東方付喪録   作:もち羊

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ホムンクルス

 私が最初に見た光景は、何かの液体に浸されている自分と、ガラス越しに見る埃の積もった研究室だった。

 何故そこで私が自我を持ったのか。それは私にも分からない。少しだけ意地悪な神様が、私に悪戯でもしたのかと最初は思っていたくらいだ。

 

「──。─────。──────、────────」

 

 声が近付いてきた。自分には理解の出来ない言語。それは二つ分反響し、自分の呼吸と重なって泡が吠えた。

 大きな翼を生やす二人の研究員が何かの機械を弄ったかと思うと、すぐに円い瞳をこちらに向けて、奥に駆け出した。

 

 何の言語か分からない以上、私はただ液体の中で浮いている事しか出来ない。

 

 経ったのは数刻だろうか。今度は研究員とはまた別の大きく覇気のある老齢の男と、まだ年端も行かぬ少年がやって来た。どちらも大きな翼を強調するように揺らしている。

 大男が何か研究員に話をしていると、不意に少年がガラスにべったりと張りつき、こちらを真珠のような瞳で見つめた。

 

 深海を思わせるような深い双眸。私はなんだか心にざわめきを覚え、目を逸らそうとするが、どうやら私の身体はそのような動きが出来ないよう制限が掛かっているらしい。

 大男と研究員の話が終わるまで、少年との見つめあいという拷問のような時間を過ごすこととなった。

 

「─────! ──。──、──────────ッッ!」

 

 大男が大音声で詠唱を唱え始める。その度に私の身体が軋んだ。まるで中心に沿って無理矢理身体を引き裂かれるような、そんな歪感。─────と共に、当然の如く痛みもやって来る。

 叫ぼうとした。だがその口は塞がれている。

 のたうち回ろうとした。だが身体は動かない。

 無情に泡だけが天に昇り、雷で貫かれるような苦痛に私はただ地獄の終わりを待つしかない。

 

 代わりに溢れるのは、記憶。

 

 此の世に生を受け。

 そして生を甘受し。

 そして殺された────彼らの記憶。

 

 彼らの生の意義。培った経験とたゆまぬ努力。果てに手に入れた力と暴力。

 約12人。その全ての人生が、私の身体に、記憶に、脳に、─────いや、私の存在そのものに刻まれた。

 

 いつしか痛みは止み、床には大男が転がっていた。既に命は無いと直感的に感じたが、それは真実だろう。

 ガラスケージがひとりでに開き、私は産まれて初めて〝地面〟というものを体験した。

 

「おはようございます、天魔様。よくぞ痛みに耐えて下さいました。私めらは酷く興奮を覚えております」

 

 大男の隣にいた少年が、恭しく頭を垂れて謝辞を述べた。彼が言った、『天魔』という単語。私は初めて聞いたはずだが、何故かそれは以前から知っていたかのように頭の底へ流れ落ち、理解となった。

 

 私は『天魔』を知っている。その〝使命〟も、何故私が誕生したのかも、そして私の〝正体〟さえも。

 

「……私の能力はなんだ」

 

「『治癒する程度の能力』でございます」

 

「そうか。マルス、良くやった」

 

「お褒めに預かり光栄です。

被検体ホムンクルス-20034……いえ、それは昔の名でしたね。今の貴方は天魔。天狗を治める事に意味を感じ、天狗に仇なす敵を排除する。そう、貴方こそが天狗の秘密兵器、奥の手、秘蔵!」

 

 マルス……と呼ばれた少年は、興奮するように天魔を讃えた。いや、実際興奮している。頬は上気し朱が差し込んでいる事からも明らかだ。

 

「どうです? 初代から受け継ぎ続けた記憶の奔流、そして実感する力の躍動感は。最高でしょう? 至高でしょうっ! ふふふ、それで良いのです。存分に酔いなさい。貴方は全天狗にどんなことをやっても愛されるのですから。そのようにプログラミングされていますしね

 

 このマルスという人物。端的に表すと狂人という言葉が似合う少年だが、どうしても私には嫌いにはなれなかった。これもプログラミングのせいかもしれない。

 そんな事は置いておいて、私には使命があるのだ。天魔を今後とも継続させるために、更に天狗の社会を強固に、そして大きく発展させなければ。

 

「はは……天狗もバカだなぁ。何も気付けないし聞こえないなんて。俺みたいな愚者に取り込まれた時点で、この種族は終わりなんだけどね」

「はは……天狗は凄いなぁ。俺だったらそんな堂々としてられないや」

 

 確かに私の今の姿は全裸だ。流石に気恥ずかしい。すると気を利かせたのかマルスが肌を隠す布を持って来て、着させてくれた。

 

「さて、王の凱旋ぞ─────」

 

 

──────────

 

─────

 

 ────それは夢だったのか。夢だとしたら、随分と懐かしい夢だ。

 

「あの一撃を受けてまだ立ち上がるのかい……」

 

 目の前には敵。そう、天狗を降す敵。名は伊吹萃香。

 朦朧とした意識が徐々に鮮明となっていく。私は一体どうなったのだ? 

 

 確か……そうだ。萃香をこの手で殺したと思ったら、何故か私の視界が反転していたのだ。

 その後、すぐに暗転。鼻頭から感じる痛みを察するに、私は何らかの手段で地面に叩きつけられた後、重い一撃をその顔にくらった……というわけだろう。

 

「はは……残念だが、私は負ける訳にはいかない」

 

 身体を立たせようとするが、うまく動かない。視界が波のように揺れて、私の平衡感覚を奪っていく。

 

「一応言っておくけど……脳を揺らしたよ。立つこともままならないだろ?」

 

 確かに……彼女の言う通り。私は立つ力さえ膝に篭らない。立てなければ────彼女の土俵にも立てない。そうなれば、私が敗けを認めた事と同義だ。

 

 笑う。

 何に────なんて理由はない。ただ笑みが零れた。

 

「楽しいな」

 

「そうかい? なら良かった」

 

「己をぶつけ合うこの行為。以前の俺ならば鼻で嗤っていただろうが……存外に悪くはない。善き高揚感だ」

 

「私は血が出過ぎて高揚感高めになっちまってるけどね」

 

「ふん、ならば丁度良いだろう。続きだ。殺しあいの。──────決着を着けるぞ」

 

「私はこんなところで止まってる暇はないんだ。無理矢理そこを退いてもらう。殺しあいもする気はない!!」

 

「ではその気にさせてやろう─────!!」

 

 ──────鬼と天狗の、最後の戦いが始まった。

 

 何度も繰り返された近接戦。それが再度行われる。

 天魔は自慢の速さを以て萃香を翻弄し、萃香は鬼としての圧倒的力を以て天魔を狙う。

 

 ダメージの蓄積を狙う天魔。効率を考えると、一撃一撃を狙って打たねばならない。無駄な行動を無くすよう、一発一発丁寧に。

 反対に一撃必殺を狙う萃香。だが相手は天狗の長である天魔だ。無闇に攻撃をして当たるとは思えない。だからって狙い打ちをしようとしても、相手はそう甘くはないだろう。効率を考えると、萃香は一撃に意味を持たせなくてはならない。その一撃には意味が無かったと、無為な結果にしてはならない。

 

「ぬぅうう!」

 

「────くっ、まだまだぁっ!」

 

 耐久力には、萃香に軍配が上がる。硬質化した細長い葉を両肩両脚、更に腹部へ貫かせても、未だ彼女が戦闘継続が出来る時点でかなり異質だ。

 だが、彼女でも痛みは感じるだろう。その証拠に、天魔を狙い、拳が空振る度に、その端整な顔を苦悶に歪め、血は通りの悪い水道管のように時折鋭く噴き出す。

 

 時間の問題────。天魔はそう思った。

 

(いずれは失血により意識を失うだろう。萃香は私と戦っているのではない。時間と戦っているのだ。そこに付け入る隙はある)

 

 

 痛み、歪み、傷み────憤り。

 

 萃香の脳裏には、まるで走馬燈のような現象が起こっていた。それは死の予兆か。はたまた生への渇望故か。

 

 

『伊吹の姐御ぉ! さっさと村を襲いましょうやぁ! 俺達鬼にとっちゃ、人間なん『おいおい、少女一匹でうちの縄張りに入るって……死ぬ覚悟と遺書は用意し『喧嘩するぞ、萃香───『ま、またかい!? か、勘弁してく『あんたが源頼光か。どうだい? 酒の一杯でも飲『ぎ……ぎぎ……ヂグジョウ……許さねえぞ、酒に毒なんて……『私の(萃香)を襲う不埒千万な輩とは貴様らかッッ!『ああ、それでいい。伝えろ、蓮華は妖怪の味方だと。ほら、見逃してや『なんだよ、蓮華。ふざけんなよ……チクショウ……チクショウ……泣かせんなよバカぁ……『私は蓮華の友さ、それ以外でもそれ以上でもない。何か文句が『幽々子!?『勇儀……待って、ねぇ……『蓮華もいない……紫もいない……幽々子には会えない……鬼は地上に私独り……ハハッ、とうとう私は、独りぼっちになっちまったねぇ……』

 

 

 一瞬で駆け抜けた記憶。

 永いようで……とても短かった。素晴らしくもあり、汚れていた、濃密な人生だった。

 私は……まだ何もやっていない。私を支えてくれた皆に、何も報いていない。

 

(私はまだ──────自分の正義を貫いていない!!)

 

「まだ終わらない! 私はもっと先に行きたいからだ!」

 

「戯れ言よ、ここで死ぬのだ。潔く世から去ね!」

 

 また一撃────萃香の拳が空を薙ぐ。

 当たらない……────いや、必ず次は当てる。

 当ててやる。

 

 

 天魔は計略を編んでいた。苦痛と獄が伴う、闇の最中へ萃香を引きずり下ろそうと。

 目を付けたのはその傷だ。誘導されている点も否めないが、けれど甘美。もし刺さっている葉を強く押すだけで、萃香は痛みにもがき崩れ落ちるだろう。

 その傷は反撃のチャンスでもあり……ウィークポイントでもあるのだ。

 

(そちらがわざと狙わせる算段であるのならば……乗ってやろう。そして、圧倒的速度を以て叩きのめそう)

 

 天魔は加速を始める。萃香の死角を見つけようと、虎視眈眈としながら。

 既に数十を超える旋回。萃香は気を張り巡らせている。背後を取ってもそれは死角ではない。視角だ。

 

(まだだ……まだ引き付けろ……)

 

 加速───加速─────加速──────────。

 

 眼球運動を超える速さ。萃香でも追い付けない、未知の領域。覚醒しようとしているのはなにも萃香だけではない。この天魔もまた、天狗の領域を超えようとしているのだ。

 声は天魔の後ろを通り、姿は緩慢に見えてくる。それは速度が速いが故の残像。

 

 生物という枠を────天魔は今まさに乗り越えようと。

 

 いや、もう既に─────────

 

 

「乗り越えたぞ、伊吹萃香」

 

 

 

 狙われたのは腹部と右足。天狗部隊との戦いで、右足の甲に付けられた傷を見た天魔は、右足の動きが左足より微妙にずれている事を確認。賭けに出たのだ。

 予想は的中だった。萃香は反応も一切出来ず、腹部と右足への攻撃を許してしまう。

 

 コンマ以下の時間。〝秒〟が〝時間〟になるほどの圧縮された時の中で、萃香の傷が広がっていく。

 底の無い沼のように、ズブズブと沈んでいく。

 天魔はすぐに離脱行動を敢行。危険なのはここからだからだ。彼は知っている。数多の天魔の記憶の中で、死に瀕した獣は最も強くなることを。

 

 ────瞬間、〝反応した〟萃香の腕が鼻先を横切る。

 

 ……危なかった。あと数瞬判断を遅らしていたら、その拳は天魔自身に返ってきた。

 

「流石だ、それでこそ鬼の四天王だ!!」

 

 褒めてはいるが、その実驚いている。二本でこの鬼は止まると思っていた。だが違う。想定外を越し、この鬼にとっては想定内。

 

 二本じゃない、更にだ。更に深く、多く。

 

 動くと言っても、深く差し込んだ部位についてはあからさまに動きが鈍くなっている。天魔の有利は動かない……が、油断もしてはいけない。この鬼には常識が通用しないと思え。

 

(次狙うとしたら……左肩と左足)

 

 右脚と腹部を損傷した事で、萃香の動きは自然と最小限になる。攻撃の手数も減り、防御に回っていく。こうなると攻撃を仕掛ける側としては厄介だ。

 奴は警戒しているのだから。左足、左肩、右肩のどれかを。

 

(──────ではこうしよう)

 

 天魔が再度萃香に肉薄すると、案の定萃香は左半分を見せないように防御を固めた。視線から察するに、防御が左半分に傾いてるといって右肩を狙っても、重たいカウンターをくらうだろうということは、容易に想像出来る。

 

 だから、今度は蹴りを放った。右脚と腹部、血が滲んでるその部分に深く食い込むように。

 

「ぃ゛……ぅぅ゛ぁ゛……」

 

 鬼でさえ流石に傷口への追い打ちは堪えるようで、喉からくぐもった声を絞り出す。

 

 そして痛みで防御が開いた隙に、左肩の葉を深く捩じ込んでおく。

 これで三つだ。奴の先程までの威勢のある顔は鳴りを潜め、もうそこに覇気はない。

 苦悶に表情を歪め、瞳から涙が滲み出そうだ。

 

「はは、ハハハハッハハハ! 所詮貴様も女って事か! 涙脆く、誘う表情は儚げで弱々しい。なんとも脆弱で、懦弱に尽きる!!」

 

「…………ッ!」

 

「もう言葉も無いか鬼よ! せめて何様な姿を残さぬよう、細切れにしてくれる!」

 

 天魔は残りの二本を突き刺そうと加速を始めた。

 

 

───────────

 

──────

 

 後二本。それが私のタイムリミット。

 

 既に拳を振るうのさえ痛みが走り、倦怠感が付きまとう。このままでは本当に殺されてしまう。いざとなったら霧状になって……いや、あれは卑怯だ。

 

 絶体絶命。その単語が一番似合う状況だ。

 

 天魔の速さに私は付いていけず、ただ防戦一方。どうすれば勝てる……? カウンター? 腕を捨てるか? …………どれも机上。私はこんな賭けに出ないとこいつに勝てないのか。

 

 ─────力が足りない。

 

 度重なる戦闘の末、全盛期に戻りつつある私の身体だけど、まだだ。もし全盛期に戻ったとしても、まだ足りない。天魔に勝つにはもう一条件必要なのだ。

 

 なんだよ、一条件って。分かんないよ、どうやって勝つんだよ。死にたくないよ……。

 

『まぁ、そうだな萃香』

 

 これも走馬燈か。蓮華の声が頭に響いていた。

 だが不思議と不快ではない。まるで抱擁された時のような感覚。優しい温もり。

 

『最後の最後、もうダメだと思ったらさ』

 

 私は声に従うように、導かれるように──────

 

『直感に頼れ』

 

 ───────拳を突き出した。

 

 

「ぐごぅあっっっっ!!」

 

 眼前にあったのは天魔の顔。そして確かな感触。

 

「……分かった、掴めたよ。自分の限界の先の先に至る方法が」

 

「ちぃ、まぐれ当たりとは不幸な!」

 

 天魔が消える───────しかし私には分かる。

 

 今度は右肩だ。私は右斜め上方向に思いきりパンチを放つ。骨を砕くような感触。そしてそれは見事に天魔の鼻を穿っていた。

 

「がぁぁああっぁぁぁあぁあッッッッ!!」

 

 絶叫。驚きと痛みが混じった不可思議な悲鳴。天魔の頭は混乱していた。見切られたのか……と。それとも誘導されている? はたまた何か種が?

 

 天魔が行動を迷っている間にも、萃香は動きを止めない。吸い込まれるように腹部へと放たれた拳は、天魔を数m浮かす。

 臓物が掻き回される────とはこの事かと、他人事のように天魔は思いながらも、地に落下する途中、意識を覚醒させた。

 

「ヌゥあっ!」

 

 上昇、旋回。

 唯一の安全地帯である上空に逃げ、一旦体勢を立て直す。

 

「何故だ……何故奴の拳は私に当たるのだ」

 

「そりゃなんでだろうね」

 

「チッ、黙れ! 貴様には聞い……て……い…………な…………」

 

「やぁ、天魔。この空を見るの、最後にならなかったようだね」

 

 背後を振り返ると…………〝いた〟。

 

 気配も何も感じない、元からそこにいたのだとつい錯覚してしまいそうな気配遮断。

 萃香は消力を使って、ただ自分への影響力を疎めただけなのだ。そこには気配感知という干渉系統は意味をなさない。

 

 超近距離。天魔は躱すという選択肢を行うことさえ出来ず、萃香の右ストレートをモロにくらう。

 地上に落下していく刹那、天魔は見た。萃香の手に収まる物を。それは自分の服の一部。

 

(奴め……私が飛び立つ瞬間、私の服の端を掴んで共に上昇したというのか!)

 

「さぁこの中天で決着をつけよう、天魔!」

 

「ほざけ!!」

 

「『大江山悉皆殺し』!」

 

「秘法『解脱飛翔・開天闢地(ヘブンズ・ゼロ)』」

 

 天魔が広範囲の風を操り、霧の湖さえ内包してしまいそうな超大型台風を形成。それにより発生したエネルギー全てを圧縮し、萃香にぶつける。

 

 そして萃香は自らの密度を極限まで高め、超高熱体となりながら落下していく。さながらその姿は燃え尽きつつある隕石のよう。

 

 風と、熱。

 

 宇宙創世記のような、莫大な光の放出。

 まるで太陽が二つあるのだと。そう言われれば信用してしまう。

 

 ──────身を焦がす光の中で、天魔は見た。

 (自分)を、(罪過)を、そして己さえ遥かに凌駕する、正真正銘の…………(バケモノ)を。

 

 鬼の直感。既に未来視に近い領域へと到達した萃香の直感は、灼熱を越えて尚、迷うことなく拳を(天魔)に突き立てた。

 

 灼熱を感じながらも、(天魔)は天狗の未来を憂い。そして鬼の手によって、地に堕とされた。

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