東方付喪録   作:もち羊

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 この頃、とある噂が流れているんだ。

 

 え? 聞きたいって? しょうがないなぁ。

 

 ちょっとだけだよ。

 

 

 この頃弱いものイジメが流行ってる。

 

 ああ、分かってる。分かってるさ。噂なんてこの程度じゃ流れやしない。本当はもうちょっとだけ深いものなんだ。

 

 んー、そんなに早く真相が知りたいのかい?

 まぁまぁ待て待て。話にゃ起承転結ってのがある。面白くなるのはこれからだ。

 

 そうだなぁ……噂が広まり始めたのは数週間前だ。最初は妖怪ヒエラルキーの中でも、中層から下層の連中が何者かに襲われるって感じだった。

 その中層やら下層やらの連中はね、まぁ結構人里にも迷惑を掛けている連中でね。人里のお偉いさんは妖怪どもに誅罰でも決まったんだろうと、胸を撫で下ろしながら言っていたよ。

 

 ああ、その通り。お偉いさんにとっちゃ妖怪なんて目の仇。消えてくれるだけマシになるもんらしい。

 それで終わってくれたら、まだ噂にもならなかったんだが。

 うん、そうだ。このまま話は続くんだ。

 

 あんたさ、八目鰻の店主は知ってるかい?

 

 知らないのか……そりゃ残念。じゃあ説明しようか。

 

 昼夜のいつか、リアカーを引いてソイツは現れるのさ。夜雀の妖怪、ミスティア・ローレライ。遠くから見ると蛾にも見えるんだが、ありゃ正真正銘鳥の妖怪だね。

 それで、ミスティアは人妖問わず八目鰻を中心とした屋台を開いているんだ。おでんとかもあるが、やっぱり八目鰻が格別だな。ほっぺたが落ちそうになるほどだよ。……比喩だからね?

 

 そのミスティアが、襲われたんだよ。

 

 ミスティアも妖怪さ。当然人間よりは強いから、そこいらを闊歩する人里の連中が襲えるとは限らんねぇ。

 そしてミスティアを皮切りに被害は段々増えていく。有名どころでは、あの食人妖怪のルーミアさえ襲われたらしいんだ。

 

 〝返り討ち、ではなく襲われたんだ〟私は確実に妖怪のせいだと思うよ。

 

 ……うん? 襲った奴の特徴?

 あー、そうさね。なんでも〝鬼〟って奴らしい。この人里じゃあ聞いたこともねえかも知れねえが、私は知ってるさ。そいつらのことを。

 おいおい、疑うのかい? 私はあんたよりも大分年上だよ。年長の言は聞いておくべきだ。

 

 兎も角、鬼がそんな事をするとは思えんわけよ。

 

 何でかって? 鬼は殊更勝負事に誇りを重く置いていてね。卑怯な戦いはしないし、勝敗の賭け事は絶対に守る。

 今回の襲撃は底辺や野良妖怪らが襲われている。鬼は強いんだから、こんな存在もあやふやに近い底辺共を襲う訳がない。鬼のプライドすらも擲つような状況じゃ無きゃね。

 

 ん、もう少し詳しく?

 

 へへ、欲張りだなぁ嬢ちゃん。特別プライス、人参三つでどうだい?

 ……え、人参を持ってない? ……ちぇっ、じゃあタダで良いよ。けど今度会った時にゃ、しっかりと払うんだよ。私は耳を尖らせているからね。

 あっ、こら! 私の耳を触るんじゃない! 敏感なんだよ、そこ。

 ウサミミ可愛いって? だからって触って良いことにはならないさね。あんたが犯したのは猫の尾を摘まむ事と同じだよ。……ったく、素直に謝るのはよろしい。

 

 その〝鬼〟の特徴はね、なんでも女の子らしいんだ。それも頭に二本の角を生やして、身体には三つの分銅を付けている。

 いつも瓢箪の中の何かを飲んでいる、変な格好の鬼さ。そいつの名前? さぁ? 知らないね。鬼なんて、人間に幻滅して地下世界に行ったって聞いたんだけどねぇ。

 

 じゃあなんで鬼と分かったかって?

 

 そいつは当事者がそう嘯いているからだよ。

 真偽不明さ、けれど驚異はある。

 

 ハハ、予想としては、多分そろそろだよ。

 何が……って、知らないのかい? この人里の連中だったら持ちきりなんだけどね。噂を私に聞いてくる辺り、世俗に疎い輩かと思ったんだが……若しくはあんた、この人里に住んでいないはぐれものだったり……?

 いや、詮索は止しておくよ。私も命は惜しい。あんたの背後からぷんぷんと匂う濃厚な気は、決して良いものじゃないからね。

 

 人里や、幻想郷全体で驚異とみなされた場合、とある人間が動くんだ。

 その人間くらいは知っているだろう? ああ、そうだ。博麗の巫女だ。なんでもこれは聞いた話なんだが、彼女、以前の異変でしくじったらしい。それで決意を新たにしたらしくてね、いつもの彼女とは思わない方が良い。

 

 おう、約束してやろう。

 

 巫女が本気を出した今、その鬼とやらに勝ち目はない。鬼といっても、そいつは自分より格下の奴等ばかりを襲っている。きっと弱いんだろうねぇ。

 だからこそ、一段と力を増した博麗の巫女に退治されるのがオチさ。

 

 そうだね。うん、うん。人参はいつでも良いさ。あんたが返せる時で良い。

 博麗は出動したのかだって? ああ、したさ。多分今は妖怪の山にでも行ってるんじゃないか? 目撃情報がそこにあったらしいし。

 

 へぇ、行くんだね、あんた。怖いもの知らずか、はたまた愚か者か。それとも……世話焼きか。

 気を付けなよ? くれぐれも天狗の領域になんて入っちゃいけねえ。山の麓を迂回しながら進むんだ。

 

 うーん、不安かい、その表情。

 そうさなぁ。じゃあこれを貸そう。

 

 うん? お察しの良いことで。その人参のペンダントは当然普通のペンダントじゃない。私の〝幸運〟が詰まったありがたーいペンダントだ。

 それを付けてりゃ、〝運悪く〟天狗に見つかることも無いだろう。しかも、その鬼に会えるかもしれないねぇ。

 

 ククク、馬鹿言っちゃいけない。奇跡や幸運ってのは怖いもんさ。

 精々驚くと良い。体験すると良い。〝幸運は何度も続けて訪れる〟のさ。

 

 ───それと、あんた、妖怪だろ?

 

 なんで分かったって顔してるなぁ。

 面白い。出血大サービス。

 

 私は噂にならないよう、自分に幸運を掛けてここに来たんだ。実際、あんたには見つかっちまったけど、あんたも見えていないじゃないか。ふふ、不可視の結界でも張ってあったのかいさね。

 

 なんで聞こえるのかって?

 

 なんで話し掛けたのかって?

 

 ククク、幸運の白兎を舐めちゃいけねえ。

 

 ウサギの耳は地獄耳なんだよ。

 

 ま、正直言うと私も少々物寂しかったのさ、口が。

 

 ストレスの溜まる環境なんでね。

 

 あんたと話せて、まぁまぁこっちも楽しかったよ。

 

 じゃあ、あんたも頑張りな。

 

──────────────

 

────────

 

「あんたね、この噂の元凶は」

 

 妖怪の山ーーーマヨヒガの近く。

 猫の里と言われるほどのこの場所は、いつもは猫の音楽が奏でられている。

 猫の間の抜けた合唱は、聞いていてどこか和んでしまうが、今日という日は、猫の声ひとつしない。いや、猫がいないわけではないだろう。彼らは物陰に隠れて息を潜めているのだ。それは恐怖によるものか、はたまたこれから起こる戦いへの予知か。

 

 夏の若葉が生い茂る場に、どこか場違いな色の服を着た巫女が乱入する。

 そしてそこに腰を下ろしている人物に向かって一瞥。文句を吐いた。

 

「人里に流布されている噂……知らないとは言わせないわよ」

 

「……知らないね。でも噂になったんなら上出来ってもんさ」

 

「反省する意思は無しって訳ね。じゃあ殺すわ」

 

「物騒じゃないか。その顔に仏頂面は似合わない。せめて般若が良いところだ」

 

 その鬼はこびりついた泥を落としながら立ち上がった。

 生憎幻想郷では昨日は雨。夏に珍しい、激しい風雨が直撃していた。人は家の中で身体を縮こまらせていたから知らないが、妖怪の山は酷い有り様だった。

 道は泥で泥濘(ぬかる)み、激しい風でそれらが木や建築物に打ち付けられた。

 

 立ち上がった彼女の身体には、まるで打ち付けられた泥が直撃したかのような、そんな様子だ。

 しかも、うっすらと見える血の痕。

 霊夢には彼女がここで何をしていたか、すぐさま察しがついた。

 

「そういえば……ここを治める猫の式神は知らない?」

 

「ああ、殺してはないよ」

 

「そう……殺して〝は〟ないのね」

 

 両者は不敵に嗤った。片方は憐れみを。片方は焦りを隠すために。

 

「スペルカードは三枚、被弾は二回よ」

 

「分かってるさ」

 

「なら良いわ。頭を擦り付けさせて、泥んこまみれにさせてあげる」

 

「私の額は泥とキスするためにあるんじゃ無いんだけどなぁ」

 

「妥協なさい」

 

 人がいない。夢もない。想いも無い。

 

 ただただ一方的な理由で、その決闘は始まった。

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