東方付喪録   作:もち羊

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お待たせしました。


思いっきり

 ─────まず、最悪を想定しましょう。

 

 目の前の、蠱惑を体現した女性がそう言った。はち切れんばかりの胸を両手で沿え、私達に語りかける。

 

「妖怪と人々との決裂。戦争。人々は蹂躙され、妖怪は闊歩する。その結果、両方が倒れ、命の火を消す」

 

 確かにそれは最悪だ。

 何も産み出さぬ。いや、産み出しても徒労に終わる行為は無駄以外の何物でもない。

 私達でもそれだけは避けたかった。人里の代弁者として、その代弁の意味を無くすなど、相当な痴呆でもなければやらない。

 

「でしょう。やはり人と妖怪は共存するべき。……ですが、今宵の鬼の大暴れには、貴方達も早急に対策を取りたいでしょう。今では危害がないとしても、今後ともそれが続くかは分からない。見えぬ恐怖からきた心を蝕む毒。先行き真っ暗。進んで暗闇に飛び込む人間はいませんわ」

 

 今の人々の様子は、ハッキリと言って最悪だ。不安と恐怖が混線、伝潘して、一種の歪な空間を作り出している。ワーハクタクや竹林の少女も手を貸しているが、人の声は止まらない。

 

 危ない。

 

 退治して。

 

 倒して。

 

 倒せ。

 

 殺せ。……と。

 

 事の発端はつい最近。鬼、と名乗る少女が近場の妖怪を襲い始めた。これだけだったら、博麗の巫女で事足りたものを。

 ──────妖怪の山を落とした。

 致命的だった。その報が届いた瞬間、人々は矛を取ったのだ。

 

 

───────────

 

──────

 

 

 結界が広がった。

 

 その空間内では内外の境界線上に触れると反射し、威力を何倍にして返すという。私はその結界で萃香を覆い、妖力弾を幾つか放つ。

 妖力弾は倍の威力を伴って、跳ね、跳ね、跳ね、跳ね。数を増やしていく程に萃香の居場所は少なくなり、逃げ場も無くなっていく。

 

 紫から貰った力。それは式神のシステムを応用した妖力ブースト。私は妖力が無いのがネックで、能力がエコだから良いけど、今までは妖力弾さえ放てなかった。故に、近距離に持ち込むしか私に方法は無かったのだ。

 

「……」

 

 萃香は一言も発さずただ躱している。彼女は何を考えているんだろう。

 私は彼女を否定する事は出来ない。彼女の選んだ道は決して間違っている物だと言えるような人生なんて、私自身歩んでいない。押し付けもきっとあったはずだ。こうは思いたくないけど、自己満足と片付ける事も出来る行為だ。

 

「なぁ萃香。萃香は何を見ているの?」

「…………」

「どこに向かってるの?」

 

 答えない。

 いや、分かっている。分かっていた。彼女は答えを言わない。言っても意味もない。

 真っ直ぐ視線を上げた。そこには因縁の鬼の姿。視線が交差する。逸らしてはならない。逸らしたら……なんだか負けた気分になるから。

 

「蓮華。あんたには色々教えてもらった。こうやって敵対しているけれど、あんたには感謝しか湧かないよ。それと、ちょっとだけの期待」

 

 既に萃香の逃げ場はない。あと一歩でも進めば蓮華が放った妖力弾の餌食となるだろう。

 ここが好機。そう思った蓮華は、萃香を仕留めようと歩を進めた。

 

「でもあんたは変わってないね。新しくなっても、蓮華は蓮華だ」

「萃香、私はあなたの思い描く蓮華じゃないよ」

「それでも、それでもさ。私を止めるためにこうやって戦いを挑む姿、いつかの大江山と被っちまうよ」

 

 そう言って、鬼はとうとう進みだした。一歩、一歩。大地を踏み締めるように。その歩みには迷いはなく。そしてその歩みを止める何かは無い。

 

 ─────おかしい。

 

 気づく。今萃香が行った動作。その違和感を。

 

「なんで弾が避けていくの……?」

 

 驚きを露にした蓮華。その表情が見れたことに少し嬉しさを感じながらも、萃香の足は止まらない。

 

 そして、ついに萃香は結界の端へ辿り着き……抜けた。

 蓮華の結界。それは不落と呼んで差し支えない程に固く、頑丈で、強い。中にいるものに必ず特定の効果を表す性質上、内部にいる者を閉じ込めるために生半可な出力で結界を形成してはいない。

 むしろ、その中で敵を仕留める為に破れないよう幾つか工夫もされているはずだ。

 

 そんな結界が意図も容易く。まるで散歩をするように、あっさりと解除された。

 

「なんで……」

「蓮華、あんたは変わってない。本当に何も変わってないのさ」

「変わって……ない?」

「結界でもなんでも、物体には一番集中する場所が必ずある。私はかなり昔、あんたと同じような技を使う奴と何度も戦っていてね。どこが脆いか、どこが集中しているか、もう完全に覚えきっているのさ」

 

 そして彼女は。

 

「無意識も意識の内。あんたは以前と変わってないから私に敗れる。私の存在を疎めるだけで、結界も簡単に崩れてしまう」

 

 そう言い切った。

 

「さぁて歯ぁ食いしばれ」

 

 自由になった萃香。その強靭な脚力で十数mもあった距離が一瞬にして縮められる。

 圧倒的だった。見誤っていた。慢心していた。

 伊吹萃香。彼女は決して、私との戦いで油断などしていなかったのだ。

 

 鬼の嵐のような乱撃が蓮華を襲う。

 紫のバックアップがあるとはいえ、彼女の拳を数発でも受ければこちらだってただではすまない。

 フランの時のように、我慢しながらなんて絶対に無い。確実にその凶器は私の意識を刈り取っていくだろう。

 

(固定の結界、多重展開!!)

 

 空間と同等の硬度。量ることなど不可能であり、空間内に生きている以上、空間の硬度を超える威力なんて存在しない。空間を固定したその結界は、まさしく絶対の防御。そしてそれを裏付けるように、萃香の拳を簡単に阻む。

 

(一旦距離を取って──────)

 

 だが、萃香は蓮華を逃がす気など更々なかった。

 

「慎重だね。知っていたさ」

 

 メリッ、と大気を震わせる程の踏みこみ。

 何の意味もない、ただの威嚇。けれども蓮華には、その行為がどうしても無意味だとは思えなかった。

 

「あんたは記憶を失っているけれど、別に戻らない訳じゃない。その結界の使い方が、何よりの証左さ」

 

「そしてあんたは知らない。私の能力の真意を」

 

 萃香を中心として渦巻く生暖かい風。

 

 それは徐々に、徐々に右拳へと集まっていき、紫電を灯らせた。

 

「これから見せるは己しか知らぬ鬼の奥義。はっきり言って相当痛いけど気にすんな!」

 

 確かに、萃香へと集まるエネルギー量はそこいらの妖怪を軽く凌駕する。今まで見た中でも一番、いや二番か。それほどの圧力、熱気、そして密度。

 既に萃香の拳は赤へと変わり、周りの空気を融かしていた。彼女は本気だ。本気で私にその技を叩き込むつもりだ。

 

 萃香との記憶は、まだ新しいところで終わっていた。

 萃香とは初めて戦った。

 萃香とは異様にあっさりと友達になれた。

 

 それは私自身もどこか懐かしい気持ちを感じていたからなのかもしれない。

 彼女は知っている。以前の私と言う奴を。私の心の中に眠るお調子者の女性を。

 

 正直に言うと、萃香と戦うのは嫌だし、怖い。

 ずっと綱渡りをしているようで気が抜けないからだ。

 私は笑っていたい。そして皆と笑顔でいたい。

 その為にはこんな血生臭い事なんて止めたかった。

 今にでも逃避して、チルノちゃんや大ちゃん、フランちゃんやお空とお茶でも飲んで談笑したい。

 したい……───────けど。

 

「──────私はここで逃げる訳にはいかないんだ。だって、萃香とも笑顔でいたいから。無理な相談だと笑っても良い。それでも一緒にいたいから。だから、こっちだって正々堂々と受けてやる!!」

「三歩で十分──────四天王奥義『三歩壊廃』!」

 

 一瞬だけ見えたのは、つり上がった口角。

 

 ─────ああ、ちょっとだけだけど笑ってくれた。

 

 私は最大限の結界を幾重にも張り、萃香の奥義が放たれる瞬間を待つ。

 

 

 

 

 

 

「一歩目」

 

 萃香が踏み出した。

 

「ぐ、ぇ──────────、ぁ」

 

 結界の数。正確に表すと100と8つ。

 その全てに紫から授かった妖力を上乗せして、最大限の防御を展開していた。

 

 ……私の目には硝子が割れるように散らばった結界の残骸が映っている。

 

 私の妖力はもうすっからかんで、今まででも一番の妖力を注ぎ込んだその結界は、私の自信と共に儚く散った。

 

 萃香が放ったのはただ一つ。

 

 己の拳。

 

 肩から真っ直ぐに突き出された最大の武器。

 

 その余波だけで、私の結界が全て霧散したのだ。

 

「二歩目」

 

 結界が無くなったと言えども、距離はまだあった。

 それも十数mの心許なさだが、今の私には十分だったはず。

 

 けれど鬼の一歩は容赦をしない。

 

 二歩目でその十数mは無と化したのだ。

 

「は、──────嘘っ、」

 

 私を守るものはもう何もない。

 一歩目の余波で体勢は崩され、妖力は使える分だけ全て使い果たした。

 私にはもう道は一つしかないのだ。甘んじて受ける道しか。

 

 激しい熱を纏ったその拳。

 

 圧倒的存在感を放つそれは、吸い込まれるように私の腹部へと突き刺さった。

 

 まず最初に感じたのは服の上から感じる、くっつくような鬱陶しい熱だ。まるでそれはベタついた汗のようで、服と肌に張り付いて離れることはない。

 

 次に風だ。

 私は上空に飛ばされたのだろう。

 背を伝って駆け抜ける風の鋭さと冷たさが、腹部と対称的になっていたのが印象深かった。

 

 最後に、脱力感。

 全てを投げだしたい。容易に意思をへし折る身体の不調。内容物の競り上がりを感じながら、私は天空へと意識を手放した。

 

 

 

 血飛沫が跳ぶ。

 

 空から流れる湧き水のように、口から血を吐いた。

 

 身体に力が入らない。意識も消えそうで消えないどこか曖昧な状態。

 

 あー、なんかもう疲れたなー。

 正直言って戦うの私嫌いやねん。

 

 日和見主義と言われても良いから、縁側で猫の世話をしながらごろごろしてたいねん。

 

 落ちる感覚ってなんだか嫌いじゃないかも。

 何故か恐怖は無いし逆にどこか安心感さえある。

 あの母なる大地への帰還。

 その悦びのせいなのかも。

 

 なんだか口や鼻から血がどんどん出てきてる。

 視界もなんだか紅い。

 あ、やべ。今更だけどこれ、息出来てないやつ。

 まぁいいか。息出来なくても困ることなんてないでしょう。

 

 眠たい。異様に眠たい。

 微睡みが私の奥底へと侵入してくる。

 

 メーデー。メーデー。睡魔が侵入しました。

 

 情報中枢を突破。速やかに睡魔を駆除せよ。

 

 ……ああ面白い。エヘヘ。うひひ。

 

 

「─────────三歩目」

 

 ─────────力。

 

 そう言えば、もう一つあったんだった。

 

「加速の結界。多重展開」

 

 私は重なるように結界を展開する。

 

 使ったのは、少量ばかり残っていた〝神力〟だった。

 

 落ちる速度が速く、疾く、迅くなっていく。

 

 萃香の口角がつり上がるのを確認する。

 

 さぁ、三歩目だ。

 

 私の腕は一本しかない。だからどうした。

 動かなくなってもいい。壊れてもいい。私の身体は貴女達の為にあるのだから─────。

 

「固定の結界」

 

 拳を強く握って、固定した。

 

「重力の結界」

 

 速度と威力を上げるために重さを上げた。

 

「加速の結界」

 

 そしてもう一度。保険と言わんばかりの結界を重ねがけして、萃香に挑む。

 

 治癒を使う暇はない。

 

 思いっきりぶつけろ────────ッッッ!!!

 




……実は公私共々まだ忙しく、しばらくは3~4日投稿を続けさせて頂きます。
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