その序章です。
堕落しきった吸血鬼
「レミィ、時間あ────」
「ない」
「漫画読んでるじゃないの。暇よね?」
「ない」
「えぇぇ……。漫画読んでる暇があったら、私の助手になるとか、もっと良い時間を使った方が良いわよ?」
「うるさい、うるさーい! パチェ、私は意外と忙しいの! 今は漫画を読んでいるけど、この後、すんごぉく忙しくなるんだから!」
霧の湖に聳え立つ紅い館。その地下には大図書館と呼ばれた、一人の魔女が管理する蔵書保管倉庫があった。
その名の通り、普段人が見るような図書館の規模を大きく超えて、保管されている蔵書の種類も桁違いに多い。子供が見るような童話集から、果ては未だ管理者である魔女自身も解読出来ていない禁断の魔導書だってある。
危険と力の欲とは対比ではなく同義である。危険を乗り越えれば大きく成長し力を得るだろう。反に力を容易に得たければ、危険を犯す方が手っ取り早いとも言える。
大図書館の魔導書とは、これを体現した物ばかりである。要するにむやみやたら書を取ることは危険なのだ。
話は変わるが、大図書館には魔導の真髄を目指す者達の研鑽の結晶が多く記される書が数多ある。
その数多ある中で、大図書館の司書であり管理者ーーーパチュリー・ノーレッジは、使い魔を使役する魔導書を読み耽っていた。
使い魔。魔女であれば一つのステータスであり、その多くが使役する者の性格がよく表れる。偉い人の談には、その魔女の性質を読み取りたければ、まずは使い魔を見よ……だ。
しかしこれは同時に危険な魔法でもある。性質が云々言うが、まず使い魔を制御する実力があってこそ成り立つ弁。よって、使い魔を使役している者はある程度の実力を持っていると然るべきだ。
研究と紅魔館の元主への対応に追われ、今まで使い魔召喚の儀式を行えなかったパチュリー。異変を機にこの度使い魔を召喚してやろうと思ったのだ。
そして魔術の前準備とは、何を持ってしても時間は掛かるわけで。パチュリーは生来きっての親友に、魔術関係の助手を引き受けて欲しいと彼女の自室へ頼みに来たところで冒頭に戻る。
「そんなぁ……。親友きっての頼みよ?」
「親友だから断ってはいけないと?」
「いえ、そういう訳じゃないけど……(コイツ、今日は頑固ね……。いつもならこの辺りで甘味を餌にすれば食いつきそうだけど、今日は無理そう)」
パチュリーの本音などいざ知らず。ノースリーブにハーフパンツ姿のレミリアは剥き出しになった綺麗な足を惜しげもなく見せびらかし、あまつさえ自分が今まで貪っていたお菓子の袋を足の指先で摘まんでパチュリーに放り投げてきた。
「あ、パチェ、それ捨ててきて」
「…………(殺す)」
自分がレミリアに頼む側なのだ。機嫌を損ねてはいけないと心の中で必死に反芻し、なんとか口から出そうになった怒りを押し込めた。
もしここで感情に任せて暴れてしまえば、全てがゼロだ。魔女として感情を制御する事は出来て当然。こんな怒りも簡単に飲み込む事が出来る。
深呼吸を数回。よし、落ち着いた。
「分かった、分かったわ。これはゴミ箱に捨てておくわね」
「うんー、よろしくー」
気の抜けた返事を聞きながら、パチュリーは渋々お菓子の袋をゴミ箱に捨てる。そしてここぞとばかりに助手への勧誘を始めた。
「それでね、レミリア。もし私の仮契約助手になってくれれば、貴女にも私の使い魔を使役する権利を一部譲渡するわ」
「そうねー」
「それに、助手と言ってもすぐに終わるわ。貴女の自由な時間を、ほんのちょぴっと削ってくれるだけで良いのよ」
「そうねー」
「しかもしかも、日陰を一部遮断する魔法だって教えてあげる。これを使えば、多少の魔力は使うけど日傘なんて邪魔な物は要らないし、魔力消費だってレミィの内包魔力に比べれば少なすぎるくらいよ。どう? 悪くない話でしょう?」
「そうねー」
「………………」
「そうねー」
「転移魔法展開」
突如レミリアが持つ漫画に魔方陣が浮かび上がり、パチュリーの短い詠唱と共にその漫画は消え去った。
「ぁああああああああああああ!!!?!?」
「ほら、これで暇になったわね。行くわよ」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
「何を言っているか分からないわよ」
ワナワナと肩を震わせ、漫画の消失という失意の極地を味わう悲劇のヒロイン、レミリア・スカーレット。
その瞳から溢れる涙はなんなのか。完全に自業自得なので、どこ吹く風のように無視を決め込んでいたパチュリー。すると無視をし続けるパチュリーに対して痺れを切らしたのか、勢いよくレミリアが掴みかかった。
「私の、漫画、返し、なさいよっ!」
「嫌よ」
「何でよ!? あの漫画は美鈴と共に人里でこっそり買った、最・新・刊なのよ!?」
「知らないわよ」
「クッ、なんて悪魔……。私の親友は魔女じゃなくて悪魔だったみたいね。してやられたわ」
レミリアの言われもない罵倒に、パチュリーは首を横に振りながら否定の言葉を述べる。
「悪魔じゃないわよ。それに転移させた漫画は、ちゃんと人里の古本屋の店頭に並べておいたし」
「悪魔よね!? それ、めっちゃ悪魔の所業よね? じゃあぐずぐずしてると買われちゃうじゃないの!」
パチュリーは次第にこの時間が凄く無駄に思えてきた。この親友……いや、堕落しきった吸血鬼と言った方が良いのか。堕落吸血鬼・レミリアは、漫画の心配をするだけでちっとも助手になってくれそうではない。
(美鈴に頼んだ方が良かったかしら)
「取り敢えず、私は古本屋に行ってくるわ。パチュリー、後はよろし──────」
「いや逃がさないわよ?」
体の良い理由を付けて逃げ出そうとしたレミリアを、パチュリーは床に敷いてあるカーペットを操って転ばせる。レミリアは咄嗟の事で受け身を取れず、諸に鼻っ柱から固い床と激突する。
「ん~~~~~~っっっっっっ!!」
鼻を押さえながら悶えるレミリア。そこにカリスマなんて四文字はどこにもなかった。
そんな親友を見下ろしながら、パチュリーは冷たく言い放つ。
「新助手、一名様ご案内~」
痛さに耐えるレミリアを尻目に、パチュリーは何の慈悲もなく転移魔法を展開させた。
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「……で、何すれば良いのよ」
大図書館に付随する、埃を少し被った部屋に転移させられたレミリア。部屋の中央には床を埋め尽くす程の魔方陣が所狭しと描かれており、既に召喚の為の準備は整っているかに見える。
「あら、観念した?」
パチュリーが勝ち誇った顔で言った。
「観念した観念しました観念しちゃいましたー」
「うっさいわよ」
「悪魔に言われたくないわ」
「やめなさい。悪魔を呼び出したらどうすんのよ」
適度な軽口を交わしながら、パチュリーは規定の位置に着く。そしてレミリアに行って欲しい作業の内容を告げた。
「レミィは魔方陣の維持をお願い出来るかしら。魔力を込めるだけで良いんだけど、多すぎるのも少なすぎるのもダメだからね」
「難しい事言うわ……」
召喚の儀式が始まった。
現存の魔女の中でも格別した実力を持つパチュリー。そんなパチュリーがレミリアに魔方陣の維持を頼んだのは、その儀式の複雑さからだった。
使い魔を召喚する魔術と使役する魔術。これらを複雑に絡み合わせた魔方陣を同時に展開しながら、更に操作せねばならないのだ。
しかも使い魔が応じてくれるかは、使い魔となる存在の許諾が必要となる。上手にすれば丸一日。下手すれば数年規模でこの魔術を維持し続けなければならない。
喘息持ちのパチュリーにとっては、長時間の魔術詠唱と操作は心身共に負担の掛かる行為であり、魔方陣が複雑である分疲れは尚更だ。
魔方陣維持をレミリアに任せているとはいえ、既にパチュリーの額には珠のような汗が伝っている。
(チッ、手強いわね……)
使い魔召喚と使役は苛烈を極める。言うならば箸で豆を掴む作業を延々と繰り返しているようなモノだ。
「パチェ、大丈夫?」
「シャラップ」
心配してくれるレミリアの声をはね除けても尚、パチュリーは召喚の魔術を操作し続ける。
儀式を始めて十数分。とうとうその時が来た。
「キタ、キタキタキタ、レミィ、維持をしっかりね。私の使い魔が召喚に応じるわ!」
「むー、親友遣いが荒いのね、パチュリーは」
頬を膨らませながら悪態をつくレミリアだが、その視線は魔方陣に集中している。彼女も楽しみなのだ、使い魔が召喚される瞬間が。
胸がドキドキと張り詰めてくるのを感じる。今だ、今だとその瞬間への期待が高まる。限界まで抑圧された期待と好奇心は、使い魔召喚の合図である、魔方陣の発光によって解き放たれた。
「我が使い魔ーーー」
「その身を主に捧げ、契りを結びーーー」
「今ここにその身を顕現させよッーーー!」
パチュリーの詠唱が終わり、魔方陣の発光と一際大きくなる。そしてその中心から、人型のような形をした影が浮かび上がった。
(人型!? 神獣や幻獣では無いにしろ、ある程度格は高い。流石私ね)
そして光がひとりでに収まり、その使い魔の姿を見た途端、二人の空気は固まるのである。
「どこかの誰かさんの召喚に応じました、小悪魔でーす。悪魔が召喚に応じるなんてレアだねレアだねやったね最悪のケースだね。ケヒヒッ!」
パチュリーの儀式に応じた使い魔。それは、二人が最も忌避していた悪魔その人であった。
こちらの話は本編の投稿と同時進行なので、完成されていない場合があります。
不定期ながら暖かい目でお待ちください。