転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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気の向いたときに後日談を書いていきます。
「もうちょっとだけ続くんじゃ」というやつです。


蛇足
Ex1.謎のムラマサ邸・上


 ***

 

 

 玄関で仁王立ちする山田エルフが、一郎を出迎えた。

 エルフは、やんごとなき姫君が賓客を迎えるかのように、ちょこんと腰を折って、

 

「ようこそ、我が王宮クリスタルパレスへ」

 

 と吟じあげた。その拍子に、ほそいウェストがスカートをふわりと揺らす。

 

 夏である。

 白磁の肌には微かに朱がさし、うっすら珠の汗がにじんでいる。

 短くない間、ずっと一郎を待っていたのは明らかである。家の中はきんきんに冷房が利いて、汗をかく筈がないのだ。

 

「ほら、さっさと行くわよ――」

 

 エルフの手が、一郎の手を取ろうとして、はたと中空をさまよった。

 ひょっとしたら、手汗がにじんでいるのを気にして、思いとどまったのかもしれない。

 一郎は、引っ込みかけたエルフの手を、遠慮なく捕まえた。

 

「柔っこいなぁ、エルフさんの手は。すごく気持ちが良いよ」

「そっ、そうかしら」

 

 エルフは照れて身じろぎする。

 そんな照れを打ち払うかのように、一郎は畳みかける。

 

「すべすべしてるし、やっぱり男とは違うなって」

 

 すると、すっかりエルフはいつものように自信満々になって、胸を反らして宣うた。

 

「誇りなさい。このエルフちゃんと、こうして手をつなげるという栄誉を」

「御身の手を引かせていただく栄誉に浴すること、大変喜ばしく思います、姫」

 

 大仰に膝をついて手を取る一郎に、エルフは破顔する。

 たいへん機嫌良さそうに、エルフは囁いた。

 

「そういう一郎も、悪くないわよ。なかなかの騎士っぷりだわ」

「恐悦至極に存じます」

「殊勝な心がけね。よろしい。エスコートしなさい」

 

 手に手を取り合って、玄関をくぐる。

 勝手知ったる他人の家である。一歩前を歩く一郎は、宝玉でもその手に乗せているかのように、そっとエルフの手をとって、一歩一歩を気遣うように階段をのぼっていく。それが大仰で面白いのか、エルフはくすくす笑いながら、導かれるままお淑やかに歩を進めるのだった。

 そうして二人がやってきたのは、”迎賓館”と名付けられた一室である。

 そこには、深く沈みこむソファーがあり、二人は並んで腰かけた。ひとたび体を預ければ、たちまち心地の良さにとらわれて、動くことが億劫になる。

 もちろん、動く必要などなかった。

 二人は手を握り合ったまま、どちらともなく互いの瞳を見つめ合い、しばらく、そうしていた。それは、紆余曲折を経て結ばれた二人が、お互いの心が通じ合っていることを確かめ合い、またそうすること自体を楽しむ、くすぐったくも暖かなひとときであった。

 

 不意に、エルフのまなじりが悪戯っぽく微笑んだ。「ねぇ、見てごらんなさい」とでも言わんばかりに、ある一点を見つめる。

 

「エルフさん、あれはひょっとして……」

 

 部屋の片隅には、ガラス張りの飾り棚があった。その足下と天井には照明があって、幾条もの光が、棚のなかのものをライトアップしている。

 それは、一郎にとっても思い出深い品である。

 

「ふふふ、気付いたわね。あれは、誰かさんが書いた、この世にただ一冊の、最っ高に面白い小説よ」

 

 ガラスには、埃のひとつも付いてはいない。丹誠こめて毎日磨きあげているのは、誰の目にも明らかだった。

 一郎はすっかり嬉しくなって、エルフのやわらかな手を両手で包みこんだ。

 

「大切にしてくれてるんだね、僕の(きもち)を」

 

 エルフはかぁっと頬を染める。嬉しそうに、そして誇らしそうに胸を反らして言った。

 

「も、もちろんよ。一郎の一世一代の、まごころのこもった作品(マスターピース)だもの。あそこに飾って来客に見せびらかして、夜ごと読み返してるわ。……その度に思うの。こんなに深く深く愛されて、それって、いったいどんなに幸せなことなのかしらって」

 

 そのように言葉にすることすら、ほんとうは必要なかったのかもしれない。

 エルフの琥珀の瞳は、ほんのり涙をにじませ、切なさにむせび泣きそうであった。あまりにはげしい幸福の嵐が吹きあれたが為に、感情の堤防はあわや切れかけ、歓喜の波が今にも涙となってあふれ出そうとしていたのである。そうした感情の動きが、一郎にはひしひしと伝わった。

 そんなエルフに対する一郎の喜びもまた、ありありと瞳に浮かび上がって、それは、余すことなくエルフに伝わっていた。

 

 一郎が手を離す。

 名残惜しそうに睫毛を伏せたエルフであったが、その意図を察して、はっと目を見開く。

 一郎の手が、肩に置かれたのである。

 エルフは、そっと目をつぶる。

 かわいらしく蕾のようにすぼめた唇に、やがて、そっと優しく、春雨のような接吻が降ってくる。

 しっとりと、やわらかな感触。

 

「ふぁ……」

 

 エルフは思わず幸福の吐息を漏らした。

 二度、三度と接吻は降ってくる。

 それを、エルフはすっかり肩の力を抜いて受け入れ、ついには自ら唇をつきだして唇を求めた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 はたと夢から醒めたかのように、エルフは呟いた。

 

「こ、これは強烈ね……」

 

 竹を割ったように、カラッとした性格のエルフである。人目も憚らずイチャつくバカップルのことを否定はしないものの、自分には縁のない心境だと思っていたが、その考えはすっかり吹き飛でしまった。

 

「エルフさん、まだまだ序ノ口譲二だよ。他にも色んな、もっとすごいキスだってあるんだから」

「も、もっとすごい……」

「試してみる?」

 

 一郎がずいと身体を寄せる。

 

「ちょっとタイム! これは危険よ!」

 

 たまらずエルフは声をあげた。

 これ以上唇を重ねれば、きっと歯止めが利かなくなってしまう。

 下腹部からかけあがってくる熱は、いまやすっかり胸を焦がしてしまっている。それは、脈動にのって全身を駆けめぐり、身体の内側からすっかりエルフを作り変えてしまおうとしているかのようである。

 そんな自身の変化に、エルフは怖くなって、声をあげたのだ。

 

「わかったよ。大丈夫。ゆっくり僕らのペースで時間を重ねていこう。時間はたっぷりあるんだから」

 

 一郎は、なにもかも心得ているとでも言わんばかりに、優しく微笑んだ。

 そんな一郎に、エルフはすっかり安心した様子で、頷きを返す。

 

「ありがとう、一郎。――ちょっと待ってて。いま、乙女回路を鎮めるから」

 

 頬をたたいて、勢いよく立ち上がる。

 

「よっし、通常回路に切り替えたわ。それじゃあ、遊びましょう!」

 

 そんなエルフを、一郎は愛おしげに見やる。

 こうしてすっぱり心を切り替えられる、思い切りの良さが、一郎は好きなのだ。

 

 さて、すっかり雰囲気を入れ替えたエルフである。

 

「と言っても、ここにあるゲームはもう飽きちゃったし。一郎がCivilizationでもしてくれたら、パソコン並べて対戦ができるんだけどね」

「たしか、一マッチにつき十時間かかるんだっけ」

「十時間なんてあっという間じゃないの。あんたも、小説書いてたら十時間なんてひと瞬きって手合いでしょ。そんだけ集中力があれば、プロゲーマーにだって成れるわよ」

 

 これぞ名案とばかりに、エルフは顔を輝かせる。

 

「わたしが導いてあげる。最高難易度もらくらくクリアする、この天才ゲーマーエルフちゃんに任せなさい。第二のスパ帝にしてあげるわ」

「うーん。ゲームのプロになるのは、次の人生あたりでいいかな。今生はもう間に合ってるよ」

「仕方ないわね。来世はビシバシいくから、覚悟しときなさい」

 

 などと馬鹿話をしていたエルフだが、ふっとある思いつきが兆した。

 

「そういえば、一郎はSNSしないの?」

「SNSっていうと、Twitterとかかな」

「そう、まさにそれよ。一郎のアカウントも探してみたけど、見つからなかったの。やっぱりやってないのね」

「あんまり興味無いからね。それより、小説を書くか読むかしていたい」

「あんたって、そういうヤツよね」

 

 エルフはつまらなそうに言った。

 

「わたしたち”エルフちゃんと愉快なオマケ達”のなかでTwitterしてるのって、わたしと獅童だけなのよね」

 

 マサムネはネット上の口さがない連中の、あまりに遠慮ない物言いを敬遠していたし、ムラマサはそもそも携帯端末を持っていない。

 

「エルフさんと一緒なら、やってみてもいいかな」

 

 エルフが寂しそうに言うものだから、一郎は手を挙げた。

 効果は覿面だった。

 ぱぁっと顔を輝かせて、肩も触れんばかりに身を寄せる。まじまじと、嘘のないことを確かめるように、一郎の顔をのぞき込んだ。

 

「ホントにホントよね!? 取り消しは利かないからねっ」

「すると言っても、書き込んだりはしないよ。いわゆる読み専ってやつかな。フォローだってエルフさん以外しないだろうし」

「それはいいわね。一郎は人気あるみたいだし、きっとフォロワーがたくさん付くわ。最年少小学生デビューを果たした、天才中学生作家。その素顔を知りたくって、大勢の人が一郎をフォローするの。だっていうのに、一郎がフォローするのはエルフちゃんただ一人」

 

 エルフは、悪童のように、悪い笑みを浮かべる。

 

「きっと皆思うわ。一郎はエルフちゃんにゾッコンなんだって。そんなふうに一郎をわたしが従えている以上、一郎の下僕もまた、わたしの下僕も同然。つまり、エルフちゃんは超凄い!」

「ああ、例の”世界征服”に近づくんだね」

 

 エルフは、世界人類を己が下僕(ファン)に転向させ、以て地上に覇を唱えようとしているのだ。

 

「まぁ、すでにこれだけの下僕がわたしの支配下にあるわけだけど」

 

 エルフは自慢げにスマーフォンをかざして見せた。

 一郎はおや、と目を剥く。よく見知った名前がそこにあったのだ。

 

「へぇ、獅童先生もしてるんだ。是非フォローしなくちゃ」

 

 一郎は、早速アカウントを作成すると、エルフと獅童をフォローリストに加えた。

 

「ちょっと! どうして獅童もフォローしちゃうのよ!」

「獅童先生はちょっと離れたところに住んでるし、お互い学業があるから、いつもは会えないしね」

「そりゃそうだけどねっ」

 

 エルフは不満気である。それは幼い独占欲の現れである。

 一郎は嬉しくなった。

 自分なりのやり方で他人を気遣うことのできる彼女の、それは、滅多に見せない我が儘だったのだ。

 

「僕にとっての一番はいつだってエルフさんだよ。そうだなぁ、プロフィールに『エルフ先生公認の”千人下僕隊長(チーフ・オフィサー)”』って書いておくのはどうだろう」

「悪くはないわ。けどね、もっと名誉で栄誉で誰もが羨むこと間違いなしの、最高の肩書きがあるでしょ?」

 

 エルフは春風のように微笑んだ。

 

「仰せのままに、お姫様」

 

 というようなやりとりをしながら、二人の時間がゆるゆる過ぎていく。

 そうした穏やかな時間は、エルフにとって新鮮なものだった。これまでの彼女は、ひたすらゲームやピアノに没頭するか、最近では気の合う仲間を呼びつけてはいっしょに騒ぐことに夢中になっていた。

 けっして嫌な時間ではない。むしろ、ほっと安心して何もかもを委ねることのできる、いっとう心地良いひとときであった。

 けれども、エルフは欲張りである。ふたりの時間も、大勢と過ごすにぎにぎしい時間も、両方とも好きだった。

 

「なんだか、こう、皆でわーっと騒ぎたいわね」

 

 むずむずと身じろぎしながら、エルフは提案する。

 一郎は、そういう素直なエルフが好きだったので、優しく微笑んだ。

 

「それじゃあ、マサムネ先生でも呼ぼうか」

「いいわね。連絡はわたしに任せなさい」

 

 言うなり、エルフは電話をかけた。

 夏休みの朝である。学校もなければ、学生作家のマサムネにはアルバイトも部活もない。果たして、電話はすぐにつながった。

 

「今からすぐ、ウチに来なさい。――え、今からムラマサの家に押し掛ける? なによ、どうしてそんな楽しそうなこと黙ってたのよ。もちろん、わたしも行くわ。一郎と一緒にね!」

 

 

 ***

 

 

 カナリアンイエローの鮮やかな電車が、するすると駅舎にすべりこんでくる。見事なことに、それは、あやまたず白線の位置にぴたりと停まるのであった。

 それを指さし、自らの手柄を誇るかのように、エルフは尊大に宣うた。

 

「電車が着たわ。さっさと乗るわよ」

 

 さっさと席に着いたエルフの隣に、一郎が座る。その更に横にマサムネ、獅童と続く。

 久しぶりの面子である。四人がこうして一同に会するのは、エルフが日本に帰ってきたあの日以来である。

 嬉しそうに、一郎は尋ねる。

 

「さて、今日はムラマサ先生のお宅を訪問するということだけど、どうしてそんな面白いことになったんだい」

「ああ、実は言い出しっぺは俺じゃなくて、シドーくんなんだ」

 

 というマサムネの言葉を、獅童が継いだ。

 

「僕が、あやめさんから頼まれたんです」

 

 神楽坂あやめ。それは、獅童とマサムネの担当編集たる女性の名前だった。

 獅童の話では、打ち合わせの最中に、その編集者から、悩ましいため息と共に相談を持ちかけられたらしい。もちろん、人の善い獅童は断れなかった。

 

「なんでも、ムラマサ先生が原稿を寄越してくれないそうなんです。それで、交流のある僕達に是非、原稿をもらってきて欲しいと」

「で、俺がシドーくんから更に相談を受けたんだ。二人で原稿をもらいに行かないかって」

 

 あやめに吹き込まれたとおりに、獅童がマサムネに言い聞かせたことによれば、ムラマサ邸に行けば、作家としての成功の秘訣に迫ることができるという。

 

「なるほどなと思ったぜ。ムラマサ先輩って、小説に関してかなりの偏食家だろ? 自分で言うのもなんだけど、俺の小説しか受け付けないような悪食だし。それなのに、あんな面白い小説が書けるんだから、きっと何か秘密がある筈なんだよ。インプットが俺の小説だけなんて思えない。ヒット作を生み出す秘密が、ムラマサ先輩の家には隠されてる筈なんだ!」

 

 拳を握りこんで熱く語る。

 マサムネは、こと小説に関してはすぐに熱くなる。いや、マサムネに限らず、ここに居合わせた四人の作家は皆、それぞれの胸の内に、小説にたいする熱い想いを秘めていた。

 そのことを自覚しているエルフと一郎は、鏡を見るような思いで、マサムネを見やる。

 

「それって、絶対上手く使われてるわよね」

「なかなか人を使うのが上手い人みたいだね。優秀な編集さんだ」

 

 エルフは、ああはなるまいと呆れ半分に、一郎は面白そうに、それぞれの感想を囁き合った。

 触れ合わんばかりに顔を寄せ、いかにも親しげな様子は、二人の特別な間柄を匂わせる。

 それを目にしたマサムネと獅童は、真実を確かめたくて、けれどどちらが切り出したものかと困った様子で目を見合わせた。

 結局のところ、えいやと口火を切ったのは獅童だった。

 

「ところで、お二人はやっぱり……」

 

 という歯切れの悪い問いに、エルフは先回りして答える。

 

「ええ。付き合ってるわ」

「そ、そうですか。僕はてっきり、エルフさんは……」

 

 言いづらそうに、ちらりとマサムネを視線で示す。

 それは気の善い獅童にとって、大変勇気のいる行為だった。つきあい始めたばかりの二人に「でも、エルフさんってマサムネくんに懸想してましたよね」と突きつけるのだ。

 けれども、と獅童は思う。いつも、仲良くエルフと喧嘩をしてばかりのマサムネが、今日はどこかよそよそしい。エルフに対するツッコミも鳴かず飛ばずであるし、席だっていちばん離れている。変な気を遣っているのは誰の目にも明らかだ。それが寂しくて、声をあげずにはいられなかったのだ。

 そして、それは、皆の思いの代弁だった。

 

「ああ、その認識は間違ってないよ。実際、ずっと僕の片思いだったし。はじめて口をきいたその日のうちに告白して、その数日後には、好きな人ができたからって袖にされたんだよ」

「そうなのよ。それでも、何年でも何十年でも待つって言うのよ。それくらい、わたしのことが好きで好きでしょうがないんだって。まったく、エルフちゃんも罪づくりよね」

 

 一郎は実にあっけらかんと、訊いてもいなことまで喋りだす。エルフもまた、サバサバと言葉を継いだ。

 それは、いつもの二人である。そんなだから、二人の間柄は、なにも変わっていないかのようにすら思われた。

 ――その光景を目にするまでは。

 

「思ったの。わたしが一緒になってあげないと、きっと一生ひとりなんだろうなって。仕方ないから、こうして付き合ってあげてるの」

 

 エルフは、とろけるように微笑んだ。

 それがあまりに幸せそうだったから、マサムネは、すとんと胸のつかえが取れた心地になって、

 

「――そっか。そりゃあ良かった」

 

 我知らず、笑みを浮かべていた。

 そんなマサムネに、エルフは腕を伸ばしてチョップをかます。

 

「バカね。あんたは、フッた相手のことなんか気にしてる場合じゃないでしょ。あんた達のことだもの。面倒くさいお姫様と、厄介な約束でもしてるんじゃないの?」

「うっ。たしかにその通りだけど……」

 

 たじろぐマサムネに、エルフはカラカラと笑う。そんなエルフを、マサムネは眩しそうに見上げた。

 

「やっぱ、お前は格好いいヤツだよ」

「そうでしょうとも。エルフちゃんは、誰よりもカッコカワイイのよ」

 

 そんな二人を、一郎はあたたかく見やる。

 相手の気持ちを慮ることのできる情の深さは、一郎がもっとも愛するエルフの一面だったし、素直に感謝の心を伝えることのできるマサムネもまた、非情に好ましい友人だったのだ。

 

「よっし、俺もしっかりしなくちゃな! 『世界妹(せかいも)』をアニメ化させる為にも、ムラマサ先輩からヒット作の秘訣を盗みに行くぞ!」

「ムラマサ邸の謎を探りに行くのね。面白いじゃない。題して”謎のムラマサ邸”ね!」

「なんだよ、そのニンジャでも飛び出してきそうなタイトルは」

「良いタイトルよね。英語版のタイトルも、そのまま"ザ・ミステリアス・ムラサメ・キャッスル"なんですって。ドラクエは”ドラゴン・ウォリアー”、ロックマンは”メガマン”だなんてバタくささ全開の、センス無い翻訳するヤツらにしては、いい仕事したと思わない?」

「流石、エルフさんの言うとおりだね。タイトルってのは作品の顔、家でいうなら玄関だ。もうちょっと作品に込められた思い、ロマンを匂わせなくちゃ」

「剣心の”サムライX”もどっこいどっこいだし、人のこと言えないんじゃないか?」

 

 すっかり調子を取り戻したマサムネを、ぐいぐい自分のペースに引っ張り込んでいくエルフに、太鼓をたたく一郎。それは、あの日以前の、いつもの三人だった。

 

 それが、獅童にはこのうえなく嬉しかった。

 大学でよく耳にすることには、男女関係が原因で、サークルの人間関係が崩壊してしまうことは珍しくない。

 主な原因は、意中の相手を奪い合っておきる友情崩壊。あるいは、カップルの二人が人間関係を閉じてしまい、集団全体が気まずくなってしまうことである。

 そのどちらも、この三人には無縁であるように思われたのだ。

 

「ねぇ、シドーもそう思わない?」

「ええ、それはもう!」

 

 そんな三人の仲間に加えてもらえたことが、嬉しくて楽しくて、獅童は、力いっぱい頷きを返すのだった。

 

 そうして電車は走る。

 窓に映る景色も、だんだんその姿を変じていった。

 つぎつぎと灰色の建造物が過ぎ去っていく。色とりどりの屋根や看板が、ひとすじの帯となって流れる様は、めまぐるしい。それは、やがて、どこまでもつづく緑の田園風景に取って変わられた。

 変化は劇的だった。

 めまぐるしく変化する近景の後に現れた、ゆっくりと、歩くように動いていく遠景。思わず、四人は見入る。

 

「さすが、都市圏の田舎と名高い千葉県ね!」

「おい、失礼なこと言うなよな。こういうのは、近郊って言うんだぞ」

「絶景かな。都会のにぎにぎしいのも良いけど、僕はやっぱり、こういう日本の原風景みたいなのが落ち着くな。所詮は、米を育ててる農耕民族ってことなのかな」

「たしかに、緑があるのは落ち着きますよね」

 

 などと、物珍しそうに車窓に見入る四人であったが、不意に、

 

「ねぇ、ムラマサの家って一体どんなのかしら」

 

 エルフが話題を転がした。

 

「ムラマサ先輩の家かぁ。和風は絶対だろうな」

「でしょうねぇ」

 

 なにせムラマサは、今や絶滅したと思しき和装の美少女なのである。

 

「きっと目に入れても痛くない、蝶よ花よと育てられた、箱入り娘なんだろうね」

 

 という一郎の言に、皆、首肯を返す。

 文化帝国アメリカの支配下に置かれて久しい現代日本である。若者はジーンズを買い、流行のポップソングを聴いている。そんななか着物に身を包み、白足袋に雪駄という出で立ちで、アスファルトの街を歩くのだ。時代錯誤もはなはだしい。

 

「間違いないわ。アイツ、ATMの使い方すら知らなかったのよ!」

「本当は驚くべきところなんでしょうけど、驚けませんね。なにせムラマサさんですから」

「イメージ通りだよね。大正とか明治って感じかな」

 

 獅童が苦笑すれば、一郎が微笑ましいものを語るような口ぶりで続ける。そして、マサムネの表現は端的だった。

 

「日本刀とか似合いそうだしな」

 

 大和撫子というよりは日本刀、あるいは妖刀のような鋭さ、危うさのある少女である。

 

「ムラマサというより、妖刀ハラキリブレードよね。あいつ、原稿を寄越さないって話だったけど、ひょっとしてまたスランプに陥っちゃったのかしら。だったら、腹を斬ったりしてないわよね」

「……まさか」

 

 その一言には、様々な意が含まれている。

 まさか、そんなことはするまい。とは言うものの、締め切りを破るたびに自ら生爪を剥いでいた、あのムラマサである。その”まさか”がひょっとして……。

 

「一刻も早く、ムラマサ先輩の家に行かなきゃだな」

 

 神妙な様子のマサムネに、一同は青い顔で首肯するのだった。

 

 

 ***

 

 

 そしてたどり着いたのは、逆立つ瓦が天を衝く、それはそれは見事な和風建築だった。

 

 といっても、全容は望めない。

 遠目に見えるのは、塀からひょっこり顔を出した屋根だけである。しかし、それだけで、その家の威容は十二分に知れた。

 びっしりとしきつめられた瓦の波打つ天井は、鬼飾りが四方に睨みをきかせ。さりげなく縁をかざる青銅の雨樋は、えも言われぬ風格をただよわせた。

 その威容に圧倒されたのか、マサムネと獅童は及び腰になってまごついた。

 

「な、なぁ。メロンとか持ってきた方が良かったかな」

「ふつうでいいとは思いますけど……」

 

 気後れしなかったのは、エルフと一郎である。

 エルフの実家は資産家であるらしかったし、一郎には、売れっ子作家が趣味でつくった豪邸にたびたび招かれるという前世の経験があった。

 

「ここがあの女のハウスね。――うわっ、なによあの魚! どうして家に魚がくっ付いてるの」

「シャチホコだね。お城にも付いてるよ。これは僕の想像だけど、お城にあこがれた昔の人が、自分の家にもつけだしたのが始まりじゃないのかな。お城のある地域なんかは、天守閣みたいな家もあるし」

 

 はしゃぐエルフに、のんびり答える一郎。二人はどこまでもマイペースだった。

 

「うーん、分かんないわねぇ。洋風の家なら、だいたい相場は分かるんだけど。ねぇ、一郎。この家、戦闘力はどれくらいなの?」

「母屋だけでも一億は下らないね。庭や土地代まで含めると、いくらになるか想像もできないなぁ。家も庭もこだわり次第で青天井だし」

「ふぅん。この家、そんなにスゴいんだ」

 

 よく分からない、といった風のエルフに、一郎は古い記憶をたぐり寄せて答える。

 

「瓦一枚、数千円。シャチホコと鬼飾りは五万から十万円だったかな。それに、一部にわざと土壁を使ってある。いまどき土壁なんて好んでしたててもらう人は希だから、左官だって少ない筈だよ。それだけで費用がかさむ。そんな家だから、きっと柱や天井裏の梁だってこだわってるだろうし」

「つまり、ロマンを追求した時代劇ハウスなのね。天井にニンジャでもいるんじゃないかしら」

 

 そんな会話を聞かされて、マサムネと獅童はますます縮こまってしまった。

 それも無理からぬ話である。

 四人の眼前にそびえるは、塀。

 背の高い、頑丈なつくりのそれは、外界のいっさいを拒絶するかのようにいかめしく屹立している。

 ――何人たりとも、この家に踏み入ることは決して許さぬ。

 そう言うかのように、あたりを払ういかめしい威厳で以て、塀は四人を睥睨していたのだ。

 

 もちろん、そんなことを気にするエルフではない。

 

「それじゃあ、さっさと行きましょう。ほら、マサムネにシドーもそんな離れたトコに居ないで、こっちに来なさいよ」

「行くったって、どこにだよ」

「見れば分かるでしょ。門があるじゃない」

「門だけはな。呼び鈴もないのに、どうすりゃいいんだよ」

 

 マサムネは怯えたふうに言った。

 その不親切な門からは、作り手の意志がひしひしと感じられたのである。すなわち、「さっさと帰れ」である。

 

「決まってるわ、こうするのよ」

 

 エルフは怯まない。おおきく息を吸い込むと、そのまま、高らかに声を張る。

 

「たのもー!」

 

 いんいんと、のどかな田園風景にエルフの声がこだまする。

 田畑の海に、ぽつねんと浮かぶような一軒家である。はるか遠くの山までとどいた声が、山彦となって返ってくるような錯覚さえした。

 果たして、その男は現れた。

 

「我が家に何用か」

 

 痩せ肉の、神経質そうな男である。

 いつも、何事か思い悩んでいるのだろう。眉間には陰深い皺がきざまれ、目尻に寄った皺は苦みを思わせる。

 中折れ帽の似合いそうな、いぶした渋みの薫る壮年である。ただし、その身は和装に包まれていた。

 一同は確信する。

 彼こそは、ムラマサの血縁に違いないと。

 

「こちら、千寿ムラマサ先生のお宅でしょうか」

 

 とっさに一郎が尋ねた。自由奔放なエルフとの相性は、見るからに悪そうだったのだ。

 それは、しかし、悪手だった。

 半開きの門に、するどい眼差しで立ちふさがった壮年は、

 

「出版関係者は、娘には会わせん。お引き取り願おう」

 

 と悪びれもせずに言うなり、門を閉ざしてしまう。とりつく島もないとはこのことである。

 そして、島がなければ、海底から無理矢理引っぱり上げてしまうのがエルフである。

 

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 

 エルフは叫ぶ。

 

「せっかくエルフちゃんが、わざわざ東京くんだりからやって来たのよ。お茶の一杯くらい出すのが礼儀ってもんじゃない!?」

 

 その無礼な物言いが、いかなる心境の変化を招いたのであろうか。

 

「ほぅ、君が山田エルフか」

 

 ぎぃと重々しい音をひきずって、ふたたび門が開く。

 今度は、半開きではない。完全に開かれた門戸は、この気難しそうな壮年の横に、さらに人を通すだけの隙間を空けていた。

 彼は、四人の少年少女を睥睨すると、しずしずと告げる。

 

「良いだろう。ひとまず、家には通してやろう。――御客人、付いてきなさい」




10,619文字


 誤字報告、評価、そしてご感想には本当に力をいただきました。
 ですので、ご要望のあったイチャイチャに挑戦してみました。

 さて、今回の話を書くに当たって、母がコレクションしているハーレクイン・ロマンスを参考にしました。してしまいました。新たな境地に手を出してしまいました。
 読んでみると、これが小説として普通に面白い。
 ストーリーもそうですが、なにより舞台設定と描写が面白い。

 ヒロインは伯爵令嬢で、馬に乗って城に帰れば、ヒーローの公爵様は「タクシーを呼んだから」みたいなノリで貸し馬車を呼ばわる。
 しかも、彼等を取りまく下男や給仕の噂話や、風の抜ける石造りの城の様子だの、さり気ない描写から香る現実味がすごい。
 何この時代錯誤な作品! と思ったら、ダイアナ元皇太妃のお婆ちゃんが作者してる作品でした。そういう時代を知ってて、しかも教養ある人だから、見てきたように書けちゃうのね。素晴らしい!

 音楽の描写だとか、あちらの国の風景描写だとか、文章そのものも非常に参考になります。引き込まれるような文章です。
 原文が良いのか、それとも訳者が凄いのか。両方でしょうかね。

 そんなこんなで、西洋風ファンタジを書こうという人に自信を持ってオススメできるレーベルです。


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ネタ解説
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序ノ口譲二:
 『あずまんが大王』や『よつばと』の作者、あずまきよひこ先生の昔のペンネーム。何故か黒歴史扱い。エロ同人描いてた時代があってもいいじゃない!
 最近の高校生と話す機会があり「日常系のアニメは『ゆるゆり』が最初だと思うんですけど」と言われたので「あずまんが大王を観なさいな。あれが草分けで、あれがあったからこそ昨今の日常系ブームがあるんだよ。偉大な先達に敬意を払うべし」とSEKKYOUしたことがあります。

謎のムラマサ邸:
 FCソフト『謎の村雨城』が元ネタ。村雨城では、刺客のニンジャや化け狸が襲いかかってくるが、果たしてムラマサ邸では……。
 英語に移植されたのは最近らしい。その甲斐あってか、タイトルの英訳は無難。そりゃあ数々の失敗から学んだことでしょうよ。
 なお、原作では「謎のムラマサ城ね」というエルフの台詞がある。

ドラゴン・ウォリアー:
 ドラクエの海外版タイトル。
 一単語変えるだけで、ここまで印象が違うのかと教えてくれる素晴らしい教材。ウォリアーだと脳筋おにいさんなイメージ。クエストだとあふれるロマンが隠しきれない。

メガマン:
 ロックマンのあちらでのタイトル。
 ロックとロールちゃんでロックンロール。兄貴分のブルースに、ライバルのフォルテ。そんな作り手のこだわりが現れたタイトルが、どうしてこんなことに……。

サムライX:
 映画版『るろうに剣心』のあちらでのタイトル。
 あちらの国の人に「安いポルノ映画っぽいから変えた方が良い」とさんざん忠告されるも、日本人スタッフが「いいや、これで行くねッ」と断行したとか。結果は「面白いけど、どうしてこのタイトル?」という評判。

所詮は米を育ててる農耕民族ってことなのかな:
 マンガ『孤独のグルメ』より。
「なんだかんだあってもしょせん俺たちゃ島国の農耕民族ということか」

文化帝国:
 文化帝国主義とは、経済的または軍事的に強大な国が、他の国に対して、自国の文化や言語を押しつけ根付かせ、以て「侵略」することを指す。
 例えば、某国が戦後日本にパンなどを供給したのも、この施策の一環という説がある。小麦文化を根付かせ、経済的に搾取しようとしたとか。

若者はジーンズを買い、流行の歌を聴いている:
 Civilization5より。
 観光力を高め、ライバル国の文化力を大きく上回ると、当該国の指導者が憎々しくこの台詞を吐き捨てる。腰ミノ蛮族のモンテスマが言うとシュール。なお、最近の若者はジーンズをあまり履かない。
「我が国の民は貴国のジーンズを買い、流行の歌を聞いている。ほかの国々も知らず知らずのうちにこのような文化に毒されてしまうのだろうか?」
 なお、原作においても、エルフちゃんが最高難度をクリアできるガチ勢であることが明かされている。

妖刀ハラキリブレード:
 不朽の名作『CROSS†CHANNEL』より。
 ヒロインの一人である桐原(キリハラ)冬子は、妖刀ハラキリブレードを用いて、謎のハラキリ儀式を行った。アイエェェ!
「冬子の怒りが頂点に達したその時、4.35光年の彼方から時空を越え、妖刀ハラキリブレードはわずか0.05秒で空間両断跳躍を果たすのである」

「な、なぁ。メロンとか持ってきた方が良かったかな」「ふつうでいいとは思いますけど……」:
 『あずまんが大王』より。
 ちよちゃんの家(豪邸)を訪問した際のやりとり。

ここがあの女のハウスね:
 FLASH全盛期を象徴する作品のひとつ。通称『ペリーの人』の作品。 他にも『ペリー来航』『バスト占いの歌』など、制作者様は数々の名作を世に送り出し、ネット界隈のトレンドをつくりあげた。
 調べてはじめて知ったんですが、TECKWinのワンコーナーで歌われた曲だったんですね。

天井にニンジャでもいるんじゃないかしら:
 ハットリくんを思い浮かべるか、それとも水戸黄門を思い浮かべるかで年代が分かる。かもしれない。
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