転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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熱を出したり、休日出勤があったりしましたが、なんとか日曜の内に投稿できました。

今回の投稿に併せて、第一話を修正しました。
具体的には、学校では本名が明かされているという設定に変更した為、「山田」から「転校生」へと担任の発言を修正しました。


10.妖精島の三泊四日・上

 ***

 

 

 

「見なさい。人がゴミのようよ」

 

 はるか眼下でうごめく人々の営みを、そんなふうにエルフは形容した。

 

 広大な大地に、おおきな山々が連なっている。

 山々は、巨大な巌である。

 その合間の、わずかな平地にびっしりと、まるでフジツボのように、人は窮屈そうにひしめき合っている。

 かくも巨大な巌に引き比べて、人々のあまりにちいさく矮小である様は、なるほど、塵芥の喩えが似つかわしい。

 エルフは、まるで大自然の代弁者であるかのように、人々の矮小さを語るのだった。

 

「そうだね。こうして見ると、ついさっきまであの箱庭を見上げてたのが信じられない」

 

 機上の人となった一郎は、執筆道具(ポメラ)から目を上げて歎じた。

 窓の外に広がる驚異。

 今にも人の文明を呑み込まんとするかのような、山々の威容。それに対する、敬意の念。

 日本人がすっかり忘れてしまった感情を、エルフの幼くみずみずしい感受性は、一郎に蘇らせてくれたのだ。

 

「神々しいな、エルフさんは。ひょっとして巫女かな」

「ほーっほほほっ。もっと褒めてちょうだいっ」

「何をバカなことを言ってるんだ、君たちは」

 

 ムラマサの呆れた声が、通路の向こうの席から飛んでくる。

 手狭な飛行機の中である。エルフの高笑いは、周囲の注意を引いた。そうした恥と迷惑を知らぬエルフの蛮行を止めるべく、ムラマサは制止の声を上げたのだった。

 しかし、ひょっとしたら、制止の声をかけた本人の方がずっと人目を引いたかもしれない。なんとなれば、ムラマサは今や絶滅したと思しき、和装の美少女なのである。

 

「頼むから静かにしてくれよ、エルフ。一郎先生も、あんまり調子に乗せないでくれ……」

 

 ムラマサの隣の席では、マサムネが頭を抱えていた。

 そこから通路を挟んだ反対側。三人席には一郎とエルフそして獅童が、通路から順番に座っている。

 仲良さそうに馬鹿をするエルフと一郎のとなりで、可哀想な獅童は恥ずかしそうに縮こまっていた。

 そんな獅童なんぞ知ったこっちゃないと、エルフは悪戯に笑う。

 

「あら、威勢がいいわね。さっきまで心底恐ろしそうに小さくなってたムラマサちゃんとは思えないわ」

「なっ」

 

 ムラマサは、日本人形ような白い頬を羞恥で染める。

 

「可愛かったわね、飛行機が離陸する瞬間のムラマサちゃんときたら。ぎゅっと肩を縮こませて、ぐっと拳を握って、足は爪先までピンと伸ばして。飛行機は落ちないわよって何度言っても、そんなこと信じられるかって顔してたもの」

「そ、それは、だが、こんな大きな鉄の塊が空を飛ぶんだぞ。そんなのおかしいじゃないか!」

「ムラマサ先輩ってたしか、バリバリのSF書いてたよな。科学的なことは得意だと思ってたんだけど、意外に……」

 

 ポンコツなんだな、という言葉を呑み込むマサムネであった。

 ムラマサは、じんわり涙を滲ませて抗議する。

 

「だって、SFはサイエンス・フィクションじゃないか。あくまで作り話であって、現実に飛行機が浮くこととは関係がない。だから、こんな鉄の塊が飛ぶだなんて、信じられなくてもおかしくないもんっ」

 

 日本刀みたいに目つきも言葉も鋭いムラマサであるが、マサムネの前ではときどき言動が幼くなる。きっと、自宅で気を抜いているとき、全幅の信頼を置く家族の前では、こうして幼く拗ねるのだろう。

 さて、この発言に食いついたのは、ストイックな一郎である。彼は、作品づくりに必要な知識の吸収に余念が無かった。

 

「古典力学は単純明快だよ。飛行機のスペックと、速度と揚力の関係さえ知っておけば、中学生でも飛行機が落ちずに空を飛べることを数字で証明できる。流体力学を考慮に入れないから、そこはやっぱり大ざっぱになるけれど、まぁ気休めとしては十分だよ。どれ、ひとつ証明してみよう」

 

 言うなり、一郎は紙とボールペンを取り出して、つらつらと数式を書き連ねる。

 

「それって、高校で勉強する内容だったと思うんですけど。最近の中学生は進んでるんですね」

「いや、一郎先生が特別なだけだと思う。なにせ現役高校生の俺が、ついこないだ習ったばかりの内容だからな……」

「ねー。そんなことより、外見なさいよ、外をー」

「お。そろそろ海が見えてきたな」

「そうよ、海よ! これからわたしたちが行くのは、南国の孤島。神秘の島。地上最後の楽園よ。つまらない勉強の話なんかしてないで、しっかり期待に胸を膨らませてなさい。絶対期待を裏切らないから!」

 

 

 **

 

 

 この姦しい一行が南国の孤島へ向けて旅立つこととなったのは、例によってエルフの提案が発端である。

 

「それじゃあ、南の島に遊びに行ってみない? わたしの家が所有するプライベートビーチ付きの別荘があるの」

 

 というような話題が、先日の打ち上げ会で飛び出したのだ。

 その話題のきっかけとなったのも、やはりエルフである。彼女は、全力で四人の同業者をからかっていた。

 

「えー、台湾に行ったことないの? あんな素晴らしいイベントに行ったことがないだなんて、弱小作家は哀れだわ!」

 

 エルフによれば、売れっ子ラノベ作家は台湾のイベントに招かれ、下にも置かぬ歓待を受けるのだという。台湾に招かれることが、ラノベ作家としての実力をあかしだてるとすら宣うた。

 全力で己が力量を誇り、さんざん他者を罵ったエルフであるが、そのまま斬り捨てにするような冷血漢ではない。

 

「それじゃあ取材をかねて、皆で台湾旅行に行くってのはどうかしら」

「でも俺、海外旅行に行ったことないし、パスポートなんて持ってないぞ」

「僕もです」

「私もだ」

「右に同じ」

「えー、それマジで? パスポートが無いって、マジでみんな海外旅行に行ったことないの? 国内旅行オンリー? 国内旅行が許されるのは中学生までよねー」

 

 などと力いっぱいからかいの言葉を投げつけてから、先ほどの提案が飛び出したのである。

 

 

 **

 

 

 そのようなわけで、一行は、この何処とも知れぬ南の島へとやってきた。

 

「結構な長旅だったなぁ。飛行機に乗ってからタクシー、フェリーと乗り継いで、ようやく南の島だ。というか、ここは一体どこなんだ?」

 

 移動に次ぐ移動で、マサムネの距離感はすっかり狂ってしまっていた。

 

「沖縄のあたりだとは思いますけど……」

 

 自信無さげな獅童の隣で、一郎は、身を屈めて草木をためつすがめつしている。

 

「確かにこの植生は、亜熱帯気候のそれだね。沖縄とかもっと南の、赤道に近い地域で見られるものだ」

「えっ。一郎先生、分かるの?」

「これでもファンタジー小説で生計立ててるからね。よりリアルな世界観を作るために、地理の知識や宗教、民俗学は良い参考資料になるんだ。どれ、ちょっと触ってみようかな。ついでに味も」

 

 躊躇無く雑草を口に含む一郎から、マサムネはそっと目を逸らした。雑草のとなりには、本土で見かけるそれよりも一回り大きい、変わった蟻がいたのだ。

 天を仰いで、手でひさしをつくる。

 

「うーん。同じ夏でも、南の島の夏はカラッとしてるんだなぁ」

 

 思えば、船から下りたとたん、がらりと空気が変わった。

 あまりに渇いている。カラッとした空気が鼻に詰まって息苦しい。ひょっとしたら、あたりの埃が、僅かな水気さえ吸いつくしてしまうのかもしれない。

 船の上では、ずっとぬるりとした潮風に吹かれていたから、陸に上がってしまうまで、この劇的な空気の変化に気がつかなかったのだ。

 

「とりあえず、写真でも撮るか」

「そ、そうですねっ」

 

 マサムネと獅童は、カメラを構えて、おやと戸惑った。

 それは、到底カメラに収まりきらない絶景だったのだ。

 碧い海から、白の砂丘に波が打ち寄せる。

 波打ち際には、さまざまな色の貝殻が落ちていて、しばらく歩いた先には、ヤシの木が潮風に高くたなびいていた。

 雲が近い。ヤシの木の指す先では、まるでそれが天球を覆う薄布であるかのように、白い雲が平坦に流れている。その平坦さが、距離感を狂わすのだ。手を伸ばせば掴めそうである。

 何から撮影したものかと考えあぐねて、マサムネは視線を巡らせた。

 ふと、和装の少女が目に入る。

 

「ムラマサ先輩は、カメラ使わないんだな」

 

 文明に利器に疎いムラマサである。スマートフォンはもちろん、カメラも携えてはいない様子である。

 その代わり、ヤシの木にそっと手をつき、ザラザラした手触りを楽しむ。目を閉じて、カラッとした空気を喉で味わい、遠い潮騒に耳を傾ける。

 彼女は、五感いっぱいに感じ取った自然を、記憶に焼き付けようとしているかのようであった。

 

「そっか、そうだよな。景色だけじゃなくって、もっといろいろあるもんな」

 

 マサムネはカメラをしまって、空いた手で土へと手を伸ばす。

 

「とは言っても、一郎先生みたいなのはやり過ぎだと思うけど」

 

 一郎のことである。感触に匂い、味まで堪能した彼は、執筆道具(ポメラ)を取り出して、嬉しそうに描写しているに違いない。

 そう思って姿を探すものの、彼はいつのまにか姿を消していた。

 

「あれ、どこ行ったんだ。そういえばエルフのヤツもしないし、ひょっとして置いてかれたのか!?」

 

 さて、その一郎である。

 彼は今、マサムネたちから完全に姿の隠れる岩影の向こうで、エルフと向かい合っていた。

 

「この辺でいいかしら。ここまで来れば、あいつ等には聞こえないでしょう」

「それで、いったい話というのは何かな。悪戯、もといサプライズの演出の相談なら、喜んで話に乗るけど」

 

 エルフは、いつになく真剣な表情をかたちづくった。

 

「今回はそういうんじゃないの。話っていうのは、わたしとマサムネと、ついでにイチローのことよ」

 

 一郎は微笑みをひっこめて、唇を引き結ぶ。

 心当たりは、ひとつしかなかった。

 

「そろそろ勝負を決めることにするわ」

 

 エルフは、腰に手を当てて宣言した。

 

「あんたも気付いてるでしょうけど、あいつってば強敵なのよ。RPGに喩えるなら、ラスボス級に頑固なの。ラスボスを倒すには、それなりの準備が必要だわ。光のオーブとか、伝説の剣とかね」

 

 難事に挑むのが好きなエルフである。彼女は、楽しそうに語った。

 

「しっかり舞台を整えて、マサムネに一世一代の大勝負を仕掛けるの。その為に、イチローにも協力して欲しいの。と言っても、何か相談したり、面倒なことをさせるつもりはないわ。ただ、ちょっとだけ二人にしてほしいの」

 

 一郎は、なんと言おうか逡巡した。

 残酷な言葉である。好いた相手が、恋の成就に協力しろと言ってくるのだ。

 

「お願い。正々堂々、正面から勝負したいの」

 

 と言うエルフの様子に、おや、と一郎は目を見開いた。

 一郎が思うに、こんなときエルフは、最高に面白いでしょ、と言わんばかりの態度を取る筈である。

 なんとなれば、エルフの感性はズレている。彼女の頭のなかは、いつも対戦ゲームをプレイしているらしいのだ。だから、おおかた、はらはらドキドキの胸躍る真剣勝負のルール説明をしている感覚でいるに違いないと思っていた。

 それが、どうしたことか、エルフにしては大変珍しいことに、ばつが悪そうな顔をして、

 

「とはいえ、あなたが嫉妬する気持ちも分からないじゃないわ」

 

 一郎を慮る発言をしたのである。

 

「だから、イチローにもチャンスをあげる。特別に、わたしと二人になる機会をあげるわ。ただし、わたしの攻略戦に協力してくれたら、そのご褒美としてよ!」

「そういうことなら」

 

 一郎は肯た。

 悠長に長期戦の構えでいるが、それでも、意中の相手が他人に懸想する姿を見せつけられるのは、楽しいものではない。

 けれども、そういうところも含めてエルフなのだ。惚れた弱みというやつである。無茶苦茶な想い人に振り回されるのも、新鮮で味わい深いものだと一郎は思っていた。

 何より、エルフの心を本当に奪おうと思ったなら、彼女の思い通りにさせるより他にない。思いきり、満足いくまで走らせて、未練を断ち切らせなければならない。エルフはそういう切り替えができるし、逆にいえば、そこまでしなければ心をこちらに向けさせることはできないと確信していた。

 果たしてエルフは、ほっと安堵の息をついて、端的に説明する。

 

「わたしが右の耳を触ったら、気を利かせてほしいの合図よ。しめやかに退散すること」

 

 と言い放つと、くるりと反転。背中を向けて、

 

「そして、こっちの耳を触ったら、後を追いかけてきて」

 

 ご褒美をあげるわ、と左耳を弄りながら告げるのだった。

 

 

 ***

 

 

 マサムネ達の元に戻った二人を待ち構えていたのは、意外な人物であった。

 

「げっ、兄貴!」

 

 悲鳴をあげるエルフの前には、金髪碧眼の美丈夫が腕を組んで佇んでいた。

 森を背景に優雅に立ちつくす姿は、ファンタジー映画のワンシーンのようである。ただし、黒のスラックスに白のワイシャツという、現代地球感のあふれる出で立ちではあったが。

 

「こら、お客様を置いて先に行くんじゃない」

 

 と叱咤を降らせた彼は、一郎に向き直ると、頭を下げた。ただのお辞儀でありながら、どこか気品漂う優雅な所作であった。

 

「お久しぶりです、一郎先生。今日は案内役として、私も島に滞在することになった」

「しばらくぶりです、クリスさん。お世話になります。それと、ごめんなさい。実は、僕がエルフさんに無理を言って、海辺の生き物を見せてもらってたんです」

「なるほどな。ああなった一郎先生なら、そういうこともあるかもな」

 

 マサムネは頷いた。

 普段は大人びて人を困らせることをしない一郎であるが、小説が絡むと人が変わる。周りが見えなくなるのだ。

 

「そうですか。それなら良かった。いつも迷惑をかけてばかりの妹でも、先生のお役に立てたのなら、何よりだ」

「ちょっと! わたしがいつ、誰に迷惑をかけたっていうのよ!」

 

 反応は劇的だった。

 

「俺、エルフにほぼ毎日遊びに付き合わされてるぞ」

 

 マサムネがまっさきに手を挙げ。

 

「私もひ、卑猥な水着の着用を強要されかけたっ」

 

 ムラマサが、身をかき抱きながら同調し。

 

「はは……」

 

 獅童は苦々しく頭を掻いた。

 そんな面々の反応に、申し訳なさそうにも満足そうにも見えるクリスである。

 彼は、慰めるように、フルドライブ文庫の内部事情を打ち明ける。

 

「ちなみに、編集部には山田エルフ対策チームが存在します。別名、山田エルフ先生被害者の会とも言います。――分かったか。お前はもうすこし、自分の態度を改めるべきだ」

「あんた達、裏切ったわねっ! イチロー、なんとか言ってやってよ!」

「うーん」

 

 一郎は唸った。

 五対二の圧倒的劣勢である。ランチェスターの法則に従っても、民主主義の原理に則っても、等しく勝ち目はゼロである。

 果たして一郎の決断は、戦略的撤退であった。

 

「立ち話もなんだし、先を急ぎませんか。見れば皆、取材は一区切りついたようだし」

 

 そのようなわけで、エルフへの糾弾はひとまず棚上げして、一同は別荘へと歩を進めることとなった。

 その道すがら、雑談を交わす。

 

「エルフ。君の山田という筆名、本名だったのか。聞けば、兄君の名も山田というではないか」

 

 いつの間にか親しくなったのか、ムラマサがエルフに話しかける。

 

「本名じゃないわ。兄貴の苗字の『山田』を、ペンネームとして使わせてもらってるの」

「では、君の本名は何というんだ」

 

 ムラマサが、興味津々といったふうに尋ねた。

 おや、と一郎は思う。あのマサムネにしか眼中になかったムラマサが、余人に興味を示したのだ。先日の打ち上げ会でだいぶん打ち解けている様子だったが、それでも、ついぞ下の名前で呼ぶことのなかったムラマサがである。

 それが嬉しいのか、エルフは上機嫌に笑う。

 

「くふふっ。知りたいの? でもダメよ。乙女の秘密ってヤツね。どうしても知りたくば――」

 

 もったいつけるエルフを遮って、

 

「私が教えよう」

 

 クリス氏の、低くて力強い声が響く。

 

「妹の名前はエ――」

「わぁぁぁあ! 言わないでよ、わたしのミステリアスで神秘的で神々しいイメージが崩れちゃうでしょ!」

「だが、一郎先生は既に知っているではないか」

「えっ、そうなのか、一郎先生」

「エルフさんとはクラスメイトだからね。一緒に机を並べて勉強する仲だよ。といっても、たったの一日だけだったけど」

 

 転校初日こそ顔を出したものの、エルフは、以降ずっとクリスタルパレスに引きこもっているのだ。

 

「だから知ってはいるんだけど、本名呼びは許されてないんだ。エルフと呼びなさいってさ」

「ふっ。乙女の秘密は安くないのよ」

「学校の名簿には無料で印刷されてるんだろ」

 

 などと話していると、別荘はすぐだった。

 というのも、楽しい時間はあっという間だし、なにより、別荘はほんとうにすぐ近くにあったのだ。

 海を近くに望む、広々としたまっしろな一階建て。

 

「すげぇな……」

 

 呆然とマサムネが呟いた。

 一同は頷く。

 

「Casa Brutusとか住宅雑誌が取材に来てもおかしくないですね」

 

 お洒落な雑誌で特集が組まれるような、小洒落た別荘である。

 まっしろな壁面に、大小の窓が連なっていて、その左右を赤い飾り雨戸が飾っているのが見える。これは粋な塩害対策である。潮風に吹かれると、網戸や窓は消耗が早くなる。それを防ぐよろい戸を、遊び心が飾り付けているのだ。

 そんな、赤色のアクセントを上品に配置した白壁からは、台形のベイウンドウがせり出している。中を覗けば、そこは食堂であるらしかった。海を眺めながら、食事が楽しめるのだ。

 涼しげなのは、母屋の側面からせり出したパーゴラである。格子状の棚が軒先に延びており、それは、蔦のからまるグリーンカーテンとなって、ビーチチェアに涼やかな影を落としている。

 まさしく、映画や雑誌から飛び出してきたような、それは小洒落た別荘だったのだ。

 

「ふふっ、あまりの凄さに声も出ないようね。でも、本当の驚きはこれからよ。そこで外観を眺めるのも、まぁ悪くはないけれど、中はもっと凄いんだから」

 

 そしてエルフは一行を案内した。

 その別荘のこだわり様は、圧巻であった。

 内装もまた、涼やかな白で統一されている。内壁はもちろんのこと、床もクルミの無垢フローリングで、更には、調度も黄色がかって暖かみのある白のナラ木なのだ。そして、さり気なくところどころに配置されたゼブラウッドのアクセントが面白い。

 もっとも、そのこだわりように気付いたのは、一郎だけのようである。

 

「へぇ、外観もそうだけど、中もお洒落だなぁ。ソファーや照明も、南国リゾートって感じて凝ってるし。このテーブルも、なんか格好いいよな」

「うん。これはなかなか、感じが良い」

「これも手触りが良いですよ」

 

 などと言いながら、あちこちぺたぺた触る三人に、一郎はそっと忠告する。

 

「あんまり手垢とか付けない方が良いかもね」

「あの、一郎先生。これってひょっとして、お高かったりします?」

 

 恐る恐る尋ねる獅童。

 

「それなりにね。とは言っても、美術品じゃないんだから、触ったところで怒られはしないと思うよ。でも、こだわって選び抜いたんだろうなって感じはするね」

「……」

 

 マサムネは、そっと手を離した。

 あちこちから造り手の思い入れがひしひしと感じられて、遠慮する気持ちが芽生えたのだ。

 

「どうした、マサムネ君。こう言ってるんだ。遠慮する必要はないだろう」

「今のを聞いてそう思えるムラマサ先輩を尊敬するよ……」

 

 そんなこんなでリビングに居ついてしまった四人を、エルフが急かす。

 

「ちょっと、荷物は置いたんでしょ。いつまでもそんなとこで駄弁ってないで、次行くわよ」

 

 食堂、キッチン、パーゴラときて温泉である。

 

「おいおい、嘘だろ……」

 

 もはや、マサムネは二の句を継げることができなかった。

 なんと、それは、露天風呂であった。近くに海を望む、岩づくりの露天風呂。

 

「とんでもないですね。これ、維持管理費っていくら掛かるんでしょう」

 

 なにせ野ざらしの水場である。砂埃もつもれば、水垢もつく。木の葉も飛んでくるし、夏には水草だって生えるかもしれない。どうしたって人の手で整備しなければならない。そして、人件費は馬鹿にならないのだ。

 

「エルフ、貴様の家は資産家なのか?」

「ま、ちょっとした小金持ちかしらね。もっとも、あと数年の内には、わたしのラノベが稼ぎ出す資産の方がはるかに勝るようになるわ」

 

 いつものように自信たっぷりのエルフであるが、すこし威勢が足りない。ひょっとしたら、あまり好ましくない話題なのかもしれない。

 それを察した一郎は、話題を転がすことにする。

 

「これは素晴らしいね! こんな絶景を見ながら温泉に入ること自体なかなか稀だけど、今回はさらに、友達の家の持ち物件ときた。ふつうのお宿なら絶対にできないこと、できるんじゃないかな」

「おお、いいなそれ!」

 

 喰いついたのはマサムネである。

 それじゃあ、と言いかけて、結局彼は小首を傾げた。

 

「何をしたらいいんだ? お風呂で泳ぐとか?」

「確かに、マナーの悪いことはふつうの温泉ではできませんけど、そこまでしたいことではありませんし」

「あるじゃないか。とびきり極上の贅沢が」

 

 言ってみたはよいものの何か違うぞと小首を傾げるマサムネと、思案顔の獅童に、一郎はずいと顔を寄せ、とびきりの秘密を打ち明けるように囁いた。

 

「お盆を湯船に浮かべて、その上に肴とお酒を載せてだね……」

 

 二人の反応は対照的だった。

 

「一郎先生、それダメだって! 獅童くん以外、俺たち皆未成年だろ!」

「名案ですよ、一郎先生! それじゃあ、僕だけでも黄金体験を――」

「あ、うん。止めておいた方がいいかもね。特に獅童先生は」

「えっ」

 

 盛り上がりを見せる男連中に、何を思ったか、エルフは警告を飛ばす。

 

「ちょっと、あんた達! 何をこそこそ盛り上がってるの。ひょっとして、良からぬことを考えてるんじゃないでしょうね! いくら月の化身、太陽も焦がれる美の代名詞エルフちゃんがいるからって、覗きなんかしちゃダメなんだから。いいかしら、この男女の仕切は、登ろうと思えば登れるけど、ぎしぎし音がしてすぐに分かっちゃうんだから。絶対に覗いちゃダメよ」

 

 ひしと指さすエルフに対する男連中の反応は、淡泊だった。

 

「はは。そうだね」

「誰が覗くかっての」

「それより、お酒の持ち込みってありですかね」

 

 それは、エルフの期待を裏切るものだったから、彼女はむきーと牙を剥く。

 

「ちょっと、何よその反応! べつに覗かれたいわけじゃないけど、納得いかないわ。今ならムラマサのだらしないワガママボディも付くのよ! どう? それでも、そんな反応しちゃうわけ!?」

「なっ、私もか!? それに、誰の身体がだらしないだと!」

「言い間違えたわ。ふしだらな、だったかしら」

「なっ、なっ、なんだとっ」

 

 顔をまっかにして身体をかき抱くムラマサと、そんなムラマサ弄りにすっかり夢中になってしまったエルフである。

 見かねたマサムネが助け船を出すこととなった。

 

「えっと、そろそろ次行こうぜ」

「それもそうね。次は、ゲストルームよ。部屋割りの相談もしなくちゃだし」

「部屋割り?」

「二人部屋なのよね、ここのゲストルーム。――よし、決めたわ。部屋は男女混合。具体的にはわたしとマサムネ、ムラマサとシドー。イチローはぼっちね」

 

 この強引な決定に、二人が抗議する。

 

「うぉい、ちょっと待て、おかしいだろそれ! ふつうは男女で分けるもんだろ。例えばエルフとムラマサ先輩、シドーくんと俺とか」

「おのれ、亜人風情が卑怯な真似を! どうしてお前とマサムネ君が同室なんだ!」

 

 この二人が騒ぎ立てるのは想像に難くない。マサムネは常識人だったし、ムラマサは、小説とマサムネのことが人生の九割を占めている。

 意外なのは、獅童の反応である。

 

「えっ。僕がマサムネくんと同室ですか……」

 

 実に嫌そうに、油のきれた歯車のこすれるような声を出したのである。

 

「あの、えっと、シドーくんは、俺と同室は……嫌ってこと?」

 

 マサムネが恐る恐る尋ねる。

 長い沈黙があって、獅童は、顔を逸らしてなんとか答えた。

 

「…………ホモの方と同室は、ちょっと」

「ホモじゃねぇよ!」

「えっ。でも、エロマンガ先生と」

「エロマンガ先生とはそういう関係じゃないって。信じてくれ!」

「でも、同棲してるんですよね。いったいどういう関係なんですか」

「うっ」

 

 そこを突かれると、マサムネも二の句が継げない。

 エロマンガ先生の正体は、同じ屋根の下で暮らす義妹である。そう明かせば問題は解決するのだが、これは、マサムネとしては秘密にしておきたいことなのだ。

 返事に窮したマサムネを、獅童は懐疑の目で見やる。いや、その瞳には、もはや確信の色を宿している。

 

「獅童先生。大丈夫、心配いらないよ」

「一郎先生!」

 

 見かねた一郎が助け船を出す。

 マサムネは感極まって、歓声をあげた。

 

「とある作家さんにゲイの友人がいて、仕事の関係でビジネスホテルで同室に泊まることになったんだけど、こう言われたんだって。――そんなに警戒しなくても大丈夫よ。あなた、私の好みじゃないもの」

「一郎先生!?」

 

 助け船は泥船だった。

 だが、泥船でも緊急避難の役には立ったらしい。獅童は前向きに、あるいは自分に言い聞かせるように、呟いた。

 

「な、なるほど。ホモの人だって、男であれば誰でもいいってワケじゃないですもんね。好みってものがありますもんね」

 

 だが、泥船に水をかける人物がいた。エルフである。

 

「ところで、エロマンガ先生ってどんな人なのかしら。こないだPC越しに見たときは、お面にパーカーなんて格好してたけど、背も低いし、細身ではありそうだったわね。さて、シドーは……」

「えっ」

 

 一同の視線が獅童に向けられた。

 背は低くない。しかし、痩せ肉である。加えて、容姿も中性的なイケメンだ。

 

「んー。確率五十パーセントってところね。イケメンが好みのBLタイプなのか、それとも男らしいオッサンが好みのガチタイプなのかは不明だし。さ、獅童。どうする?」

「嫌ですよ! 五十パーセントって、〇・五でしょ。四捨五入したら一、つまり百パーセントじゃないですか!」

 

 獅童は泣いて嫌がった。しまいには男性怖い、人間怖いと叫びだす始末である。

 

「どうにかならないんですかっ。そうだ、マサムネ先生はエルフさんと、ムラマサ先生は一郎先生と相部屋にしましょう。そうすれば僕は一人になれます。それがいい、そうしましょう!」

 

 獅童は、これこそ名案であると力説した。マサムネと一緒になりたいというエルフの希望は満たしているのだと。

 だが、どういうワケか、エルフは否決する。

 

「それはダメ」

「ど、どうしてですかっ。このままじゃ僕の出口が入り口にっ」

 

 獅童は驚き、嘆いた。

 しかし、一番驚いたのはエルフであったかもしれない。彼女は、考えるよりも早くに自分の口から飛び出したその言葉に、呆然としていたのだ。

 そんなエルフを置き去りにして、話はどんどん進んでいく。

 

「なんでだよ、俺はエクスカリバーしないっての! だから、俺と同じ部屋でも何も問題ないって。だから一緒に寝ようぜ。なっ!」

「どうして同室に拘るんですかっ。それに、その表現、変なルビ振られてませんよね!?」

「そもそも俺はホモじゃないって! 信じてよ!」

「おい、そこな亜人。お前がマサムネ君と同室になったら、私はいったい誰と同じ部屋になればいいんだ! 今すぐ部屋割りを男女で分けろ!」

 

 そのようなムラマサの必死の説得もあって、エルフとムラマサ、一郎と獅童の相部屋、そしてマサムネの一人部屋ということで落ち着いた。これは、獅童の強い希望を容れてのものである。

 

「お願いですから、ホモの人との同室は勘弁してください。それと、やっぱり一人は不安なので、一郎先生と相部屋にしていただけると助かります」

「もうそれでいいです……」

 

 がくりとうなだれて、口から魂でも漏れていそうなマサムネであった。

 そうして部屋割りが決まると、各々荷物をゲストルームへ持ち込んだ。 

 もちろん、そのゲストルームも豪勢である。

 

「うへぇ、やっぱり広いな」

「でも、上品にまとまって感じが良いね。なんだか、こう、落ち着いてゆっくり休むことができそうだ」

 

 豪奢とはまた違う、落ち着いた、洒脱とも言うべき趣があった。

 基調を白でそろえ、変わった形の、けれども決して派手でも奇抜でもない照明が、ささやかなアクセントとして華を添えている。

 

「各部屋の冷蔵庫の中身は、自由に飲んでいいからね」

 

 お茶もあるわよ、と気配りのエルフである。

 すかさず一郎が「流石」と持ち上げれば、気持ち良さそうに右手で髪を掻き上げた。白魚の指先がたおやかに耳を撫で、金糸の先へと泳いでゆく。

 

「ところでそのお茶、砂糖とか入ってないよね」

「お茶って、紅茶?」

「各種取りそろえてあるわ。コーヒー、紅茶、ウーロン茶、緑茶にほうじ茶、それからジャスミン茶。もちろん、緑茶やほうじ茶には砂糖は入ってないわよ」

「そんなの当然だろ。抹茶に砂糖入れる提督じゃあるまいし。……一郎先生?」

 

 ほっと胸をなでおろす一郎を、マサムネは訝しげに見やる。

 一郎のしぐさは、妙に真に迫っていた。まるで、実際にその非常識を体験したことがあるような――

 

「まさか!」

「そのまさかだよ、マサムネ先生。赤道直下のアジアの島国では、ペットボトルの緑茶に砂糖が入ってるんだ。はじめて旅行したとき、そうとは知らず、渇いた喉にどろりと甘いお茶を――」

「うへぇ」

 

 珍しく苦りきった声を出す一郎につられて、マサムネも呻いた。

 

「ってかさ、いつまで獅童先生はそうしてるんだよ」

 

 マサムネは寂しそうに獅童を見やった。

 獅童は、離れたところで荷を解いていた。可哀想な獅童は、すっかり怯えてマサムネの方を見ようともしない。

 一郎が憐れむように言った。

 

「マサムネ先生、今はそっとしておいた方が良いよ。それに、これから海でしょ。女好きってところを見せつけたら、きっと誤解も解けるよ。だから、海では女の子の水着にデレデレして、思いっきりはしゃぐこと。いいね? さ、自分の部屋に行って、荷を解いて海へ繰り出そうじゃないか」

「お、おう」

 

 いまひとつ納得しかねるマサムネであったが、他に良い手立ても思い浮かばなかったので、とりあえず説得されることにした。

 ひとり部屋へと向かうマサムネを、一郎は「やれやれ」と見送る。

 かと思えば、執筆道具(ポメラ)を取り出して、執筆作業に取りかかる。

 

「あれ。一郎先生は海へ行かないんですか」

「それなんだけど、ちょっとばかし間を置いてほしいって、エルフさんから。だから、獅童先生もお願いね」

「へぇ、なるほど。それにしても、いつの間に」

「さっき、エルフさんが右耳を触っていたからね」

「え?」

 

 一郎のひそかな囁きは、獅童の耳に届かなかったと見える。訝しがる獅童に、一郎は何でもないと笑って答えた。

 

「それにしても、マサムネくんはモテモテですね。女性陣は不憫ですけど。マサムネ先生は女性に興味無さそうですし」

 

 いまだに勘違いしたままの獅童に、一郎は悪戯っぽく微笑む。

 

「獅童先生。世の中にはバイっていう人もいてだね――」

 

 それは、先ほどのアドバイスを両断する理不尽の一刀であった。

 こうして、激動の四日間は幕を開けたのである。




12,403文字

思ったより五割増しくらい長くなりました。
何故だ。
ホモのせいだ。
原作読み返して爆笑しました。何度読んでも笑えます。

ところで、私は大学の講義で隣合った人に「ゲイですか」と尋ねられたことがあります。
"Gay Men's English"という本を読んでいたからでしょうか。ゲイの人がどういう英語を話すのか、という学術書です。ゲイとちゃうねん。
仲良くなりましたけど、「お兄ちゃんと呼んでいいですか」と訊かれてとっさに防衛反応が出てしまったのは申し訳なく思っています。もっと普通に接してあげたかったし、話もしたかった。
でも、仕方ないじゃない。だって、そういうことですよね?
ワイはゲイとちゃうねん。美しい二次元に魂を預けとんや!

また、友人はバーで知り合った人に「宅呑みしない?」と誘われて、ホイホイ付いて行って当然のように褥に誘われ、もちろん断ったそうですが、「自分が今日どういう気持ちで一人寝ると思ってるんだ」と恨み事を言われて、じゃあ抱かれてやろうかと自棄になりかけたそうです。
バーと言っても、ポリスアカデミーのブルーオイスターみたいな特殊なバーじゃないそうですよ。
早まらなくて良かったね! 友人の菊が散るなんて、考えただけでもぞっとします。

さらに、「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。あなた、私のタイプじゃないから」というのは同僚の話です。
うーん。こうして考えてみると、ジェンダーの問題って重要ですね。もっとリベラルに、皆が生きやすいように世の中なるべきかもしれません。

さて、次の週末は更新できないと思います。
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