

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