東方付喪録   作:もち羊

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妖怪の皮を被ったナニか

 視界がぶれ、意識がはっきりしない。何が私に起こったんだ。

 

「う……く……あれ?」

 

 身体は不思議と痛みもなく、力も簡単に込められる。しかし立ち上がれない。腕も無事だ。痛みもない。でも動かせない。

 

「あれ……? なっ、なん、なんで……?」

 

 動かない箇所一つ一つを順に見ていく。

 

「ああ、これのせいか」

 

 身体の至るところに魔方陣が出現していた。それは侵入者を捕縛する魔方陣。

 ーーー萃香の預かり知らぬ事ではあるのだが、紅魔館には結界が張ってある。それは図書館の本をどこかの本泥棒が盗み出さないよう張られたモノであり、その効果は結界を通り抜けた者に問答無用で捕縛の魔方陣を展開するという代物。勿論製作はパチュリーである。

 

 萃香は結界の張られていない門からではなく、空中から紅魔館に突っ込んだので、当然この魔法の餌食となっている。

 

「チッ、腕、足、胴、首に二つずつ。なんてここの警備はしっかりしてるんだい。門番要らずじゃないか」

 

 途端に馬鹿馬鹿しくなってきた。

 それは諦めから来たのかと言われれば、ノーと答える。しかし現状この魔方陣はかなり複雑に造られており、生半可な力じゃ壊せそうもない。……そう、それが鬼の力であっても。

 

「おい鬼。いつまでそこに寝転がっている!」

 

 瓦礫の中から見上げると、天魔がこちらを睨んでいた。血の滴るような真っ赤な袈裟と、篠懸と言った法衣を纏うその姿は、荒々しさを表現しながらもその威厳を保たせている。

 

 王。彼は生まれながらの王なのだろう。もし意思が強固でない者が彼の面に立てば、たちまち平伏してしまいそうな、そんなオーラが滲み出ている。

 

「久々の再会なんだ。そんなに急かさないでおくれよ」

 

「……貴様、何が久々か。私は貴様と初対面ではないか」

 

「そうだね。〝あんた〟とは初対面だね」

 

 天魔は勢いよく萃香の首根っこを掴み、締め上げる。その瞳は憤怒に迫っており、萃香への軽めの敵対心は既に消え失せ、仇を見るような目で怨嗟と憤懣を募らせていた。

 

「はは……そんなに怒るなって」

 

「何故か」

 

「?」

 

「何故貴様がその秘密を知っている!!」

 

「え?」

 

「天魔の出生とは、天狗という種族の禁忌にして最秘匿事項! 何故貴様がそれを……!!」

 

 ヤバイ。そろそろ落ちそうだ。天魔は私の口を割ろうとかそんな思いは一切無いようで、ただただ殺意をその手に込めて私の首を締め上げる。

 正直言って、今この状況を打破できる方法が思い付かない。どうすればこの天魔を倒せるだろうか。

 

「ああ、そういえば言ってなかったっけ」

 

 萃香は一泊間を置いて言った。

 

「私の名前は伊吹萃香。山の四天王であり、鬼の四天王。……あんた、私の事を普通の鬼だと思ってたろ?」

 

「ぬぅぅあああああ!!!」

 

 天魔が咆哮と同時に、腕を私の顔に叩きつけた。天狗の長というだけあって、力もそこらの妖怪じゃ比にならない。私は流されるまま壁をぶち破って、紅魔館に併設された細長い建築物に突っ込んだ。どうやら私がぶつかった所は天窓のようで、そのまま窓も突き破り落ちていく。

 

「ふぅ……くそ……ただの鬼ではなかったか。忌々しい奴等め」

 

 天魔が追い掛けようと翼をはためかせたその時だ。

 

「何の礼も無しにお客さんを返すなんて、失礼だと思わない?」

 

「何ッ! ぬおぅ!!?」

 

 天魔が振り向いたと同時に、どこから現れたのか深紅の槍が肩を貫いていた。視線の先には、投合した姿のままのレミリア。

 天魔の憤怒に染まっていた表情が、みるみる内に青く染まっていく。それは青褪めた───という表現ではない。怒りのあまり赤を通り越して、酸欠状態のような青に変わったのだ。

 

「──────この無礼者がぁッッッ!!!」

 

 踏み込みの音だけが聞こえる。天魔の一撃が届くまで秒間も無いと察知したレミリアは、瞬時に二つ目の槍を生成、迎え撃つ。

 小規模の旋風を五指に纏い、極微量の砂塵を集め鋭い爪と化す。曰く鎌鼬……と呼ばれるものを指に纏わせたのだ。

 

「『鎌鼬の戯れ』」

 

「『スピア・ザ・グングニル』」

 

 真っ直ぐ一直線に伸びてくるその爪を、レミリアは槍の柄で受け、その反動を利用して穂先ごと振り下ろす。

 天魔はもう片方の腕でそれを直に受けた。すると針で刺したかのような痛みと共に、焦げ臭い匂いが鼻をくすぐる。

 

「バカね、わざわざ受けるなんて」

 

「っ! ……チィッ」

 

 両腕を大きく振り上げ、空いた隙に一度距離を取る。天魔が自分の腕を見ると、先程穂先を叩き付けられた箇所だけが大きく焼き爛れていた。

 

「……どうやらその槍は高温のようだな」

 

「高温なんてもんじゃないでしょ。事実、今貴方は味わったはずよ。己が身を焼く赤熱を」

 

 空気が変わった。熱のある場の空気が、冷たく鋭いものに。下手に手を打てば、逆手で首を取られるような。 

 両者とも油断は出来なかった。レミリアの方は、改めてこの男の実力に気付き戦慄する。

 片や天魔の方は、己より劣ると思っていた雑種が自分の実力に迫るものを持っていると知り、油断を捨てた。

 

「少しだけ舐めていたようだ。姉妹、名を何という?」

 

「レミリア・スカーレットよ。それでこっちの妹はフランドー……あれ? フラン?」

 

 視線をあちらこちらに向けるが、フランはいない。レミリアは途端に不安になった。こんな非日常的な状況で、あの子を放しておくわけにはいけない。万が一暴走する危険性もあるし、何より怪我でもしたら……と姉としても心配になる。

 

(まさか、あの変な女の子と一緒に?)

 

「よそ見をするな!!」

 

 意識が、敵の声によって深い思考の海から戻される。目の前には天魔が迫っていた。

 

「……マズッ!」

 

 即座に翼を出して上空に逃げる。

 

 だが、それは愚策。相手は空の王者、天狗なのだと気付いた時には一歩遅い。いつの間に回り込んだのか、後ろから抱きつかれるように手を回され、動きを封じられる。

 

「どうだ? 楽土の夢を見ないか?」

 

「お断りよ!!!」

 

「そうか。答えはイエス以外選択肢にないがな」

 

 天魔はレミリアを抱えあげたまま、大きく天空に飛翔。翼を折り畳み、回転しながら直下に加速する。

 

「秘法『解脱飛翔・開天闢地(ヘブンズ・ゼロ)』」

 

 萃香の時とは違い、今回は距離が少ない。故に能力を使って、大規模に展開する旋風をその身に纏わせた。

 回転する天魔に合わせて、風も回転速度を上げていく。次第に風は高く、大きく、広く展開され、粉塵や瓦礫を巻き上げながら回転する姿は台風そのもの。

 紅魔館の一部を削り、抉り取りながら、天魔とレミリア。そして台風は地面に突き刺さる。勢いの衰えないそれらはまるでドリルのように掘り進み、大穴を開けていった。

 

「フハハハハハハハ!! さぁてこの地獄にいつまで耐えれるか、レミリア・スカーレットォ!!」

 

 日が落ち始めた幻想郷。

 

 湖の水を。

 

 紅魔館の壊れた瓦礫を。

 

 そして数ある命を。

 

 天魔はその全てを巻き上げ、刈り取りながら、レミリアにしっかりと止めを刺さんと爪を形成した。

 どんな生物であろうとも、頭を吹き飛ばされればほぼ確実に死ぬ。レミリアを吸血鬼と知らない天魔であるが、もし彼がレミリアの頭を抉り切り裂きでもすれば、頭部だけは再生不可であるレミリアの命運は尽きるだろう。

 

 しかしそれで良い。

 一人の鬼によって陥落しかけた天狗の集落。ここでまた新たな歴史と偉業を打ち立てれば、それも帳消しとなるだろう。上手くすれば、美談にまで発展する可能性もある。

 

「フハハハハハハハ……あ?」

 

 そしていざ抉りとろうとした時、天魔は違和感に気付いた。

 

 その違和感とは、悲鳴。悲鳴が聞こえないのだ。

 いや、悲鳴じゃなくて良い。苦悶の声、痛みに喘ぐ声。どれでも良い。何故かレミリアは声をあげていない。これだけの衝撃と摩擦、ただグッと堪えるなんて次元はとっくに過ぎている。

 

「まさか……」

 

 嫌な予感だ。それは確信にも近い。

 

 レミリアの方に視線を向けると、レミリアの脇腹から上が消失していた。

 消失部分は紅い霧で覆われており、明らかにその現象は故意に起こされたのだと分かった。

 

「クソ! やはりか! では奴は……?」

 

 その瞬間、天魔が見たのは光。まるで自分ごと全てを飲み込んでしまいそうな、巨大で真っ赤な光。

 

 ──────空を裂いて、紅の紫電が天魔を貫いた。

 

 雷だと見まごうそれ。神槍スピア・ザ・グングニル。脇腹から上だけのレミリアが投げた槍は、一糸乱れず天魔の心臓を貫通。それだけでは足りないと言わんばかりに、続けざま第二、第三の槍を投合。元から刺さっていた肩を含め、約四ヶ所の刺傷。

 顔、右肩、腹部、左足。縫い付けるように地面に刺さり、やがて天魔は動きを止めた。

 

 残っていた身体が複数の蝙蝠へと変換され、レミリアの元に集まり身体を形成していく。

 

「貴方の敗因は、そうね。私を吸血鬼だと知らなかった。……ってところかしら」

 

 レミリアは天魔の技を受ける直前、上半身上部だけ蝙蝠に変化させ、上空にて姿を形成。天魔を一撃で屠れる一発逆転の技を溜めていたというわけだ。

 

(さて、こっちは片付いたしフランを探さなきゃ。確かあの変な奴が落ちていったのは、パチュリー専用の天文台よね)

 

 レミリアがフランを探そうと翼を広げる。

 

 ーーー頬を何かが掠めた。

 

「……あら。まさかまだ息があるのね?」

 

 レミリアは感じていた。生の躍動を。まだ敵が生きているのだという確信を。

 すぐさま槍の生成に取り掛かる。息があるのであれば、止めれば良い。それでもまだ生きているのであれば、死ぬまで殺せば良い。

 吸血鬼に眠る本性。その残酷なまでの戦闘心。紅の瞳が解き放たれると同時、その本性が露になる。

 

「さぁ、何度でも殺して──────え?」

 

 だが〝目の前で今起こっている光景、状況〟を見た途端、高ぶっていた気持ちは一瞬で萎んでしまった。

 

「あんた……本当に妖怪なの?」

 

「妖怪に決まっているだろう。妖怪以外に何がある?」

 

「そりゃおかしいわねぇ。これは人間にも言えるけれど、誰しも持つ能力は一つだわ。逆に持たない者の方が多いくらい」

 

「……で?」

 

「妖怪だって多くの能力が使える者がいるけれど、それは起源となった能力の派生であって、別々の能力という事はあり得ない。あり得ない筈なのよ」

 

「そうか。まぁ覚えておくと良い。永き生に於いて、自らの思想、考えを根底から覆す例外とは存在するのだ」

 

 天魔は槍を無理矢理身体から引き抜き、役目を終えた槍をそこらの地面に放り投げた。

 噴水のように溢れ出る血液。痛々しい傷痕、槍の熱により焼け爛れた皮膚。それらは天魔が指で触れると、まるで怪我など無かったかのように出血は収まり、傷痕はその姿さえ無くなった。焼け爛れた皮膚も同様である。

 

「『風を操る程度の能力』『速度を操る程度の能力』『負担を無くす程度の能力』『治癒する程度の能力』『耐性を得る程度の能力』……まだまだこの程度では収まらんぞ?」

 

「バケモノめ」

 

「勝手にほざくが良い。12代も受け継がれ続けた天魔の禁忌、そして秘法。今に始まったことではないのでな」

 

「…………」

 

 レミリアは無言で槍を構える。

 

 その様子をさも愉しそうに見るのは天魔。

 

「さぁ、第二ラウンドを始めようではないか!!」

 

 先程とは打って変わった展開。

 

 レミリアは確実に意識せざるをえなかった。

 

 今目の前に佇む男は、妖怪ではない。

 

 妖怪の皮を被ったナニかだと。

 

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