東方付喪録   作:もち羊

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小悪魔ミスチーフ

「いつつ……なんとか生きてる……」

 

 萃香は天窓を突き破り、十数mはある天文台の中を落下した。魔法陣で身体を拘束されて受け身も取れず、もろに全身を打ち付ける事になった。

 

「う……何処なんだろう、ここは」

 

 芋虫のように這って進む。

 

 ……何故だか本が多いなぁ。

 ここは図書館なのだろうか。

 

 中央に大きな天体観測器。そしてそれをぐるりと囲むように本棚が並べられており、本棚にはところ狭しと本が入れられている。一体ここには何万もの本があるのだろうか。

 

「あれあるぇ? めっずらしいお客さんだぁ!」

 

 ふと上を見ると、山となって積まれた本を器用に戻していく黒い翼の赤髪女。その身体から漏れ出しているのは邪気そのもので、鬼としての本能が近寄るなと囁いている。

 

「これまたちっこいのが。おーい! パチュリー様ぁー! 変なお客さんがいるんですけど、摘まみ出しますー?」

 

 その女が叫ぶと、下の階からか細い声が聞こえてきた。

 

「丁重にお帰り願いなさい」

 

「はーい!」

 

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれ! 私だってこんな所から早く出たいさ! けどこの変な魔法陣が私を拘束していて動けないんだよ……」

 

 流石にこの状態のまま摘まみ出されるなんて真っ平だ。それに天魔との勝負も控えている。この多くの蔵書を持つここの主はさぞ魔に長けているのだと一寸の望みを掛けて、私は多分部下である赤髪女に頼みと懇願を聞かせた。

 

「ですってパチュリー様ぁー! どうします?」

 

「その魔法陣は、多分侵入者用に起動する魔法陣よ。その子は紅魔館に無理矢理入ろうとしたんでしょうね。丁重にお帰り願いなさい」

 

「だって」

 

「話聞く気ないね!? ……頼む!! この体勢でこんな事言うのは変だと思うけど、どうかこの拘束を解いてくれないか?」

 

「嫌よ。丁重にお帰り願うわ」

 

 いつの間にかその声の主は私の目の前に立っていた。鬼の直感も一切反応しない、一瞬の移動。もしこれが転移魔法などではなくて、身体能力による賜物だったら頭が上がらないね。それとこいつはどんだけ私に丁重に帰って欲しいんだよ。

 

 どうにもこうにも、目の前の少女は私の意を汲んでくれなさそうだ。私がどれだけ助けを乞おうと、固くなに拒否し続ける姿が目に見える。

 うっすらと自分の妖力を疎めて散らし、彼女の起源を探る。……ふむ、魔力が感じられるね。十中八九彼女は魔女だ。

 そうと決まれば話は早い。魔法使いの興味と関心を高める方法なんて、鬼からすれば簡単である。

 

「そうだなぁ……あんたは魔法使いかい?」

 

「そうよ」

 

「じゃあ鬼の秘術とか……聞きたくない?」

 

「鬼ってなにかしら?」

 

「古来地上を去った伝説上の妖怪さ」

 

「小悪魔、もてなしなさい。最高級の紅茶で」

 

 いつの時代も魔法使いとは探究するもの。

 故に彼女達は『魔』を、『神秘』を追求する。

 鬼の秘術なんてもの、現在では完全に失伝している。そんな眉唾ものに常人が置く信頼なんて無きに等しい。しかし〝私〟がいる。鬼である私の存在そのものが鬼の存在の肯定であり、鬼の秘術の肯定でもある。

 

 今じゃその萃香の存在証明さえ危ぶまれているが。

 

 パチュリーが指を鳴らすと、あれほど難儀していた魔法陣がパキンと音を立てて崩れ去る。

 流石魔法だ……と、少しだけ感心した。

 

「……で、鬼の秘術を聞かせてくれないかしら」

 

 パチュリーに案内されたのは、天文台を出た先。大図書館と呼ばれる巨大な蔵書管理所。その中に置かれた来客用のソファに座らされ、眼前の机には既に紅茶が用意してあった。

 

 この様子から、煙に巻くことは不可能そう。

 

「……私は魔法体系を知らないんだが、分身とかの術は魔法にもあるのかい?」

 

「ハッキリとした分身は、かなりの高位魔法としてなら存在するわ。後は幻術とかかしらね」

 

「そうか。鬼の秘術の一つとしては、媒介を使ったものなんかが一般的だね。例えば……これかな」

 

 萃香は自分の髪の毛を二、三本抜いて、息を吹き掛ける。するとその髪の毛がみるみる内に肥大し、次第に萃香とそっくりな分身が出来た。

 萃香が分身に向かって手を振ると、分身は満面の笑みで手を振り返してくる。自分とは思えない、なんとも純粋な姿だ。

 

「……凄いわね。贄や媒介を使った魔法なんて、黒魔術に近似した何かを感じるわ」

 

「勿論意志疎通だって出来る。命令も同様さ。鬼は基本魔法の手続きとかは知らないからね。打ち出の小槌やら……頬っぺたに出来たコブやらを媒介にしないと魔法は使えないんだ」

 

「応用範囲も高く素晴らしいわ。錬金術のホムンクルスやゴーレムにも通じるわね。

制約がある故の創作性……。参考になるわ」

 

「地底では身体能力強化に長けた鬼を知っている。えーっと能力は……『怪力乱神』だったっけな」

 

「それも興味深いけれど……私にとっては鬼の存在が気になるわね」

 

「鬼の事を知りたいのかい?」

 

「ええ、是非教えてちょうだい」

 

「あいよ」

 

(急がなきゃいけないんだけどなぁ)

 

 萃香はパチュリーの頼みについ返事をしてしまうが、その実かなり焦っている。何故なら彼女は、天魔との戦いがまだ終わっていないからだ。何となく察するに、あの男は執念深そうな気がする。

 だがここで話さなければ、パチュリーは私を帰そうとはしないだろう。最悪怒らせてしまえば、もう一度魔法陣をはめられてしまうかもしれない。

 

 ーーー萃香は喉を潤す為に一口紅茶を飲む。紅茶特有の甘ったるさを感じながらも、濃厚な味わいが口の中に広がる。萃香自身紅茶を飲んだ事はないのだが、まだこれならなんとか飲めるなと思った。

 一気飲み。酒を飲むようについ飲み干してしまった。これは悪い癖だろう。

 それを見ていたパチュリーは、良い飲みっぷりねと一言だけ漏らした後、小悪魔におかわりを持ってこさせる。

 

 冷たい紅茶で喉を潤した萃香は、鬼について話し始めた。

 

「鬼って言ってもそんなに個体数は多くないのさ。所詮は妖怪の一端。恐怖や畏怖を用いて存在を証明し続けなければならない。

 昔の鬼は……そうだね。一言で言うと暴れ者だね。傲慢に、自己を中心として振る舞いながらも、勝負事に至っては律儀で、嘘を吐く事を良しとしない。そんな純粋な輩さ」

 

「でも何処にも文献は存在しない」

 

「ああ、そうとも。だってそれが地底と地上の約定だからね」

 

 ──────鬼に関しての書物は全て隙間に消えたのさ。

 

 

 萃香がそう話している際の目は、どこか寂しく。どこか怖く感じた。

 

 そろそろお開きか───とパチュリーは感じた。四つの魔力反応が近付いてくる。そのどれもこれもが濃厚な魔を孕んでいて、これが分身の高位魔法か……と呆れた。

 

「本当はゆっくり話したかったけど、そろそろ貴女が時間のようね」

 

「……そう? 解放してくれるのならありがたい。遠慮なく行くとするよ」

 

 紅茶を小悪魔に片付けさせ、パチュリーはその場から逃げるように立ち去った。もう少しであの妹がここに来る。面倒事は嫌なのだ。

 体よく鬼を追い出して、パチュリーは大図書館の奥で惰眠を貪る事にした。

 

「ひひッ」

 

「小悪魔、あなた紅茶に何入れたのよ?」

 

「……分かってらしたんですか。確かに紅茶、飲んでいませんでしたね」

 

「貴女が何もしないわけないでしょう? 短い付き合いだけどそれだけは分かるわ」

 

「おぉっとっと、変な方向に信頼されてますね。確かに入れましたけど」

 

 頭が痛い……と頬杖を付く。この使い魔は尽く性格が悪い。それゆえに扱いやすい面もあるのが救いだろうか。

 

「それで、何を入れたの?」

 

「媚薬」

 

「オイ」

 

 今なんて言った?

 すごく嫌な単語が聞こえたのだが。

 

「あれ、知りません? 媚や────」

 

「それくらい知ってるわよ。私が聞きたいのは何故それを入れたのかってことよ」

 

「だってだってぇ、気になるんですものぉ。生娘っぽい鬼が悶える姿、さいっこうじゃありません!?」

 

 この小悪魔。

 悪びれもなく最悪の言葉を吐きやがった。

 

「最低ね」

 

「罵倒は褒め言葉~」

 

「あんたを召喚したことをこれほど後悔する日は無いわ」

 

 パチュリーは毛布を召喚し、ソファベッドに横になった。どうでも良い、勝手にしろ。……と。彼女がこの件をここで終わらせたのは、そういうことだろうと小悪魔は勝手に解釈する。

 

「じゃ、妹様に襲われて興奮してる鬼を拝謁してきまーす」

 

「…………」

 

 パチュリーは答えない。関わりたくない意思がハッキリと感じられた。

 ノリが悪いなと主を心の中で諫めながら、小悪魔はこっそり付けておいた発信器の反応を見る。

 

「まだ遠くには行っていないようですね」

 

 懐からとある物を取り出した。それは紅茶に含ませた媚薬の原液。名を『竜殺し(ドラゴンキラー)』という明らかヤバそうな品物である。だからこそ買ったのだが。

 

「これ、高かったなぁ」

 

 秘蔵と称されるその媚薬は、飲食物に混入させた際の味の変化が起きないという、非常に特殊な性質を持っている。だからこそ、混入に気付かれない。萃香が飲んだ紅茶は、まさしくロイヤルな味だったのだろう……と。そのロイヤルな紅茶が、まさに今からその牙を向くとなると興奮が収まらない。

 

「即効性、無色透明、無味無臭、持続性。どれも最高級!」

 

 だからこそ買ったのだ。

 

 ……だからこそ買ったのだ。

 

 反応は近い。そして小悪魔自身が感じる魔力反応も、また別の反応を感じていた。

 

「これは妹様の反応……全く、妹様ったら。フォーオブアカインド使ってますね。どうやら相当怒っているようす。……いひひ、クヒヒ、笑いが止まんねぇや」

 

 小悪魔は知らない。

 この館で、もう一つの戦いが起きていることを。

 

 小悪魔が知らない。

 萃香とフランの実力を。

 

 小悪魔は知るはずもない。

 この後に起きる争いを。

 

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