─花のうた あまたよみ 侍りける 時
仏には さくらの花を たてまつれ
わがのちの 世を 人と ぶらはば─
ぷつん──────となにかが切れた。
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「よっしゃ、もう一発────ってあれ?」
幽々子を殴った後、魔理沙はもう一度拳を振り上げた。二発殴ろうとしていたからだ。
しかし当の幽々子は目の前にはいない。消えた? 違う。墜ちたのだ。
まるで操り人形の糸が切れるかのように、魔理沙の拳が突き刺さった後、力無く落ちていった。
「あらら、意外と呆気なかったな」
幽々子は蓮華に重なるように倒れ、果物を高所から落とした時のような、真っ赤な色が白玉楼の地を汚す。
魔理沙も不完全燃焼感は否めなかったが、これで霊夢も元通りになるのだろうと自分の中でなんとか納得した。
(そう言えば幽々子と繋がっていた変な流れみたいなのも消えてるな)
ふと白玉楼を見ると、その庭園に真っ赤な桜が咲いていた。それは何処か儚げで、しかしそれをひた隠すように色を放つ。色だ。天へ天へと、窓辺に伝う水滴が逆流するように、色は広がっていく。
───おい、魔法使い!
「あ、なんだ?」
───さっさと結界の外に出ろ! これはまずい!
「おいおいどうしたってんだ? ハッキリ説明してくれよ」
───クソッ、妖忌の奴め、全然違うじゃないか。
魔理沙には霧の主が言っていることが、まるっきり分かっていなかった。
唯一分かるのは、霧の主が異様な程に焦っているということ。
───紫もいない。蓮華も……。チッ、逃げれるだけ逃がすか。
「あ、おい!」
魔理沙が事情を聞こうと身を乗り出すが、そこに霧は無かった。それよりも景色が違う。
ここは何処だと見回すと、そこは幽明結界の前だと察しが付いた。
魔理沙が白玉楼に戻ろうとすると、再度霧が集まり、そこには咲夜と妖夢、そして小さな女の子が姿を現した。小さな女の子と言っても、その身から放たれる妖力は生半可なものじゃない。
「お前……誰だ?」
「話はあと! 私がなんとかあの桜を止めるから、あんたたちは避難してなさい!」
角が二本も生えた、変なファッション。そんな奴からまるで諭すように言われた私達は、この場に漂う嫌な雰囲気と、なにが起こっているのか分からない不安から、その綺麗な口から文句しか垂れない。
そりゃそうだ。ここまで来て、後はお前らお払い箱だからと言われているようなものだから。
「あいあい、分かった分かった。じゃあ手短に説明するよ。あの桜……西行妖は、死を撒き散らす不浄の桜。あの下には幽々子の生前の姿が封印してあるんだけど、もしあの桜が咲いて封印が解けたら、幽々子は死に、この白玉楼……いや、幻想郷中に死がばら蒔かれる」
「そんな!? 幽々子様を助けに行かないと!」
「やめとけ半人前。鬼の私でもこれ以上はキツい。近づいたら最後……死ぬぞ?」
彼女の言葉には、どこか重みがあった。鬼という単語が出てきたのも驚きだが、それ以上に肌で感じるヤバさ。白玉楼からそのヤバさは溢れて来ているようだ。
「私が時間を稼ぐから、あんたたちは幻想郷の管理者を呼んできな。マヨヒガの化け猫でも倒せば、すぐさま従者がすっ飛んで来るだろうて」
そう言って、その女の子は霧と成った。もう話すことは無いということだろうか。
残された私達に出来る事は、この事をいち早く幻想郷の管理者に知らせるのみ。
(確かに……これはお払い箱ってやつか)
何も出来なかったと。
三人が諦めかけたその時、西行妖が啼いた。
化け物が復活した事を報せるように。
全ての終わりを報せるように。
力強く啼き……、色が消えた。
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蓮華は己にのし掛かる重さで目を覚ました。
蓮華は幽鬼のようにふらふらと立ち上がり、光へ向かった。
暖かい光。蓮華の暗くなった視界には明るすぎるくらいの光であった。
「あー……うー……」
既に言葉はなかった。身を包む激痛。右目を潰されたことにより、収まる事の知らぬ冷や汗。なんとも言えぬ不快感が身体全体を貫いていた。
血をポツポツと落としながら、その光に向かう。
赤、橙、黄。
若草、緑。
空、青、紫。
黒、白、灰、地。
多色多彩。点滅。強調。
色が溢れ、引き潮のように集まり、光を形成する。
蓮華は。蓮華という存在はそこに引き寄せられた。
色がーーー色が一つ足りない。
「私も、歯車の内の一つ……か」
世界を構成する色。その中で唯一欠けていた色が合わさる。
〝桃色〟が加わった。
─────これは運命か。それとも因果か。
彼女が触れたのは西行妖に施された結界。
偶然ではない。必然なのだ。
蓮華の見る景色が変わった────。
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『世界は色で出来ている』
貴女、誰?
まず、ここは何処だろうか。
周りを見渡すと、一面の砂漠。足下の砂を掬ってみると、なにかの骨が混じっていた。これは誰の物であろうか。
『やぁやぁ、三代目。これは初めまして……かな?』
目の前には村娘の着物を着た、すらりとした美人。その桃色の髪は腰まで届いているが、先の方で結ばれている。身長は私より少しだけ高い。
初めまして……なの?
『そうだ、初めましてだ。多分幽明結界の方でも会ったと思うけど、そっちは後々の私だからなぁ。今の私が最初だよ。だから、初めまして』
二代目さん?
『そうだよ二代目だよ』
そう言って彼女は笑った。
まるで鏡だ。私に左腕が有って、右目が有って、着物を着て、髪を整えて、おめかしをしたら、身長は違うけどまるっきり私と一緒になる。
『大分欠損してるみたいだね。やはり付喪神の性質は、器物と見定めた物の守護や封印と言った体では強いけど、戦闘はからっきしだね。能力も万全に使えていないみたいだし』
貴女が私を創ったの? それと、ここどこ。
『いえーす。私が製作者さ。それに、此処はあんたの心象世界。〝器物と見立てられた〟世界さ』
この世界は物なの?
『ふふ……砂を触ってごらん? 骨が出てきたりするだろ? これは全部君の……今までの蓮華の骨さ。砂も実は砂じゃない。ただの細切れになった骨片だよ』
確かに言われてみると、これは砂じゃない。異様に細く尖った物から、歪な形をしたものまで。どれもこれも普通の砂じゃ有り得ない形だ。
『心象世界って言っても、ここにはタイムリミットがある。話せる事にも、量にも制限があるんでね。取り敢えず今回の私は、君に能力の使い方を見せてあげようって主旨でいるんだ』
能力の使い方……? 界を結ぶ程度の能力?
『そうさ。……まず君は界の結び方が雑なんだ。だから境〝界〟しか〝引け〟ないんだよ。まず結ぶってのはね、例えば縁を結んだりとか……そうだな。いわゆる良いところや悪いところとかの、一方的な効果を輪で囲ってしまう事なんだ』
輪で……囲むの?
『そうだよ。君が使う『生と死の結界』だっけ? あれじゃダメだ。結界の成りをしているけれど、本質は境界に近い』
……うーん、言っていることが難しい。多分彼女は私に結界について教授してくれているのだと思うんだけど、如何せんやり方も知らないから、頭の中の想像にも付きがたい。
『分かった分かった。じゃあ一回実践してみるよ。よく見ててね? ……まずこれが君の結ぶ結界』
そう言って彼女が腕を振るうと、そこには馴染みの結界が出来ていた。半透明で、地面に接するように半球状の形をしている。
『そしてこれが本当の結界』
またもや彼女が腕を振るうと、今度は別の結界が出てきた。形も色も変わっていない。私の『生と死の結界』と同じ風に見えるけれど……。
『うーん、そうだね、じゃあ両方の結界に近づいてごらん?』
私は頷いて、まずは二代目が結んだ結界の方に向かう。形を成しているけれど、それは障壁型ではないので簡単に私を通す。中に入るとなんだか活力が湧いてきて、自信もみなぎってきた。
次は馴染みの結界。しかし近づけば近づくにつれ、なんだか悪寒や寒気、不快感や嫌悪感が湧いてくる。なんでかどうして、私はこの結界に近付きたくはない。
『違いは分かった?』
……私の結界になにか細工をしたの?
『いいや、してない。正真正銘君がいつも結んでいる結界だよ。そして気付いた筈だ。その本質に』
二代目が結んだやつは心地よかったけど、私のは全然だったよ。
『うん、そりゃそうだろうね。だって私の結界には、〝死〟なんて要素が一つも入っていないんだもの』
………………え?
『君が結んだ場合、中と外の設定をしなければいけないんだってね? 中が生で外が死。それだとさ……自分以外の生物を拒絶してるようなもんじゃないかな? だって、結界内にいる存在にしか効果が無くて、結界の外にいる存在は入る間もなく、内部の効果と反対の効果に襲われる』
二代目による話は続く。
『それだとダメなんだ。私と君の本質は平定者。しかしそれは暴力によってじゃない。優しさによってなのさ。私の尊敬する人物、ブッダもそう仰るだろう』
優しさ……ねぇ。
『そう、優しさ。〝輪〟からは〝和〟が生まれ、それらを優しさで〝平〟定することにより、〝平和〟が生まれるのさ』
じゃあ……優しくなれって言うの? 善を目指し、花々を愛し、人を愛し、自らを愛し。それは優しさじゃなくて、エゴイスト……自己中心者じゃないの?
『違う違う、愛さなくて良い。ただ受け入れるのさ。変化を、違いを。そして結界の本質とは、それらの気持ちを結んで、一つにするんだ。そして受け入れるのさ。……私が結んだ結界は、生きる結果を与えるだけじゃなくて、自信もみなぎり、活力も湧いてきただろ?』
……確かにそうだった。私は彼女の言葉に言い返す事が出来ない。
私は自己中心者だったのだろうか? 他を拒絶し、みずからを保守していた。
分からない。自分の事が。
私はどう〝成れば〟良いんだ……。
『気負わなくて良いと思うよ。私が言ったのは結界だけで、君の本質じゃない。君はいつも通り、友を大事にすれば良いんじゃないかな?』
友……?
ああ、そうだった。
幽々子。
私はまだ貴女と友達になっていないじゃないか。
助けなきゃ。救わなきゃ。
私が決意を新たにしていると、二代目が可笑しそうに笑った。微笑むように笑う彼女は、自分と同じ容姿ながら、全くの別人で。どこか美しいとまで思ってしまった。
『やり方はもう分かった筈。後は君の想いに従いなさい。……幽々子を、どうか私の友達を救ってくれ、蓮華』
大丈夫、それなら私の専売特許だ。任せとけぇ!
私の自信満々な姿を見て、彼女はどこか安心したかのような表情を見せた後、歩き出した。
私は帰り道も分からないので、なんのけなしに付いていくことにした。
そう言えばさっき言っていた、世界は色で出来ているってどういうこと?
『ああ、あれはちょっとした比喩さ。蓮華といったって、この世界には沢山いるだろう? 曰く多重分岐世界、平行世界。そこにいるのは蓮華かもしれないし、名前の違う別人かもしれない。しかし必ず同じ役割の存在が居るんだよ』
へー。
『興味無さそうだね……。まぁ色んな物語の主人公って存在と同じだと考えてくれれば良い。彼等は容姿性格性質性別が違えど、主人公って役割では共通しているだろ?』
じゃあ私が主人公だね! なんてったて、こんなに可愛いし友達思いな存在は、主人公に他ならないよ!
『思い上がりは気持ち悪いよ。それに忘れたのかい? 私達は平定者。主人公であってはならない。しかしこの世界の蓮華はちょっと歪でね』
そう言って二代目は私を見つめてくる。
わ、私が歪ってか!? ちょ、てめ、それは酷いぞ! 不細工でも良いじゃないか、だって人間だもの。そんなこと言ってると、二代目の整った顔につい手が滑って本気のパンチをお見舞いしちゃうかもしれないじゃないか。
『ふふ……。ほら、着いたよ。私が話せるのはここまで。もう容量も無いんでね』
ありがとー二代目さん。あんたの事は、忘れるまで忘れないよ。
『君の場合、三秒で忘れそうだけどね』
失礼な!?
二代目が指をクルリと跳ねさせると、線が引かれた。世界を分かつ、一つの線が。そこから光が漏れ、その先の道を照らす。
『どうか善き人生を。〝地球の〟付喪神。会えるのも後二回だけでしょうが、私は貴女の事、忘れませんよ』
そう、だったら覚えておくが良い。私のこれから巻き起こす変革の旋風を。蓮華という名前を、あんたの脳髄に刻み込んで絶対に忘れる事が出来ないようにしてやるよーっ!
───私は光に飲み込まれていく最中、一瞬だけ見えた。
それはとてもとても珍しい。
この世界に来て初めて見るもの。
そう…………それ……は………………。
二…………代目………の………なみ………。
『どうかお忘れなきよう。その理由と真相を知る、古来存在してはならぬ災厄が貴女の中に内包されていることに。貴女は主人公であってはなりません』
『────ああ、どうか辿らぬよう。友の為に、本当に星へ……いえ、遠き
『どうか負ける事のないよう。不甲斐ない私のように、災厄に心がやられぬよう。強く、強く我を持ちなさい』
『………………………………ごめんね』
光が世界を満たしたーーーーーー。
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世界が目まぐるしく変わる。
外に出て最初に感じたのは、濃厚な死だった。
でも、もう怖くない。
結び方は刻み込まれた。
蓮華の名において、界を結ぶ。
『死』……じゃない。『思い出』を囲むんだ。
神様。どうか、私の最後のエゴを許して下さい。
誰にも触れ得ぬように、私と幽々子が刻んだ『思い出』を。
『思い出の結界』
空間が縮む。空間が揺れる。空間がぶれる。
私と幽々子の思い出を犠牲にし、新しいページを刻む。
全てを包括し、全てを内包したその結界は、死をばら蒔こうとする西行妖ごと覆い、西行妖を封印した。
ピシリと西行妖が歪む。それは、元々西行妖を封印していた結界。それが割れて、私を光で包み込んでいった。
─────それは、私が最後に思い出す。
────幽々子との記憶だった。