紅美鈴。彼女が紅魔館を襲撃したのは他でもない。自らが管理する霧の湖に我が物顔で陣取り、周囲の妖怪に迷惑を掛けていた事に憤慨した。それだけである。
温厚な彼女は最初はこういうこともあるだろうと我慢はしていた。けれど他の妖怪を扇動し、今夜幻想郷を襲撃しようとの噂を聞いてしまったら、飛び出さずにはられなかった。
水の上を気で固めて渡り、着いたのは血で塗られたかのような紅色の館。そんな異質な空間が広がっている中、目に止まったのは更に異質な光景だった。
「妖精……?」
緑髪と桃色の髪の妖精と思わしき人物が館の前にいたのだ。桃色の髪の妖精が勢いよく後ろに下がり、そのまま湖に落下した。パニックに陥っているのか、飛行を忘れて溺れているようだ。
なにか考えるよりも私の足は駆け出していた。助けようとする緑髪の妖精を遮って、代わりに手を差し出した。
「私の手に掴まれ、妖精」
「ゲホッゲホッ、その、ありがとうございま───」
「いや、礼は要らないよ。それと今からこの場所はとても危なくなる。あなたみたいな妖精は避難してなさい」
礼は本当にいらなかった。私はただ目の前で溺れていて、放っておけなかっただけ。もし私が見ていなければ、助ける事さえなかったのだから
大きくそびえ立つ堅牢な門の前に立つ。これなら肘撃くらいで崩せるだろう。
「紅美鈴、参る!」
足と腰に捻りを入れ、最小限にまで簡略化した踏み込みの後に肘撃が放たれる。その威力は妖怪そのものの筋力と合わさって、まさに大砲のような威力を発した。当然それをまともに受けた門は無事であるわけがなく、天高く舞うのを視線の端で確認した。
門を破った先で確認できたのは、大量の魑魅魍魎。数多の妖怪が荒れた庭園を闊歩している光景だ。
「忠告します。あなたたち、即座に退きなさい」
敢えて丁寧な物言いが気に障ったのか、一つ目の筋骨隆々な妖怪が近寄ってくる。
(警戒しなさすぎだ……そこは私の間合いだぞ)
強い踏み込み───地面に靴痕が残る程の震脚で即座に接近。間髪入れずに靠撃を実行。相手の体勢を崩し、がら空きになった足下を足先で打ち込む。浮いた相手にはそのまま下突きを叩き込んで地面に沈める。
それだけの一工程を近くで見た魑魅魍魎ども。場が意気揚々としたものから静寂へと様変わりした。
「殺されたい者、気絶したい者、閻魔殿に会いたい者、全員掛かってこい。嫌ならば道を空け、自分の棲みかに帰れッッ!」
大声で一喝。それだけで集結していた妖怪達は、ぞろぞろと門から出ていった。興が醒めたのかもしれない。
けれど全員って訳じゃない。幾つかの力が強い妖怪は残っていた。
「あなた達は帰らないのかしら?」
『ぐふ、ぐはぁ。笑わせてくれる、小さき者よ。我は蛇の王。これしきの脅し、怯むわけがなかろうて』
それに釣られ、他の妖怪も砕けた笑いを浮かべる。これほどの妖怪程度、遅れをとるわけがない……と、驕りが垣間見えそうだ。
(馬鹿め。私は忠告はしたぞ)
『取り敢えずは頭蓋を砕こうか、それとも……その綺麗な脚から喰ろうてやろうか!』
目にも止まらぬ速さで、蛇の王とやらは私の脚に食らいつこうと地を這う。それを跳躍で回避。自身の気を操り気血を脚に運搬、脚を硬質化。踵落としの要領で両足共々叩き込む。
『いでぇ! てめっ────』
「穿弓腿」
片手で身体を支えながら、天に向かって蹴り上げを放つ。蛇の王とやらの顎が上がった際を狙い、相手の落ちてくる位置エネルギーを利用した発勁を見舞った。
その一連の動き、動作、全てが綺麗であるにも関わらず、その殺傷力は計り知れない。現に蛇は白目を剥き、そのまま地に伏してしまった。
『ぐ、くそ……』
他の妖怪が歯を噛み締める。
美鈴は強い。その認識が改まったからだ。
「今なら逃げても見逃すよ?」
『な、なんだとぉ! 我ら気高き妖怪に向かって、そんな愚弄を申すか! 貴様、生きて返さん!』
「うーん、逃げれる時は逃げるべきだと思うけどなぁ」
そして数分後、庭園には妖怪らの気絶した山が築かれていた。