東方付喪録   作:もち羊

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ブレイバー

 鼓動が跳ねる。まるで心臓が自分の物じゃないみたいだ。というか私に心臓って有ったんだね。

 

 幽々子と友達になるために死線を踏み越えて早三分。約180秒という短い時間の中で、多くの死が私の頭をよぎっていた。

 

 窒息死から始まり、凍死、焼死、餓死、横死、

えつ死、縊死、事故死、惨死、溺死…………。

 

 死が私を襲う度に、私は界を結ぶ。そして界を結ぶ度に私は死線を踏み越えなければならない。

 しかし踏み越えていく死線が多いほど私の精神は磨り減っていき、私の足を重くしていく。

 

 ─────人が死を体験しそうになり、それを回避した場合。その時に加わる精神的心負担はどれ程のものか。 

 

 時に────車。横断歩道を渡っている際に、車が飛び出してきたとしよう。その時人間に起きる反射行動は?

 まずは硬直だ。続き、走馬燈。続き、死の予感と諦観が来る。しかし当たる直前で車が止まったとしたら?

 安堵だ。思考を吹き飛ばすほどの安堵。次に倦怠感と脱力感、心労がどっと溢れてくる。鼓動は収まらず、呼吸は浅く感じるだろう。

 

 蓮華はまさにそれを味わっていた。何度も何度も。

 

「もう少しよ、蓮華」

 

 血を流しながら幽々子が言った。

 

「もう少しで咲くのよ」

 

 血に濡れながらも、美しい顔で微笑んだ(笑った)

 

「西行妖が。本当の桜が」

 

 ……一瞬、真実を言おうか悩む。西行妖が咲けば、幽々子は死ぬんだよ─────と。そんな愚行を考えぬようにと必死に頭を振った。その時、赤い液体が飛び散る。顔を拭うと、鼻から大量の鼻血が出ていたのだ。

 

 もう少し、もう少しなんだ。もう少しで幽々子の所まで行ける。幽々子を止められる。

 幽々子の命を救えるなら、私の身体も精神もくれてやって構わない。だから、進め。私の足よ。一歩を踏み出すのだ。遠い、遠い、一歩を。

 

 ふとした情動だろうか。幽々子を見た。

 美しい顔は血で染まり、穴という穴から湧き水のように血汐を飛ばしている。その顔を見る度に私の顔は熱くなった。

 

 一歩ずつ? バカ言え。()()()()()

 

 幽々子を救うためには一歩なんて少なすぎる。今の私は死なんて怖じ気づく魂か? 

 ……もう何度も踏み越えただろうが。慎重に生きようとしてんじゃねえ。私は死にに行くんだろうが!

 

 はは、友人の為なら力が湧き出てくる。

 精神って不思議だね。

 

 私は一歩じゃない。更に二歩、三歩と踏み出していく。

 私の変化を察知したのか、幽々子が自らの周りを遊泳する桃色の蝶々から弾幕を繰り出した。

 それは相手を気遣う、ごっこ遊びの弾幕じゃない。相手を殺傷するための弾幕だ。

 

「桜符『完全なる墨染の桜 -開花-』」

 

「本気になってくれて嬉しいよ幽々子ぉ! 『固定と動作の結界』ッ!」

 

 空間を埋め尽くさんとする弾幕。その中で蓮華が避けれぬと思った物だけ固定させていく。

 次々と止められていく弾幕。自分を覆う生きる為の結界。そしてまた死を乗り越え、同じ事を繰り返していく。

 

 止めろ! 

 

 進め!

 

 止まるな!

 

 前を見ろ!

 

 吸血鬼異変の時。片腕を犠牲にして私は何を手に入れた? 言わずとも分かる。フランドール・スカーレット。いや、私の友達。片腕と引き換えに気付いた絆。

 

 紅霧異変の時も、私は服を犠牲にして元旧友と出会った。私は覚えていなかったけど、別れの時の紫の泣きそうで嬉しそうな顔は忘れない。紫からすれば、もう会えないと思っていたのかもしれない。

 

 今度は何を犠牲にする?

 

 命か。

 

 生か。

 

 心そのものか。

 

 その何れかを犠牲にしたとしても、私は必ず幽々子を止めてみせる。私の方に振り向けてみせる。前の蓮華なんて見せてやらない。私しか見えないようにしてやる。

 

 狂気にも見えるこの思考。偏ってはいけない悪しき心。死を何度も体験した今、それだけ私の精神は歪みを訴えていた。

 

 助からないし、救いも無い。

 

 そんな結末を回避するために。

 

「うぁぁぁあああああ!!!」

 

 私は吠えた。必死に叫んだ。

 

 固定と動作の結界によって、空間ごと固定された弾幕と結界。その結界を足場にして、私は飛ぶ。

 既に生きる為の結界は結んでなかった。

 

 奈落に落ちるような感覚。中天に浮く幽々子に向かって翔んだのに、その感覚はおかしいと思うけれど。その奈落こそが死そのものだと考えると、不思議と納得した。

 

 私は生を手放し、落ちているのだ。死へと。

 

 ───死になさい───

 

 ああ、訴えかけてくる。

 

 ───死になさい───

 

 心の底の底。今か今かと私を待ち望む化け物が。

 

 ───死になさい───

 

 クソッタレが。

 

 ───死になさい───

 

 てめえの誘いなんかで死んでたまるか!!!

 

 私は足に力を込めて、更に翔んだ────。

 

 

 

「蓮華……来たのね」

 

「ああ、来たさ。目覚めの時だよお嬢様」

 

 到達した。幽々子と同じ目線まで。

 

 望みの時間を迎えた事により、まるで夢うつつのような、ぼぅっとした緩い時間が身体に染み込んでいく。

 

「蓮華、やっぱり私、止めたの」

 

「何がだい?」

 

「蓮華、私の所に来るまでに頑張ってくれたでしょ? 貴女が一歩一歩近付いてくる度に、私は感じたの。貴女の想いを。貴女の必死さを」

 

「…………」

 

「だから誠心誠意、貴女を殺すことにしたわ。黄泉入りすれば、ずっと私と花見が出来るしね♪♪」

 

 それはとても素晴らしい提案だ。でも、断る。

 それだと、対等じゃない。冥界の主と冥界の霊では必ず圧倒的な上下格差関係しか生まれないからだ。そこに友情なんて特別な結界、結ばれる訳がない。

 

「お断りさせてもらうよ。介護生活なんて懲りごりなんでね。生きたまま一緒に下界で花見しようや」

 

「申し訳無いのだけれど、貴女の意見は聞いていないわ。……幾多の死を克服した勇者(ブレイバー)よ。私の望みの為、願いの為、冥界の主が最期に与える死を接受なさい!」

 

「嫌だね、ばーか!」

 

 友達になる前に、喧嘩するなんてね。

 

 つくづく私達の運命は複雑に絡み合っているようだ。

 

 幽々子との距離、1m。手を伸ばせば届く。拘束するまで数秒も掛からない。いける。

 

「人が最も弱いもの。それは摩擦と圧力」

 

「深海探査機なんてあるのは、人が圧力を克服したからじゃないかな?」

 

「幻想郷に深海探査機は無いわよ? 人のような姿を模す貴女には最適ね」

 

「残念だけどそうはさせない!」

 

 私は即座に固定と動作の結界を発動。幽々子の四肢、胴、首に至る約六ヶ所を拘束、固定する。そしてすぐさま『常と止の結界』を発動させ─────。

 

「『圧死』♪」

 

 死神が笑顔で哭いた。

 

 幽々子の声が聞こえたかと思うと、“プチュン”というトマトを潰したような音が耳目を揺らした。

 そしてすぐさま自分に起きた異変を知る。視界の右半分が突如黒く染まったのだ。

 

 ──────勝負は一瞬だった。

 

 何をした──────と頭が情報を収集する前に、私を襲う激痛が何をしたか理解させる。

 

 嗚呼……。

 

 固定と動作の結界を足場にしていた。

 

 そんな不安定な場で、膝から崩れ落ちる。

 

 手を伸ばそうにも、届かない。

 

「はは、なぁんだ幽々子。私、全然貴女に近付けてなかったじゃん……」

 

「大丈夫、大丈夫よ。すぐさま私の園に案内してあげるから。誘ってあげるから。貴女はそこでお眠りなさい」

 

 私はいつもより半分以上暗くなった視界で、遠ざかっていく幽々子を他人事のように眺めていた。

 

 いや、遠ざかっていくのは幽々子じゃない。

 

 遠ざかっているのは私なんだ。

 

 私が、奈落に落ちているのだ。

 

「あら?」

 

 その時、霧が立ち込めた。

 

 私の意識はそこで途切れる事となる。

 

 

 

──────────────

 

────────

 

「ふふ、久しい顔が見れて私は嬉しいわ」

 

 幽々子は蓮華を仕留めてもなお、笑っていた。彼女にとっては、自分の住む家に友達を招き入れたような感覚で、そこに哀しみは無い。後悔も無い。

 

 彼女には“視える”。

 

 死を扱ってきたからこそ、そこに宿る魂が視えるのだ。

 

 白玉楼に満たされた白き霧。

 

 当然そこに宿る魂も幽々子には視えていた。

 

「萃香、いらっしゃい。貴女も花見をしに来たの?」

 

 智恵を多く潜ませる幽々子。これしきの言葉遊び、情に流されやすい、悪く言えば正直者で騙されやすい萃香の事だ。激情して付き合う道理も無いのだろうと何となく予測を立てていた。

 

 彼女は気付かない。

 

 いや、失念していたのだ。

 

 萃香の持つ能力を。

 

 萃香は『死』を散らしていた。当然霧の中に潜む一人の魔法使いを生かせる為もあるが、幽々子の魂識別能力を疎める目的もあった。

 

 魂とは生死と深く関わっている。生死のどちらかが欠ければ、魂は自ら循環を始め、独自の輪廻転生を造り出す。例を挙げるならば蓬莱人だろう。

 今の魔理沙は不老不死の力は持たねど、蓬莱人のような性質に魂が変化していたのだ。

 

 幽々子の知る魂とは、地球の基本的な輪廻転生の輪に飲まれる普通の魂だけだ。独自の輪廻転生を造り出す魂なんて、幽々子は知らないし分からない。

 

 故に、気付かない。

 

「おらぁぁぁあああああああ!!!」

 

 魔理沙が飛び出した。箒に跨がり、さながら魔法使い。足りないのは杖だろうか。

 しかしそんな事どうだって良い。魔理沙は拳を握り、冥界の主に向かって腕を振り上げた。

 

 幽々子が魔理沙に気付いたのは、彼女の眼前に魔理沙の拳が刺さる直前だった。

 

「雨が霧のように細かく、音も無く降ることを『霧雨』という。……だから私は、霧の中にいる貴女に気付かなかったのかしら」

 

 魔理沙の拳が、妖夢から、咲夜から、蓮華から、霧の主から繋がって、冥界の主を穿った────。

 

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