東方付喪録   作:もち羊

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戦闘回を減らして日常回を増やして行きたいですねぇ。


フォーオブアカインド

 許せなかった。

 

 あの時、蓮華やチルノちゃん達とお泊まり会をした時から、私はどうしてもそいつを許すことが出来なかった。

 

 痛みで呻くチルノちゃん。

 心配の声をあげながら、瞳から安堵の涙を流す大ちゃん。

 激昂した空ちゃん。

 私は怯えているだけだった。

 

 何も出来なかったのだ。

 

 495年。これは大妖怪にとっては短いもので、妖精や人間にとってはとても永い時間らしい。

 その間、私はずっと幽閉されていて。涙も枯らし、怒りも枯らし、恨みも枯れてしまった。

 空っぽで。私に残されたのは永き時に培った狂気だけ。暗闇の中、私はもがき。深い泥を、私は泳ぎ。

 

 生き残った先には、何もなかった。

 

 認めてくれる人がいない。

 抱き締めてくれる人がいない。

 肯定してくれる人がいない。

 

 自己満足を知らない私には、何も残らないのは自明だったのに。空っぽな私は、それに気付かない。気付く道理なんて夢だったのだ。

 

『じゃあフランちゃんね! よろしくー!』

 

 だから……だから。

 

『だって私とフランちゃんは名前を教えあって、一緒に遊びあった。そう、友達、友達よ』

 

 やめろ。

 

『あたいはチルノ! あたいはさいっきょーなんだから! だからフランはあたいの子分ね!』

 

 やめて。

 

『え……えと、私は大妖精。よろしく……ね?』

 

 やめてよ。

 

『ふーん、フランっていうのね。私は霊烏路空。ま、よろしくね』

 

 希望だった。それは私に熱を持たせる、唯一の存在。

 

『ほら、フラン。こっちにいらっしゃい』

 

 そんな私の希望を。友達を。お姉様を。

 

『へぇ……あんた、強いのかい?』

 

『ならば鬼である私の、純粋な力を見せてやろう』

 

『私は伊吹萃香だ』

 

 傷つけるのをやめてってば!!!!

 

 

 フォーオブアカインド。

 分身の高位魔法。吸血鬼の膨大な魔力と、持って生まれた魔道に対しての才。それらを巧く組み合わせて発動させる、フランの奥の手の一つ。

 分身の三人は、オリジナルであるフランとは似て非なる存在だ。その何れもが幻影という訳ではなく、それぞれが意思を持った存在。有り体に言えば自己を証明する存在である。故に、嫌いな物から得意な事まで、どれもフランとは違った感性を持っている。

 

 だが術者はオリジナルのフラン。魔力が切れると分身は消えてしまう。だからこそ分身はフランに従うのだ。

 魔力を人質に、戦闘力を求める。それがフォーオブアカインドの意義だ。

 

 そして当然の事だが、自己を持っているからこそ、三人のフランは別々の思考を展開している。

 オリジナルがどれだけ癇癪を起こそうが、彼女らにはどこ吹く風。他人事のような感覚に近い。

 だが、一部例外があった。普段三人はフランの対内を巡る魔力の中に居住しているが、驚くことにフランの思考を覗くことが出来る。

 そして写った。三人のフランの瞳に一人の鬼の姿が。

 

 それが初めてだ。初めての恐怖であり、初めて四人の思考が合致した瞬間だった。

 

 怖い。助けて。────■■■ちゃん。────■ちゃん。

 

 ────■ちゃん。────■ちゃん。

 

 踞る。怖いから。目を背けたいから。

 それが私の最善だと、信じていたから。

 

「ねえフラン、どうすれば良いと思う?」

 

「フランには分かんない。お姉様の助けを待と?」

 

「フラン、ねぇフラン。それで良いの?」

 

「───────〝殺してやれよ〟」

 

「私達フランは、なんでも破壊できる」

 

「壊して、壊して、破壊尽くして」

 

「狂わせちゃいなよ。今まで自分がやられたみたいに」

 

 フラン。フラン。フラン。フランーーー。

 

 反響しあう声。名前の木霊。

 私はそれが聞きたくなくて、耳を塞いだ。でもそいつらは私の中にいて、私の行動に関係なく声を響かせてくる。495年一緒に居続けた三人の私。皆は破壊を望み、私は安息を望んだ。

 

 嫌だ。見たくない……。消えて……っ!

 

 

 

 

 

 私はフランドール・スカーレット。

 

 何者でもないフラン。

 

 狂気を孕んだ少女。

 

『友達だから─────』

 

 心地よいと思ったその言葉。

 

 ねぇ、蓮華。貴女ならこんなとき、どうする?

 友を傷つけられた私は、どうすれば良い?

 

「破壊だよ」

 

「破壊」

 

「破壊しろ」

 

 ううう……。

 痛いよぉ。怖いよぉ。嫌だよぉ。

 

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

 狂気は蓮華に触れて変わった。狂気の塊が、四つの自己を持った。でも、それは予兆。先行きの見えない暗闇に突っ込んで、彷徨い続けるか。それとも光を見出だすか。……という希望。

 

 普通なら光を見出だすだろう。普通なら。

 私が普通だったなら。

 

 もがく度に足を掴まれ。ランプも無い暗闇は、やっぱり暗闇で。〝消えない傷は、治らない〟。

 

 

 皆で居れば怖くない?

 そんなの嘘。怖くないのは、その恐怖の対象が己の理解できる範疇にあるだけ。私の中に巣くう四人の化け物は、私でも理解できない。

 

 ーーーこんな時はいつものように、お姉様に助けてもらうことにした。

 

 名前を優しく呼んでもらって、頭を撫でてもらって。抱き締めてもらって。一緒に寝てもらって。

 それだけで良いんだ。これだけで、私の狂気は収まっていく。

 

 だから、私はお姉様の私室に足を運ぶ。

 

 だがそんな私を邪魔するように、乱入者が現れた。そいつは背中に大きな黒翼を持っていて、覇気や宿す魔力も桁違いで。

 でも、お姉様を傷つけたのは我慢ならなくて。

 

 喧嘩を売った。私の心が騒ぎだした。

 

 けど。今じゃそんなのどうだって良い。

 

 その後に乱入者が声を掛けた人物。私はその人物に見覚えがあり、決して忘れないだろう。

 

「伊吹……萃香っ!」

 

 その名を言葉に出して反芻した瞬間。騒いでいた私の心が爆発した。

 

「殺せ!」

 

「フランを馬鹿にしたこいつを殺せ!」

 

「殺せ、殺せ、殺せ、殺せ!!」

 

 パチュリーの所に落ちていく萃香。その無様な姿を見ながら、私達は大図書館に大急ぎで向かう。

 随分前にパチュリーから教えてもらった魔力探知を上手に使い、萃香の持つ微量な魔力を拾う。

 萃香は大図書館を出て、不自然に動きを止めている。罠か……? 

 

「いた」

 

「いたね」

 

「いたよ、いたよ」

 

 しばらく様子を見よう。動きが当分無かったら、こちらから向かえば良い。

 

 ごめんね、蓮華。やっぱり私には無理だ。貴女みたいな良い人にはなれそうにないよ。

 人の子が人であり、神の子が神であるように。狂気からは狂気しか生まれない。私達は狂気に浸かりすぎた。

 

 しばらくして、萃香は立ち上がり歩き出した。

 襲うなら今しかない。

 

「伊吹萃香ぁぁあああーーーーっっっ!!!」

 

 四人同時に壁越しに叫んだ。ビリビリと大気が震え、壁に亀裂を入れた。そして私達は、その壁の〝目〟を掌の上に呼び出し潰した。すると壁は簡単に砕け散る。

 突然の襲撃に、〝そいつ〟は驚きを隠せないようだ。

 

「……な、なんだいあんたら」

 

「死ね!」

 

「死ね!」

 

「消えろ!!」

 

 恐怖を感じさせられた、プライドを傷つけられた際に生まれた憎しみ。全てが増幅し、萃香に私達は襲い掛かった。

 

────────────

 

──────

 

 現在萃香は、謎の現象に襲われていた。

 身体が火照り、汗は滴り落ちる。意識は朦朧とし、頭がくらくらした。

 

(あの魔女、なにか仕掛けたな)

 

 なんらかの魔術を仕組まれた前兆は無い。恐らくあの紅茶だ。あの紅茶に何かが混入していたのであれば、辻褄が合う。確実にあの小悪魔という奴も共犯だろう。

 

(してやられたよ、チクショウ)

 

 視界が回る。息が荒くなる。

 

 相当な猛毒だ、これは。こんなコンディションでは天魔との戦いも危うい。

 能力を使って疎めようとするが、どうにも力が入らない。私はとうとう壁に手をついた。

 

「はぁ……っ! はぁ……っ! ああ、くそ」

 

 ずるずると背をもたれかけて座り込む。今日一日で私はどれだけの妖怪と戦ったんだ? 弱小妖怪から始まって、博麗の巫女。天狗の舞台に斥候や白狼天狗に鴉天狗、そして最後に天魔……か。

 

「俗に落ちた私にしちゃ、頑張った方じゃないか」

 

 自分で自分を褒める。そうしないとやってられない。妖怪を倒すこと。それは蓮華や紫を裏切る事と同じだ。信用していないのと同じだ。

 蓮華や紫なら、私の存命。はたまた弱小妖怪の脆弱性について懸念している筈。そして既に手を打っているだろう。

 

 はっきり言って、私のやることはほぼ無駄なのだ。

 

 ただの自己満足。自己陶酔なんだ。

 

「何してるんだろうなぁ、私ったら」

 

 いつからだろう。私の精神が弱くなったのは。

 昔の私なら、高笑いをしながらこう言っただろう。

 

「それがなんだ」……と。

 

 鬼のプライドを一番に。無駄にも意味を見出だし、鬼として強く勇ましく振る舞っていたあの時の私はまさしく鬼だった。

 でも、今の私はなんだ? 

 プライド、プライド……なんて言っても、思っても。私の心は満たされていない。ただ着飾って振り撒くだけだ。それこそ鬼である私が一番に嫌った、〝嘘〟の姿なのに。

 

「何も強くなっていないなぁ……」

 

 人知れず涙が出た。

 私がこうなったのも元はと言えば蓮華のせいだ。あいつが私に関わらなければ、私はこんなに弱く……。

 

 

 

『あんたが伊吹萃香かい? ちょっと私と喧嘩しようや』

 

『なんだお前。鬼に喧嘩を売って、五体満足で帰れると思ってる?』

 

 

『良いパワーだ。元気がある』

 

『チッ、私の負けだ。ほら、首を獲れ』

 

 

『鬼ってのは皆、萃香みたいな強情な性格してるの?』

 

『気安く私の名を呼ぶな、野良神風情……! それに強情だと? 鬼は気高いんだ。馬鹿にすることは絶対に許さんぞ!』

 

 

『じゃあ鬼に勝てば、私は萃香の物をなんでも持っていけば良いんだね?』

 

『ああ』

 

『じゃあ〝萃香〟を頂戴』

 

『ああ…………ってなんだと!?』

 

『何か変? 私は伊吹萃香が欲しいの。首なんて要らない』

 

『なっ……! 私の存在を売り渡せ、とは大きく出たな。それは流石に私の範疇を超えている』

 

『じゃ、後何回打ち負かせば貰えるんだい?』

 

『いや渡さないから!』

 

『何回?』

 

『う……ぐぐ……じゃああと五回』

 

『分かった。じゃあ早速やろうか』

 

『もうやるの!?』

 

 

 懐かしいなぁ……ハハ。その時からだっけ。私が蓮華に勝負を挑んで、負けて、また挑んで、負けて……いつか友達になっていたのは。

 そして大江山で命を助けてもらって。死んだ仲間たちを弔う時に、初めて蓮華に涙を見せた。

 

 そこから……そこから……紫や幽々子っていう友達が増えてすごく暖かくて……すごく心地よくて……友の死を一緒に悲しんだ。

 結界を張ったあと、紫と幽々子を二人きりにして。

 そして階段を降りる私と蓮華。その時、初めて見たんだ。声を圧し殺して泣く蓮華の姿を。強いと思っていた、彼女の静かな哀しみを。

 

 瞳から流れ出ていた冷たい物は、いつのまにか熱い物に変わり。私は誰にも聞かれないよう、小さく嗚咽を漏らした。

 酔っている時のような、何をやっても恥ずかしくない万能感。それが身体を優しく包み込んで、強き鬼に弱さを見せた。

 

 数少ない紅魔館の窓。そこから月明かりが覗いていた。

 

 もう涙は要らない。十分だ。

 

 私は袖で瞼を擦り、鼻を啜った。

 

「鬼が弱気になっていてどうする!」

 

 頬を叩き、渇を入れる。この後には天魔が待っているから、泣き顔じゃあ締まりがつかない。

 確かあの部屋は結構上の方だった筈。ここでぐずぐずしてはいられない。

 

 私は立ち上がって歩き出した。さっきよりは体調が良くなっている気がする。

 これなら大丈夫だ、戦える!

 

 その時声が聞こえた。地を震わす怒りの声だ。

 

「伊吹萃香ぁぁあああーーーーっっっ!!!」

 

 瞬間、壁に亀裂が入り、衝撃が吹き荒れた。

 

「……な、なんだいあんたら」

 

「死ね!」

 

「死ね!」

 

「消えろ!!」

 

 それは悪魔か? ……と一瞬錯覚するほど。

 三人の少女は殺意を瞳に宿らせ。そしてもう一人はどこか哀しみを込めた視線を灯らせながら。

 

 四人は紅き大剣を私に振り下ろした。

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