東方付喪録   作:もち羊

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正義の味方

『向かってくる対象が多い場合は、少し視界を広げるんだ。二次元ではなく三次元で見極めろ』

 

 蓮華の言葉を反芻する。

 

 私は向かってくる四つの紅に拳をあわせるようにして逸らす。熱が手の甲を焼くが、痛みにはもう慣れた。

 今じゃあこうやって言葉を体現出来るが、蓮華ったら教え方が下手すぎると前々から思う。

 なんだよ視野を広げるって。無理だよ。

 

「当たんない! だったら〝眼〟を潰して───!」

 

「無駄だよ。あんたの能力は私に効かない」

 

 消力。武術としての消力とは程遠いが、これはこれでよく使う。

 私に及ぼす影響力を疎める。たったこれだけで干渉系統の能力を無効化出来るからだ。

 

 フランの手には予想通り眼は現れない。

 思った通りだ。あれは干渉系統。相手に及ぼす影響力が無ければ機能しない。

 フランはいつまでも現れない〝眼〟を見て悟ったのか、開いていた掌を強く握り締めた。

 

「殴り合いか、良いね」

 

「殺してやる」

 

「覚悟は良いよね」

 

「死んじまえ、餓鬼!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 金の絹だと錯覚してしまいそうな髪が、月明かりに反射して僅かに光の粒子を蛍のように放つ。

 淡く朱を帯びたフランの拳が私に迫る。

 ──────速い。吸血鬼という種の特徴か、そこに技術は無けれど素の身体能力は高いようだ。もし技巧を極めていたかと思うと、ゾッとする。

 

 粗削りの拳。一撃は確かに強い。だが向かう先は一直線なのだ。

 

『相手の力を利用しろ。小で大を制せ』

 

 全く、私は大で小を兼ねる派なんだけどねぇ。

 肩を迫る拳に当てて、回転。相手のパンチスピードと遠心力を利用した裏拳で、フランの側頭部を打つ。

 

「くぁっ!」

 

 側頭部を打たれたフランは一瞬動きを止めた後、ふらふらと数歩よろめいて、固い床に横から倒れこむ。

 

「まずは一人」

 

 私の宣言に、残りのフランは戦いた。その顔には一様に怯えの表情が張り付いている。

 やっと気付いたか。私との差を。

 感じるぞ、その恐怖を。

 4対1という圧倒的な数の利。最初は厄介に思ったが、一人を倒した事で立場が逆転したようだ。

 

 そして彼女達の反応から察するに、四人のフランの連携は完全とは言えない。

 それぞれの殺意は見え隠れするものの、勝敗を決める決定打は持っておらず、所詮意思だけが一人歩きした状態だ。

 

 慢心、増長、過信。

 

 なんだ、こいつも私と一緒じゃないか。

 

 己の種族としての特性を過信し、勝利に酔い、意思に溺れ、増長し。そして敵の脆弱性を省みて慢心する。

 フランのその姿は、ひと昔前の私を想起させるに十分だった。

 

「おい、いつまで固まってる! 私はいつまでも待たないよ!」

 

「……ッ!」

 

 棒立ちしている己に気付いたのか、咄嗟に前にいた二人が駆け出す。

 一人は大きく踏み込み、もう一人は上体を低くし掬い上げるように下から剣を振り上げた。

 

 私は半歩身体を逸らし、まずは紅の剣を回避。そしてすぐさま襲い掛かってくる吸血鬼の鋭い牙を、上体を大きくずらし躱した。

 がら空きになったフランの横腹。そこに向かって思いきり拳を放つ。腰を落とし、体重を掛けた、全身全霊の右突きだ。

 

 吸い込まれるように横腹を穿たれ、フランは呻き声をあげながら吹き飛ばされる。

 剣を持つもう一人のフランは、突然起きたその事態に呆然としていた。あんぐりと開けられた口を視界に収めながら、がら空きになった顎に向かって蹴りを放つ。

 人体の急所とも言われる喉。そこを蹴られたフランは、くぐもった声を喉から放り出して悶絶する。

 

「あ……うぅ……」

 

「ぐぇ……あっ……かふっ……げぇ……」

 

「ほら、もう終わっちまったよ。最後のあんたはどうするんだい?」

 

「え……あ……」

 

 最後のフラン。剣を杖のように使いながら、終始一貫して震えていた。既に声も出ないくらい怯えているようで、その瞳が定まる事はない。

 

「なんだい、あんた。膝が笑ってるよ。それで本当に戦えるの?」

 

「たっ、戦えるもん! あんたみたいな悪い奴は絶対に倒してやるんだから!」

 

「〝悪い奴〟と来たか……。はは……あながち間違っていない。確かに私は悪い奴だよ。で、そんな悪い奴に正義の味方はどうするつもり?」

 

「た、倒してやる……!」

 

「その震えた腕で?」

 

「震えてない!」

 

 顔を真っ赤にしたフランの顔は不覚にも年相応で。そんな些細な変化にも、戦いの間でしか気付けない私自身に呆れた。

 正義の味方……か。懐かしい響きだよ。

 私の親友はどこまで突き詰めても、正義の味方だった。昔の私はそんな親友に嫉妬し。同時に憧れもしていた。

 

「震えていないなら、もう杖は要らないだろう? そのか細い腕で剣を持ち、伝記で語られるような勇者みたいに悪を討ち滅ぼしてみよ!」

 

「う……ぅぅあああああああ!!!」

 

 フランが咆哮を上げた。自らを鼓舞する勇気の咆哮を。彼女は足を縺れさせながらも必死に足を動かし、歯を震わせながらもその剣を大きく薙いだ。

 私はその勇気に応えるように、敢えてノーガードでその剣を受ける。

 

 剣のような美しく鋭い刃は無いその大剣〝のようなもの〟。それは長い業物というよりは、業火を焼き付けすりおろす為の塊。横に薙いだその大剣は、軽い身体を持つ私の身体を大きく吹き飛ばした。

 

 ──────────筈である。

 

「う、嘘!? 受け止めた?」

 

「フゥー、フゥー、ったく、重いね」

 

 萃香の弱点とは単純明快。その小柄な体型そのものである。小柄であるが故に体重が軽く、重い一撃に対しては簡単に吹き飛ばされてしまう。今までの戦いでもそうだった。重い一撃に対しては、彼女は為す術も無かったのだ。

 

『大地を使え。足を支えにするんだ。そうすれば、萃香の軽い身体は強硬な柱となる』

 

 ミシッ、と皹が大剣に刻まれる。

 身体を柱に見立てて、足を基点に根強く大地に打ち付ける。後は鬼の力を以てして衝撃だけを受け止める。

剣を打ち付けたフランからすると、まるで固い柱に向かって剣を振るったのだと勘違いしてしまう感触。じんわりとした痺れが、指の先から身体の芯まで伝わっていく。

 

「経験ってのは結構大事だよ」

 

「うぅ……くっ……」

 

 服は剣によって燃え千切れ、包まれていた萃香の柔肌を露にした。丸見えである。

 傷も見えない美しい身体。傍目に見れば戦いに適していなさそうな身体だが、その柔肌の下はまさしく凶器。鬼の有り余る力を制御できるように設計、無駄の無い肉と骨によって構成されている。

 

 その姿は一種の芸術。盛り上がる筋肉も、美を害する傷も無い。女性としての形を整えながら、闘争へと適す身体の機能。これこそが、幼き妖美と闘争への性質が組合わさった完成形だろうと、万人へ容易に分からせる。

 

 だが丸見えである。

 

「ほら、まだあんたの力は生きているだろう? まだ立ち向かえる筈だ」

 

「…………」

 

「…………どうしたの?」

 

 フランは、無言で剣を落とした。

 

 その様子に、萃香は戦意喪失したのだと推測付けるが、どこか様子がおかしい。

 心なしか表情は沈み、どこか暗い印象を受ける。

 

 数秒の無言。何も語られる事の無い空間には、萃香の息遣いだけが妙に大きく聞こえた。

 

「…………ねぇ」

 

 どれだけ時間がたったのだろうか。

 空間を打ち破るように、フランが口を開いた。

 

「何か言いたいことでもあるの?」

 

「うん」

 

「そっか」

 

 萃香も釣られるように、拳を下ろした。

 萃香は感じ取ったのだ。戦意喪失以前の話。フランには元から戦う意思など無かったことを。

 

「ねぇ……萃香」

 

「なんだい、フランドール」

 

「もう……止めよう?」

 

「あっ──────」

 

 その一言は、今までのどの攻撃よりも、私の胸に深く突き刺さった。

 その言葉は、私の行動が無駄だと諭すように。静かに心の底へ浸透していった。

 

「私、嫌なんだよぉ……もう傷つけたくないよぉ……」

 

 顔を上げるフラン。そこには大粒の涙が浮かんでおり、どこまでも儚げに。そしてどこまでも優しそうに、私の身を案じた。

 彼女の願いは元から一つだったんだ。

 

 〝友達を大切にしたい〟

 

 己の中に潜む三人の狂気が、一人の女の子の純粋な願いを許さず。いつまでもいつまでも、彼女自身で彼女自身を蝕み続けていた。

 だがその三人は萃香に破れ、今は床に倒れて動かない。よって目の前の残されたフランは、彼女の狂気の底に眠る純粋な気持ちそのものを体現しているのだ。

 

「…………」

 

「う、ぇぇ、空ちゃんが怒って……ぇう……チルノちゃんが傷付いたのはとっても悲しいけど……ひっく、……だからって私が傷付けて良い理由にはならないよ……」

 

「…………」

 

「ごめん、ごめんぅぅぁぁああ」

 

 泣きじゃくるフランを見て、萃香は何を思ったのか。その視線は遠くを向いていた。

 

 

 

 

 

 

『蓮華はさ』

 

『うん?』

 

『正義の味方……だよね』

 

『うーん、萃香がそう思うんならそうかもしれないけど、私は結構悪い奴だよ。人間に仇なしてるし、見殺しにしてきた奴等も多い』

 

『それでもさ! 蓮華は救ってるじゃないか! 困ってる人間には手を差し伸べて、困ってる妖怪にも力を与えて、それに私だってあんたに救われた……。蓮華は立派な正義の味方だよ!』

 

『そうかなぁ』

 

『ああ、私が保証する。鬼は嘘を吐かないよ』

 

『それは嬉しいね。でも私になれるなら、萃香はもっと凄い奴になれるよ』

 

 ───────────憧れだった。

 

 ───────────羨望した。

 

 私の夢は、仲間と共に仲良く暮らす事だった。

 隣にいる奴が笑っていれば、私も笑えば良い。

 隣にいる奴が泣いていれば、私も一緒に泣けば良い。共存し、共有し、分かち合う。そうやって夢見てきた。仲間を捨てざるを得ない時のことを、私は忘れることが出来ない。結局優柔不断で、仲間を更に死なせたことも忘れない。

 

 そんな中で仲間を全て守って。尚且つ己を他者の為に擲つ事が出来る蓮華に憧れの念を抱いた。

 どうしたらこんな女性になれるのかと、私は蓮華の背を見ながら常日頃考えていたものだ。

 

 憧れを抱くと同じく。追い付けないと思った。

 

 こんな私じゃ無理なんだって。

 

 でも、彼女は叱咤激励し続けた。そうやってまた想いを募らせていき、いつか私にもなれるだろうって。仄かに淡い幻想を胸に思い描いた。

 

 だがその幻想も、幽々子の死と共に瓦解した。

 

『幽々子……なんで、なんでぇ……』

 

 おい、おかしいだろ。なんで正義の味方が泣いてるの? 彼女は正義の味方なのに、なんで悲しむの? 彼女だったら救える筈だ。だって正義の味方なんだから。正義の味方の結末は、ハッピーエンドなんだから。

 

 私は彼女を目指していた。雄々しく猛々しい生き様は、尊敬に値する。そんな彼女が、喉を震わせて涙を押し殺していた。

 彼女でも無理なのか? 仲間を全て守り、仲良く暮らすこと。簡単そうで、とても難しい事。彼女なら、〝蓮華〟ならそれが出来ると思っていた。

 

 ああ……私は何を目指していたんだろうか。

 

 彼女も一人の存在だと言うのに。

 

 己の理想を押し付けていただけじゃないのか?

 

 蓮華のこなす正義をあたかも自分の事のように誇る。それは正義の味方なのか?

 私が目指すために心掛けていた姿勢なのか?

 

 私は何がしたかったんだ?

 

 もう仲間はいないじゃないか。蓮華は本当に消滅してしまったじゃないか。

 瞼の裏に焼き付くあの光景。己の手が届かない、宇宙そのものを掴んだ代償による消滅。忘れることが出来ない悪夢そのもの。

 

 仲間と仲良く暮らす? もう仲間は死んだよ。

 蓮華を尊敬していた? その蓮華は死んだよ。

 

 結論それは建前であって、私が欲しかったのはまた別の物なのだ。

 

 

「フラン……」

 

 私が泣く少女に向けて声を掛けた時だ。

 耳が捉えたのは、遠くから徐々に向かってくる爆発音。それは幻聴ではない、確かに聞こえる音だ。その証拠にフランも辺りを何事かと見回している。

 

 考えたくはない。本当は分かっていた。

 

 そろそろ奴が来ると。何となく本能が感じていた。

 

「フラン、下がってな」

 

 私は崩壊する天井と共にこちらへ飛来する〝天魔〟に向かって、これ以上ないくらい睨み付けた。

 

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