東方付喪録   作:もち羊

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館の主

 ヴラド……と。我は吸血鬼の真祖からあやかってそう名づけられた。

 18世紀半ばから始まった産業革命。イギリスから始まった技術革新により、科学を元とした時代が幕を開けた今、我ら吸血鬼の居場所は無かった。

 それは19世紀になっても収まらず、徐々に人間は恐れの対象を無くし、我らの地位を脅かした。

 

 もうどうすることも出来ぬと気づいた時には、時既に遅く。人間の革新の魔の手は、我ら吸血鬼の首もとまでの侵入を許す。齢400にも満たない幼い我が子らは幼稚で、それでいて我の力の及ぼせぬ範囲まで力を伸ばし続けていた。

 妻が亡くなってから何百年経つだろうか。お前が生きていたならばと考えぬ日はいつだってない。

 

 もう人には勝てぬ。……と認めねばいけない。けれど、我の心中を渦巻く闘争本能とプライドがそれを許さない。

 そして我が子の妹の方は力の使い方も未熟で、危険度も振りきれている。

 

 懸念は懸念を呼び、我はとうとう強硬策へと出た。まずは自らの屋敷に潜む鼠の駆除ないし、我以外の者の隷属。そして産まれたばかりの我が子の妹の方である、フランドール・スカーレットの幽閉。姉と大図書館の司書は最後まで反抗していたが、首に繋がる隷属の枷で黙らせた。

 そして最後……噂にも聞いていた、古今東西の妖が集まる幻想郷への転移である。

 

 館と子孫、使用人らと使い魔全ての転移は骨が折れるが、不可能ではない。我は人を見限り、幻想郷への転移を成功させる。

 ここには強き種族もいるらしいが、幻想郷に敷かれた大結界の効果により力が弱まっている者らが大勢いた。我はそのような境遇の者を扇動し、革命を起こすつもりだ。

 

 時折無粋な妖がこちらを観察しているが、手を出さぬなら対策を打たずとも問題ない。もし手を出したとしても、あの程度なら労せず組敷けるだろう。

 

 時は一年経ち、そろそろ革命の時。

 

 幾多もの妖を従え、此度この幻想郷に吸血鬼の恐怖を充満させよう。

 

 先ずは我の館に忍び込んだ虫どもを始末するとしよう。既に館内に侵入を許しているのは二匹。妖精が一匹と妖が一体。そして門前から侵入したのが妖精一匹と……誰だコイツ。妖怪でもなく妖精でもなく、最も存在が近いのは付喪神だが、本質は少しだけ違う。……まぁいい。妖力は雑魚のそれに近く、少しの神力も備えているが、それも微量だ。気に止める存在でもない。

 

 我は王の椅子に控える使い魔の狼の頭を撫でる。

 

 なんとも平和な夜だ。嵐の前の静けさとはこの事だろうか。

 

「今日は良い日だ……」

 

「ええそうね」

 

「スコル、侵入者を殺せ。コイツは私が相手取ろう」

 

 スコルと呼ばれた狼の使い魔は、自らの影に姿を潜ませ消えた。侵入者を追っていったのだろう。

 

「あらあら、私のような少女ではダンスの相手にご不満かしら」

 

 一年前から監視していた妖怪が、姿を現す。思っていたより見た目は若く、思っていたより飄々としていて、思っていたより……脆弱だ。

 

「ぬかせ。老練な大妖怪よ。それで、何用か?」

 

「それは洒落かしら。それとも……本気?」

 

「洒落に見えるか?」

 

「ふ、ふふ。悠久の時を過ごした吸血鬼様は、思ったより視界がお狭いようで。良い治療処でも紹介致しましょうか?」

 

 ソイツは扇子で口元を隠し、薄く笑う。胡散臭いの言葉は、コイツの為にあるかのような笑いようだ。

 

「それで大妖怪よ、気は済んだか? 我は本当に分からないのだ。王たるべき我を、そのような脆弱な力でどうにかしようとしているその精神が」

 

「あら、他者の精神など計れるものではありませんわ」

 

「クックク、貴様がそれを言うか」

 

「言いますとも。何故なら私は一妖怪。他との距離は毎度の如く気を使っております故」

 

 どうもダメだ。話を逸らされ奴のペースに乗ってしまう。これでは時間稼ぎをされているだけだ。早急に決着をつけねば。

 

「ふむ、埒があかん。早々殺しあおうぞ」

 

「奇遇ですわ。私も元からそのつもりでしたの。……ですので、このような贈り物を」

 

 そして、驚嘆。奴が口元から扇子を下ろした矢先、ナイフの刃先が既に目の前まで迫っていた。

 

「ぬぉっ! ……くく、面白いな」

 

「椅子からは動かぬよう。忠告は致しましたわ」

 

 瞬間、両端にリボンが結ばれた、内部に幾つもの目玉がこちらを覗く亀裂が姿を現す。それらは我の座る椅子を囲むように開いており、その目玉が向く先から向く先へと死角は一切ない。

 だが、その程度。なにをやってこようと我には無意味。我は片腕を刃に変え、奴に斬りかかった。

 

 するとなんという事だろう。我の腕が跳んだのだ。断面は綺麗で、なにかの道具を使って斬ったかのような歪なものではない。そしてついぞ飛来するのは、目玉から放たれた鈍色に光る銀の弾丸。

 

 我は華麗な足のステップで全てをかわすと、そのまま奴の顎に向かって蹴りを放つ。……がしかし、そこには奴の姿はない。我の足は空を切ると思われた矢先に、腹へと重い痛みが走る。

 

 それは杭。出所は足下の亀裂からだ。本体もここから姿を消したのだろう。

 

 そう感づくと、耳元で囁くような声が聞こえた。

 

「《全てを二つに別ける物》」

 

 その声が聞こえた時、身体が軽くなった。そして下半身から抜けていく、回転する剃刀のような物体。

 

 擬態。

 

 思い浮かんだのはこの単語。

 

 擬態とは他の物に似せること。この大妖怪は弱者に己を似せていたようだ。こんな簡単な事も分からぬとは。我も惚けたものよ。

 下半身と片腕を失ってなお、我の心中は穏やかだった。何故ならこの妖が強敵だから。我の闘争本能全てを余すことなくぶつけても、しかと受け止めてくれるだろうと確信したから。

 

「くふふ、ふ、ハッハハハハハハハハハ!」

 

「驚きすぎて我を失ったかしら?」

 

「愉快愉快、実に愉快。この攻勢、不利にあらず。最も望んだ攻勢なり。然れば長年熟し続けたワインを飲み干すより甘美!」

 

「……《至るところに青山あり》」

 

 スキマがヴラドの頭上に現れ、何本もの卒塔婆をその脳天に突き刺すが、ヴラドはこれと言ってダメージを受けた様子はない。

 

 これではダメか……と脳内で悪態をつく紫。彼女自身、この一年をぐうたら寝て過ごしていた訳ではない。とっくにヴラドもとい吸血鬼の弱点は把握済みである。杭や卒塔婆の先にはニンニクを塗り込み、聖なる力も付与済み。銀の弾丸に至っては避けられたが、まだ弾薬は数十とある。十字架は揃えていないので杭で代用した。 

 それでも尚、ヴラドは倒れない。吸血鬼の耐久力を紫は侮っていた。

 

(埒があかないのはこっちの方ね)

 

 スキマにより切断したヴラドの右腕も既に完治しかかっており、《全てを二つに別ける物》で切り取った下半身も、半分以上再生している。

 

(細切れか……なにか日の光を当てるか……)

 

 思考に意識を寄せたその瞬間、紫はヴラドを見失ってしまう。

 

「…………ッッ! 《ラプラスの魔》!」

 

 瞬時にスキマが全方位同時展開。目標のヴラドをサーチするが、見当たらない。

 

「一体どこに……いえ、まさか……っ!」

 

「まさかのまさかだ。吸血鬼は影に潜む。足下には気をつけた方が良いぞ、お嬢さん?」

 

 眼を爛々と輝かせたヴラドが、紫の足下に広がる影から顔を覗かせる。突然の事態に固まる紫。舌舐めずりをしながら、図体の割に素早い速度で近接。鋭利な爪を紫の首もとに食い込ませ────ることは出来なかった。

 

「──────あ?」

 

 ヴラドの腕は途中から消えてなくなり、そこには澄ました顔の紫が軽く笑みを讃えていた。

 

「残酷な方法を思いついたわ。それはそれは素晴らしい方法よ」

 

 ヴラドの視界が闇に包まれる。それは闇と形容するにはあまりにも不気味な空間だった。

 

「……少しだけネタばらしをしてあげる」

 

 どこからともなく声が響いた。それは紫の声であろうが、発生元が分からないというだけでこれだけ不気味に映るものなのか。

 

「《ラプラスの魔》とはフランスのとある数学者、ピエール=シモン・ラプラスによる提唱された超越存在のことよ。彼が言うには、全ての物質の力学的状態と力を解析出来る知能があれば、その知能を持つ存在には未来さえ見通せるらしいわ。まぁ、今に至っては不確定性原理によって否定されているけれど」

 

「……それがどうした」

 

 ヴラドにとっては、そんな意味も分からない理屈よりも今の状況を教えてほしかった。紫はそれを理解していないのか、理解して尚なのか、ヴラドを焦らすように話を続ける。

 

「私の使う《ラプラスの魔》は、自動で特定の動作を行う機能と、ある程度の観測能力を持った式の一種。貴方の腕が消えたのも、その内よ。もし私から一定範囲内に物体が近づいたら、自動でスキマを展開するようプログラミングされているの」

 

「それで……?」

 

「貴方の腕が伸びきった直後、再度プログラミングが働くの。それはスキマの収束。いわゆる境界の断裂ね。空間と空間を隔てる境界が閉まったことにより、中にあった貴方の腕は跳んでしまったってわけ。ネタばらしは分かってしまうと意外と単純よね。私も私で演技するのは疲れたわ」

 

 わなわなと肩を震わせるヴラド。そんな姿を見て、紫は笑いが止まらなかった。

 

「ふ、ふふふふ、貴方が今いる場所を教えてほしいの?」

 

「────ッッ! さっさと我の居場所を教えろこのババア!」

 

「あら口が悪いわね。そんな貴方には首からごろん♪」

 

 スキマが閉じられた。この行為によりヴラドは理解するはめになる。

 ここはスキマの中だと。そしてその境界は……ヴラドの首だ。

 

「話している最中に、両腕両足陰茎全臓物全てにスキマを開いたわ。これで自由自在に貴方を殺して、甚振って、苦痛に顔を歪ませられる。ではまず窒息から行きましょうか」

 

 その一言がキッカケだった。ジョキンと気管が切られた音が、耳目に響く。

 

 ヴラドに訪れる地獄は、まだまだ始まったばかりだ。

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