幻想の管理者
その妖怪は独りぼっちだった。
能力故か神にも匹敵すると言われるほどの、例外そのもの。
賢者と言われ、幻想郷を愛し、境界を統べる彼女─────八雲紫は、現在幻想郷で起きている騒動にその聡明な頭を抱えていた。
彼女の持つ能力『境界を操る程度の能力』で幻想郷を形作った際に生じる不祥事については、ほぼ予想の範囲内であったが、今回の転移騒動は完全に予想外であった。
「幻想郷はなんでも受け入れる。それはそれは残酷な話……だけれど、これは少し困った事態になったわね」
幻想郷のほぼ中心に位置する霧の湖。そこに転移してきた『紅魔館』と呼ばれる洋館。その紅魔館に住まう吸血鬼どもが幻想郷で燻っていた妖怪達を焚き付けて、今まさに幻想郷に革命を巻き起こそうとしているのだ。
別に改革自体は紫の預り知らぬこと。最初は気にも止めなかった。けれどその改革が、あの館の主が頂点へと君臨する為の足掛かりだと知ったときには、愕然とする他無かった。
幻想郷の支配。
幻想郷とは妖怪が楽園として住まう場所でなければいけないのであって、そこらの妖怪が頂へと君臨し支配する場所ではないのだ。
紫は早急に対策を練るため、一大勢力の一つである妖怪の山の天狗らにこの事態を知らせるも、彼らは不可侵を敷いており積極的に解決はしない模様。友である伊吹萃香も所在は不明。幽々子も仕事が忙しく手を貸せる余裕は無いとか。博麗の巫女もまだ幼く、スペルカードルールもまだまだ考案中であるが為に実践に出すのは拙い。
(はぁ……私が出るしかないようね)
眠気を押し殺し布団を出る。もう少しで冬だと言うのに何故私がこんな重労働をせねばいけないのか。それもあの吸血鬼どものせいだ。全ての怒りをぶつけてやろう。自分が日和って一年も様子見を決め込んでいた事は、言外にも匂わせない。
「藍ー」
「御呼びでしょうか紫様」
紫が軽く式神の名を呼ぶと、紫の式神である八雲藍はどこからともなく姿を現した。
「私がいない間、結界の管理をお願い」
「承知しました」
もし相手が一度の打倒で大人しくなりそうであれば、スペルカードルール普及の為に尽力してもらおう。
逆に、もし相手が一度の打倒でも懲りずに逆らおうとするのであれば、その時は…………
「幻想郷の土に、その首を埋める事になりそうね」
そう言って不敵に笑う独りぼっちのスキマ妖怪。
けれども彼女が操る力は万力に匹敵す。
はたや吸血鬼。自分の主の力で葬られるであろう館の主には同情を隠せない……と従者である藍はほくそ笑んだ。
紫は扇子を取り出し、なにもない空間に一振り。すると亀裂が生まれ、紫特有の不気味なスキマを生み出す。
「あ、そうだ藍。今日の夕飯は蝙蝠の丸焼きになるかもね」
そのような冗談とも言えぬ微妙なラインを突いてくる笑顔の紫。藍は従者として「感染症の危険等があるためやめて下さい……」としか言えなかった。