転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

10 / 25
本筋に全く関係ありません。スキップ可能。
一郎がシドーくんにお酒を呑ませるだけの話。

本編は今日中に投下します。


9.5.酒宴(閑話)

 ***

 

 

「うわっ、お酒くさーい!」

 

 という幼い声が、唐突に耳朶を打った。

 開け放たれた扉からは、一条の陽光が差し込んで、目を刺すかのようである。

 部屋にたちこめる酒気が、いっせいに動く気配がした。清浄な外気を求めて、空気が扉へと殺到したのだ。

 そのような変化をもたらした幼馴染みの姿を認めて、一郎は、ようやく夜が明けたのを知ったのである。

 

「ん、めぐみか。そうか、もう陽が登ったんだな。――おはよう、めぐみ」

「おはよう、一郎くん。どうしたの、酒盛りなんかして。一郎くんって、お酒飲む人じゃなかったですよね。そもそも中学生が飲んだら身体に――え」

 

 めぐみは固まった。

 何気なく見渡した部屋の片隅。ひとり暮らしの一郎だけが使うはずの、寝台。それが、人型に盛り上がっていたのだ。

 

「うそ。なに、それ」

 

 めぐみは、しぱしぱ目を瞬いた。

 何か信じられないものを見た、という顔。

 というより、目の前の現実を信じたくないとでもいうかのように、顔をまっさおにして、やがて覚悟を決めたかのように、恐る恐る一郎を見やる。

 

「ああ、それか」

 

 一郎はあっけらかんと、テーブルにどかどかと並んだ酒瓶を示す。

 

「この惨状と関係があるんだけどね。お客さんが泊まってるんだよ。作家仲間の集まりがあったんだけど、意気投合して、ウチで呑んだんだ。――ほら、獅童先生。朝だよ。起きれるかい」

「う”う”う”」

 

 布団越しに、くぐもったうめき声が響いた。低く響く、男の声である。

 

「二日酔いかな。今のところ吐いてはいないけど、今日は一日しんどいかもね。獅童先生、吐ける? 吐いちゃったほうが楽になるよ」

「う”あ”あ”」

 

 ゾンビのように呻いてばかりの獅童に、「こりゃダメだな」と一郎は苦笑する。

 枕元には嘔吐用のビニル袋があった。一郎が置いたものだ。

 

「ひょっとして一郎くん、ずっと見守ってたの?」

「ずっとじゃないけどね。ちょびちょびやりつつ、小説のネタ出ししながら、その合間に」

 

 寝ている間に嘔吐すると、吐瀉物で窒息死するおそれがある。それで、一郎は獅童の様子を確かめながら、一夜を明かしたのだった。

 すっかり事情を飲み込んだめぐみは、破顔する。

 

「そっかー。大変だったねー」

「うーん。こればっかりは僕のせいだからなぁ」

 

 他ならぬ一郎が、獅童を酔い潰したのである。

 

 

 **

 

 

 きっかけは些細なことだった。

 

「あれ、お酒の瓶とお猪口がある。一郎先生のお酒ですか?」

 

 食器棚の奥にしまい込んでいた酒瓶を、獅童が見つけてしまったのだ。

 

「そうだけど、普段は飲まないよ。成長期の飲酒は脳の発達を阻害するというし、なにより、呑んで書いた文章は碌な出来にならない。だから、特別なお祝い事があった時とかに、軽く嗜む程度にしてるんだ。とは言っても、一度開けたら早く呑まないと味が変わってしまうから、そういう時でもなかなか開ける決心がつかないんだけどね」

「一郎先生って、中学生ですよね」

「ああ。中学生だから、自粛してるんだ」

 

 などと噛み合わない会話をしながら、酒瓶をテーブルに並べる。かと思うと、そのまま、流れるような自然な手つきで開栓してみせた。

 

「一献どうぞ。ほら、お猪口を出して」

「え、お酒はちょっと苦手で……。というか、中学生がこんなこと勧めていいんですか」

「お酒が苦手っていう若い人、多いよね。それじゃあ、これかな。騙されたと思って、ひと口」

 

 一郎は、いつになく強引だった。

 そして獅童は善人で、しかも押しに弱かった。

 

「そ、それじゃあ」

 

 恐る恐るひと舐めして、一拍の間。

 獅童は、かっと目を見開いた。

 

「お、美味しい! なんですか、これ。すっごくフルーティで、口当たりが爽やかです。お米ですよね、原材料。お米でつくったお酒って、こんな香りがするんですか!?」

「気に入ってくれたみたいで良かった。大吟醸『雪下香梅』。若者向けの、飲み口爽やかで香りの良い、フルーティーなお酒なんだ」

 

 大吟醸と言われたところで、その意味するところは、獅童にはさっぱり分からない。けれども、それが良いものだということは理解できた。

 

「お酒って、もっと酸っぱくって、うっとくる酒臭いものかと思ってました。こんなお酒もあるんですね」

「スウィーツと同じで、大量生産の商品もそれはそれで美味しいけど、ひと手間かけて作った一品はまた格別だからね」

「ああ、言われてみれば確かに、そういうものですね」

 

 納得の頷きを返して、酒をひと舐め。かと思えば、思いきって一口に呷ってしまった。「美味しい!」と感動の声を漏らす。

 その様子に、すっかり気を良くした一郎である。彼は、自分の好きなものを、好ましい友人と共有できることが嬉しかった。

 ましてや友人と酒を酌み交わすのは、生まれ変わって十四年の人生で初めてのことである。ついつい調子に乗ってしまうのも、無理からぬことであった。

 

「じゃあ、これはどうかな。久保田の『萬寿』っていうお酒なんだけど」

「へぇ、縁起の良い名前ですね。どれ、一口。――――すっとした飲み口ですね。雑味が無いっていうんでしょうか、すごく純粋で、まるで水みたいです。水といっても、味がないわけじゃないんですけど、ああ、なんと言ったらいいのか!」

「分かるよ、その気持ち」

 

 一郎は愉快そうに笑った。

 なんでも描写しないと気が済まないのは、物書きの性である。

 

「同じ酒蔵の『翠寿』ってのもあるよ」

「こっちは辛口なんですね! 同じメーカーなのに面白いです。どっちも美味しいですけど、僕は『萬寿』の方が好みですかね」

「流石、獅童先生。するどい舌をしてる」

「えへへ、そうですかね」

「そんな先生には、面白いのを。『くどき上手』っていう純米吟醸でね。季節毎に使うお米を変えてるんだけど、これは、岡山の雄町米ってのをわざわざ取り寄せて作った、山形のお酒だよ」

「へえ、季節毎に! ……ん。これもフルーティで、しかも甘口なんですね」

「『獺祭(だっさい)』はどうかな。総理大臣が某大統領に贈ったことで有名になった、山口のお酒なんだ。これは磨き三割九分のやつだね」

「磨き、ですか?」

「精米歩合のことだね。お米から、雑味の原因となるタンパク質なんかを削って、どれだけ残すかを表してるんだ。数字はそのパーセンテージ。三割九分からが大吟醸と呼ばれる等級だよ。こっちの磨き二割三分のと飲み比べてみようか」

「んっ。これも、こっちも、まるで水みたいに飲み口が澄んでます。お酒って、こんなに美味しいものだったんれすね」

 

 どれくらいそうしていただろうか。

 ふと気が付けば、一郎は手を止めて、真面目な顔で獅童を見据えていた。

 一郎の変化に気づいた獅童も、居住まいを正す。

 

「遅くなったけど、刊行決定おめでとう。ささやかな酒宴で恐縮だけど、獅童先生のお祝いだ」

 

 不意にあたたかな言葉をかけられて、獅童は感動にむせび泣いた。

 

「あ”りがとうごじゃいまずっ!」

 

 とろんとした瞳。紅潮した頬。涙といわず鼻水、涎を垂らして感涙にむせぶ獅童を見て、

(あ、これは駄目なヤツだ)

 と一郎は直感した。

 果たしてその直感が正しかったことは、しばらくも経たぬうちに証明された。獅童は、酒癖が悪かったのである。

 

「こんなの水じゃないれすかー。味のついた水ぅ! くぅーっ、飲み口がたまりましぇんっ!」

 

 などと騒ぎながら手酌で酒をかっ喰らい、

 

「ふっ、ふははははっ! こっちの水はちょっと辛口で、こっちの水は甘口れすねっ。ほっ、ほっ、ほーたる来ーい。こっちのお酒はあーまいぞー」

 

 ついには歌い出す始末である。

 一通りお酒に舌鼓を打ったら、こんどは夢語りが始まった。

 

「僕はねぇ、自分でかんがえたすうぃーつをぉ、店頭で販売してもらうのが夢なんですよぉお。家族そろって食べてもらえりゅ、しょんなお菓子が作りだいんでしゅ!」

「うん、うん。素晴らしい夢だね」

 

 かと思えば、お酒の感想に逆戻りする。

 

「どうしてくりぇるんれすかぁ。こんな美味しい水出しゃれたら、もう、普通のお酒にゃんか飲めましぇんよぉ!」

「はは、それは良かった」

 

 話題を夢へと引き戻し、そしてまたお酒の感想に立ち返りと、二つの話を延々と繰り返す。こうして千日手とでも言うべき、混沌の相を呈してきた。

 それだけではない。一郎が、あんまり気持ちの良い合いの手を入れるものだから、どんどん話題の転換は早くなる。

 

「僕の夢はねぇ――」

「オリジナルのスウィーツを、お店とコラボして売ってもらうことなんだよね」

「そう、それなんでしゅ! それで、このお酒なんでしゅけど――」

「お水みたいに飲み口が良くって、美味しいよね。あ、でも水も飲んでね。じゃないと後で地獄を見るから」

「しゃすが先生! よく分かってりゅ! それで、僕の夢なんれしゅけど――」

「お酒がお水で美味しくって、夢はオリジナルスウィーツだよね」

「そうなんれふ! そのお酒なんれしゅけど――」

 

 あまりに早くに話題が転がるものだから、もはや何巡したか分からない。

 

(うん。絡み酒だなぁ)

 

 一郎は苦笑した。

 そういう人の相手は心得ている。

 対処法は三つある。ひとつは、第三者に酔っぱらいをに押しつけることである。しかし、ここは一郎が独居する、侘びしい庵である。救世主、あるいは哀れな被害者になりうる人物はいない。

 ふたつ目は、こちらも酔っぱらうことである。これは即座に却下された。一郎は笑い上戸である。絡み酒の獅童と組み合わされば、混沌が顕現する。収拾がつかなくなる。

 となれば、いまひとつの方法しかない。即ち、酔い潰すことである。

 

「ささ、先生。こっちのお酒も美味しいですよ」

「ほっ、ほっ、ほーたる来ーい! いやぁ、今日は、なんてぇ楽しくってぇ、刺激的な日なんれしょう!」

 

 ――この数年後、獅童は念願のコラボ商品を出すこととなる。

 ただし、それは、オリジナル銘柄のお酒である。それというのも、紆余曲折を経てフルドライブ文庫から出版されることと相成った「スウィーツ大好き女子高生のほんわか酒造ラノベ」が大ヒットを飛ばしたからだ。

 確かに、この日のふたつの宴は、獅童にとって良い刺激となった。晩年になって、彼は語る。あの打ち上げ会がなければ、自分は今、こうして小説を書いていなかったかもしれないと。だが、その後の酒宴は、いささか刺激が強すぎたかもしれないと。




4,111文字

オッサンはお酒が好きという偏見に則りました。

最近、美味しいお酒を呑んだので。
一年に数回しか呑まないんですけど、今回のは格別。十六種類の大吟醸飲み放題コースでした。
お酒のことはよく分かりませんけど、高いお酒は格別ということがよく分かりました。
お酒が嫌いという方は、是非、今回取り上げたお酒を試してみてください。特に雪下香梅とくどき上手が美味しかったです。
また、お酒が好きな方は、甘口で口当たりの軽いお酒を教えていただけると嬉しいです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。