転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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4月1日企画に憧れてました。


If1.転生作家のめぐみんルート・上

 **

 

 

 神野めぐみは夢を見る。

 

 春の眠りは、浅く長い。冷えた空気が眠りを浅くするけれども、あたたかな日差しが、目覚めかけた頭を再び寝かしつける。そうした起きるとも眠るともつかないまどろみのなかで、めぐみはぼんやり夢を見ていた。

 やがてスマートフォンが起床の時間を告げても、

 

「んんぅー、あと五分だけぇ……」

 

 とうたた寝をずるずる延長して、完全に覚醒した時にはすっかり時が移ってしまっていた。

 

「まっずーい、もう二時間目の授業が終わっちゃう!」

 

 と叫び声をあげてから真っ先に取りかかったのは、もちろん教材の準備などではない。

 寝癖をとかし、いつもの髪型にセットして、明るい色のリップクリームを唇にひいて装いを整えてから、ようやく鞄に荷を詰める。

 

「オシャレよーし、笑顔よーし。それじゃあ、行きますかっ」

 

 鏡の前でにっこり笑顔をかたちづくって、それから元気良く玄関を飛び出した。

 すっかり時が移ってしまったとはいえ、そこは春の朝である。朝の風は冷たく、けれども日差しはあたたい。そんなだから、朝露が(かすみ)となってぼんやりと立ちこめている。その朝靄(あさもや)のなかを、めぐみは元気良く走る。

 その道すがら、見知った後ろ姿を見つけたものだから、

 

「あっ」

 

 と声をあげて、急停止。

 甘い香りのする制汗剤をひと吹きして、手鏡で前髪を整える。鏡の中にとびきりの笑顔を準備したら、そのまま後ろ姿に駆け寄った。

 

「だーれだっ」

 

 後ろから目隠しをする。

 相手は、めぐみより頭ひとつ背が高い。顔に手を回そうとすれば、自然と背中に密着することになる。

 幼い膨らみが相手の背中に押しつけられる。

 わずかに増した接着面積。じんわり伝わる体温に、多幸感とくすぐったい羞恥とを噛みしめながら、めぐみは相手の反応を窺った。

 果たしてひとつ年上の幼馴染み――鈴木一郎は、妹を心配するかのような声音で言った。

 

「めぐみじゃないか。どうしたんだ、こんな時間に」

 

 その反応が気に入らなかっためぐみは、唇をとがらせる。

 

「それはこっちの台詞ですぅ~。一郎くん、またこんな時間に登校なんかしてぇ。執筆でもしてたんですかぁ?」

 

 そうと気づかぬ、朴念仁な一郎である。めぐみのそれより少しだけ大きな手で、めぐみの手を掴み、顔から引きはがす。

 中学生とはいえ、そこは男の手である。ごつごつした感触に異性を感じ、めぐみは耳を赤くした。

 

「その通りだよ。ちょっと筆が乗って、ついつい徹夜しちゃってさ」

「だからって学校に遅刻したりしたらダメですよー」

 

 頬を膨らませ、可愛らしく「めっ」とねめつけるめぐみに、一郎は苦笑を返す。

 

「今こうして遅刻している人に言われても納得できかねるよ、めぐみ」

「だいじょーぶ。遅刻の常習犯と、初犯のめぐみちゃんとじゃあ、レベルが桁一つ違いますからっ!」

「うーん、たしかに程度は全然違うからなぁ。しょうがない。ここは黙って従うことにしようかな」

「素直でよろしい!」

 

 と何でもないやりとりをして、学校へと向かう。

 歩み出した一郎の隣に、めぐみが駆け寄る。

 それを待つべく一郎は歩を緩めていて、二人の肩が並ぶと、自然と足は速まる。そうしたさり気ない心配りが、めぐみは好きだった。

 ここで「ありがとう」などと言うのは無粋であると、めぐみは心得ている。わざわざ言葉という形を与えるまでもなく、お互いの意思が瞬きひとつで通じる間柄。そうした関係性を実感できる、このくすぐったい瞬間が好きだったのだ。だから、何か言うでなく、

 

「えっへへ」

 

 とただただ微笑みかけた。

 一郎も微笑みを返す。

 

「遅刻したのがそんなに面白いの?」

「早起きは三文の得って言いますけどぉ、たまには寝坊してみるもんだなぁって思ったんですよ~。だってぇ、こうして一郎くんと一緒に登校できるし」

「それは、切り株の守をして、ウサギがぶつかるのを待つような話だよ。流石の僕も、そこまで不精者じゃないって」

 

 悪戯っぽく微笑みかけるめぐみに、苦笑を返す一郎であった。

 それは、いつもと変わらぬ些細なやりとりで、これからもずっと同じ関係が続くものだとばかり思っていたから、めぐみは何の気なしに、

 

「そうだ、一郎くん! 今日、いっしょに帰ろうよ」

 

 と約束を取り付けた。

 ――この何気ない約束を、めぐみは後にこう振り返る。

 

「アレはほんとーにファインプレーだったなぁ。あの約束がなかったら、エルフちゃんに負けてたかもしれないもん。でも、あの日がなかったら、きっと今みたいにはなってなかったと思うから……だから、エルフちゃんにはほんとーに感謝です!」

 

 この日こそが、運命の転機だったのだ。

 

 

 **

 

 

「え、転校生ちゃんの家ですかぁ?」

 

 大きく口を開けてオーバーリアクションを取るめぐみに、一郎もまた大仰に頷いて答える。

 

「転校して早々に、登校しなくなっちゃったんだ。それで、溜まりに溜まったプリント類を持っていく役を、僕が仰せつかったんだよ」

 

 放課後である。

 一緒に下校する約束をしていた一郎は、これを違えることなく、はるばる教室までめぐみを迎えにやって来た。

 これに、めぐみの同級生は色めき立った。

 ひとつ上の先輩が、わざわざ女の子を訪ねて教室まで足を運ぶ。それも「待たせたかな」などと親しげに声をかけるのである。それはまるで少女マンガのような、年頃の女の子の憧れるシチュエーションそのものだったのである。

 そんな周囲の反応に満更でもないめぐみは、耳を赤くして、心の底から嬉しそうな笑みを咲かせる。あざやかに色づいたリンゴのような、可愛らしい笑み。

 それを向けられた一郎は、けれども、いつもと変わらぬ調子で言葉を継いだ。

 

「そんなわけで、悪いけど、まっすぐ家には帰らないんだ」

「いいですよー、あたしも一緒に行きます。これでまた友達が増えますし!」

 

 めぐみは張りきって、可愛らしく拳を握りこむ。俺より強いヤツに会いに行く、とばかりに気合いをみなぎらせて。

 

「うーん。不思議なんだけど、どうしてめぐみは友達をつくることに、ここまで熱意を燃やすんだい」

 

 と疑問符を浮かべる一郎に、めぐみは上目遣いになってあざとく微笑んだ。

 

「ふっふーん。めぐみちゃんは、友達百万人できるかな、な超イケイケJCですから!」

 

 要するに「格好良いから」というのがめぐみの答えであった。

 

「分からないなぁ。それだけたくさん友達を増やしても、皆と仲を深められるわけじゃなし。それより、小説のひとつでもじっくり読んだり書いたりするほうが、よっぽど達成感があると思うんだけど」

「そこはほらぁ。小説ばっかりの一郎くんと、超外向的なめぐみちゃんとでバランスが取れてるっていうかぁ」

「どうだろう。塩を入れすぎたからって、砂糖を加えても真水には戻らないからね」

 

 そんな話をしながら、二人は帰り支度を整え、校外に出る。件の転校生の家に向かう道すがら、話は転がる。

 

「そういえば、どうして一郎くんなんですかぁ? ふつう、担任の先生が持って行く気がするんですけどぉ」

「それが、この転校生ってのが、いかにも小説家らしい(・・・・・・)ことに、強情な性格らしくてね。作家業で忙しいからって、先生も門前払いなんだって」

「ほえー、作家さん! それってつまり」

「うん。同業者の僕なら、話を聞いてくれるかもってことらしい」

「すっごーい! ステキだね、一郎くんと同じ中学生作家だなんて。どんな人なんでしょーか」

「作品から察するに、なかなか愉快な人みたいだけどね」

「小説、読んだことあるんですかぁ?」

「最近、ライトノベルも読み始めてね。そのなかでも最も勢いのある作品のひとつだよ。というか、めぐみも読んだじゃあないか。こないだウチの本棚に置いてあったラノベだよ」

「ああ、あれですか! それじゃあ、とっても面白そうな人ですねっ」

 

 などと転校生の為人についてあれこれ噂していると、目的地に到着するのはすぐだった。

 そこは、天高くそびえるマンションであった。

 

「うへぇ~、これはすごいですね」

 

 高級そうなマンションである。

 まず一階のエントランスは、こじゃれた観葉植物が脇を固める、いかにもお高そうなガラスの自動ドアである。そこを、受付の小窓から、景観を壊さぬようこっそり守衛が睨みをきかせている。その先には、大理石の立派なロビーがあって、埃ひとつない手入れの行き届いた、不慣れな者には居心地の悪いことこの上ない威容を見せつけている。

 二人は受付に足を向けた。ドアは施錠されていて、内から出るには自動だが、外から入るにはカードキーか受付の操作が必要になるのだ。

 めぐみと一郎は、そこは可愛らしい中学生であったから、欠席している友達に配りものを持ってきたのだと告げれば、守衛は微笑ましそうにドアを開錠してくれた。

 

「最上階ってことだけど、豪奢なことだね」

 

 大理石のエレベーターのなかで、一郎が呆れ声で呟いた。

 その隣で、めぐみは喜色満面で声を上げる。

 

「そうだね、すごいねっ! 見て見てっ、どんどん空が近くなってくよ!」

 

 エレベーターの最奥の壁面は、ガラス張りになっている。そこから望む、ぐんぐん遠ざかっていく地表と、どんどんビル群から顔を出す青空とを、めぐみは堪能しているのだった。

 

「確かにすごい。東京には高い建物はいっぱいあるし、そうトコに行けば別段珍しい景色じゃないけど、これを毎日、しかも家で見ることのできる人はそうそういないよ」

 

 果たして、噂の中学生作家の家は、高層マンションの最上階に在った。

 というより、マンションの最上階そのものが、件の作家の住居なのだった。

 

「マンションの最上階をぶち抜いて一部屋にした、高級物件。そんなとこに住める小説家なんて、なかなかいないよ。ひょっとして、資産家なのかな」

「小説で儲けたんじゃないんですかぁ?」

「売れっ子と言っても、最近デビューしたばかりの人だし、シリーズの冊数も少ない。小説の出版規模は、例えばマンガのそれよりずっと小さいから、今の段階でこれだけの部屋を買えるだけの稼ぎを捻出すのは難しい筈だよ」

「ふ~ん、謎ですねぇ。宝くじでも当てたんでしょーか」

「それか、資産家のご子息かもね。確率的には、宝くじの一等に当選することは、交通事故に遭うより珍しいらしいし。たしか、前者が一千万分の一で、後者が二百分の一だったかな。その点、資産家ってのは人口の数パーセントもいるらしいから、まだこっちの方が現実的だ。……どちらにしろ、為人は謎のままだけど」

 

 という二人の疑問は、呼び鈴を押した瞬間に氷解することとなった。

 

「よく来たわね、我が宮殿へ。わたしこそが、超売れっ子の美少女天才作家、山田エルフちゃんよ!」

 

 腰に手を当て、胸を反らし、偉そうに宣うその少女を見た瞬間、一郎は理解した。

 

「なるほど。なんとかと煙は高いところが好きってやつか」

 

 と思っても口に出さないのが一郎である。

 

「うっわぁ~、この子が転校生!? 超かわいいっ! お人形さんみたいに綺麗で、しかも頭からっぽでおバカっぽいのが、ラノベのキャラみたいでかわいいっ」

 

 と口に出してしまうのがめぐみである。

 

「ちょっと、いったい誰がバカっぽいですって? っていうか、どうして二人もいるのよ! プリントを渡しに同業者のクラスメイトがやってくるって聞いてたんだけど」

 

 ぷりぷり怒るエルフに、一郎が如才なく名乗りをあげる。

 

「失礼したね。僕は鈴木一郎。件の同級生だよ。それで、こっちが――」

「神野めぐみだよっ。一郎くんの幼馴染みで、いっこ下だから、後輩になりますねー。それじゃあさっそくお友達になりましょう!」

 

 などと抱きつかんばかりにすり寄ってくるめぐみに、エルフは思わず身を退きかけた。

 それも無理からぬ話で、初対面の、しかも「バカっぽい」などと言ってきた相手なのである。

 しかしそこは負けん気の強いエルフである。いったん退いを身を、負けてなるものかと逆にぐいと前に出して、

 

「なによ、いきなり馴れ馴れしいヤツね。とはいえ、名乗られたら名乗り返さないわけにはいかないわね。――我が名は山田エルフ。いずれラノベで三千世界を統べるべく、ラノベ界に生を受けた運命の覇王よ!」

 

 胸に手を添えて、自信満々に応えてみせた。

 この強烈な個性の持ち主に対する反応もまた、個性的なものだった。

 

「二度もご丁寧な挨拶、どうもありがとう。ところで、その山田エルフというのは、ペンネームだよね。ああ、僕のペンネームはそのまま鈴木一郎なんだけど」

「あたしは神野めぐみだよっ。趣味は友達づくりと、小説を読むこと。友達百万人目指してまーす」

 

 一郎は、同業者として小説の話をしたそうにしているし、めぐみは「きゃるんっ」という擬態語でも聞こえてきそうな、ひどくあざといポーズを決めた。

 

「イチローにめぐみね。イチローが作家なのは聞いてた通りだけど、アンタも本を読むのね。なら、驚き慄かずにはいられない筈よ。『爆炎のダークエルフ』を書いた、美少女天才作家山田エルフ様を目の当たりにしているのだからっ!」

 

 めぐみは、桜色の唇に人差し指を当てて、あざとく小首をかしげた。

 

「えっとぉ、『縛猿のダークエルフ』ですかぁ? なんだか、とってもマニアックでおへんたいな響きがしますけどぉ」

「なんでよ、超かっこいいタイトルじゃない!」

「めぐみ、漢字が誤変換されてない? めぐみもこないだ読んだ筈だよ。ほら、ウチの本棚に置いてあったラノベだよ」

「あっ、わかりました。古本屋さんで山積みになって叩き売りされてた、あのライトノベルですね!」

「なっ!?」

 

 と笑顔を凍らせたエルフに、一郎はすかざす、

 

「めぐみ。古本屋に量があるってことは、それだけ流通量が多いってことだからね」

 

 とフォローを入れた。

 

「そっ……そうよ! これは売れっ子の宿命なんだからね! 自分の本は面白くって、誰ひとりとして手放す筈がない。古本屋に並んだら物書き辞めてもいいって言うオバカさんもいるみたいだけど、それは、現実を知らない子供のたわごとだわ。ほんとうはむしろ逆で、売れれば売れるほど古本屋に並ぶ数も増えていくわ。悲しいけどこれ、天才の宿命なのよね」

 

 たちまち調子を取り戻したエルフである。「ふぅ」と息をつき、長い睫毛を伏せて、憂いを帯びて気怠げに前髪を弄ぶ様は、映画のヒロインのようである。

 そうして「天才作家の憂鬱」とでも言うべき演出をするエルフであったが、しかし、めぐみの暴走は止まらない。

 

「わたし時代小説とかぁ、童話チックなお話とかが好きなんですけどぉ、エルフちゃんのお話も結構楽しく読みましたよ」

「ちょっと言い方が気になるけど……属性(ジャンル)の壁を越えて下僕(ファン)を作るだなんて、流石はわたしね!」

「うんっ! ほんと、とっても面白いギャグでした」

「そうでしょう、そうしょうとも! ……ん? ギャグですって?」

 

 調子づいて胸を張ったエルフが、さっと表情を凍らせた。

 そんな変化など目に入らぬ様子で、めぐみは機関銃のように言葉を放つ。

 

「そうする必要なんかないのに、わざわざ全裸になってみたり。しょうもない口ゲンカに真面目な地の文を添えて、しかも何ページも続けてみたり。笑いをこらえるのが大変でしたよー。家でしか読めないギャグノベルですよね~」

 

 めぐみに悪気はない。彼女は、他人のことを思いやれる暖かな心の持ち主ではあるが、顔色をうかがうということを知らないので、無神経に地雷を踏み荒らすことが多々ある。

 そうして怒りを買ってしまっても構わず笑顔でいられるあたり、無駄に心が強い。

 

「むきぃーっ、あれのどこかギャグなのよ! 完璧にさりげなく、違和感なしの自然な流れで全裸になってたじゃない! だいたい、アンタの言い方だと単なる露出狂じゃないのっ」

「ん~。そもそも全裸になる理由がわからないって言うかぁー」

「全裸は究極の美なのよ! 古の彫刻から現代アートにいたるまで、美術の世界が裸だらけなのが何よりの証拠! ジョジョだって半裸のキャラばっかりでしょうが!」

「ふーん、裸ってすごいんだね」

「むきぃーっ!」

 

 とおざなりな反応を返すめぐみに、エルフは眦をつり上げる。

 

「とにかくっ、裸がすごいのは真理よ! それに地の文だってね、読みやすくって読者にフレンドリーな究極の文体にしてるのよ! わたしの作品は、いずれ世界を支配するの。その為には、子供から老人まで読める文章じゃなくっちゃダメなの。だからこそ、ギャグからシリアスなシーンまで一貫して読みやすい文にしてるんだから」

 

 と必死に言い募るエルフに、一郎は感心した様子で声をあげる。

 

「なるほど。ライトノベルは青少年(ジュブナイル)を主な顧客とした小説だからね。語彙や一文の長さ、会話文とのバランスの最適解も違ってくる。それに、若年層が読めるということは、とうぜん他の年齢層も読める。購買層を考慮した、隙のない戦略だ。なにより、多くの人に楽しんでもらえるのが良い」

 

 顎に手をあてて何度も頷く様子から、それが心からの賞賛であるのは明らかだったので、エルフはたいへん気を良くした。

 

「アンタは見込みがあるわね! イチローと言ったかしら。特別に、エルフちゃんファンクラブの会員番号一桁に繰り上げてあげる」

「はは、ありがとう。ファンクラブに入会したら、そのときにお願いするよ」

 

 微苦笑まじりに辞退する一郎であったが、山田エルフという少女には、都合の悪い言葉は届かぬらしい。エルフは、一郎を従僕かなにかのように従えたワガママお嬢様の風情でもって、めぐみに、

 

「見ての通り、イチローは我が軍門にくだったわ。どう? アンタも、美少女天才作家たる山田エルフ様の凄さがほんの少しでも、氷山の一角くらいでも、アポロチョコのイチゴの部分ほどでも理解できたかしら」

 

 と挑戦的なまなざしを送った。しかしめぐみはどこ吹く風で、

 

「え~! 冗談じゃなくて、本気でアレ書いてたんですかぁ? エルフちゃんっておっもしろ~い! それにすっごく可愛いしぃ、あたし、エルフちゃんのこと大好きになっちゃった」

 

 ころころ笑いながら、エルフに抱きついた。

 

「面白いのはわたしじゃなくって、わたしの小説よ! ええい、離れなさいったら離れなさいっ」

「またまた謙遜しちゃってぇ~。エルフちゃんは、とぉーってもおもしろい女の子ですよぅ」

「むきぃー! 人の話を聞きなさいよ! そもそも、同業者だっていうから、そっちのイチローは特別に家へ招いてあげたけど、アンタは呼んでないんだからね!」

「あっ。そろそろいい時間だから、今日はこのへんでお暇するね。続きはまた明日っ!」

「明日も来るつもりなの!? だからっ、アンタなんか呼んでないって言ってるじゃない!」

 

 などと一通り騒ぎ終えて、ぐったりした様子のエルフに一郎がそっと耳打ちした。

 

「ごめんね、エルフさん。こんなだけど悪気はないんだよ、この子。本当にエルフさんを気に入ったみたいなんだ」

「みたいね……。わたし、この娘苦手だわ……」

 

 エルフは苦々しくため息をついた。エルフにしても、めぐみに悪意がないのは見て取れたので、本気で拒絶することができないでいたのである。

 そんなエルフに、一郎は微笑む。

 

「エルフさんは人が良いね」

「まぁね……」

 

 相手の顔色を伺わず、傍迷惑な好意を一方的に押しつけるめぐみと、そんな好意を冷たくはねのけることができずにいるエルフ。どうやらエルフにとって、めぐみはあまり相性の良い相手ではないようである。

 けれども。

 

「さぁ、さっさと行きなさい」

 

 エルフは、しっしと手首を振って、二人を玄関口へと追い払った。

 

「とにかく、もうプリントとか持ってくるのは結構よ。気まぐれで、こうして今日のところは相手をしてあげたけど、わたしは作家業で忙しいの。学校に通うつもりはないし、プリントも連絡も不要だわ。明日からは来ないでちょうだい」

 

 さっきまでの賑々しさからうって変わって、静かに告げる。

 声音は冷たく、表情の失せた顔はたいへんな美貌もあいまって、人形のようで寒々しい。果たして先ほどの賑やかな少女と同一人物かと疑ってしまうほどの、それは、急激な変化であった。

 ――それは、めぐみに何の驚きも与えなかった。

 

「ダメだよー、エルフちゃん。それは聞けませんよぅ」

 

 めぐみは、何憚ることなく前に出て、エルフの蝋人形のような青白い手を取った。

 きらきら瞬く瞳に、人好きのする暖かみを宿して、エルフの瞳をのぞき込む。

 

「わたし、エルフちゃんとお友達になりたいもん。プリントや連絡がいらないっていうなら、それは持ってこない。だから純粋に友達として、これから毎日、一郎君と一緒に遊びに来るねっ」

「うっ……」

 

 エルフは鼻白んだ。

 めぐみのことを苦手に思ってはいたけれども、同年代の人間とやいのやいの過ごす時間は楽しかったし、面と向かって好意を告げられ、だから遊びに来るのだと慕ってくる相手に情を向けないでいられるほど、エルフは自分勝手でも非情でもなかったのである。

 だから、

 

「勝手にすればいいじゃないっ」

 

 と眉をへの字に曲げ、口元はニヤけさせた複雑な表情で、エルフは答えたのである。

 対するめぐみは、花の咲くような無垢な笑顔で応じる。

 

「えへへー。それじゃあ、また明日ねっ」

 

 そんな二人を、一郎は微笑ましく見やるのであった。




8,941文字


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ネタ解説
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切り株の守をして、ウサギがぶつかるのを待つような話:
 中国の故事成語『株を守りて兎を待つ』のこと。普通科高校なら、漢文の授業で必ず習う話。

塩を入れすぎたからって、砂糖を加えても真水には戻らないからね:
 少女マンガ雑誌掲載の四コマ漫画でありながら、登場キャラにエロゲーのタイトルでしりとりをさせた、美川べるの先生のネタが元。

自分の本は面白くって、誰ひとりとして手放す筈がない。古本屋に並んだら物書き辞めてもいいって言うオバカさん:
 頭空っぽの方が夢詰め込めるんでしょうかね。

古本屋に並んだら物書き辞めてもいい:
 雉も鳴かずば撃たれまいに……。

悲しいけどこれ、天才の宿命なのよね;
 かの名言「悲しいけどこれ、戦争なのよね」を意識した言い回し。

氷山の一角くらいでも、アポロチョコのイチゴの部分ほどでも:
 [氷山の一角]=[アポロチョコのイチゴの部分]の公式。マンガ『海の大陸NOA』より。
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