東方付喪録   作:もち羊

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木曜日の分です。


死界と密度

 妖夢との戦いを終えた魔理沙は、意気消沈する妖夢を連れて白玉楼へと続く階段を駆け上がっていた。

 魔理沙の目的はただ一つ。冥界の主をぶん殴る事。ついでにもう一発ほどぶん殴って、霊夢を治して貰うこと。

 

 幽明結界付近で戦っていた魔理沙には、咲夜と蓮華の様子を知る術はない。無い……が、チラリと見えた蝶の舞う姿。ナイフが飛ぶ様子。あれは多分、咲夜と冥界の主が弾幕ごっこでもしているのだろう。蓮華は飛べないらしいし、早々に負けてしまったのかもしれない。……と、そう推測付けていた。

 

 しかし魔理沙のその予測は、階段を登りきり、白玉楼の門が見えた所で間違いだと気付かされる。

 

 最初に目についたのは、倒れ込んでいる咲夜と、白玉楼を覆う大きな結界。

 そして次の光景が、魔理沙の目を釘付けにした。

 

 結界内部。

 和風建築の西行邸が見える。

 その庭園の大きな桜の枝が天へと突き抜け春を掬う。

 その間。

 

 言葉に出来ないとはこの事か。片や蓮華。片や冥界の主らしき人物。魔理沙にはその人物の事を知っている。霊夢を眠らせた人物として、魔理沙の記憶に深く刻まれているからだ。

 状況は拮抗しているようだった。口から血を流しながらなにかを唱える冥界の主。界を結んで界を解くという動作を何度も繰り返す蓮華。

 

 特に冥界の主─────西行寺幽々子の背。彼女は桜を背にして戦っているが、どこか変だ。そして目を凝らして見ると、魔理沙の目に今起こっている特異な現象が映った。

 瘴気のような、怨念のようなエネルギー……というよりは、流れみたいな物が幽々子の背を通して西行妖に吸収されているのだ。

 

「一体何が起こって……」

 

「魔………理沙……ねぇ、ちょ………っ……と」

 

 驚きで目を剥いていると、下から声が聞こえた。声の主は咲夜。だがその声は弱々しく、今にも死んでしまいそうだ。

 

「おい、咲夜!? だ、大丈夫か?」

 

「見て分かるでしょ……全然大丈夫じゃないわ」

 

 魔理沙に支えられて腰を起こす咲夜。彼女の血の気は引いており、魔理沙にはこの症状に見覚えがあった。

 それは三ヶ月前、博麗神社で霊夢が倒れた状態と殆ど同じだったからだ。もしかすると、咲夜も幽々子の能力に当てられたのだろうか。

 

「咲夜………お前、その症状、どうやって緩和を」

 

「……自分の時を限りなく遅くしたのよ。西行寺幽々子の能力を喰らう前にね。能力に当てられた後は、自分の時を遅くした最中で解析に没頭して、今のようにその能力の効果が表れる時間を操っているのよ」

 

 咲夜は確か、時を操る程度の能力。これならば、殊更今の咲夜の状態に納得がいく。そして、魔理沙の中に希望が湧いてきた。

 その希望とは、時間の巻き戻し。時を操る程度の能力を持つ咲夜ならば、霊夢が倒れた瞬間まで戻れると踏んだのだ。

 

「残念だけどそれは無理ね。時は巻き戻す事は出来ないの」

 

「じゃ、じゃあ時を遅くするだけでも」

 

「無理。時を操る能力ってったってかなりの制約があるのよ? 私だって、自分のナイフが朽ちた事から西行寺幽々子の能力を予測して、保険として最初に掛けておいたから出来たのよ」

 

「そうか…………って結構元気そうだな?」

 

「やせ我慢よ」

 

 そう言う咲夜の息は荒い。確かにやせ我慢なのかもしれない。

 意見を仰ごうと妖夢を見る。彼女は結界内部の様子に気を取られていた。

 

 確かに凄い光景だろう。

 

 両者に神々しさや華々しさは然程なく、少女に似つかわしくない血と血の争い。

 猛々しく歩を進める蓮華の進撃は、まさに鬼神。黒く濁った穢れを振り払い、幽々子による影響だろうか身体中から血を流しながらも進み続ける。

 対する幽々子も、血を流す。口、眼、耳という身体中の穴の穴から赤黒い血を垂れ流す。その姿はまさに狂気の具現。はたまた大いなる意志を貫く愚者の姿。

 

 こんなのは戦いじゃない……。戦いなんて言葉を使ってはいけない。

 

 血みどろ、必死。然れど二人は笑っているのだ。友達と遊ぶように。旧友と再開した時のように。

 そして結界に近づいてみると分かる。この結界内部に充満する死の気配。濃厚な死神の影が。

 

 蓮華は私達を隔離するために結界を張ったのだろう。そしてこの死に包まれる結界内で、死と生の鬩ぎ合いの最中幽々子と争っているのだ。

 

 その光景を見ている自分と、妖夢と、咲夜。

 

 なんて無力なんだろうか。

 

 何も出来ないのだろうか。

 

 もし、ここに、霊夢がいたら……。

 

 アイツならどうしただろうか。

 

 私は知らず知らずの内に、拳を強く握っていた。

 結局はこうなのか。霊夢を助けると。冥界の主をぶん殴ると意気込んでいながら、結局は他人任せなのか。

 だから弱いんだ、私は。だから脆いんだ、精神も。

 

 じゃあ私は何をすべきなんだ? 何をするんだ?

 居ても立ってもいられない性分。この時だけ、その性分が役に立った。

 

(私は言ってたじゃないか。ぶん殴るって)

 

「咲夜、空間もお前は操れるのか?」

 

「え、ええ、まぁ普通に」

 

「じゃあこの結界をこじ開けられるか?」

 

「ちょっ、何言ってるの魔理沙!」

 

 背後から強い力が加わった。妖夢だ。彼女は唯一幽々子の能力の危険性を知っている稀有な存在。そんな存在だからこそ、魔理沙のやろうとしていることが分かったし、理解できるのと同時にとある使命感が芽生えた。

 

「ダメに決まってる! 魔理沙、貴女にはあれが見えないの? あの死が渦巻く死界。あんたじゃすぐに死んじゃうわ!」

 

 妖夢が普段見せない素と怒声。けれどそれは結界内部がどれだけ危険なのかを魔理沙に簡単に分からせる。

 

 ────魔理沙は、そんな優しさと心配で構成された妖夢の手を振り払った。

 

「黙ってろ妖夢!! お前だって従者なんだろ!? 主を助けたい気持ちがあるんなら私を理解してくれよ!」

 

「だからって目の前のあんたを見捨てて良い理由にはならない!!」

 

「従者なら従者の務めを果たせ!」

 

「今の私は、魂魄妖夢だ!! あんたと戦った魂魄妖夢だ!! 人を見捨てて何が従者だ!!」

 

 魔理沙は見た。妖夢の瞳を。先程まで光の無かった、妖夢の瞳を。そこには自分を行かせまいとする強い光が宿っていた。

 

「なんだよお前……そんな事で覚悟決めんなよ……」

 

「残念だけど、私は見捨てる行為だけは絶対にしないって決めてるの」

 

 魔理沙は折れた。折れざるをえなかった。彼女は妖夢ほど強い覚悟を抱いていないからだ。その覚悟に……負けたからだ。

 腕を垂れ下げ、見守る事にした。

 それがどれだけ不本意であろうとも。

 今の魔理沙では妖夢を説得する手立てなんて無い。それに、自分の事を心配してくれる妖夢の気持ちを無駄にしたくはなかった。

 

 ────そんな、丸く収まる筈だった思考。

 

「良いのかい、魔法使い」

 

 ────魔理沙が嫌う人任せの思考。

 

「手立てはあるよ、“(うと)”めれば良い」

 

 ────それら全てを霧散させる声。

 

「大丈夫、私に任せな。あんたにまとわりつく死を散らしてやろう」

 

 ────悪魔よりもっと上。

 

「さぁ、行こうじゃないか。そこのメイドの力を使って、結界に穴を開け、あんたのしたいことをやってやろう」

 

 ────それは伝説と呼ばれた、鬼の囁きだった。

 

 幻想郷に薄く広がっていた霧。

 その一部が、“(あつ)”められた。

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