東方付喪録   作:もち羊

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萃う。抱く。想う。

「ーーーー紫、ーーーーー香はちーーー保護してるよ。今はーーの奥でーってる。そーで、萃ーー暴ーてた理ーーて?」

 

 声だ。

 

「端的にーーー、鬼の存在のー立が成さーーーーいのよ。『ラプーーの魔』で見たーど、ーーは確実ね。だからーー、ーんーーしなーー」

 

 声。

 

「それでね、紫ーーんだ理由はーー事にあるんー。妖怪の中でも忘ー去られそーーなっているー怪もいる。だから、人里でーーーを開くんだよ」

 

 懐かしい声。

 

「うん……そーー良い方法ね。分かった。里主にこちらで掛け合っておくわ」

 

 それは徐々に鮮明になっていき。

 

「うん、了解。じゃあ私は萃香の様子を見てくるよ。そろそろ傷も癒えただろうし」

 

 誰かの足音が、地面を伝って聞こえた。

 それはこちらに向かって駆けてきているようで、その時になって私は寝かされているのだと気付いた。

 所々破けているが、私の全身をすっぽりと覆う暖かい布団。そして、私を覆う変な膜。それは不定形で、私の動作によって、その膜は形を変えていく。

 

 バサッと、襖が開いた。声の聞こえた彼女だろう。

 私は反射的に元居た位置に戻り、早鐘のような鼓動を聞きながら、彼女が起こそうとするその時まで寝ているふりをする。ちょっとした悪戯心だろうか。彼女を知っているからこそ企んだ悪巧みである。

 

「萃香萃香萃香~、萃香ーをー食べーるとー甘い!」

 

 なんだその歌は。

 閉じた瞼の先で、私の名前を使った変な歌を歌う友達の存在に、心の中で苦笑する。

 手がーーー触れた。友達の手が、布団の縁に差し掛かる。服と布団がそれぞれ擦れる感触を感じながらも、早く、早くとその友達が私を起こそうとするのを待っていた。

 

「あ、布団温かい」

 

 そいつは一言発して、私が入っている布団の中に潜り込んでくる。

 全く、私を起こしにきたんじゃないのかい〝蓮華〟。

 様子を見てくるよとの言葉はどこへやら。しばらくそのままでいると、隣から寝息が聞こえてきた。

 

 私はゆっくりと目を開ける。

 

 そこには案の定、桃色の旋毛が見える。蓮華だ。桃色の髪なんてこの幻想郷にはそうそういないからね。分かりやすい事この上ない。

 

 それよりも、ここは何処だろうか?

 どれだけ記憶の中を探っても、あの博麗の巫女に吹き飛ばされた時の瞬間が最後の記憶のようだ。そこから先は覚えていない。

 

 勝敗がどうなったとか。博麗の巫女は無事だったとか。現状と現在地はどうなのか……とか。

 

 取り敢えず寝ている蓮華をそのまま寝かせておいて、私は襖を開ける。

 そこには誰も見えず、少し首を捻った。

 意識が覚醒したばかり、まだ朦朧としていた。そのお蔭で声の主が誰か、判別出来なかったのだ。

 

(寝ている時間が仇になったか。まぁ良い)

 

 己の拳を見下す。

 強く握られた五つの指。

 

 だがその強さは仮初。自らのプライドと引き換えに手に入れた、叛骨の力。

 このままじゃあダメだということは、自分がよく分かっている。なにが鬼だ。馬鹿じゃないのか。

 

 既に博麗の巫女と戦った時の力はほぼ消え去っている。奴が私を倒したと、人里にでも触れ回って噂の火消しを行ったのであろう。

 今の私は最強の鬼であるが、最弱の鬼である。鬼であれば弱き者を甚振らない。鬼であれば正々堂々と。鬼であれば……自分より強き者と相対する。

 

 博麗の巫女には感謝しきれない。

 弱き者を強者面をして圧倒する、最低の鬼を彼女は討伐してくれたのだから。

 

(ごめん、蓮華)

 

 彼女〝達〟が私を保護したという事は、既に何らかの策を講じてくれているだろう。

 蓮華にも感謝している。とっても、とっても。

 だからこそ。感謝しているからこそ、彼女とは共に歩めない。

 

 鬼とは人の敵。

 

 鬼とは倒されるべき存在。

 

 鬼とは強き者。

 

 強き者は孤高だ。頼るプライドなんて持ち合わせてはいないからね。だから、プライドを引き換えになんて出来ない。

 

 私はもう一つの襖を開けた。光が漏れ、陽射しが強く私を刺す。

 

 玄関に置いてあった靴を履き、私は蓮華を置いて、その小屋を後にした。

 

 たった一人。然れど一人。

 

「私は伊吹萃香。……弱い鬼さ」

 

 忘れ去られようとしている妖怪の力は、脆く、弱い。

 ならば、ほぼ全ての妖怪が自分より強いということだ。

 

「萃え。強き者よ」

 

 下剋上だ。鬼の強さを示してやる。

 

「最強を以て、最弱を制せ」

 

 ここからだ。ここからなんだ。

 

「私は最弱を以て、貴様ら最強を制そう」

 

 萃う。

 

 夢を抱く。

 

 想う。

 

 たった一人で形成される百鬼夜行。

 

 背には屍。彼女が切り開いた道には、多種多様の死の山が出来上がるだろう。

 

 終わりはない。

 

 一日という概念が続く限り、百鬼夜行は終わらない。

 

「轟かせよう、鬼の息吹を!!!」

 

 

 萃夢想は、たった独りの鬼の号令で始まった。

 

 

────────────────

 

─────────

 

 妖怪の山────哨戒地区。

 

 通常は多くの哨戒天狗達が見張る場所であり、天狗の長、天魔様の御殿に最も攻め入り易い場所。

 それ故に、他の地域よりも固い警備となっている。

 そして哨戒天狗の中の一人、白狼天狗である犬走椛は、その異変に気付いた。

 

(なんだあれは……)

 

 椛にはとある特殊能力が備わっている。それは千里を見通すという力。文字通り目を媒介にして、妖怪の山全貌を見渡す事も出来るとか。

 しかも武芸にも秀でている。

 その力故に、哨戒天狗の中では監視役としても一目置かれており、幾つかの班を纏める立場でもある。

 

 そしてその千里を見通すとまで言われている椛の目が、とあるものを捉えた。

 それはかなりの速度でこちらに向かっており、止まる様子は無いようだ。

 椛は大声でこの地区に属する哨戒天狗に警戒命令を出す。武器を携帯させ、いつ戦闘が起こっても良いように。

 

「椛様、速度ニーゴーマル! こちらに到着するまで残り数分です!」

 

 その物体を捉えた部下が、大声でその報を発す。

 残り数分。たったそれだけの時間でこの拠点に到着する。それぞれの哨戒天狗達の頬に、汗が伝った。

 

(これは拙いな)

 

 これではダメだと椛は感じた。それぞれの肩に力が入りすぎている。どうにかして肩の力を抜かせたいが、時間は刻一刻と迫っていく。

 時間がどうしても無い。そう決断した椛は、大きく息を吸い込んだ。

 

「貴様らッッ! そんなに怯えてどうするッッ!!」

 

 普段の無口な彼女とは思えない、大きな声。

 その容姿から可愛らしいとも評され、哨戒天狗達の中でも人気が高い犬走椛。そんな彼女が声を振り絞っている。

 哨戒天狗は見た。そして、魅た。

 凛々しく鼓舞する彼女の、なんて強かで美しい事か。

 

 集団の中の、一人の哨戒天狗が雄叫びを上げた。

 そしてそれに呼応されるように、それぞれが声を張り上げていく。

 

「そうだ、それで良い!! 相手はたった一匹。そして我らは数十。怯える必要などない!! 数とは力!! 我らは弱くとも、集まれば幻想郷の一角でもある天狗の誇るべき先兵である。誇れ! 誇れ! 自らで自らを鼓舞せよ!!!」

 

「ああ、俺達ならやれる!!」

 

「ぶっ殺せ!!」

 

「怯えてる奴は後ろに下がれ!! 俺がやるぞ!」

 

「それは俺のセリフだろうが!!」

 

 場が燃える。喚きなんかでは到底ない、激しい炎。声が力となり、声が恐怖に打ち克つ武器となる。

 

「来るぞ!! さん、に、いち────────」

 

 観測班が吠える。来るのだ、何らかの敵が。この地区────いや、砦とも評されるべきこの場所を襲撃するとは、ほぼ確実に天狗への宣戦布告だろう。

 どんな奴かは知らないが、ここで天狗の力というモノを見せつけなければならないようだ。

 

 それぞれが武器を構えて身構えた。

 

 待った。

 

 待った────。

 

 待った────────。

 

 待った────────────。

 

 待った────────────────。

 

 

 

 だが、いつまで待っても目標は来ない。

 

「観測班、どうなってる!」

 

「す、すすすすいません!! 今こちらも確認を行っているのですが──────」

 

「ですが……?」

 

「その申し上げ難いのですが……」

 

 観測班のメガネの男が、困ったかのように頭を掻く。

 

「〝対象が消えました〟!」

 

「なんだと?」

 

 椛は目を疑った。

 姿が消えただと?

 そんな、有り得ない。今も目は展開している。上空にも、妖怪の山全域にも、そんな生物は見当たらない。

 ということは……信じたくないが、確かにその生物は〝消えたのだ〟。

 

「椛班長、ど、どうします?」

 

 近くにいた気弱な哨戒天狗が声を掛ける。それは切羽詰まった声ではなく、この不始末をどう片付けるかに傾倒を置いているようで……。

 

 そして、椛がその哨戒天狗の顔を見た瞬間。

 

 ここから先はコマ送りのようだった。

 

 まず、空間が揺らぐ。その現象を視認し、手を伸ばしかけた所目の前にいた哨戒天狗が消えた。

 そして一瞬の悲鳴。それは背後から上がった。

 

(───────何っ!?)

 

 背後で待機していた哨戒天狗。その悉くが舞い、手足が空を切る。

 椛は呆然とするしかなかった。消えた哨戒天狗は武器として、その存在に振り回され、身体が歪んでいく。

 一瞬の間が空き、臨戦態勢へと入った他の哨戒天狗らも、その存在の速さに翻弄される。

 

 とある者は首を絞められ。

 とある者は関節を外され。

 とある者は振り回されている哨戒天狗に当たり。

 とある者はゴム毬のように跳ねて。

 

 それは地獄だった。

 

 勇士が。強き兵らが。

 天狗の一部隊が簡単に壊されていく。それはまるで幼い子供が、好奇心で積み木の山を壊すように。

 

 悲鳴と怒号が交差し、場は声に溢れた。

 

 それは先程のように力を与えるような物ではなく、見る者、聞いた者を恐怖へと陥れる阿鼻叫喚の讚美歌。

 

 それはたった一匹の、その存在によってもたらされたものだ。

 

 ーーー足が勝手に動いていた。

 

 ーーー喉が勝手に泣いていた。

 

 同胞を打ち倒すそいつに一矢報いる為に。

 

 そして哨戒天狗の部隊がほぼ全滅仕掛かっている時、その存在が動きを止めた。

 突然足を止めたので、椛も咄嗟に足を止めてしまう。

 

「あんた……強そうだね」

 

 その存在がこちらを向いて呼び掛けた。そしてそれは思っていたより高く、透き通るような声だ。

 

「……子供?」

 

「子供じゃないやい! 伊吹萃香だ、覚えておきな!」

 

 伊吹萃香と名乗った童女。顔は哨戒天狗の血に濡れ、ぼろ雑巾のようになった先程の気弱な兵士は、萃香が手を離すと力なくずり落ちた。

 

「その伊吹萃香様が何用で?」

 

「言う必要あるのかい?」

 

「ええ、こちらも理由次第では丁重にお帰し致します」

 

 椛のその言葉に、萃香は目を細めただけであった。

 

「丁重に、ねぇ……目を見りゃ分かるよ。現世に帰すつもりなんて無いくせに」

 

「で、理由は?」

 

 既に会話を切り捨てている椛。萃香はその様子から、必要な事以外は自分と話す気は無いのだと悟った。

 

「そっちの長、天魔に会いに行くわけよ」

 

「それで?」

 

「あー、まぁ、力を示すために戯れるって感じかなぁ。ちょっと激しい戯れだけどね」

 

「そうですか、分かりました。では、排除します」

 

「おうおう、早速かい?」

 

 椛は足を踏み込んだ。そして踏み込んだ音が萃香の耳に届いた時には、既に椛の姿はない。

 

(流石天狗の集落。速い)

 

 萃香は口笛を吹きながら、〝振り下ろされるであろう刃〟の切っ先を、指で摘まんだ。

 驚きの声が背後から聞こえる。それに対して萃香は笑みを返す。

 

「これくらいなら、まだ余裕だね。最弱の鬼にも敵わない」

 

「くっ…………!」

 

 一度椛は距離を取る。見切られるとは思っていなかった、必殺の奇襲攻撃。一旦態勢を整わせる為に、数歩間をおく。

 だが、それを待ってくれる萃香ではなかった。

 

「なぁに逃げてんの」

 

 盾を介して眼前に姿を現した萃香。椛は身の危険を即座に感じ、紅葉の描かれた盾を前に力の限り押し出した。所謂、シールドバッシュの形である。

 ーーーが、萃香は微動だにしなかった。

 

 激しい警告が鳴り響く。

 椛は更に距離を取ろうとして、萃香の足払いを避ける事が出来なかった。

 

「逃げててどうする? それだからシールドバッシュにも力が入らないんだ」

 

 まるで彼女に手の中。自分を覗き込むその視線には落胆と失望が混ざっていた。

 ……確かにそうじゃないか。自分は恐怖していたのだ、この童女に。足を縮こまらせた踏み込みなんて、そりゃあ奇襲も盾も使いこなせる訳がない。

 

 この童女の言う通りだ。私は今まで何のために戦っていたのだろう。恐怖か? それとも逃げ道を作ろうとする自分自身を鼓舞していたのか?

 

「違うでしょ」

 

「おう、良い眼になった」

 

 泥を払い、立ち上がる。大剣と盾を拾い、もう一度構えた。

 

「来なさい、もう怯えないから」

 

「恐怖を克服したか。流石ってところだね」

 

 倒れ、呻く哨戒天狗の中にも、意識が有る者はいる。彼らはただ一言も発さず、彼女ら二人の戦いを固唾を飲んで見守っていた。

 

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