崩れかけた廊下、そこに女の子の身体を回収する一人の女性がいた。その女性は生首を抱え、文句を垂れる。
「もぅ……お嬢様ったらはしゃぎすぎですよぉ。これ修繕するの私と咲夜さんなんですからね?」
「ごめんごめん……いやー、天魔って奴強かったのよ。本気を出せば大丈夫だったと思うけど、この紅魔館で暴れる訳にはいかないじゃない?」
「もう十分暴れてるんですけど」
「そんな固いこと言わないの、〝小悪魔〟」
小悪魔はため息を吐いた。
何故自分がこんな後始末のような事をしなければいけないのか。結論、あの鬼と天狗が悪いのである。
黒い翼が小悪魔の心情を表すように萎びた。
「良かったですね、私とパチュリー様が主従関係で。使い魔の送受信機能のお蔭でパチュリー様にメッセージを送って、四人の妹様共々回収してもらったんですから」
「ま、それは感謝するわ」
レミリアはフフン、と鼻を鳴らした。その態度を見るごとに、小悪魔にもフラストレーションが溜まっていく。
小悪魔は知っているのだ。レミリアはカリスマ然とした態度をとっているが、その実プリンにも一喜一憂するまだまだお子ちゃま精神だと言うことに。
(こいつ、誰かと話した途端に服が爆散する悪戯でもしてやろうか)
ーーーなんて腹黒い考えを巡らせている中、レミリアが事の端を発した。
「美鈴ったら、上手くやってるかしら」
「門番嬢がどうかしましたか?」
「いやね? 咲夜をちゃんと押さえてるかなーって」
「ああ……。確かにお嬢様にぞっこんですものね、メイド長は」
「ええ、あの子ったら……私に傷が出来るのも嫌がるのよ。だから今頃、あの鬼とかに手を出していないと良いんだけど……」
話している内に、いつの間にかレミリアの私室に着いたようだ。小悪魔は運搬時にかいた汗を拭い、私室内にある棺桶を引っ張ってくる。
それはレミリア愛用の棺桶。元は無骨なデザインであったが、今ではデコレーションされて、なんとも可愛らしい棺桶となっている。こんなの妹様にでも見られたら、即刻彼女は自殺を選ぶだろう。
「ほら、後始末は私がやりますから。入って入って!」
「ちょ、ちょっと! 押し込まないでよ! あっ、痛い痛い、関節曲がってるって!」
「吸血鬼に痛みなんてないでしょ」
「あるから! 私には人間と同じくらい─────」
「よいしょっと」
「ふぎゅ」
小悪魔に慈悲など無かった。曲がりなりにも彼女は悪魔である。人の嫌がることが大好きな、小悪魔である。
そんな危険思想の持ち主に、言い分が通るなんて甘い世界ではなかった。
「さて……魔力感知」
自分の魔力を薄く広げ、自分とは異なる魔力を見つけるのが、魔力感知である。これを極めると、魔力のあるものであれば特殊な状況を除いて感知することが出来る。戦闘能力を持たない小悪魔の、確かな技術だ。
そして見つける。反応は三つ。場所は門前だった。
「おお、いるいる! これは咲夜さんと門番嬢に……もう一人はあの鬼か」
小悪魔は現在の切迫した状況に、身震いをした。
どれだけの修羅場を見ても、これほどの一触即発した場面は中々無いだろう。各々が殺意を持ち、二人はなんとか抑えてはいるけれど、咲夜さんだけは違う。彼女はわざと殺意をばら蒔いている。物騒だなぁ。
今にも鬼に襲いかかりそうな咲夜さん。でも門番嬢が押さえていてくれるから、なんとか鬼の方も戦闘をせずにすんでいる……って感じだろうか。
当事者ではないのでなんとも言えないが、場面を見た限りそれに近いはず。
「これは面白くなってきました……!」
小悪魔は急いで門前に向かった。
彼女は欲に忠実なのである。悪魔として険呑な雰囲気、悪感情を見たいが為に、彼女は飛んだのだ。
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「だーかぁーらぁ! 私はクッション代わりに紅魔館を使っただけだよ! だからそこを退いてくれ。私はもうここに用は無いんだ」
「そうはいかない。貴女はお嬢様を害する敵。よって排除させて頂くわ」
「ちょ、だから咲夜さん、落ち着いて!」
ナイフをどこからともなく取り出し萃香に投合しようとした咲夜を、美鈴が止める。美鈴としてはこれ以上の戦いはしたくなかったからだ。
「おや、戦わないのかい?」
萃香が敵愾心を煽るように咲夜へと放った言葉は、今にも噴火しそうな咲夜の心を揺らすには十分だった。
咲夜の目つきが、メイドのものから狩人のそれへと変貌する。
咲夜が能力を発動。──────しようとした瞬間、それを察知した美鈴が咲夜の腕を掴んだ。
「ダメです、咲夜さん。この鬼はヤバイです」
「離して、美鈴」
「いいえ、離しません」
ギリギリと握られる細腕。人間である咲夜には、この強力な拘束をほどく術を持っていない。
そして力が強くなる度に、美鈴の手が自分の注目を惹いた。力強く、熱のある指。何度も触れ合った掌。今はそれが、自分を止めようと必死になっている。
「咲夜さん、聞いてください。あの鬼はもう普通じゃない」
「……普通じゃない?」
「ええ、実は私、彼女とは数日前に戦ったんですよ。でもその時とは大違いなんです。気の量も、なにもかも」
ちらりと横目で萃香を見た。両手を頭の後ろに添えながら、月を見ている。角が無ければ普通の女の子に見える彼女は、事実倒し続けてきたのだ。天狗達も、天魔も、フランドールも。
戦う度にその感性は鋭くなり、一寸のブレも許さない。そんな彼女に勝つためには、もう人間では手には負えないのだ。
「一旦引きましょう、咲夜さん。分が悪いんです」
「…………くっ!」
咲夜は歯を噛みしめた。目標は目の前にいるのに、寸でのところで届かないむず痒さ。もっと自分のナイフが鋭ければ。もっと自分の力が強ければ、彼女に打ち勝てただろうか。
「……やらないのか。じゃあ私は行かせてもらうよ」
二人をすり抜け、紅魔館の門を出る。
これ以上の刺激はここにはない。用無しだとばかりに萃香は咲夜達の視線に気付かないふりをして、姿を消した。
「あらあら、結局戦闘にはならなかったんですか?」
固まる二人の元に、小悪魔が舞い降りる。その顔はつまらなさそうで、面白味もない会話に悪態をつく口ぶりは、どこか寂しそうだ。
「……面白いものでもないでしょう。小悪魔、貴女は紅魔館の修繕に向かって頂戴」
「はーい……あ、そうだ。苛ついている咲夜さんにはこれをプレゼントします。どうぞ存分にお嬢様に使って頂けると」
渡したのは竜殺しと書かれた瓶。小悪魔は萃香に使ったのだが、彼女は耐性があるようであまり効果はなかった。無駄の長物となるよりは有効活用してほしいとの事で、咲夜に献上する。出来ればお嬢様にでも使ってあげて、戸惑う姿でも見てみたいものだ。
(つまんないなぁ……すっごくつまんない)
小悪魔は嫌なのだ。誰かの掌の上なんて事が。
(鬼ならこんな迷惑な事なんてしないで、適当に能力で幻想郷中に宴ブームでも巻き起こせば良かったのに)
そっちの方がもっと楽しかった……と、姿見えぬ鬼へと呟いた。
───────分岐点の恐ろしさとはこういうことで。
この世界も遥か昔、何かが狂って分岐したのだ……と。誰もが一度は考えるような幻想を、それが本気だと捉える者は常人にして誰もいない。
しかし、常人とは脳の造りそのものが違う賢者であれば、また別なのかもしれない。
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「蓮華、頃合いよ」
幻想の賢者がそう告げた。
リアルが少し忙しいので、更新ペースをしばらく落とします。