東方付喪録   作:もち羊

71 / 71
偽者の饗宴

「ーーーーーー分かったわね?」

 

 賢者が提示した条件。それはまた別の選択肢として里のお偉方の頭を悩ませていた。

 

 結論その案は一番平和的であり、そして一番保守的でもあった。犠牲は出さない。けれど鬼の案件も片付けなければ、おちおち眠れない。

 

 その旨を一人の男がおずおずと賢者に伝えると、賢者はたった一言。

 

「その件は任せて」

 

 ーーーーと。

 

 自信満々で言い放った。

 

 その姿に人里のお偉方は気圧され、どよめきの声を上げる。

 

 だがその真相は賢者の口からは告げられず。

 

 その自信にすがれば……と淡い希望を胸に抱いた男達は賢者の提案に渋々同意する。

 

 綺麗に開かれた扇子の裏で、賢者が口角を上げている事に一切気付かず───────。

 

 

 

 

──────────────

 

────────

 

 

 ────────ハッ、馬鹿め。

 

 ────────意識を手放しやがった。

 

 ────────私を封印する妖力はすっからかん。

 

 ────────だが神力が足りん。

 

 ────まぁ萃香程度、どうとでもなるか────

 

 

 

 

 蓮華が地面に伏すのを見届けた萃香は、彼女を一瞥したあと、首を振って雑念を振り払った。

 もう彼女とは友達ではない。何故ならば私は彼女を傷付けて、蓮華の友達である萃香と決別したからだ。合わせる顔なんて無い。いや、彼女が生きていたとして、もう自分と関わることは無いから丁度良いか。

 

 そのように割りきった彼女は、自嘲気味に鼻で笑ったあと、その場を後にするべく蓮華の横を通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 ──────ガシッと。

 

 ナニかが足首を掴む。足首を掴んだその力は、思わず悲鳴を上げるほど強く。それでいて明確な殺意が肌を伝って感じられた。

 

「逃げんなよ、萃香ァ。まだ終わってないからなぁ」

 

 蓮華、と思わず口にしてしまった。確かに今私の足首を掴んだのは蓮華だった。蓮華じゃない。蓮華〝だった〟のだ。

 彼女は〝ボロボロな筈〟である体をまるで操り人形のように不自然な動きで無理矢理起こし、今度はこちらを睨み付けてきた。その真っ赤な瞳で。紅瞳じゃない。瞳が充血した、まさに血の瞳。

 私はその相貌に魅了でもされていたのか、足首を掴んだ腕が離れていた事に気付かなかった。

 

「なんだよその驚いた顔。私だよ、私。蓮華だよ。あんたのトモダチさ」

 

 自分の事をトモダチ、と詐称したそいつに喉の水分が持っていかれる。

 

「……ははは、冗談言うなよ。───────お前誰だ」

 

 極限にまで極められた鬼の直感が、こいつの危険性を何度も訴えていた。勝てる勝てないじゃない。こいつの対処法は、どうすれば戦わずにすむか、だ。

 ハッキリと言って次元すら違う不穏分子がこいつから感じ取られた。

 

「ちょっとだけマジックをば」

 

 目の前の蓮華の形をしたナニかは、そう言って服の袖を破き、無くなっていた片腕の切り口を私に見せてきた。

 

「それがどうしたんだい」

 

 相手の見えぬところで思いっきり力を溜めておく。もしコイツが変なことをしたら。その瞬間に己の全力を叩き込んで逃げてやる。………逃げるのは凄く不本意で、恥辱ものだが、どうも既に足の方は逃げようと準備を始めている。

 

(こりゃ参ったな。勝てないや、どう考えても)

 

 無意識にそう思ってしまった。

 戦う前に思うなんてどうかしてる。本当に。

 

「八雲紫印の眼帯も、ほら」

 

 彼女は更に眼帯を外し、ぐちゃぐちゃに握り潰してそこらの植木に捨てた。そしてその行動で確信した。

 やはりこの女は蓮華ではない。蓮華はそんなことする奴じゃない。現に幽々子とのいさかいの後、紫から貰ったその眼帯を後生大事そうに持っていた。あの受け取った時の笑顔は、演技では出来ない。出来て堪るか。

 

「ひひひ、じゃあやろうか。目をかっぽじってよく見てね。《創世円環・輪廻応報》」

 

 そして彼女は驚くべき事をしたのだ。

 

「腕が…………」

 

 近くにあった木々。その枝。葉。そして足元の地面。土。小石。泥。そして大気の窒素から酸素。ネオンに至るまでその無くなった腕と眼球に集まっていた。

 まるであるべき場所に戻るように。砂時計の砂が逆流するように。それは肉を、骨を、神経を形成し、創り出していった。

 

 蓮華に無かったもの。蓮華が差し出した代償。

 左腕と、右目。その二つが、まるで元から代償が無かったかのように、彼女の体へと戻った。

 

「ふぃー。これで漸く活動できる。さてっと……萃香さ。今の私は何に見える?」

「…………大化生め」

「やめろよ。そんなちんけなものと比べんなって」

「なにっ…………ごぁ───────ッッッッ! ───────ぁ─────」

 

 

 

 腹部に打ち込まれたものがなんだったのか。萃香には見ることさえ叶わなかった。けれど奴が左腕を振るった事だけは分かる。

 地面と平行に十数mも吹き飛ばされた萃香は、頭を守りながら木々をクッションとして衝撃を殺す。痛みは尋常じゃなかった。多分今の一撃で内部の臓物が幾つか破裂しただろう。それを有り余った妖力で回復させながら、距離を取れたことに安堵する。

 

「奴とは一旦体勢を立て直し─────」

「立て直してどうするの?」

「うしっ─────!?」

 

 回復に回していた妖力をフル活用し、何とかその攻撃を地面に倒れ込むことで回避する。

 萃香の頭があった筈の場所。そこに桃色の軌跡が通った。

 

「おっと、避けたんだ」

「そりゃ避けるさ。死にたくないもんでね」

 

 萃香は無防備な状態で立っている蓮華に向かって、拳を突きだす。それは今まで通りの拳を放つ為ではない。照準を合わせる為だった。

 掌には髪の毛が十数本握られており、回避を取った時に(あらかじ)め千切っておいたのだ。

 

「取り敢えず、話を聞くために無力化しようか。鬼群『インプスウォーム』」

 

 髪の毛を触媒として、己の力の一部を持った分身を造り出し、蓮華へと差し向けた。

 力を一部とはいえ、あの萃香が元なのだ。造られた小鬼だとしても、並の妖怪よりは力が強い。

 それが十数匹。蓮華は何故か一歩も動かず、小鬼萃香に囲まれて覆い被される。

 

 鬼の群がうじゃうじゃと蠢き、内部で光と爆発が起こる。小鬼達の攻撃が始まったのだ。命の有無を含まない、容赦無しの弾幕が散らされ、小規模の爆発を見舞った。これでは流石の蓮華と言えど、幾らかダメージは受けるだろうと高を括って。

 

(よし、ある程度回復は済んだ。蓮華もこれくらいでくたばる魂じゃなし。……いや、こいつが蓮華だと決まった訳じゃない。最悪この手で……)

 

 ーーその時だ。

 

 爆発が起こる。

 

 ここら一帯を吹き飛ばす程の、強すぎる閃光と威力を伴った爆発が。

 

 当然それは萃香も例外ではなく。

 

 いきなりの出来事に為す術も無かった萃香は咄嗟に体を守ったものの、爆発の余波で上空へと吹き飛ばされてしまう。それこそ広大な魔法の森が見えてしまう程に。

 

(──────っ、一体何が──────)

 

 直下を見下ろす。蓮華を拘束していた小鬼達は跡形も無く消えてしまい、自分達が今までいた場所は地形が変わるほど抉り取られていた。

 

 そして萃香の視界に映る物には、一つだけ要素が足りなかった。

 

 ーーーーー蓮華だ。蓮華がいないのだ。

 

 地上を見回して、妖力を探っても。今まで目の前にいたその存在が、まるで神隠しのように消えていた。

 代わりに聞こえたのは、バシュっと何かを射出する音。初めて聞く音だった。

 〝その音は徐々に徐々に徐々に間隔と距離を縮めている〟ようで、次第に未知への不安が募る。

 

 〝物体が近付いている〟と感付いたのは、その音の間隔がほぼ無くなり。そして己の前髪を舞い上げる突風が吹いたのと同時だった。

 

「気付いた時には既に遅い」

 

 萃香は理解した。バシュっという音。それは詰まりの悪い栓を掃除して、中に流れる物を取り出す時の音。

 〝姿を消した蓮華〟は、どのようにしたのかは不明だが、何らかの仕掛けをして気配を消し、調節していたのだ。己の力を。萃香を殺す為に必要な力を取り出すために。

 

 爆発は試運転。一回栓を外しただけだ。

 

 萃香はただ、分かってしまった自分の思考を恨むように、静かに姿を消していく。

 己の密度を塵以下にまで疎めて、大気と一体化する。

 ーーー〝そうしないと死ぬからだ〟。

 

 一筋の雷が空を割った─────。

 

 垂直に、愚直に放たれたソレ。

 大気の塵ごと排除する意思が感じ取られた殺意の一撃は、空を覆う入道雲を貫通、一瞬にして散らし、大気圏を越えて暗き海へと突き進んでいった。

 

 余波は小惑星を軒並み破壊し、遥か彼方の別の惑星にも多大なる衝撃を与えた。

 瞬きする間に起こった一瞬の号砲。

 音も無し。風も無し。人々の目には突然雲に穴が開いたとしか見えなかっただろう。

 

 もし、萃香の対応が一瞬でも遅れていたら、彼女は今頃宇宙の旅を体験していた。

 

 そして驚くべきは威力だけではない。

 

(……ハッキリと見えていた。蓮華がこちらに突撃する瞬間も。そして何をしてこうなったかも)

 

 萃香は恐怖を感じた事は何度かある。

 

 萃香は諦めを抱いた事も何度かある。

 

 しかしそれら全てを越えて、今ここに萃香がいるのだ。

 

 だが今回。萃香の胸中に沸き上がったのはそんな感情が霞むほどの……〝呆れ〟だった。

 

(蓮華はただ、ただ蹴ったんだ。空中で、私の目の前で、腹を抉り取るように)

 

 大気の中に混じっていた粒子が集まり、霧状になっていた姿は元の姿を取り戻す。

 

 ……つべこべ考えている時間なんて無かったのだ。

 

 やれることは一つだけ。

 逃げることも、見なかった振りをすることも。

 今の萃香の選択肢に無かったのだから。

 

「ちぇっ、当たらなかったか」

 

(蓮華は飄飄としているけど、蹴ったときの衝撃は自己にもかなりの負担を掛けたはずだ)

 

(その証拠に、未だ動きを見せず、蹴ったままの姿勢で固まっている)

 

(この瞬間がチャンスなんだ! 力を全て使って、蓮華にとりついた悪いものを排除する────ッッ!)

 

 自分の体を一度崩し、蓮華から見て遥か上空へと姿を現す。

 

「萃香ぁー! なぁーにしてるのぉー!」

 

 大声で叫ぶその姿は紛れもなく蓮華で。

 声も、顔も、仕草すらも一緒で。

 

 でも、友達だから分かる。

 

 今あそこに潜んでいるのは悪意だけだ。

 

 どうしようもない不浄物だ。

 

 あんなもの、蓮華であるはずが無い。

 

 

 

 ─────天に炎が咲いた。

 

 ─────想いを形に。形を炎に。

 

「……鬼火『超高密度燐禍術』」

 

 業火が渦となり、萃香に巻き付いていく。

 空気を蹴り、一直線に落ちていく炎の塊。それは青空に軌跡を描く一つの隕石のようでーーーーー。

 

「ハハッ、決着着けようって事ね! オッケー、オッケー! これから先萃香には居てもらうと困るから、ここで楽に済ましてやるよ!!」

 

 その隕石に立ち向かう一匹の蓮華。

 

 右手には高密度の結界が張られており、それごと萃香にぶつけるようだ。

 

 両者とも、目的は違えどすれ違う。

 

 蓮華と萃香との始めの戦い。それが回り回って因果のように。ここで決着を着けようと囁いていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:15文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。