東方付喪録   作:もち羊

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水曜日の書き溜めです。
萃夢想が始まりました。原作とは大きく異変の内容が変わりますので注意してください。


119季 星と冬と金の年 宴の章
鬼の証明


 異変に気付いたのは、ふとしたきっかけであった。

 

「存在が……薄くなっている」

 

 その細い二の腕を見た。普段ならばきめ細かい肌とその幼い容姿による艶が見える筈だ。否、それは然程変わっていない。だが薄いのだ。艶も、肌も、まるで消えるかのように大気と同化していっている。

 

 理由は明白だった。鬼の証明が成されていないのだ。

 

 萃香は地上に唯一居住する鬼だ。その力は計り知れない程に大きく、妖術も達者である。しかし妖怪である以上、存在を否定されれば当然消えていく。妖怪の死とは、存在の完全否定なのだ。

 

「紫、幽々子、蓮華、後は旧地獄にいる勇儀……。これだけか」

 

 一人一人指を広げながら丁寧に数えていく。使ったのは片手のみ。たったそれだけしか自分の存在を知らぬのだ。名ならば聞いたこともあるだろう。どこかの伝記に載っている筈だ。しかし幼い容貌や豪胆な性格、名以上の事は書からは読み取れない。

 

 忘れ去られた者だけが集う幻想郷。

 

 伊吹萃香という鬼は。

 

 いつのまにか、幻想郷でも忘れ去られそうになっていた。

 

 草を蹴る。悩むのは自分らしくもない。行動せよ。頭を使うのも、気分が陰鬱と化すのも、鬼が嫌う事ではないか。

 如かずは眼前に(そび)え立つ紅の館。一度異変を起こした有名な吸血鬼の懐で暴れれば、少しは気分も晴れるだろう。

 

 その日は満月が綺麗な夜であった。

 蒼く輝く月は、どこか朧気で。少しでも触れれば湖に溶けてしまいそうだった。

 

「くく……これも異変になるのかねぇ」

 

 外壁が苔や植物の蔓に覆われ、ここを通る奴は掃除がされていないのだと勘違いしてしまうだろう。

 紅魔館の門壁。そこを守る門番はガーデニングが得意なそうで。いつの間にか世話をしていた雑草が、彼女を求めるかのように外壁へとへばりついている様子は、どこか滑稽だ。

 

「そこの女の子、止まりなさい。これ以上はアポ無しでは通れませんよ」

 

「えーっと、確か紅美鈴だっけか。私は貴女を知っている」

 

「……何者?」

 

 門番は間髪入れず戦闘体勢へ移り変わる。早業だ。戦闘に慣れている者だけが出来る、無意識に近い戦闘意識。萃香は朱に染まっている唇を、さも愛しそうに舌で舐めた。

 

「私は鬼の四天王が一角、伊吹萃香さ。覚えておきな」

 

「鬼は地上を去ったと聞きます」

 

 ああいやだいやだ。結局信じてくれないね。

 

「じゃあ地上に上がってきたんだ。これで納得出来たかい?」

 

「天邪鬼、餓鬼と同じく紛い物ですね。純粋な鬼が、こんな場所を彷徨(うろつ)いていてたまるか!」

 

「主の住む場所をこんな場所扱い……。そして鬼である私への侮辱……。従者として不敬を知れ!」

 

 駆けた。地にある石、砂が大きく跳ねる。

 今日、この時、珍しく紅魔館の周囲は無風であった。

 その珍しさが、月を映す湖を、幻想的な雰囲気に様変わりさせていた。

 風は無い。しかし風が無いことは、今この場に於いて異常だった。

 

 一撃、二撃と拳が交わっていく。

 華やかな弾幕ごっこではない、泥臭い殴り合い。

 美鈴が手を流れるように滑らせ、高速と威力を持って迫る萃香の拳を受け流していた。

 

「何か目的がおありですか? えと……鬼の萃香様?」

 

「特に明確な目的なんて無いさね。ただ自分の名を知らしめる。敢えて言うならそれが目的かな」

 

「それはなんとも迷惑な」

 

 美鈴が防戦一方から打って変わり、肉付きのよい美しい脚から繰り出される蹴りが萃香を襲った。

 だが萃香は足を半歩ずつずらし、難なく躱していく。ナイフだと錯覚するような鋭い脚撃。一度でも当たれば痛いでは済まない。

 

「おっおっ、流石だねぇ」

 

「それは、皮肉、ですか?」

 

「そんなに陳腐じゃない。骨ぐらいは有ると思っているさ」

 

 そして遂に美鈴にとって最悪の時が来る。 

 萃香の鼻先を狙った、的確な一撃。噛みつく寸前の蛇のように思えるそれは、萃香の鼻先に当たる直前に、カンフーシューズごと容易に掴まれてしまう。

 渾身の強さと速さを込めた蹴りを、意図も簡単に掴まれたのは、美鈴にとって大きな衝撃だった。

 試しに脚を引こうにも、彼女が相当な力で掴んでいるのかびくともしない。

 

「美鈴とやら、心して聞け。……頭を守れよ」

 

「──────っな!?」

 

 美鈴の頭にその言葉が吸い込まれるまで。

 視界が曲線のボヤけを描き、無風であった風が己の頬を叩いた。意識が追い付くまでに要した時間はコンマに満たない。しかし先程の萃香の言葉だけは理解していたお蔭か、すぐに眼前へと迫る地面に対し、頭を守れたのは運が良かった。

 

「次!」

 

 腕に地面へと叩きつけられた感触を感じた瞬間、浮遊感が身体に染み渡る。

 まさかーーと思ったのも束の間、次に襲ってくるのもまた地面であった。

 地面。地面。地面。地面。間に挟まれる浮遊感に酔いながらも、必ず地面へと衝突した衝撃が脳天を揺さぶる。

 

「次!」

 

 まだ続くのかーー。美鈴がその声に絶望したとしても無理はない。思考が働いているこの瞬間も、美鈴は萃香によって振り回され、地面へと叩き付けられているのだから。

 幼い容姿、小柄な体格。華奢な細腕。そこからは想像も付かないような怪力。(にわか)に信じ難い、彼女の鬼という証言に真実味が増してきた。

 

 砂煙が舞い、風が荒れ狂い始めた最中、美鈴は虎視眈々と萃香の隙を見極めていた。

 冷静さを取り戻してきた頭で観察する。平衡感覚がどれだけ狂わされており、今の自分の位置はどこにあるのかと。

 その時、浮遊感の流れが変わった。風が縦向きに当たるのではなく、横向きに変わったのだ。

 

(これはまさか……よし、今が好機ッッ!)

 

 風が変わったのは風向きによるものではない。萃香の叩きつける向きが変わったのだ。それを理解した美鈴は、横向きに叩き付ける場合の、最も良い障害物を考えた。

 美鈴と萃香は紅魔館の門前で戦っていた。もし叩き付けるのであるのならば……効率と面倒を考えて、紅魔館の外壁が妥当だ。

 

「次!」

 

 萃香が大きく腕を振った。これがラストチャンスだと自分に言い聞かせ、美鈴は〝離脱〟した。

 

「おろ?」

 

 〝裸足〟になった美鈴は、外壁へと当たる瞬間に空中で一回転。地面より垂直に立ち並ぶ外壁を加速装置として、美鈴は力を込めて壁を蹴った。

 長い髪を靡かせて突進する様は紅き弾丸。減速せぬよう風を受ける面積を最小限に、身体を限界まで伸ばして萃香へと迫る。

 一方萃香は美鈴を投げた動作のまま唖然としている。まさか靴を脱ぎ捨てるとは思っていなかったからだ。

 

「面白いな」

 

 躱す事は体勢から考えて無理。叩き付けるにも足は踏み込むし、意識もそちらへ行くのだ。反逆の美鈴に身体が対応してくれないのはその為だった。

 よって萃香に出来る事は受ける事。正面から、正々堂々と衝突すること。

 

「私は勇儀とは違うんだけど、ねぇ!!」

 

 美鈴の脳天と、萃香の額が衝突した。

 鉄骨と鉄骨が同時にぶつかりあったような、重い衝突音が辺りに響き渡り、体格、体重的にも劣る萃香の方が押し負けて吹き飛ばされた。

 

 美鈴の狙いは此処だった。戦いの最中、力の差は歴然。萃香の方が一枚も二枚も上手であったのだ。そんな萃香に勝るもの。それは体重と体格だ。

 正面から受けるという行為は、どうしても筋力量、体格、体重という物が大きく関わってくる。力という面では勝てる事がない美鈴であっても、体重と体格差では勝てると確信したのだ。

 

「ぐぅ……っッッ!」

 

「まだまだぁっ……!」

 

 起き上がりは美鈴の方が速い。

 吹き飛ばされ呻く萃香。美鈴は彼女に向かって大きく地面を蹴り、この戦いの幕を下ろそうと止めを放った。

 萃香が額を押さえてのたうち回る中、月光に照らされて、いざ自分に止めを放とうとする美鈴の姿が網膜に反射する。

 

 脚に力を入れた。無論躱す為だ。

 ーーーしかしそれは叶わない。

 

「なにッ!?」

 

「読んでいるぞ!!」

 

 脚が美鈴の足先によって押さえられていた。立ち上がりから近接までのロスタイム。萃香が美鈴を目視するまでの間、美鈴にはこちらの行動を読む時間が大量にあった。追い詰められた萃香の思考は、美鈴にとって読みやすい事他ならない。

 〝奴ならば咄嗟に感知して躱そうと動くだろう〟と。腕の長さから、反撃は考えない。

 

 呻きのたうち回る萃香が躱す為にはどうするか。それは地の利を活かしたローリング。

 中国拳法を深く修める美鈴にとって、躱した場合、反撃してきた場合でも、相手の体勢を崩すことは出来る。

まず萃香はこちらに気付いている様子は無かった。憂いは絶っておくべきだと思い、ローリングを前提として萃香の脚を押さえたのだ。

 

「クソッ!」

 

 萃香が反撃覚悟で拳を握る。

 美鈴も同様だ。だがここで決定的な差が生まれた。

 

(腕の長さが足りない……!)

 

 鬼である萃香。瞬時にその思考へと至ったのだが、同時に後悔も襲った。今この幼い容姿が仇となり、美鈴の一撃をカウンターとして反撃する事が出来ないのだ。出来たとしても軽い一撃に終わるだろう。

 萃香は来るであろう衝撃に耐えるため、歯を食い縛る。

 

 今か今かとその衝撃を待った。だがどれだけ経っても衝撃はこない。反射的に細めた瞳を開けると、そこには拳を萃香の顔の前で止める美鈴の姿があった。

 

「はい、遊びはこれでお仕舞いですよ」

 

 彼女はそう言って、萃香の頭をあやすように撫で始める。

 

「筋は良いですが、どことなく一つ一つの動作がお粗末に感じました。貴女がこれから大きくなれば、決着は分からなかったでしょう」

 

「ぐ!! 離せっ……!!」

 

 自分の頭を撫でるその手を勢いよくはね除け、萃香は逃げるように走り去った。

 屈辱。屈辱だ。萃香の心を占める圧倒的敗北感と、鬼である自分にとって辱しめに近い屈辱。

 

(クソっ、クソっ、クソっ!!)

 

 鬼というプライドを投げ売って、半べそをかきながら萃香は暗い魔法の森に消えていった。




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