東方付喪録   作:もち羊

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天狗部隊

「ーーーッハ、ーーーッハ、ーーーッハ」

 

 規則的に息を吐き出す。

 急いで足を動かす度に、噛まれた方の脚が痛みを訴える。妖力は、哨戒天狗が己に感じた恐怖によりある程度は回復したが、治せる速さは限られる。

 そして、今の私には悠長とした時間なんてないのだ。

 

 背後が爆ぜる。

 

「クソッ、まだ追ってくるか! しつこいぞ鴉風情が!」

 

 それは妖力による妖術……等では断じてない。

 現在萃香は追われているのだ。それも天狗のエリート部隊によって。

 彼らは私が空中に至る方法が無いとするや、空中から攻勢を仕掛け、一方的にこちらを消耗させてくる。

 

 哨戒天狗からの畏怖を受けた事による、力の増加。しかしそれは妖怪として、強者としての確立であって、鬼としての確立はまだまだだ。如かずは先程の戦いで売名行為でもしておけば良かったと少し後悔する。

 

 思いきり身体を捻った。

 

 秒という時間さえも置いていき、風を纏ったナニかは萃香が今いた場所を横切っていった。

 目視など到底出来そうもない、視認不可な飛来攻撃。十分な数が合わさった今の天狗にとって、これほどの有効打は他に無い。逆に考えれば萃香にとって最悪の状態という事だが。

 

「負けを認めろ、名無し妖怪。貴様は現在空中で包囲されている」

 

 知らねえよ! ……と心の中で精一杯の悪態をつく。空中戦に突入できる妖力は無い。突入出来たとしても、空中戦に特化した天狗数十体相手に立ち会えるとは到底思えない。今は逃げの一手。目指すは天狗らの泣きどころ、天守。

 

 更に加速を続ける。自分自身の存在感を極限まで薄め、天狗らに鑪を踏ませよう。

 

「卑怯だぞ、妖怪! さっさと姿を現せ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「卑怯だぞ、妖怪ー!」

 

 卑怯なのはあんたらだろうに。

 自らが絶対に安心だと思えるような位置に居座り、何も出来ない私を見下している。

 元はと言えば、この山を仕切っていたのは四人の鬼だ。私は蓮華と一緒にいたかったから統治を半ば放棄していたが、それもここらで終わらせよう。

 

 今こそ鬼の恐怖を取り戻す為に、一から始める。

 

 まずは天魔だ。アイツを倒さなきゃ話にならない。既に代替わりはしているだろうが、天魔の血はどの天狗よりも優先される。

 天魔とは個人に与えられる名称ではない。天魔とは、一つの種族名なのだ。

 

 代々脈々と受け継がれる天魔という種族の血。なんの因果か、どれだけ天魔の血を引いていようと、選ばれるのは一人のみ。そして選ばれた者には、今まで天魔が受け継いできた技術と共に知識も受けとる。それを呪いと取るか、祝福と取るか。

 天狗にとっては祝福らしいが。全く集団心理ってのは怖いもんだねぇ。

 

「いたぞ!」

 

 マズイ、見つかった。

 妖怪の山に植えられている樹木林の影から見える、黒い翼。太陽の光さえ遮るそれは、数十体の天狗らによって大きく展開され、正真正銘闇が訪れる。

 妖怪の山に射し込む光が奪われたーーー。

 その瞬間、ぴゅぅ、と風が打たれる音。

 

「良い手だ……まさか私の視覚を奪おうなんてね!」

 

 来る……ッッ! 文字通り風を切って奴等が来る!

 

 暗闇。真っ暗な世界の中で時は進む。

 

 耳を凝らせ。聴こえるハズだ。レーザーのように加速する天狗らの息遣いが。

 

 ーーー瞬き。

 そして、痛み。

 そして、地面に叩きつけられた。

 

 腹部の辺りに何かが当たったーーーと思った瞬間、不意に浮遊感が訪れ、数秒の時間の後、地面と思わしき物に叩きつけられる。

 

(目視でも天狗の突貫は見えない。視界が防がれるとこれか!)

 

 瞬間的な痛みは、今では鈍痛のように重く芯に残る。これが繰り返されるのか。ただただなじられるように、何度も何度も。

 溜め息が出た。それは、先の白狼天狗によって付けられた右足の傷に起因する。今の私では先程の集落を襲うときのような速さは出せない。右足の機動が痛みによって奪われているからだ。故に、いつか追い詰められる。いつか、この理不尽を打ち破らねばならなくなる。

 

 鬼とは理不尽なもんで、当然その報いのように、今まで虐げてきた奴等に理不尽な目に遭わされ死んだ奴を知っている。名前はもう覚えていない。鬼にしちゃ優しかったから、大江山占拠の時には連れていかなかった。

 

 死んだら、いつか忘れられる。

 

 偉大な功績を後世に残した者ならいざ知らず、野たれ死んだ奴にはなんの手当もない。

 それが普通で、生物共通の唯一平等な規定であった。

 

 

 

 

 ーーー吹き飛ばされる。やはり見えない。

 

「ごほっ、ごほっ、チクショウ、くそ!」

 

 

 

 

 私だって、元は死ぬ運命だったさ。

 源のなんとかって名乗る変な奴に罠を仕掛けられ、大江山が墓場になるところであった。

 それを救ったのが、何を隠そう蓮華だったのだ。

 多分あそこだな。未来が変わったのは。進むべきレールが方向転換したのは。

 

 

 

 

 ーーー脇腹に強い衝撃。

 私の軽い身体は、勢いの止まない独楽のように回った。狙われたのは右側。私の右足が怪我をしている事を見抜かれたのかもしれない。

 

「ぐぅっ、く……ふぅ、ふぅ……」

 

 

 

 

 大江山以前にも、実は私と蓮華は会っている。

 確かあっちが私に勝負を仕掛けてきたんだっけな?

 都で暴れる悪名高き鬼に興味が湧いたとかなんとか。ふふ。力比べは私の惨敗だった。あの時からだろう。私の運命が狂い、また新しく始まったのは。

 

 

 

 

 ーーー右足に激しい痛みが駆け抜ける。

 鋭い、鋭い痛み。滑空してきた天狗の一人が、足が弱点だと分かり早速攻撃でもしたのだろう。

 手探りで右足付近を探ると、固い感触。それは下に下がれば下がるほど、固く鋭くなっていく。

 これは……大振りのナイフか。天狗の野郎、私を地面に縫い付けやがった。

 

「こん、なもの……!」

 

 力を込めて、一思いに抜く。ぬるりとした血がナイフの先から水滴のように落ちて、地面を汚す。

 この正確性、仲間の中に夜目が効く者がいるのだろう。鳥だから鳥目だと侮っていた私のミスか。

 

 

 

 

 蓮華はその頃は武芸が達者で。見たこともない武術を幾多に渡って披露してきた。その度に私は翻弄され続けたものだ。今となっては懐かしい。

 味わった事のない敗北。私の目頭はそれに耐えきれず、蓮華が目の前にいるのに泣きじゃくったんだったか。

 流石に可哀相だとでも思ったのか、それとも見かねたのか。蓮華は私を優しく慰め、一つ一つ技の解説をしてくれた。

 

 今思えばなんて無様な事だったのだろう。

 泣くどころでは留まらず、負けた相手に教えを乞う。鬼として許せない。……だが、確かに学べた事は多々あった。

 

 そうだ、確かこういうとき、有効な技を教えてくれたんだっけな。

 なんだったっけ。私の能力と相性が良いと言っていたハズ。

 確か……やり方は……。

 

 

 

 

 風向きが変わった。また来る。

 今度はどこを狙う気だ?

 

 突進。目で追えない。

 

 暗闇。

 

 風。

 

 柔い。

 

 軽い。

 

 ああ、そうだ。

 

 思い出した。

 

 羽根のように、なるんだった。

 

 

 

────────────────

 

────────

 

 一介の鴉天狗は、上司である大天狗に頭が上がらない。それは、天狗の徹底された縦社会が関係していた。

 天狗の縦社会で最も頂に立つのは、天魔その人である。そこから大天狗。エリート階級。と下がっていき、最も下に位置するのが哨戒天狗である。

 序列は主にどれだけ上の者に気に入られるかで決まり、そのせいか強さと階級が釣り合わない事もしばしば。

 

 現在数百の単位で構成されるこの大部隊を取り仕切るのは、大天狗と呼ばれる存在。しかしこの部隊には下っ端といえど、大天狗の力を上回る者だっているだろう。

 その中の一人。大天狗の力を上回ると揶揄されている一人の青年が、他の天狗のように黒きドーム状の空間の中へと突っ込んだ。

 

 彼が大天狗から言い渡されたのはただ一つ。

 

 『目標を殺せ』

 

 短く、それでいて大きな意味のある一言。

 

 青年は強い。そして智恵もある。故に、一言で全てを理解した。

 

 腰に下げた細身の剣を抜く。それは外界でレイピアと呼ばれている突きに特化した剣で、見ることさえ許さぬ剛速を持った天狗からしてみれば、一度突進しただけで一瞬で相手の首をもぎ取れる便利な武具だ。

 しかしその流通は少なく、認められた者くらいしか帯刀する事を許されていない。

 

 音をも置き去りにして、跳ぶ。飛ぶ。翔ぶ。

 

 空気抵抗を最小限に。

 

 そして速く。鋭く。直線に。

 

 対象はこちらを見てさえいない。

 勝った。

 

 つい頬が緩む。もし今回の任が終われば、大天狗に昇格できると大天狗様直々に許可と許諾を頂いている。

 こんな女の子一人殺すだけで良いなんて、なんて楽な仕事なんだろうか。

 

「討ち取っ─────────」

 

 剣先が、目標の首に刺さった。

 

 ーーー確かに、突き刺した。

 ーーー確かに、殺した。

 ーーー確かに、その感触がした─────筈だった。

 

「自身に対する反影響力を疎め」

 

 滑空と突貫を終え、螺旋を描きながら飛翔する最中。

 

「自らを羽根のように、自らを風以下に」

 

 聞こえた。確かに、声が。

 

「中国拳法では、『消力(シャオリー)』って言うんだっけ。本当は技術と長年の鍛練が必要だけど、私は能力でそれを補い、更に昇華させた」

 

 その声は忍び寄る蛇のように、優しく呟いてくる。

 

「自らに掛かる影響力を高めて、逆に留めようとする反影響力を疎めれば、ある程度どんな姿でも模倣は可能。それこそ、風に吹き飛ばされる羽根より自分を軽くする事だってね」

 

「うわああああああああ!!!!!!」

 

 奴は俺が滑空時に発生させた風の流れに身を任せ、まるで空中に漂う羽根のように俺の攻撃を避けた後、俺の位置をそれで大体把握したのか羽を掴んで背後に付かれる。

 天狗にとって羽は一種のステータス。その神聖なモノを汚す輩は絶対に許さない。

 

「離せ、離せぇぇええッッ!!!」

 

 大声で喚き散らし、俺は無理矢理上空へと飛行する。漆黒の翼で塗り潰されたドームを抜け、青空輝く空に身体を預ける。

 ドームは天狗以外を通さないように囲んでいる。あのドームさえ抜ければこっちのもんだ。

 

「ふ、ふふくあはは、バカめ、もう一度地獄を味わってろ!!」

 

「味わうのはあんただけどね」

 

「えっ────────ぶぎゅ!」

 

 顔を掴まれ、更にその上から拳を叩きつけられる。

 

 それがきっかけとなった。

 

 墜落していく一人の仲間を見て、突入部隊の面々はそれぞれ一様の反応をしていた。

 ある天狗は驚き。

 ある天狗は悲しみ。

 ある天狗は義憤に駆られ。

 ある天狗は嘆きを溢した。

 

 そして反応をした面々も、次に起こる出来事を予想する間も無く、次々と墜ちていった。

 

「何が起こっている! 状況確認はまだか!?」

 

「確認しても意味無いよ。今の私は影が薄いんだからさ」

 

「なに!?」

 

 迫っていたのは小さな手。

 こんな小さな手でも、その威力は桁違いだ。

 

 鉛弾がひしゃげるような衝撃音。何事かとそちらを見た天狗らは、その光景に絶句した。

 自らを率いる大天狗。その大天狗の鼻が吹き飛んでいた。一瞬の出来事。速さを謳う天狗でさえも、萃香の放ったパンチは見えなかった。

 

「ハハッ……そろそろ力戻ってきたね」

 

「たっ、退避ぃーーー!!」

 

「ここまでやって逃がすわけないよ!」

 

 空中に陣取る天狗達は次々と地に落とされていく。それは大天狗やエリート階級も関係なく、ただ平等に萃香の鉄拳は下された。

 墜ちた天狗達は、多くの仲間が下で展開していた漆黒のドームに雪崩れ込み、精密に計算されて形成された陣形を破壊していく。

 

 悲鳴を上げる者。勇ましく剣を掴む者。

 守ろうとする者。逃げ惑う者。

 

 既に上司の命令に強制力はなく、皆がてんでバラバラに掛かってくる。

 

「さて、ここもクライマックスだ」

 

 崩れかけの陣形。

 チームプレーの体を為していない協力戦。天狗達を縛り付けていた鎖は解けてしまい、今度は己の目的の為に行動し始める。

 こうなってしまっては、天狗らに未来はない。高い身体能力と、それぞれの欠点を補う陣形戦術。その前提が崩れてしまったのだ。

 天狗の中で突出した能力の持ち主がいるのであれば、チャンスはあっただろう。しかし大天狗が落とされた今、その殆どが戦意喪失。脱兎のごとく逃げ出していく。

 

 鬼と天狗。先ほどまでの立ち位置が、今度は逆になっていた。

 

 追う側と追われる側。

 

 攻める側と逃げる側、受ける側。

 

 いや、これは異常なのではない。

 そして変化でもない。

 

 ただ戻っただけ。

 

 鬼と天狗の関係が、一昔前と同じになっただけである。

 

 逃げろ、逃げろ。私は逃がすつもりはないけど。

 

 拳が振るわれた。暴が振るわれた。

 たった一つの一工程(ワンアクション)

 それだけで恐怖が伝染していく。

 

「さぁて、逃げる先は強き者かねぇ。天狗ども、私を案内しておくれよ!!」

 

 無邪気に、残虐に追い掛けていく。

 

 これが鬼だと。

 

 これこそが鬼の姿だと、声高に示すように。

 

 残酷な力は振るわれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あやや? 鬼がどうしてここに? ここは天狗の集落。故人はお帰り下さいな」

 

 確かに萃香の目論み通りだった。

 

 逃げ行き、追い付く先には。

 

 強者がいた。

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