転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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Ex2.謎のムラマサ邸・下

 ***

 

 

 その壮年は、自らを梅園麟太郎と名乗った。

 

「君たちは、娘といったいどういう関係なんだ」

 

 麟太郎は一同を睥睨する。

 それは、この重苦しい部屋の雰囲気と相まって、いっそう圧迫感を増したように思われた。

 

 その部屋は、「客間に通してやろう。付いてきなさい」という麟太郎の言葉を信じるのであれば、客間に分類されるらしい。

 これほど客をもてなそうという意思を見せぬ客間もまた、珍しかった。

 杉の大木からまるっと切りだしたテーブルは、物を知らぬ者にも一目でそれと分かる高級品であり、見る者を威圧した。畳の縁取りは、金糸が豪奢に彩り。飾り棚にはこれまた高そうな備前焼の細工物が並んでいる。あまりの威容に耐えかねて視線を天井に逃せば、今度は、荒々しく力強い欄間の飾りが、無言で威圧してくる。

 その場に居るだけで気疲れするような、それは重苦しい部屋であった。

 

 そんな重々しさを背景に、麟太郎は厳めしく言葉を継いだ。

 

「君たちは、娘のことを千寿ムラマサと呼んだ。だから出版関係者だということは分かっている。そして、それだけではないということも。……娘と、どういう関係なのかね」

 

 じっと、四人の子供を見つめる。

 一人ひとりの瞳をのぞき込み、真実を見つけようとする、必死のまなざし。それは、娘を想う親の目であった。

 そんな想いに、エルフは威勢良く答える。

 

「聞いてないかしら。わたしはアイツの唯一無二の親友、山田エルフ様よ」

 

 それをかわきりに、一同は名乗りを上げる。

 

「鈴木一郎。娘さんとは、なんと言うか、作家仲間ですかね。良き友人になれれば良いと思っていますけど」

「獅童国光です。ムラマサさんには同じ作家として憧れる思いもありますが、それ以上に、仲間として親しくさせていただいているつもりです」

 

 一郎は人好きのする笑みで答え、獅童は誠実に、己が心の内をすべて晒けだしてみせた。

 

「和泉マサムネといいます。その、俺にとってはラノベの先輩で、なにより大切な友達です」

 

 と実直に語ったのはマサムネである。

 そんな彼を、麟太郎は、どういうわけかぎろりと睨みつけ、

 

「ほう、大切な」

「え……」

 

 獣が威嚇するかのように唸った。思わずたじろくマサムネである。

 かと思えば、今度は一郎をじろりと見やる。

 

「君は鈴木一郎と言ったが、ひょっとして、あの」

「そうよ! 『豹頭譚』を手がける売れっ子作家でありながら、このエルフちゃんの偉大さにひれ伏して、我がラノベ界の門を叩いた鈴木一郎その人よっ」

 

 なぜか我が事のように一郎を誇り、ついには完全な自慢話にもっていくあたりが、エルフのエルフたる所以である。

 

「……その事については、色々と言いたいことがある。だが、それはさて置き、まずは娘のことだ」

 

 麟太郎は、眉間に力をこめる。

 とたん、壮年のしわぶかい眉間に、苦みがただよった。

 

「君たちが単なる同業者でないことは知っている。なにせ、あの子が話題にすることときたら、『転生の銀狼』という小説と、その作者の和泉マサムネとかいう若造。そして、君たちのことばかりなのだからな」

「そ、そうですか」

 

 麟太郎はなぜかマサムネを注視しながら言ったので、マサムネはしょうことなしに返事をした。

 麟太郎は無遠慮に続ける。

 

「山田エルフという、騒がしい女の子。鈴木一郎という太鼓持ち。獅童国光という、ラノベ作家の皮をかぶったお人好しのパティシエ」

 

 一人ひとりの為人を確かめるように、その瞳をのぞきこむ。

 彼の口に上ったのは、きっとムラマサが語ってみせた人物評にちがいない。

 それを語るムラマサの表情を、四人はありありと思い浮かべることができた。なんとなれば、麟太郎のしわぶかい眉間。そこには、寂しくも嬉しいような、あたたかな感情の渦がわだかまって居たのである。

 

「そう。あいつがそう言ってたのね」

 

 エルフはくすぐったそうに微笑む。

 マサムネはいっそう注意深く耳をそばだてた。あの風変わりな先輩に、自分がどのように評されているのか気になったのだ。

 しかし、麟太郎は、あえてマサムネについて語らなかった。その代わり、

 

「そして、そして……和泉マサムネとかいう青二才っ!」

 

 声に怒気をにじませ、手を壁に伸ばす。

 そこには、鞘に納められた、ひとふりの日本刀が飾ってあった。

 

「刀っ!?」

「安心するが良い、和泉マサムネ。これは単なる模造刀だ。手入れを欠かさず、本物同様に磨きあげた渾身の、実用的なコレクションだ。だから安心して斬られろ。――どうして逃げる。理不尽だぞ」

「理不尽なのはそっちじゃないか! いま本物同様って言いましたよねっ! それに、斬られろって。斬ったら斬れるってことじゃないかっ」

 

 などと掛け合いをする二人を見て、エルフはしみじみと呟いた。

 

「やけに鋭い目つきといい、あの強引で理不尽な性格といい、ムラマサそっくり。間違いないわ、ムラマサは父親似だったのね」

「たしかに、そっくりだね。そういうエルフさんは、お母さん似なのかな」

「あら、わたしの家族が気になるのかしら」

「それはもちろん。エルフさんの御家族は、エルフさんのように大切にしたいと思ってるし、なにより、その人たちとも家族になりたいから」

「バカ。プロポーズならもっと時と場所を選びなさいっ」

 

 という言葉とはうらはらに、エルフは満更でもなさそうである。頬を染め、口元をゆるめて、一郎をやさしく掌で叩いた。

 そんなふうにあまりに暢気にしているものだから、おとなしい獅童も、

 

「……あの、お二人とも。ムラマサさんのお父さんを止めなくて良いので? このままじゃマサムネくんが死んじゃいますよ」

 

 と突っこまずにはいられなかった。

 そのような折である。

 

「パパぁ~、ごはんまだぁ~?」

 

 という甘ったるい声が聞こえてきたのは。

 それが合図であったかのように、一同はぴたと動きを止めた。

 いちはやく再起動を果たしたのは麟太郎である。彼は、何事もなかったかのように刀を壁にもどし、居住まいを正していた。

 それから一拍遅れて、

 

「……えっ?」

 

 四人の作家たちは、困惑の声を漏らした。

 それは、よく知った声に似ていたのだ。

 例えば、その声音をもう一段低くして、不機嫌で威圧的な抑揚を加えれば、ムラマサの声になったかもしれない。

 

「この……甘えた声っ……これはっ……!」

 

 その衝撃たるや、マサムネの言語野に衝撃を与え、カタコトにせしむる程であった。

 驚愕にざわざわと一同がさんざめくなか、マサムネは斬られかけたのも忘れて、麟太郎に尋ねる。

 

「あの、今のって、ひょっとしてムラマサさんですか」

「いかにもその通りだ。あの子は朝が遅くてね、休日はいつもこんな時間になってしまうんだ。……さて、呼ばれたのでわたしは中座するが、君たち食事は済ませたかね」

 

 その言葉が飲みこめなくて、一同はカクカクと言われるがままに首肯を返す。

 幸い、移動がてら適当な店で食事を済ませていたから良かったものの、そうでなけば、昼食を食いっぱぐれていたところであった。

 

「ならばよろしい。私たちはこれから食事を摂るので、悪いが、本でも読みながら待っていてほしい」

 

 と厳めしく言うなり、麟太郎はにへらと相好をくずし、

 

「はぁ~い、花ちゃん。今行きますからねぇ~!」

 

 と猫撫で声で駆けて行った。

 そのようなわけで、一同は客間に留め置かれることとなった。

 

「……えっ、いや、マジであの声がムラマサ先輩!?」

「ちょっと想像ができませんね。ムラマサさん、普段から恐ろしくストイックな人ですし」

「ぷぷっ。聞いた? ”パパぁ~”だって。あのお澄ましのムラマサちゃんがよ!」

「でも、考えてみれば納得かもしれないな」

 

 きっと、すっかり心を許した相手の前では、ああやって幼く甘えるのだろう。それくらい、相手を信じて寄りかかった、無防備な声だった。

 考えてみれば、思いあたる節がないでもない。マサムネに対して、彼女は、ときどき幼い子供のような口調になることがあった。ふだん鋭利な刃物のような彼女の、それは柔らかな内面の示唆である。ひょっとしたら、これと思い定めた相手に対して、己のすべてを預けてしまうのかもしれない。

 

「なんというか、極端だよね。ムラマサ先生らしいと思わない?」

 

 と一郎が評せば、一同はなるほどと肯じた。

 

「ヤンデレの片鱗が見えるわね。ねぇ、マサムネ?」

「や、やめてくれよっ」

 

 思わず背筋をあわだてたマサムネである。

 彼は、不吉な予感を誤魔化すべく、気になっていたことがらを槍玉に挙げた。

 

「そ、それよりさ。ムラマサ先輩の親父さん、なにかおかしなことを言ってなかったか?」

「そういえば、”花ちゃん”って言ってましたね」

「ひょっとしなくても、ムラマサの本名よねぇ」

 

 梅園花。

 その可愛らしい名前こそが、千寿ムラマサの本名であるらしい。

 

「そして、お父さんは梅園麟太郎。作家親子ってやつだね」

「やっぱりそうなのね。わたしも、もしかしたらそうなのかなって思ってたのよね。ほら、あれよ」

 

 とエルフが指さすは、客間の片隅にひっそりと鎮座する――というにはあまりに大仰な本棚である。

 それは、まるで自身がこの部屋の主であるとでも言わんばかりに、どしんと大きな身を横たえていた。

 重厚な黒杉であつらえた、この重苦しい部屋にぴったりの本棚である。そこに納まっているのは、やはりと言うべきか、重々しく時代がかったタイトルであった。

 

「時代ものの小説ですね。作者は……”梅園麟太郎”先生じゃないですか!」

「時代ものの大家じゃないか!」

「へぇ。やっぱり有名なのね」

 

 獅童とマサムネが驚きの声をあげる。

 エルフの反応はいまひとつである。彼女は、梅園麟太郎の作品を読んだことがなかった。

 

「ああ。剣豪小説と捕物帖でそれぞれ超有名なシリーズがある。そうだな、ふたつ併せて『豹頭譚』くらいのネームバリューかな」

「あら、一シリーズだと一郎の半分の戦闘力なの? てんで雑魚じゃない」

「おまえね……」

 

 呆れて絶句するマサムネに代わって、一郎が弁解する。

 

「とんでもない。この分野における巨頭だよ。誰にでもできることじゃない。歴史物は、とりわけ勉強が必要な分野だ。ちょっとでも考証からズレたことを書けば、お叱りの手紙が津波のように全国からやってくる。そのくせ、すっかり研究され尽くされた”安牌”でがちがちに固めてしまっても、そんな目新しさのない作品は、書く意味がないからね」

「ほんとうに好きな人じゃないと、書く覚悟を決めることすらままならないんですね」

「なんていうか、気の狂いそうな話だな……」

 

 マサムネはうんざりした様子で呟いた。

 

「僕には絶対に書けない分野だね。そんな世界でトップを張ってるんだから、これは尊敬するより他ないよ」

「面倒なのは分かったわ。それで、面白いの?」

 

 というエルフの問いに、涼やかな声が答えた。

 

「つまらないぞ」

 

 ムラマサである。

 いつの間にやって来ていたのであろうか。その涼やかな声の後を追うように、襖の向こうから、ふらりと姿を現した。 

 

「あんたの感想なんか当てにならないわよ。そりゃあマサムネの小説だって悪くはないけど、それしか受け付けないんじゃあ悪食ってもんよ。あんたと違って、わたしは美食家なんだから」

「ふん。ジャンクフードのような小説を書くおまえがよく言う。……何をどう思おうが、読者の勝手というものだ。私にとって、マサムネくんの小説は、この世の何よりも素晴らしい。自分にとっての百点満点中、一千万点の小説に出会うこと――それが人生で一番大切なことだ」

 

 にわかにいきり立つ二人であったが、あえて止める者はいなかった。それが彼女等なりの交遊のしかたであると、心得ていたのである。

 実際、エルフはこのやりとりを心から楽しんでいた。彼女は、ムラマサをじろりとねめつけると、

 

「なるほど、なるほど。いかにもあなたらしいわ。――ねぇ、お花ちゃん」

 

 と悪戯っぽく微笑んだのである。

 

「き、聞いたのかっ。このうすぎたない覗き屋めっ! その呼び方をするんじゃない!」

「えー、でも可愛いじゃない。皆もそう思うわよね」

「たしかに。ふたりとも美少女だし、”フラワーズ”って名乗っても、名前負けしてないと思うね。ねぇ、マサムネ先生」

「まぁ、な。その昭和アイドルみたいなネーミングセンスはどうかと思うけど、ふたりがとびきりの美少女ってのは間違いないと思う」

 

 マサムネは照れくさそうに答えた。

 

「へぇ、花にも負けない華があるってわけね。それじゃあ、一郎、わたしは花に喩えるなら何になるのかしら」

「うーん……菜の花かなぁ」

 一郎の脳裏にひろがるのは、一面の菜の花畑である。

 朝日のように鮮やかな花々が、まっ青な空との対比になって、まぶしく美しい。風にそよぐ様は、エルフの元気いっぱいの笑みのように朗らかである。

 

「花言葉は”快活な愛”や”明るさ”だったかしら。悪くはないけど、このわたしの美しさ、気高さを表現するには役不足ね。宿題よ。もっと、このエルフちゃんにぴったりな花を見つけてきなさい!」

「うーん、手厳しい」

「もうさ、ラフレシアとかでいいんじゃない?」

 

 花言葉は”夢現”。ラノベで地上を支配するという大志をかかげる夢想家のエルフにはぴったりかもしれないと、マサムネは思った。

 

 さて、この話題に喰いついた者がいた。恋する乙女、ムラマサである。

 彼女は、鼻息を荒くしてマサムネに迫る。

 

「マサムネくん! 私は何の花だ!?」

「えっと…………」

 

 ずいと身を寄せられ、マサムネは、はにかみ混じりの困惑の色を浮かべる。

 長い逡巡があって、

 

「彼岸花」

 

 と答えた。

 その答えは、エルフを大変喜ばせた。

 

「うわ、ぴったりじゃない。いかにも毒のありそうなとこなんか、ヤンデレっぽいムラマサそのものよね」

 

 鮮烈な赤色は、血の色をほうふつとさせ毒々しい。じっさい、根には毒をもつ。

 

「花言葉は……ああ」

 

 止せばよいのに、獅童は携帯端末で花言葉を調べていた。

 そこには「悲しい思い出」「あきらめ」とあったから、思わず納得の声をこぼしてしまう。マサムネに対する、いっそ偏執的とでも言うべきひたむきな想いと、その行く末を予感させたのだ。

 気になったムラマサがのぞき込み、怒りの声をあげた。

 

「なんだ、この不吉な花言葉は! 獅童、貴様、どうしていま納得したような声を出したっ!」

「ひいいっ」

 

 その手が、壁にかかった模造刀に伸びるのを見て、思わずすくみ上がる獅童である。

 

「いやいや。この”情熱”ってのが、ぴったりだって思ったんじゃないかな。何もかもをなげうって執筆する姿勢とか、まさにムラマサ先生じゃないか」

「そうね。あんたのヤンデレでエクストリームな執筆スタイルは、まさに彼岸花の毒々しさが相応しいわ」

 

 すかさず一郎がなだめに入り、エルフが自らに敵意(ヘイト)を誘導する。

 果たしてエルフの思惑どおり、ムラマサは食ってかかった。

 

「なにっ、誰がヤンデレだとっ」

「だってアンタ、一人でぶつぶつと、自分の部屋でお話とかしてそうじゃない。エア・マサムネと」

「なっ」

 

 と硬直したのは、マサムネとムラマサである。声を上げたタイミングもまた同時であった。

 ただし、その内容は正反対である。

 

「気味悪いこと言うなよ、エルフ! いくらなんでも失礼過ぎるだろうが」

「どうしてそれを知っているんだっ」

「そうだよ、そもそもどうして、そのことをおまえが知って――え?」

 

 マサムネは、油のきれたロボットのような動きで、ぎしぎしと首を回してムラマサを窺った。

 彼女は、花も恥じらう手弱女ぶりで、もじもじと恥ずかしそうに尋ねた。

 

「そ、その、いけないだろうか」

 

 可憐である。

 日本人形のような白い肌には朱色が差し、はしたない自らを恥じいるように口元を押さえる。その様は、いまや御伽話にのみ語られる大和撫子の体現であった。

 背景に、花の浮かぶ様を幻視する。

 しかし、騙されてはいけない。その花は、根には毒をひそませ、血のように赤黒い花弁を咲かせる、あのおどろおどろしい彼岸花なのである。

 現に、マサムネを上目遣いにうかがう瞳は、無限の妄執に濁っている。コールタールのように粘つく妄執が、瞳からぬるりと触手を伸ばし、いまにもマサムネを絡み取ろうとしているかのようである。

 反射的に、マサムネは視線を切った。

 

「ごめん、先輩。正直怖い。それだけは止めてください」

「なっ……!」

 

 マサムネは震えながら言った。思わず飛び出した敬語が、心の距離を感じさせる。

 ムラマサは顔をまっさおにして、口をぱくぱくさせた。

 なにはともあれ、一段落である。

 

「それはそうと、あんた、原稿出さないんだってね。担当が嘆いてたわよ」

 

 さも見てきたかのようにうそぶくエルフに、ムラマサもなんとか気を取り直して、大仰に応じてみせる。

 

「うむ。ストライキというやつだな」

 

 ストライキ。所謂抗議デモである。雇用者に対して、労働を行わないことで抗議の意思を示すのである。

 では、いったい何に抗議するというのか。

 

「聞けば、マサムネくんは、他の作家とのコラボ企画をするというではないか」

「ああ、そうだな。他の作家さんが俺の『銀狼』を舞台に書いてくれたり、逆に、俺が他の作家さんの作品を書いたりするんだ。お互いのキャラクタを自由に登場させてもいいし、そうしなくてもいい。けっこう自由度の高いコラボ企画だよ」

「つまり、公式アンソロジーというわけね。楽しそうじゃない」

 

 弾んだ声でエルフが言う。

 対照的に、ムラマサは幼くそっぽを向きて、

 

「嫌だ」

 

 と幼く拗ねた。彼女は口下手で直情的な人間だった。

 そんなムラマサには慣れっこになりつつある一同である。雄弁な目配せを交わすと、マサムネが代表して尋ねた。

 

「先輩、もうちょっと詳しく」

「君がコラボなどするのが嫌だ。読まずとも分かる、絶対に失敗する。私はそれが許せない。君はそんなお遊びなんかせずに、私を認めさせた『世界妹』の続きに専念するべきなんだ」

 

 ムラマサは、マサムネの新作にすっかり入れ込んでいる。そのクオリティを落としかねない真似をすることが、気にくわないらしい。

 そうした不満をぶちまけたことが、呼び水になったと見える。ムラマサはつらつらと不満を吐き出した。

 

「そもそも、小説は原作者以上に面白い作品が書けるはずがない。そのキャラ、世界を一番知ってるのは原作者だ。二次創作は、どうしても書き手の解釈という異物が混じってねじ曲がる。そんなの、もう別物じゃないか。原作を台無しにしてる」

 

 彼女の愚痴は留まるところを知らない。

 

「お互いの作品のキャラを自由に登場させる? 噴飯ものだ。クロスオーバーなんか以ての他じゃないか。そもそも土台が違うんだから、うまく噛み合うわけがない。一方が他方を蹂躙する、最低の駄作に堕するがオチだ」

 

 憤懣やる方ないといった口調のムラマサに、エルフはさもありなんと頷いてみせる。

 

「そういえば、異能バトルしてる漫画のコラボ・ノベライズ企画で、なぜか探偵小説の主人公が登場したのがあったわね。あれは一体何がしたかったのかしら」

「エルフ、それ以上いけない!」

 

 話題が危険の坂を転がりはじめたのを察して、マサムネは強引に本筋へと引きもどす。

 

「あー、先輩の言わんとすることは分かった。その上で訊くんだけど、先輩、二次創作嫌いだろ」

「当然だ」

 

 ムラマサは勢いよく頷きを返す。

 が、はっと何事かに気づいた様子で、急ぎ言葉を継いだ。

 

「とは言っても、君の書いた作品は例外だぞ! ほら、テイルズ・シリーズの二次創作で、オリジナル主人公マサムネの活躍を描いた『勇者マサムネの冒険』のことだ。必殺技は――」

「わーっ、わーっ!」

 

 闇に埋ずめておきたかった黒歴史(トラウマ)を掘り返されて、マサムネはわめいた。必死にスコップで土砂をかぶせるが如くに、声を重ねる。

 

「恥ずかしがる必要なんてないじゃないか。君の描く活き活きしたバトル描写は、実に素晴らしかった。以前も言ったが、あの作品からずっと、私は和泉マサムネのファンなんだ」

 

 ムラマサの瞳が、あたたかな色を浮かべる。

 かと思えば、それは次の瞬間にはなりをひそめめ、すっと瞳を眇め、うって変わって不機嫌そうに、

 

「そういう希有な例外はあるにしろ、基本的に、二次創作はすべて駄作だ。害悪とすら言ってもいい」

 

 と言い放つのだった。

 その時である。 

 

「先輩、それは大きな間違いだ」

 

 という雄々しい声が耳朶を打った。

 ムラマサには最初、それが誰だか分からなかった。

 マサムネである。彼は、燃えさかる情熱を瞳にともし、その炎で以てムラマサを焼きつくさんと吠えた。

 

「先輩だって思ったはずだ。どうしてこの作品はここで終わってしまうんだ。この先が見たい。登場人物たちは、この後どうなったんだろう。こうなったら良いのにな。きっとこうなったに違いないって」

「っ! それは、そうだが……」

 

 ムラマサは身につまされる思いだった。

 エルフに招かれた南の島。そこでマサムネからもらった待望の書き下ろしは、まさにそういうストーリーだった。それが読みたくって堪らなくって、ムラマサはずっとスランプに陥っていたのだ。

 

「気になって気になって、昼も夜もそのことで頭がいっぱいになって、気が付いたらノートや紙に書き出してた。そんなことが無かったなんて言わせない」

「…………」

 

 マサムネの熱気にあてられ、すっかりムラマサは黙りこくって耳を傾けてしまった。

 

「――そんな気持ちで書いた作品がさ、害悪だなんて筈ないよ。好きで好きでたまらないって気持ちを形にした作品なんだぜ。きっと、どこかの誰かの一千万点になる筈だ」

 

 不意に、マサムネの声が和らぐ。

 はっとして顔を上げると、マサムネが優しく微笑みかけていた。

 手を差しのべられた心地になって、ムラマサは、安堵の吐息を漏らす。

 

「……分かった」

 

 神妙に頷き、それから穏やかに嘆息した。

 そして、憑き物がおちたように、しみじみと独白する。

 

「私にとって駄作であることに変わりはない。それでも、それを喜ぶ人はいるのかもしれないな。なら、それで良いのだろうな」

 

 穏やかな顔には、しかし、どういうわけか諦観の色が漂っていた。

 ムラマサは、極端な趣味嗜好をしている。たとえば、マサムネの小説の素晴らしさを語り、理解を示さぬ同級生から孤立したことがある。ひょっとしたら、そのことを思い出していたのかもしれない。自分の在り方は、他人とはけっして相容れないのだと、受け入れてしまったのかもしれない。

 それを見て、放っておけるエルフではない。

 

「ふぅん。まだ納得いってないみたいね」

「そ、そんなことは……」

「ないなんて筈ないでしょ。アンタは自分のことしか考えないヤツなんだから。アンタ自身が楽しめない”駄作”なんか許容できるわけないじゃない。だからさ、アンタも楽しんじゃいなさいよ。その”駄作”とやらを書くのを」

 

 なんてことないように、エルフは言ってのける。すると、すかさず一郎が追従し、獅童が続く。

 

「名案だね、エルフさん。そういうことなら”書き会”だ」

「そういうことよ。お題はもちろん『銀狼』ね」

「打ち上げ会以来ですね。執筆時間はどれくらいにしますか」

「えっ、皆して俺の小説の二次創作するのかよ!」

「なに照れてんのよ。喜びなさい。名誉なことでしょうが」

 

 楽しそうなエルフに、ムラマサが戦々恐々といった調子で尋ねる。

 

「そ、それは、私も参加するのか?」

「当然じゃない。あんたがしなくて、誰がするのよ。マサムネ教の第一信者なんでしょ?」

「しかしだな、マサムネくんの『銀狼』を私なんかが書いたりしても……」

 

 この言い分に困ったのはマサムネである。

 なにせ、口さがない連中ときたら「和泉マサムネは千寿ムラマサの下位互換」などと悪意いっぱいにさえずるのである。じっさいマサムネも、ムラマサの実力を高く評価していたから、この言い分は心に刺さった。

 

「あの……俺と似たような作風で、俺よりずっと売れてる先輩にそう言われると、立つ瀬がないんだけど」

「すまないっ、そういうつもりじゃないんだ! ただ、やっぱり、私にとって『銀狼』は他の誰でもない君のものだという意識がある。それをよりにもよって、原作者(きみ)の目の前で書くなんて……」

 

 不安に揺れるムラマサの瞳を、まっすぐ見据えて、マサムネは言った。

 

「俺はムラマサ先輩が書いてくれると嬉しいんだけどな」

「だが、きっと身勝手なストーリーになるぞ」

「いいじゃないか。ムラマサ先輩オリジナルの『銀狼』が読めるってことだろ。きっと面白くなる」

「キャラだって、原作者の君から見れば違和感があるかもしれない」

「へぇ、そりゃ楽しみだな。俺たちのつくったキャラがどんな風に受け止められてるのか、すごく興味がある」

「だ、だが――」

「あーもうっ、まどろっこしいわね! アンタは。マサムネもこう言ってるんだから、さっさと書けばいいのよ!」

 

 まごまごと言い募るムラマサの尻を、エルフの言葉が蹴り上げた。彼女は、このいかにも楽しそうな遊びに、一刻も早くとりかかりたくて仕方がなかったのである。

 果たして、それがムラマサの天秤を傾ける、最後の一押しとなったと見える。

 ムラマサはぎゅっと拳を固めて、宣言した。

 

「……そうだな。せっかくマサムネくんがこう言ってくれるんだ。やってみよう」

 

 そうと決まれば現金なもので、ムラマサの表情はとたんに華やぎ、弾むような声で言った。

 

「やるからには全力を尽くすぞ。もちろん、おまえ達もだ。和泉マサムネの『銀狼』を穢すなんてこと、あってはいけないんだからな!」

 

 そんなムラマサに、マサムネはやさしく声をかける。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいんだけどさ、細かい設定まで皆覚えてるわけじゃないと思うんだ。だから、少しは容赦してあげてほしいな」

 

 ムラマサはにこりと微笑み、

 

「大丈夫だ。マサムネくんの書いた小説なら、全て私の部屋にそろえてある。今すぐ『銀狼』を全巻持ってこよう。分からないことがあったら、各自で確認するように。もしくは、私に訊いてもらってもかまわない。マサムネくんの次くらいには、『銀狼』に詳しいと思っているからな」

 

 誇らしげに、どんと胸を打つ。

 

「ははは……さすがですね」

「ムラマサさんらしいや」

 

 これには獅童、一郎も苦笑を禁じ得なかった。

 

「ふぅん。マサムネの小説なら、ね」

 

 などとエルフが不満気に言えば、

 

「…………おまえ達の小説も一応、置くだけ置いてやってる」

 

 ムラマサは顔を背けて、ぼそりと言った。その横顔は、ほんのり赤い。

 

「ほんとに!? もうっ、お花ちゃんってば、ほんっとに可愛いんだからっ!」

「だからその名前で呼ぶなと言っているっ」

 

 などとじゃれ合って、二人は友情を深めたのである。

 

 そんなやりとりも一段落して、いよいよ筆を執るかとなった折りに、ふと思い出したようにムラマサが言った。

 

「ああ、そういえば、鈴木一郎。お前の『豹頭譚』とやらだけは、この部屋にも置いてあったかな。ほら、そこの本棚に」

「あ、本当だ」

 

 件の本棚は、棚を二重に備えていた。手前の棚を横にスライドすれば、さらにその奥から、もう一段の棚が現れる。そこに、『豹頭譚』は並べてあった。

 

「父は『豹頭譚』とやらのファンらしい。つねづね、おまえとは膝を交えて語り合いたいと言っていた」

「本当にそう言ってたのかな。つまり、膝じゃなくて拳じゃなかったのかってことだけど……」

 

 この親にして、この子あり。蛙の子は蛙。血は争えぬという言葉もある。

 ムラマサは、少なくとも今日この時までは、ちょっとどころではなく頑固な原作主義者であった。その作品を世に送り出した原作者しか、その作品を書くことは許さないのだと主張した。

 であるならば、その親はいったいどれだけ頑固な”原作者”のファンなのだろうか。

 

「やれやれ、面倒なことになったなぁ」

 

 などとため息をつく一郎であった。

 その憂鬱な思いは、しかし、すぐに蹴散らされることとなった。

 

「ちょっと、そこ! いつまでもお喋りしてないで、さっさっと始めるわよ」

 

 一郎は、笑って答える。

 

「そうだね。厄介なことは忘れて、小説を楽しもうか!」

 

 

 ――これより数ヶ月後、とある公式アンソロ小説本が刊行されることとなる。

 それは、さいきん話題の五人のラノベ作家が名を連ねた、豪勢な一冊である。

 

 いまやこの人を知らぬラノベ読者、アニメ視聴者はいないとすら謳われる、『幻刀』の千寿ムラマサ。

 『爆炎』のアニメ化を決め、急速に知名度を高めつつある山田エルフ。

 ハヤカワの看板作家の跡継ぎでありながら、独特の作風でラノベ界への参入を果たした若き天才、鈴木一郎。

 そして、これら尖った作品を書く連中のなかにあって、おっとり優しくいかにも女性らしい作風の、紅一点とまことしやかに噂される獅童国光。

 

 いかなる経緯があったのか、この四人が、和泉マサムネの『銀狼』の二次小説に挑んだのである。

 特に山田エルフと鈴木一郎は、活躍するレーベルすら違っていたから、この取り合わせに人々はひどく興味をひかれた。

 そもそも、魅力的な小説を書くことで大なり小なり注目を集めていた面々であったから、この本は売れに売れた。

 

 そのようなわけで、出版をプロデュースした神楽坂あやめは、幸福の絶頂を極めることとなる。

 

「我が世の春よ、春! アンソロ本の売れ行きも絶好調だし、おかげで和泉先生の新作の売れ行きも上向いたし。和泉先生と獅童先生、ついでにエルフ先生には感謝ね。あの憎たらしい鈴木一郎も、今なら許してあげてもいいわね。なんなら、ウチで一本書いてもらってもいいくらいだわ!」

 

 それを言質にとった一郎が、図らずとも神楽坂あやめにひと泡ふかせることとなるのだが、それはまた別のお話。

 今はただ、ひとりの物書き、いち小説ファンに立ち返った五人が、人気だの売れ行きだのといった世俗を忘れ、無邪気に創作活動を楽しむばかりである。

 

 そんな五人だからこそ、彼らは親友足りえた。

 五人は、お互いに切磋琢磨するライバルであり、志を同じくする仲間であり、そして気の置けぬ友人である。

 とはいえ、その関係も不変のものではない。たとえばエルフと一郎のように、多少は人間関係も変わってしまうだろう。

 けれども、五人のつながりは永遠である。きっと五人はいつまでも、仲良く無邪気に騒がしく、とびきり楽しい時をともに過ごすにちがいない。

 

「今日も楽しかったわね。今度は、五人で同人誌でも作ってみない?」

「流石、エルフさん。名案だね。それじゃあ、イラストレーターとしてエロマンガ先生も引き込んで、各々Twitterや小説のあとがきなんかで宣伝して、いっそ大々的にやっちゃおうよ。どこかで会場を借りてイベントにしちゃうのも、大げさで面白いかもね」

「いいわね! そうと決まればマネージャーとして兄貴も巻き込んじゃいましょう。さっそくマサムネ、ムラマサ、シドーを召還するわよ」

 

 この賑やかな二人がいる限り、らんちき騒ぎの日々はずっと続くに違いない。

 エルフが口火を切り、一郎が太鼓をたたけば、獅童が苦笑し、マサムネが頭を抱え、ムラマサがエルフに喰ってかかる。そんなにぎにぎしい日々がきっと、ずっと――――




12,417文字


 五人はずっとも!
 本編では、エルフと一郎の関係を主軸に〆ましたので、こちらでは五人の関係について纏め上げました。こういう、やいのやいの仲良くしてる感じが好きなんです。
 なお、時系列でいえば妖精島後の夏休み(原作第三巻後)です。第五巻のイベントを変形させる形で一年ほど前倒ししました。
 さて、もし今後書くことがあるとすれば、あて馬さん(にすら成れてない)の哀れ可愛い様とか、草薙パイセンとか書いてみたいです。


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ネタ解説
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ざわざわと一同がさんざめく:
 カイジやアカギ等、福本作品に頻出する擬音語。通常”ざわ…ざわ…”と表現される。
 カイジのアニメ化にあたってどう表現されるのか楽しみにしてましたが、実際聞いてみて、笑いつつも納得しました。スタッフはいい仕事しましたね!

フラワーズ:
歴史にその名を刻まれるべき傑作エロゲ『CROSS†CHANNEL』より。ヒロインの仲良し二人組をあわせてFLOWERS(お花ちゃんたち)と主人公は呼んでいる。
 昭和のアイドル・ユニットのような昔懐かしいネーミング・センスを感るのは、私だけでしょうか。

このうすぎたない覗き屋めっ:
 日本SF漫画界を代表する作品『超人ロック』シリーズより。
 作中では、エスパーの蔑称としてこの言葉が多用される。他にも「スキャナー」等と呼ばれるが、これは、「壁の向こうや心の中をスキャンする者」という嫌悪感が込められている。
 超人ロックの二次創作が読みたいです。

異能バトルしてる漫画のコラボ・ノベライズ企画で、なぜか探偵小説の主人公が登場したのがあったわね:
 ジョジョのアレ。
 悪意はありません。
 舞城王太郎は大好きな作家さんの一人です。あの津波のような勢いのある文体は尊敬しますし、『好き好き大好き超愛してる。』や『阿修羅ガール』なんてタイトルからして魅力的で、それだけでワクワクしてご飯三杯いけちゃいます。なお、一番好きなのは『パッキャラ魔道』の冒頭部です。

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