東方付喪録   作:もち羊

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覚醒

 身体も、身に纏う物も、何もかもぼろぼろ。

 唯一気高いのは精神だけか。

 

「ふはっ、ようやく見つけたぞ四天王!」

 

「そっちから来てくれるなんて大胆だねぇ。天狗の長はせっかちかい?」

 

「ハッ、好きに言え」

 

 ある程度挑発してみるも、流される。これは想定内であったが、今一番想定外なのがフランの存在であった。

 傷付けたくないーーーと彼女は言った。戦意を手離した日和見だと断じても良いが、決してそこに悪意が在るわけでなく。彼女は心の底からそう思っているのだ。

 純粋な考え、気持ちは、時として最も価値の高い精神となる。

 

 生物としての本能に類似した、取り繕った理性が解放された際の、一種の告白。

 私はその言葉に少しだけ突き動かされたと言っても良いだろう。

 

 破壊を司る妖怪が、傷付けたくないと宣言したのだ。その前へと進む思考、私は嫌いじゃないんでね。

 

 幾度の戦闘を越えてきたからか、然程天魔の速度は速いとは思えなかった。それとも私の目が順応したのかもしれない。

 

 しかしまだだ。まだこの天魔は余力を残している。

 

 ーーーその事実を知ったのは、私が山の四天王と呼ばれていた時。

 天狗を支配していた鬼は、その傲りと油断から天狗達が着々と築く秘密兵器を見破れなかった。

 気付いたのは鬼神様だ。そしてその〝禁忌〟に対し下した判断は抹殺。これが『天魔殺し』と言われた事件の全容である。

 

 天魔の音を置き去りにした突進を、紙一重で躱しながら萃香はその禁忌に触れた。

 天魔との戦いに於いて、萃香は好奇心や興味に似た何かを抱いていた。それは仮初の山の四天王であった弊害による、知識の不足から来るものだ。萃香は天魔のその口から、真実を聞きたかった。

 

「なぁ、その体は何年持つ?」

 

「天敵足る鬼にそう易々と言うと思うてか?」

 

「固いなぁ……今更だし良いじゃないか」

 

「甘言を……。私達は貴様らを殺すためにこの秘術を編み出した。それを再認識しろ、鬼ッッ!」

 

「秘術を編み出した……って。ただ転生の魔法に魅入られた愚かな天狗ってだけじゃないか。いや、違うな。〝天狗じゃなかったね〟」

 

「黙れ」

 

「黙らないよ。言うのは私の自由だ。口を封じたいならさっさと殺してみな」

 

 その一言を皮切りに、天魔の攻撃が苛烈を増した。直線的な突進から、能力を交えた戦闘に切り替わり。

 肉薄したその攻撃は、能力も相まってか鬼の四天王に匹敵する程だった。

 

「ぬぅうぅう! 貴様らに分かってたまるか! 天狗の屈辱を、地獄を!」

 

「そりゃ分からないさ。だって私は天狗じゃないからね」

 

「ならば死ね! 毛根も残さず私の前から消えろぉっ!」

 

「まだ死ねないね!」

 

 風で造られた鋭い爪は萃香の肌を切り裂いていき、逆に萃香の攻撃は当たらない。速さが段違いだった。そして偶々当たったとしても、天魔が持つ回復能力ですぐに治癒されてしまう。

 

(これは拙いね……)

 

 消耗するのは体力だけ。天魔の使う能力の全貌が掴めぬ今、迂闊に肉弾戦に持ち込むのは不利とみた。

 萃香は一度距離を取り、莫大な妖力を集めた妖力弾を前方に放つ。その動きは緩慢としていた。だがそれで良い。通路を埋め尽くすほど膨張した妖力弾は、ゆっくりと天魔を追い詰めていく。

 

(一旦距離を取って、体勢を立て直す。四人のフランも避難させないとね)

 

「行くよ、フランドール。傷付けたくないんだろ? 私もあんたを傷付ける理由は無いんでね。だから休戦だ。避難するよ!」

 

 フランにはもう涙は見えなかった。

 立ち直ったのだろう。ああ、強い子だ。私とは大違い。

 私は三人のフランを抱えあげ、元来た道をひた走る。背後で大きな爆発音がした。時間が無い。最悪私が迎撃することになるか……。

 

「萃香ぁぁぁあああああっっ──────!!!」

 

 地の底から唸るような、重く響き渡る怒声、咆哮。

 間違いなく天魔の声だった。

 

「フランドール、先に行きな」

 

「えっ、でも!」

 

「早く!!」

 

「うぅ……」

 

 フランの脳内は、迷いで占められる。彼女は優しいから。そして狂気に浸されながらも、心の奥底で善くあることを願い続けているから。

 自分を逃がそうとしてくれる萃香の力になりたい。けれどこの鬼はフランの敵であり、友達の仇だった。

 でも、どれだけ恨みは深いとしても。フランは知っているのだ。恨みは忘れなければ無くならないと。恨みを恨みで消そうとしても、末にあるのは虚無感だけ。

 フランは495年の歳月で、無意識的にその境地に辿り着いていた。

 

「ごめん、私は逃げたくない」

 

「はぁ? あんた、傷付けたくないって」

 

「傷付けたくないけど……傷付くのはもっと嫌。萃香は敵だよ。絶対に許せない。でも、萃香が傷付いちゃうんだったら、私はその光景を見るのは嫌なの! 私は臆病者だから、何も出来ない、無力感に苛まれる自分が嫌なの!」

 

「フランドール……」

 

「だから、私は傷付きたく無いために傷付ける。私の有り余った力は、それくらいしか使えないから」

 

「そりゃあ……なんとも滑稽で、偽善で、浅はかで、狂ってる」

 

「うん、私は狂ってるもん!」

 

「ああ。だから良いんだ。さっきまでのフランドールより、今のあんたの方が断然良いよ」

 

 萃香は三人のフランを背後に降ろし、天魔を迎え撃つ準備をした。私がこの異変を起こしてから、私の隣には誰もいなかった。でも、今は違う。敵ではあるが、隣にはフランがいるのだ。

 誰かが隣にいるって事実は、蓮華がいるときから何度も経験した。あの誰にも負けないと思える勝利への陶酔、自負。それが湧水のように溢れ出てくる。

 

 ーーー見えた。天魔だ。

 爆発により舞った土煙。その中を突っ切って彼は加速し続ける。シュミレートは無し。一発本番。ここで仕留める……と決意、考えを新たに萃香は拳を握った。

 

 

 

 赤い閃光が天魔を横から貫いた。よく見るとそれは、紅の槍によって形成された一筋の閃光。

 波のように天魔を飲み込み、その奔流は紅魔館を超えて霧の湖まで一線を描いた。

 

「ーーーっっ! ……お姉様!」

 

 フランが突如として駆け出す。彼女の向かう先には、青と淡紫の髪色をした紅いドレスを着る少女が立っていた。身体は煤汚れ、至るところに傷が出来ている。

 そんな彼女へお構い無しに抱きつくフラン。その顔には安堵の色が浮かび、少女の方も愛しさを込めた表情をしながらフランを抱き締めた。

 

「怖かったでしょ、フラン。もう大丈夫よ。お姉様が付いてるから」

 

「お姉様……お姉様ぁ……」

 

「ふふ、今日は甘えんぼうね。でも残念。今からお姉様にはやることがあるの。だからフランは私室に戻ってて。仮眠でも取ればその時には私の用事も終わっている筈よ」

 

「うん……」

 

「良い子ね、フラン」

 

「お姉様…………死なないでね」

 

「吸血鬼は不死よ。そんなに甘くないわ」

 

 フランは、一緒に戦うと申し出る気だった。でも、そんな軽い覚悟は、お姉様であるレミリア・スカーレットの前では簡単に崩落してしまう。

 安心感、麻薬のようなその感情。敬愛すべきお姉様にそう言われてしまっては、フランは引き下がる他なかった。

 

「そこのあんた、あんたもフランと一緒に逃げなさい。幸い大図書館は近いわ」

 

「いやいや、そいつの目的は私だ。私が責任を持って相手するよ」

 

「はぁ……。分からないのかしら、あいつとあんたの実力の差が。もし相対したら、あんた死ぬわよ?」

 

「今、死んでないじゃないか」

 

「それは運が良かったからよ」

 

「運命かも」

 

「無為に死にに行く運命なら、私は尚更あなたを止めるわ」

 

「それはなんともお優しいね。でも私に見えている運命は、別に死ぬ運命じゃない。勝つ運命だ」

 

「運命は見えないわ─────っと、来るわ!」

 

 レミリアは、天魔が吹き飛んでいった大穴に向けて手持ちの槍を全て投げたあと、今度は無数の紅槍を出現させた。

 一つ一つが純度の高い魔力で形成されており、もしそのどれかに直撃すれば無事ではすまない。

 

「『スピア・ザ・グングニル・フォークス』」

 

 そして詠唱の後に、無数の紅槍は天魔が吹き飛んだ方向に一気に加速した。まるで全ての槍が集束するように、倒れている天魔の身体を目標として進んでいく。

 

「まだよ!」

 

 レミリアの周囲に魔方陣が出現。魔力を込められた魔方陣は光輝き─────放出。圧倒的光の群体を解き放った。荒々しいが、確実に効果は高い。放たれる魔法の何れもが、何らかの状態異常を引き起こすような仕様で作られており、一度当たれば後は雪崩式に当たっていくだろう。

 

 確かに、彼女の言うとおり。

 

 彼女は強かった。それこそフランドールの戦力差を削ったとしても、それを補うくらいに。

 

 だが運命とは残酷で。

 

「……あれでも死なないなんて」

 

「天魔は普通の妖怪と一緒……だと思っちゃダメだ。あいつは魔法生物だからね。魔法には一定の耐性を持っているし、三代目の能力である『耐性を持つ程度の能力』が更にあいつを保護しているだろう」

 

「えっ、それってどういう……」

 

「前!」

 

 萃香が叫ぶと同時、レミリアは肩から上が無くなる。力無く胴体が倒れる様は、少し空しい。だが消滅した訳では無いのが幸いか。死に目なんてあまり見たいものではない。それより彼女の、妹の為に自分を犠牲にしたことに対して敬意を表したいくらいだ。

 そして瞬きをする間も与えず、天魔は萃香の前に姿を現した。

 

「どうしたんだい天魔、いつもの余裕が無さそうじゃないか」

 

「ほざけ。……全く、流石に死ぬかと思ったな」

 

「その割に傷は無さそうだけど?」

 

「治癒しているのだ、バカめ」

 

「確かに……その能力、結構便利だよね。それは今代の天魔が持つ、先天的な能力だろう?」

 

「お見通しか。ハッ、先代の杜撰な情報統制もここまで知られると笑っちまうな」

 

「〝先代に聞こえてる〟と思うけど、良いの?」

 

「別に構わん。どうせ何も出来ん」

 

 天魔が両腕から妖力弾を連続発射。既に瓦礫と砂埃の戦場と化した紅魔館の廊下を、更に高密度の妖力弾で視界を防ぎにくる。

 すぐに頭に浮かんだのは、彼の目的。先程拳を交えた際、彼ならば気付いた筈だ。肉弾戦ならば圧倒出来る……と。自分の力が、とっくに鬼の四天王の実力を上回っている事を。

 

 そして予想通り、〝来た〟。

 

「これを防げるか? 『暴風扇』」

 

 身体を回転させながら、放たれる五度の連撃。

 一つは腹に突き刺さり。二つは両肩。もう二つは両足を穿った。

 

「ぐぅぅぅ…………っっ!」

 

 刺さったのは、細長い、硬質化した葉。

 多分これも能力の一つか。近接攻撃が来ると思っていたからこその、不意の五撃。動体視力は常の妖怪程度では収まらない萃香だが、その萃香でさえ攻撃の切っ先を捉えるには至らなかった。

 痛みに顔を歪めた、その一瞬の間。そこから拳で顎を打ち抜かれた。

 

「くふっ───…………」

 

 あ、マズイ。意識が─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、萃香。私達は地上を去る』

 

『なっ……何言ってるんだよ勇儀。地上を去るってそれは…………』

 

『嫌気が差したんだ。人にも、天狗にも』

 

『だったら……だったら鬼の国に来れば良いじゃないか。あそこは鬼にとっての楽園で……』

 

『萃香は知らないだろうけど……あそこはもう楽園なんてものじゃない。狂った鬼神の圧政によって、今じゃあ強制収監施設さ』

 

『う、嘘……だ。嘘だ嘘だ、勇儀、鬼は嘘を付いちゃいけ─────』

 

『黙れよッッ! あんたは良いだろうねぇ! 友達と地上で楽しくやってんだからさ。あんたが里でなんて言われているか知ってるか? 娘にしたい女の子ナンバーワンだってよ、馬鹿馬鹿しい! いつでもあんたと違って、私達は除け者さ、チクショウ』

 

『そんな……そんなつもりじゃ』

 

『じゃあな、伊吹萃香。あんたは私達と違って、地上で仲良くやるんだよ』

 

『待って、待って勇儀! ねぇ待ってよ!! 

ねぇってば───────────』

 

 

 

 

 

 

 ああ、嫌な事を思い出した。

 私が地下に行かなかった理由。それは合わせる顔が無かったからだ。地上の楽土を興じ、それで最後にはノコノコ逃げてきましたって? はは……わらい話にもならないね。

 

 でも、本当は行きたかった。寂しかった。

 

 今でも、皆で平和に暮らせたらなって────焦がれる夢を見る。

 大江山で変わったと思った。俗的感覚を、人としての幸せを自分みたいな奴でも感じられるって。

 

 実は違ったんだ。甘えだった。人に溺れて、鬼の事を考えなかった。私は結局、どちらも失った。鬼でも、人でもない。ただの半端者だったんだ。

 それでも友達を大切にして、悲しみを越えて……それで、何だろう。

 

 『皆を守りたい』

 

 『皆と共にいたい』

 

 『皆の笑顔を見たい』

 

 ─────何が正義の味方だ。

 

 正義の味方だったら、鬼と人との関係を取り持とうと、少しでも努めるだろうに。

 私は自分の事しか考えていなかったんだ。

 

 私が欲しかったのは共感だけで。

 他には何も望んでいなかった。

 何も…………。

 何も無い。空っぽだ。

 

 私の気持ちを考えてくれる蓮華がいて、安心した。

 

 私の事を褒める幽々子がいて、安心した。

 

 私が悲しいとき、慰めてくれた紫がいて安心した。

 

 違う。違う……。違う!!

 

 これじゃダメだろ! 違うだろ! 

 私は……覚悟や思想だけ一丁前で行動と伴わない、最低な奴だ。何が正義だ。お前のは偽善だろ。何が何も出来なかっただ。何もしていないだろ。

 

 憎い、憎い、憎い!! こんな自分が憎い! こんな自分が嫌だ! 吐きそうだ!!

 

 友達におんぶに抱っこ。

 

 私が望んだのはそんな姿じゃない。私が抱いたのはそんな情けない姿じゃない!

 

 私は……私は……。

 

 私は正義の味方になりたかったんだ!!

 

 蓮華の雄々しい姿に憧れた。

 

 幽々子の施しを与える姿に憧れた。

 

 紫の自己犠牲に憧れた。

 

 ああ、私は友に憧れているんだ。もう甘えない。もう重荷にならない!

 

 私は伊吹萃香だ。鬼の四天王の伊吹萃香だ!!

 

 こんな所で、寝ている場合じゃないだろうがっっ!

 

 

─────────────

 

──────

 

「とどめだ」

 

 意識を失い、背から倒れこんだ萃香。

 身体中からこれ以上無いほど血液が流れ、既に命も灯火のようだ。

 初代から続く呪いのような怨念に促されるまま、天魔は萃香に近付いていく。

 彼にとって親とは天魔だ。親の言うことは絶対なのだ。

 

「我が天狗の意思は……天魔と共に」

 

 爪を形成し、最後の命を刈り取ろうと萃香の身体を持ち上げた。そこにある。念願の鬼の命が。彼はどれだけこの瞬間を待ち望んだだろう。

 息苦しくなるような先代らの怨念。怨嗟。それらは代を増すばかりに募っていき、今代の天魔の時にはもう、はち切れそうなほど膨張していた。

 

 この呪縛から解放されるために。

 

 この呪いを断ち切る為に。

 

 憐れな魔法生物は、導かれるように爪を萃香に突き刺した。

 

 

 

 

「残念、だったね。私はまだ死ねないんだ」

 

 その声に気付いたのは、爪が半ばから折れたことを見た時だ。

 

 驚きに天魔が距離を取ろうとしたその時、彼の視界が反転した。

 

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