「ふんふーん久しぶりの外、良いですねぇ。風が気持ちいいです」
小悪魔は魔法の森上空を呑気に飛び回っていた。
「ふんふ、ふんふふ、ふふふふんふん! ……おっ、あれは!」
晴れ晴れ愉快な天気、視線を凝らすと自分と同じように地獄鴉の妖怪が上機嫌みたく飛び回っていた。なんと悲しきかな。今の小悪魔は幻想郷を骨の髄まで楽しみたかったのだ。
「おーい! 妖怪さーん!!」
「んぅー?」
流石鳥妖怪。頭も鳥頭だ……と心の中でほくそ笑みながら、無防備に近づいて来る地獄鴉の妖怪に向かって手を出した。
「私の手の上にあるものなーんだ?」
「……なんにも無いぞぉ?」
「うふふふふ、私の手の上には夢が詰まってます」
「うん?」
言っている意味が分からないようだ。だから分からせよう。この馬鹿な妖怪さんに。
教育って大事だと思うの。
私は自分の手に釘付けになっている鳥妖怪へ、折り畳んだ膝を喰らわせる。
ぶげえええええええっ、と面白い悲鳴を響かせながら彼女は森の中に落ちていった。
「クヒヒヒヒ、騙されるのが悪いんだよぉ。バーカ!」
私はその時、満面の笑みをしていたと思う。私の可愛らしい笑顔を見れるなんて、鳥頭妖怪さんは運が良いのだろう。美少女に蹴ってもらえたのだ。感謝してほしいね。
嗚呼、良いことをするのって楽しいな!
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「どんぶらどんぶらどんぶらこーい、さてさて次のターゲットは誰かなぁ?」
鳥頭妖怪を蹴落とした私は、良いことしたがてら、今度は魔法の森に降りたって標的……じゃない、ターゲットを探し回っている。
「桃食べ犬食べ猿を食べ~、残った雉はフーライドチーキンー。……あ、丁度良いところにお家があるね。入ろう入ろう、ういろう食べたい」
鍵はかかっていない一軒家。なんて不用心な。これでは私のような盗っ人兼悪魔に泥棒されてもカムヒアという事だろうか?
きっとそうだろう。この家の主人は私のような者でも受け入れてくれる優しいお方だ。そうに違いない。ということでお邪魔します。
「金めの物金めの物~っと」
片っ端から引き出しを開けていき、売ったら金になりそうな物を探し当てていく。しかし出てくるのは毛糸とかショールとか下着とか……下着は売れるかな。
下着から見てここの主人は女性のようだ。縫い針も置いてあるところから、ここの主人は縫い物や人形作りが好きなのかもしれない。
「ここにある人形だって、こんなに可愛く……」
私がその人形を指で摘まもうとすると、何処からともなく槍を出してこちらの目と鼻の先に穂先を向ける。
あらやだ怖い。前言撤回、全然可愛くねえわこいつら。暴力的な女の子は、小悪魔的にアウトだよ。
私? 私は女の子じゃなくて悪魔だから。アウトライン余裕で守ってるよ。
「コラコラ人形ちゃん、お痛はダメでしゅよ~」
私の愛くるしい言動に苛立ちを覚えたのか、すぐさま穂先から光線を放ってくる始末。
照れてるんだな。なんとも初々しいヤツ……と思いながら、軽く首を捻って光線を躱す。そして金髪の青い服と真っ白なエプロンを着込んだ可愛らしいお人形さんに向かってデコピンをかます。
轟音が響いた。小悪魔がコルトローマンを抜いたのである。小悪魔にとってデコピンとはイコール、ダイなのだ。死である。
「イヒヒ、私ってば教育の才能もあるのかも知れませんね」
銃弾がお人形の顔面を貫き、壁を貫通した事で一部の壁板がめくれ上がり、目も当てられぬような状況だ。小悪魔は何に満足したのか、満面な笑みを浮かべてウンウンと頷き、その場を後にした。
良いことも出来て、指導も巧いなんて、私ってば完璧美少女かな?
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「真っ赤な嘘の~浦島さーん。開けないって約束しておいて~、すぐさま箱開けぼけろーうじーん。エヘヘ、面白いな、流石幻想郷。さーて次のターゲットはー?」
「いやナニよあんた」
今度のターゲットは、現在お食事中の金髪妖怪だ。黒いロングスカートを身に纏っていて、とても可愛らしい。食べている物を除けば……だが。
「人間、おいちい? ねぇねぇ、おいちい?」
「邪魔しないで、木端悪魔風情。小悪魔程度、私みたいな野良妖怪でも軽く消せるのよ」
「貴女の言う吹き飛ぶ紙のような存在に態々関わってくださるなんて、なんともお優しいお方。結婚してください」
「はぁ? 冗談言ってる暇があるんなら、自殺するか視界から消えてくれない?」
この妖怪はとても怒っているようだ。
しかし私には効果が無いようだ……残念……。
その食人妖怪は、私を無視してまた人間を食べ始める。そのあと、私は何度声を掛けても無視し続けた。私は声を張り上げて更に声を掛け続けた。食人妖怪は私を無視し続ける。
ここは魔法の森。鬱蒼とした樹林の下は光が漏れず、昼であってもまるで夜のよう。
そんな絶好の人間を襲える環境には、沢山の妖怪が蔓延っているのだ。
底辺妖怪は、人間を襲ってでも恐怖という存在を維持し続けなければならない。
彼らは底辺に漏れず、名も知られていないような奴等ばかりだからだ。
そうやって人間を襲おうと頑張っている奴等の近くで、美味しそうに人間を食べる野良妖怪がいたら、彼等はどう思うだろうか?
あちらこちらで唸り声が聞こえる。
私の声を煩く思ったのか、それとも横で人間を貪る野良妖怪が羨ましくなったのか、それとも両方か。
結果的には、私は沢山の妖怪を呼び寄せることに成功したのだ。
「あんた……もし次会う事になったら殺すわ」
「負け犬の遠吠えですかね? では、頑張って下さい」
妖怪が嫌悪する悪魔か、食べかけの餌を持つ野良妖怪か。どちらを襲うかと聞かれたら、答えは自明だろう。
私は白々しく空元気ばりのエールを送って、その場を後にした。
もうそろそろこの遊びも終わりかぁ。
駄々こね、通じるかなぁ?
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私は自分を追ってくる者の気配を感じとりながら、魔法の森の中を高速で飛んでいた。
視界を横切る樹。右に左を進路を変更しながら、追手が億劫になるよう意地悪を続ける。
「距離はちょっとだけ離れましたね」
小悪魔は少しだけスピードを落とした。あちらは魔女。捕まえられないのであれば、幾つか策を労してくるだろう。それまでに後一人くらいは遊ばねば。
私がそうボンヤリしながら思っていると、先の方から悲鳴が聞こえた。
……何処かで聞いた事がある気がする。
「おーい、どなたか困ってるんですかー?」
「た、たすっ、助けて下さい!」
「ああ、なんだ。聞いた事があるなと思ったら、さっきの地獄鴉の妖怪ですか」
「ひっ! あ、あなたは……」
青髪の女の子を担ぎながら腰を抜かしている地獄鴉の妖怪が怯えてくれたので、少しだけ私の頬が緩む。そして満面の笑みを見せながら自己紹介をした。
「はぁい、私は人妖問わずの嫌われ者、小悪魔でーす」
「や、やっぱり悪魔だったんだぁ! うわぁぁああああん! チルノだけはだずげでぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ー!!」
「え、いやいやまてまて、何が起こってるの?」
現在小悪魔の頭の中はこの地獄鴉を苛める事で一杯だった。よってこの妖怪が泣いて懇願する理由が分からない。まるで私が敵みたいじゃないか。私は至って健全、ただただ弱き者を虐め、ただただ強き者を蹴落とす、全うな弱き者の味方である。
鳥頭妖怪は、私が近づく毎に泣き声を大きくしていく。そして私の手が届くか否かと言ったところで、ピタリと泣き声を止めた。
彼女は理解したのだろう。泣いていては何も解決しないと。
唇を噛み締め、涙が流れまいと堪える姿は、子供さながらの強がりがあって可愛いと思う。けれど幼い涙腺は、防壁を張るには脆すぎて。
……声を出さずに泣いてる。
はぁ……鼻水も出てるし。
汚いなぁ、ったく。
「あーもう、鼻水この紙で拭いて、ほら!」
「……え……でも…………」
「ん! さっさと受け取りなさい!」
私は無理矢理ポケットに入ったティッシュを取り出す。このティッシュは先ほど魔法の森の中の一軒家でこっそりと拝借したもの。魔力が込められているのか、袋から取り出しやすくなっている。こんなことで魔法使うなよ。
「うーん、えーっと」
「あぁ、不器用なの? じゃあこっち向いて、ほら、チーンね」
鼻にティッシュを被せ、鼻水を出させる。何故悪魔である私がこんなことをしなければいけないのか。
それもこれも全部この妖怪を泣かせた奴のせいである。弱い妖怪を虐めるのは私の役目だってのに。
「ほら、綺麗になったね」
「お姉ちゃん……ありがと……」
私は目を逸らす。感謝の言葉なんか言いやがって。こちとら悪魔だっつーの。
えーっと、地獄鴉の妖怪はこちらに走って逃げてきた。ということは、彼女が怖がる要因が向こうにいるということか。
私は自分のプライドをとぼしめたクソヤロウをぶっ倒す為に、鳥頭妖怪が怖がる要因の元に歩を進める。
全く、私のおもちゃに感謝を述べられてしまうとは。全然愉しくない。正直つまんない。
これは恐怖の要因を直々にぶっ殺して、悪魔の怖さを見せつけるしかありませんね。
「へーい、へーい、隠れている奴でーておいでー!」
標的の姿は見えない。こちらの都合としても早期決着が望ましい。あの性悪魔女がこちらに来る前に。
「出てこないとー、ここにいる女の子二人、殺しちゃうよー?」
反応は無し……か。ならばこちらからアクションを起こさせてもらおう。私は種族的にそこまで強くないからね。勝つには奇策妙計立てないとね。
「じゃあ殺しま──────」
「待ていお嬢ちゃん、オレは奴等を傷つけようとしたんじゃないんだ」
いる。
標的がいる。
気付けなかった。多分───背後を許したか。
不味いなぁ。私、能力以外は大したことないんだよなぁ。ええと、魔力は魔女と繋がっている。これなら魔力が切れることも無いし、ある程度回復速度も早くなるだろう。クヒヒヒヒ、イイコト思い付いた。
「その前に……名前を聞かせて頂けませんか?」
「オレか? オレの名前は易者だ」
「そうですか、それはそれは良い名前ですね」
「ああ、それでオレが何をしていたかっつーと────」
「興味ありません」
「ナニッ!?」
驚いた声が後頭部辺りに聞こえてきた。
口はそこか。身長も大体把握した。
元々プライドを傷つけられたから、私は戦う事にしたのだ。どんな理由であっても、どんな過去があったとしても、私が戦わない理由には敵わない。
私は悪魔。他人の人生なんて興味がない。傲慢不遜、自己中心的。私が良ければそれでオールオッケーなのだ。
キヒヒヒヒ、精々悪魔の所業に悶えるが良い。
私は静かにコルトローマンを取り出し、弾を装填。
そして銃口を自分の口の中に入れて、引き金を引いた。