転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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If2.転生作家のめぐみんルート・中

 **

 

 

 天を衝くような高くそびえる住宅ビルの最上階。

 はるか地上にうごめく人々の営みを、ワイングラス片手に眼下に見やる人影があった。

 

「ふっふっふ。見なさい、人がゴミのようよ」

 

 さらりと流れる金髪に、琥珀の瞳。一点の曇りもない純白の肌は、しっとりとして艶めかしい。

 西洋人形のごとき美貌の持ち主は、その名を山田エルフといった。

 フリフリのフリンジをあしらったワンピースの装いは、絵本から抜け出してきた、童話に語られるお姫様のように可愛らしい。そんな強烈な衣装に負けることなく、むしろ己が魅力をひきたてる飾りとして見事に着こなしているのだから、この山田エルフという少女はなるほど、本人が豪語するとおりの「美少女」なのであった。

 かくのごとき美少女を前にしながら、しかし、ソファーに腰かけた一郎は一切そちらに目をやることなく、

 

「確かに、あまりに遠くにあるから、人形劇でも見てるかのような非現実的な感じはするね」

 

 と小説に目を落としたままそっけなく言うものだから、とうぜんエルフは怒りだす。

 

「ちょっと、それがエルフ様の話を聞く態度!?」

「一郎くんは本の虫ですからね~」

 

 エルフに後ろから抱きついていためぐみが、エルフの頬をつつきながら宥める。それは、むしろ火に油を注ぐ結果となった。

 

「あんたは暑苦しいのよっ。離れなさいってば!」

「あんっ」

 

 めぐみの口から、甘ったるい声がした。

 無遠慮にお腹に回された手をふりほどこうとして、めぐみの母性を鷲掴みにしてしまったのだ。

 エルフは愕然とした。

 果たしてそれは、見た目以上に大きければ形も良く、弾力もあるくせに柔らかくもあるという「矛盾」を体現した奇跡の産物だったのだ。

 エルフは自他共に認める美少女である。胸像を描けば、それだけで世紀の芸術作品になることは間違いないが、裸婦画であれば人類の至宝となるとすらエルフは思っている。実際、少女らしいスレンダーな体つきは、花ひらく直前のみずみずしい蕾のような色気がある。それに対抗しうる存在があるとすれば、ふくよかな果実――端的に言えば、大きさとハリと形を備えた奇跡の美巨乳であろう。

 めぐみの母性は、まだ発展途上である。とはいえ、エルフの小さな手では、文字通り手に余る程度にはおおきい。年下の中学生であるにも関わらずだ。まだまだ発展途上なその母性はハリがあり、ずっしりと重量をたくわえて、エルフの手の中でふにゃりと形を変えながら、これからの成長を予感させた。

 自身と対を成す奇跡の誕生を予感して、エルフは目を丸くした。

 そんな衝撃を振り払うかのように、あるいは嫉妬を紛らわすかのように、エルフは手を払ってわめく。

 

「なによなによ! ちっとはこの『七曜宮』のことを誉めてくれたっていいじゃないの! この売れっ子天才作家エルフ様が、アニメ化マネーをあてこんで購入した、GTA5の最高級物件にも比類する豪邸なのよ!?」

「『七曜宮』だって?」

 

 その甲斐あってと言うべきか、ソファーの一郎が小説から目を上げた。それというのも、『七曜宮』というのは、一郎の小説『豹頭譚』に登場する宮殿の名前なのだ。自らの作品を誉められて、嬉しくならない作家はいない。

 ――それでは、この傍若無人で唯我独尊な少女も、自分の作品のファンなのだろうか。

 と期待する一郎であったが、どうやら、そうではないらしい。

 

「そうよ。エルフ様が羽を休めるこの宿り木からは、下々の暮らしを一望すことができるわ。人々があくせくはたらくみじめな姿や、たまの休日を懸命に楽しもうとする滑稽な姿。はるか高みから月火水木金土日の七つの曜日の光景を肴に、こうして美酒をあおることができるの。だから『七曜宮』よ。どうかしら。ステキな名前でしょう?」

 

 セレブな方々がバスローブ姿でそうするように、ワイングラスのなかの葡萄ジュースをくるくる回して、エルフはホホホと笑った。

 

「ははは……」

 

 と一郎も微笑する。内心では(怒ったり笑ったり、忙しない娘だなぁ)と苦笑している。

 一方のめぐみである。彼女もまた、一郎のすぐ隣で同じように小説を読んでいたが、やおら立ち上がると、瞳を輝かせて大袈裟に喜んでみせた。

 

「ほんっとぉ~に高いですねっ。ウチのマンションもそこそこ高いんですけど、それよりもっと高い。すっごぉい、ハイツ・ハイソよりずっとたかぁ~い!」

「やめなさい! 敵国の騎士にお姫様を寝取られたどっかの隊長みたいで縁起が悪いじゃない!」

 

 などと、やいのやいの騒ぐふたりの声をBGMに小説を読んでいた一郎であったが、やがて持ち込んでいたボディバッグから、執筆道具(ポメラ)を取り出した。

 

「それにしても、あんたってマイペースね。それってポメラとかいうワープロでしょ。こうして遊びに出てるときでも執筆するわけ?」

 

 ひとたび集中すれば、余人の声が耳に入ってこなくなる一郎である。けれどもこのときばかりは幸いなことに、小説をしまってポメラを広げた、いわば作業のちょうど合間であったので、一郎はエルフに応じることができた。

 

「そうだね。学校でも好きなときに書くし、外に出てても思いつくことがあったらメモを取ったりするよ」

「一郎くんってば、いつもこうなんですよー。一緒に映画館や喫茶店に行っても、すぐにお仕事はじめちゃうんです」

 

 困ったことですねー、とニコニコ微笑みながら、さりげなく一郎の側に腰を下ろすめぐみ。

 

「そもそも、コイツが映画や喫茶店に行くってのが驚きね」

「エルフちゃんもそーおもう? 一郎くんってば、ちょっと目を放したら、平気で何日間でも徹夜で小説書いちゃうから、干からびる前に外に連れ出す必要があるんですよ~」

「僕も筋金入りだとは思うけど、めぐみも強引だからね」

「ああ、納得だわ。あんたら二人とも、すっごくマイペースだものね」

 

 腕組みして仁王立ちしたエルフが、呆れたように頷いてみせる。

 

「僕の場合、締め切りっていう人様の都合もあるから、マイペースとは違うと思うんだけどね」

 

 と苦笑する一郎を、エルフは半眼でねめつける。

 

「ひょっとしてアンタ、毎日小説書かなきゃいけないとか思ってない? たまにいるのよね。そういう、義務感だけで、面白くもない文章を製造する機械になっちゃうヤツ」

 

 声音も一トーン低く、彼女が機嫌を損ねたのは明らかである。

 けれども一郎は、どこふく風で飄々と答えた。

 

「なるほど。エルフさんは、気が乗ったときに書いちゃうタイプだね。――それなら僕は中間かな。小説を書くのが楽しくてしょうがないんだ。それこそ毎日、寝食を忘れて没頭するくらいにね。だから、義務とかそういうのじゃなくて、たのしく毎日書いてるよ」

「……っ!」

 

 エルフは息を呑んだ。

 軽い調子で答えながらも、一郎の瞳には、たぎるような熱が籠もっていたのである。魂そのものを燃やしているかのような、まばゆい輝き。それが、エルフの瞳をまっすぐに射抜く。

 それがお気に召したと見える。

 

「くふふっ。つまり、毎日がやる気MAXファイアー状態ってわけね!」

 

 エルフは、両手を叩いて喜色ばんだ。

 

「いいじゃない! そういうヤツの書いた小説は、大なり小なり面白いものができるものよ。アンタの小説にちょっとだけ興味が湧いたわ。見せてみなさいよ。この美少女天才作家のエルフちゃんが、ちょいとアドバイスしてあげようじゃない」

 

 などと、どこまでも上から目線なエルフに、

 

「ふふーん。一郎くんにそんなこと言えるのも、いまのうちですよぅ? なにせぇ~、一郎くんは通算百冊オーバーの超人気シリーズ『豹頭譚』の作者なんだから!」

 

 なぜかめぐみが自慢げに言った。腰に両手をあてて胸を反らせて、その歳のわりに豊満な母性を強調するようなポーズである。

 それに萎縮したわけでもあるまいに、

 

「……えっ、シリーズ百冊オーバー?」

 

 冷や汗まじりにエルフが呟く。

 その一瞬――エルフが及び腰になったその一瞬の虚を突いて、めぐみは距離を詰める。

 

「エルフちゃん、いま怖気づきましたね?」

 

 挑発的な上目づかいになって、人差し指をエルフの喉元に突きつける。

 すると、エルフは悔しそうに唇を噛んで、

 

「くっ……! 百冊オーバーですって? いったいどれほどの戦闘力(発行部数)をもつのか想像もつかないわ!」

 

 と呻いた。

 勝ち誇るめぐみと、悔しそうなエルフ。

 いったい、何を争っているのであろうか。二人は、まるでそれがすべてを司る絶対の法則であるかのように、シリーズの長さ、あるいは発行部数を比べ、喜びを顔にみなぎらせたり、顔を青くしたりしていた。

 

「でも、大丈夫! ここは一郎くんのファン第一号兼なかよしこよし幼馴染みのめぐみちゃんにお任せくださいな。一郎くん初心者のエルフちゃんにピッタリな一冊をチョイスしてあげますよ~。えっとぉ、シリーズの途中から読み始めても大丈夫でぇ、しかもエルフちゃんにピッタリな巻は……これですっ!」

 

 どこに隠し持っていたのであろうか。めぐみは、一冊の本をエルフに差し出した。

 

「うっ、これは……すごい表紙ね」

 

 豹頭人身の怪人が、古代ギリシャの戦士ような格好で、たくましい上半身を露出させていた。

 大きな足裏をがっしり包むサンダル。革の腰履き。筋骨隆々とした上半身には、革のベルトが巻き付いて、はちきれんばかりの腕は、筋肉の厚さたくましさを物語っている。

 エルフは、ちらりと部屋の片隅へ視線をうつした。

 そこには本棚があって、エルフの著書が表紙を見せつけるかのように鎮座している。表紙では半裸の、というより全裸のなり損ないとでも形容すべき少女が、あざといポーズを決めている。

 再度、手元に視線を戻す。

 半裸のオッサンが、はちきれんばかりの筋肉を見せつけていた。

 

「ほぼ同じ肌色率なのに、受ける印象が真反対じゃない……。ラノベに必須な『萌え』のかけらも見あたらないわ。絵柄も濃いし」

 

 げんなりした様子のエルフに、めぐみは抱きついて、

 

「な~にをおっしゃいますか、エルフちゃん! この豹のオヂさまは、それはそれは萌える豹面(ヒョウづら)オヤジなんだからぁ~。幼子のよーなピュアな心をもった聖人君子でぇー、ひとの悪口はぜったい言わなくってぇー、剣をふるえば世界一、軍配をふるえば負け知らず。そのくせ恋愛にはちょー奥手でぇ、ヒス持ちのロイヤルビッチ王女様にいつもふりまわされてるんですよぅ。ロイヤルビッチがイケメンにうつつをぬかして色々やらかした尻拭いで大冒険に出てぇ、みごと解決して結婚したとおもったらぁ、今度は拗ねたあてつけで不特定多数とイケナイコトしちゃってついにはNTR懐妊しちゃったバカ王女を~、それでもあの娘に罪はない、王女の重責の為に不幸になった可哀想な子だとか言っちゃう、健気な薄幸系オヂさまなんだから。ね、萌えるでしょ?」

 

 しかも豹頭だからケモナー女子にもクリティカルヒット! などと立て板に水とばかりに、エルフの耳へ言葉をそそぎこんだ。

 めぐみの甘ったるい吐息が、エルフの形の良い耳に吹きつける。エルフは耳を赤くして「ちょっと、離れなさいよ!」とめぐみを引き離そうとするも、そこは引きこもりのエルフと、元気印のめぐみである。がっちりホールドされ、めぐみの思うがまま成すがままに空気を吹き込まれてしまったエルフは、やがて、

 

「わかったわ、ニッチ路線を攻めてるのね! ラノベレーベルではできない挑戦じゃないの。だからこそのハヤカワということね。いいじゃない。畑違いではあるけど、同じ作家として――いえ、ライバルとしてイチローのことを認めてあげないでもないわ! めぐみのことも特別に、わたしの上級奴隷(プレミアム・ファンメンバー)にしてあげようじゃないの」

 

 と納得したとばかりに頷いた。

 一郎は、

 

「いまいち納得いかない認められ方だけど……まぁ、今後ともよろしく」

 

 と苦笑を返し、めぐみは、

 

「それはいらないかなー。でもでも、親友にならなって欲しいなっ!」

「どうしてよっ!? この上なく名誉なことじゃない!」

 

 などと、きゃっきゃとエルフとの会話に花を咲かせるのであった。

 

 

 **

 

 

 こうして仲を深めた三人は、頻繁に顔を会わせるようになった。

 めぐみと一郎は、放課後になると必ずどちらかの教室で落ち合って、エルフのマンションへと足を運ぶ。

 そうして、エルフとめぐみがコントのようなやりとをして、小説を読んだり書いたりしている一郎を巻き込んで、にぎにぎしく時を重ねるのだ。

 けれども、そこはエルフである。引きこもりのくせにイベントごとが大好きで、常に新しい刺激を求めるあまりに、あちこちで事件を起こして回るエルフである。

 それは、突然に起こった。

 

「おい、見ろよ。すごく可愛い娘が校門にいるぞ!」

「あれって山田さんじゃない? ほら、こないだ転校してきた」

「一日しかいなかったから、よく覚えてないわ。とんでもなく可愛いかったってのは覚えてるけど」

「よく見ろって。アレはうちの制服じゃないぞ。なんか、いかにもお高そうな私立の制服だ!」

 

 放課後の教室にとつぜん巻き起こったさんざめき。校門に現れたという正体不明の美少女をめぐって、教室の生徒は渾然一体となって、あれやこれやと噂をささやく。

 それは奇妙な光景であった。

 放課後にもなれば、生徒は散り散りになって各々の予定にとりくむ。あるいは部活に一番乗りすべく、またあるいは自宅でゲームに興じるべく先を争うように教室から飛び出すし、かと思えば、教室に残って四方山話に徒の花を咲かせる者までいる。そこにはもう、彼らをひとつの集団として括り束ねるタガは存在しない。

 にも関わらず、全ての生徒が教室に残り、まるでLHRの時間であるかのように、謎の美少女について云々しているのだ。

 もちろん、一郎にはそのキテレツな人物の正体が分かっていた。

 

「エルフさんか」

 

 窓の外を見れば案の定、すっかり見慣れた、西洋人形のごとき金髪の美少女の姿がある。

 めぐみか一郎を探していたのであろう。校舎をきょろきょろ見やる琥珀の瞳と目が合った。

 どういうつもりか、いつもの大袈裟な挙動とはうってかわってお淑やかに、手首を揺らすように手を振ってきた。一郎も、微苦笑混じりに手を振り返す。

 

「おい、オレを見て微笑んだぞ!」

「ばか、俺の方を見たんだよ」

 

 などと色めき立つ同級生の声を背に、一郎はひとり校門へと歩を進めるのであった。

 

「じゃじゃーん! そんなわけで、制服エルフちゃんの登場よ!」

 

 と言うなり、くるりとその場で回ってみせる。

 丈の長いスカートが、ふわりと蕾のふくらむように広がった。

 黒百合のような、淑やかで清楚な制服である。それが不思議と、天真爛漫なエルフに似合っていた。

 それは、エルフの白磁の肌のせいである。乳白色の肌は、白黒の対比で描かれた制服の一部であるかのように、みごとに制服に調和する。

 ちょこんとスカートを持ち上げて軽くお辞儀をすれば、それだけで、エルフは一枚の絵のような、完璧な「美」を体現するのである。

 

「……似合ってるけど、どうしてその制服なの? うちの制服じゃないでしょ」

 

 と答えるまでの一拍の間は、しかし、エルフに見惚れていたからというわけではない。小説バカの一郎は「これは小説に活かせるな」と思うや否や、頭のなかで眼前の光景を描写をしていたのだった。

 それを知る由もないエルフは、

 

「くふふ、びっくりしたようね!」

 

 と嬉しそうに笑って、すばらしい思いつきを披露した。

 

「イチローやめぐみを驚かせようと思ってここまでやってきたけど、生徒として学校に行くつもりは無いもの。だから、わざわざヤホオクでどこかの学校のオシャレな制服を買って、こうして着てきたのよ。どうかしら。お嬢様学校の女の子が訪ねてきたみたいで、非日常的でワクワクしたでしょ?」

「おかげさまで、明日は説明が大変そうだよ」

 

 遠く離れた校舎では、誰もかもがこちらを指さして、やいのやいのと賑々しい。

 深く息を吐いた一郎に、しかしエルフは、満面の笑みを浮かべて得意げに宣うた。

 

「それなら、わたしに感謝すべきね。凡人イチローの平凡な日々を、エルフちゃんがラノベみたいな極彩色で彩ってあげたのよ」

「そうだね。ショッキング・ピンクとかの極彩色だね」

 

 原色より尚もどぎつい色である。

 苦笑する一郎の隣を見て、背後をのぞきこんで、それからエルフは「あら」と声をあげた。

 

「めぐみのヤツは? いつも二人で一緒に行動してるんじゃないの?」

「いつも一緒ってわけじゃいよ。幼馴染みだから、それこそ幼稚園時代は四六時中一緒だったけど、今はふたりとも中学生で、しかも学年も違うしね」

「ふぅん……」

 

 エルフは、どこか不満気に相槌を打った。

 きっと、なんのかんので仲の良いめぐみがいないのが不満なのだろう。

 そう思った一郎は、微笑ましそうに言った。

 

「めぐみなら、他校の友達と一緒に遊びに行くんだってさ」

 

 他校と言っても、その意味するところは広い。たとえば転校していった昔の友達。たとえば部活の大会で知り合った、近くの学校の生徒。はたまた本来ならば縁を結ぶことなどない筈の、他県の人間。

 恐るべきことに、それら全てをめぐみの「友達」は指すのだ。

 ということを話せば、どういうわけかエルフはムキになって、

 

「わたしだって、ツブヤイターのフォロー数なら負けてないわよ!」

 

 と両手をふって張り合った。

 一郎は、おだやかに諭す(さと)

 

「友人に関しては、数より質だと思うけどね。挨拶を交わすだけの友達百人より、どんな悩みも苦労も喜びも分かち合えるたった一人。心を分かつた魂の兄弟。その方が素敵だと思うな」

「ふぅん。それもそうね」

 

 エルフは神妙な顔で頷いて、それから、何事か思いついたのか、

 

「ねぇ。だったら、わたしと仲を深めてみない?」

 

 悪戯っぽく笑って、一郎の瞳をのぞきこむのだった。

 

 

 **

 

 

「ふぅん。ここがイチローのハウスね」

「ハウスというよりルームだけどね」

 

 好奇の瞳でぐるりと見渡しながら、エルフが言った。

 六畳の間。食器棚と、それからテーブルひとつがぽつねんと置かれた、伽藍堂の部屋である。

 

「ほんとうに何にも無いのね」

「持ち物が少ないからね。奥の寝室兼書斎には、ベッドと書架と机、それとパソコンがあるけどね」

「ほんとだわ、それしか無い! ゲームとかテレビとか無いわけ? パソコンだってゲームができるようなスペックじゃなさそうだし。いったい何して生きてるのよ」

 

 無遠慮に隣の部屋をのぞき込みながら、驚きの声をあげるエルフに、一郎は苦笑を返す。

 

「小説があるからいいんだよ」

「アンタって本当に筋金入りね……」

「だから、ウチに来てもエルフさんがつまらないよ、喜ぶような物はないよって言ったんだよ」

 

 驚いたり呆れたりと忙しないエルフに、苦笑の絶えない一郎である。そんな一郎に、エルフはニヤリと悪戯っぽく微笑みかける。

 

「そうかしら? はたして本当にそうかしら?」

 

 どこから取り出したのか、虫眼鏡片手に雉撃ち帽を被り、名探偵に扮して家捜しを始める。

 

「そうは言っても、イチローだって年頃の男の子じゃない? あの月くんだって、偽装用だとはいえ、グラビア写真を隠し持っていたのよ。ましてや、イチローはいろいろ欲望詰め合わせた生身のオトコノコ。探せば、きっと恥ずかしい物が出てくるに違いないわ」

「見られて困るものもないし、僕は別にかまわないけどね。元あった場所に返すようにしてくれれば」

「言質は取ったわよ! 雑誌のサイズ順にきれいに並べて積み上げてあげるんだから!」

 

 言うなり、エルフは嬉々として隣室に駆け込んだ。ベッドの下をまさぐって、本棚の辞書のケースをあらためて、机の引き出しの底に細工がないのを確かめると、心底不服そうに、

 

「なによ、何にもないじゃない!」

 

 と頬を膨らませた。

 

「だから、見られて困るものは無いって言ったんだけどね」

「えっちなものがないにしても、黒歴史ノートとか香ばしいものはあると思ったのに、期待はずれだわ。力いっぱいからかってあげようと思ってたのに」

 

 と不満を口にするエルフだったが、次の瞬間にはぱっと笑顔を咲かせて、一郎の隣に腰を下ろした。それは、とびっきりの悪戯をおもいついた悪童のようである。

 

「でも、ひょっとしたら黒歴史ノートに匹敵するかもしれない、面白いものを見つけたわ。くふふっ。見なさいよ、これ!」

 

 と広げて見せたのは、一冊の冊子である。

 

「ああ、アルバムじゃないか。懐かしいなぁ」

 

 どこか遠くを見やるように、一郎は呟いた。

 一郎は訳あって一人暮らしをしている。端的に言えば、両親が亡くなって独りになったのだ。このアルバムは、まだ両親がいたころに撮られた写真である。言うなれば、家族の記憶の(よすが)なのだ。

 いっさいの遠慮躊躇無くアルバムを開いたエルフにも、そうした事情はなんとはなしに察することができた。けれども、そうした不幸の影にはいっさい触れることなく、

 

「ぷっ。なによこれ、二・三歳の子供がいっちょまえに原稿書いてるじゃない。文字なんて書ける筈ないのに、イチローってば昔からこうだったのね」

 

 と楽しいところだけを取り出して笑ってみせる。それが嬉しいのか、一郎も笑顔で、

 

「まあね。両親も、おまえは一歳の選び取り(・・・・)で一直線に筆を取ったんだぞ、ってうれしそうに言ってたよ」

 

 と昔語りをする。

 恐るべきことに、その頃には本当に小説を書いていたのだが、そうとは知らぬエルフは「マセガキね」とけらけら笑う。

 

「それにしても、このちっこいのはめぐみかしら。よく出てくるわね」

 

 見れば、どこかの浜辺で幼児ふたりが砂遊びに興じている。

 ひとりは、砂にまみれて無邪気に笑いながら、砂の城とおぼしきものを作っている。不出来でほほえましい、それは子供らしく可愛らしい作品だ。

 もうひとりは、そんな相方を後ろからそっと見守り、それはまるで、歳の離れた兄弟のようでもあった。

 

「めぐみとは幼馴染みだからね。家族ぐるみで付き合いがあったんだ。それで、一緒に写ってることが多いんだよ」

 

 そう言って、一郎は頁をめくる。

 ふたりを同じ枠におさめた写真は数知れない。誕生日の食卓。ある日の七夕。七五三の服に着られためぐみと、妙に堂に入った一郎。また、何でもないある日の食卓では、口の周りをべとべとにしためぐみが、苦笑まじりの一郎に口元を拭われている。

 写真の数だけ思い出があって、それは、ふたりが共に育んできた絆そのものなのだ。

 それを懐かしそうに見やる一郎の横顔を、エルフは、じっと見つめていた。

 果たして、その横顔に、エルフは懐かしさとは別の、もっと感傷的な色を見いだした。

 今となっては届かぬもの、はるか遠くに去ってしまったあたたかな存在を求める幼子の泣き顔を、エルフは見つけたのだ。

 たちまちエルフは、その感情に引き込まれる。

 

「……ねぇ。そんなんで寂しくないの?」

 

 せつなさに揺れる瞳で、一郎を見やる。

 哀しみ、憐憫、愛おしさと慕わしさ。さまざまな感情がないまぜになった、情深い女の瞳だ。

 華奢な腕が、一郎の胸に回される。薄手の服越しに、エルフのこぶりな、けれどもやわらかな双頂が押しつけられる。

 

「エルフさん?」

 

 一郎がおどろいて声をあげる。

 うわずってはいない。そこに、女性との接触に対する動揺は見られない。ただ、予想外の事態に困惑している様子である。

 エルフは、背中ごしに肩に額をのせて、耳元でささやいた。それは、普段のにぎにぎいしい彼女からは想像もできない、しずかでしっとりとした、やさしく耳朶をなでるような声である。

 

「子供のころの写真ばっかり。新しい写真が無いじゃない」

 

 エルフの意図が分かりかねて、一郎は、ただただ問いにまっすぐ答える。いつも飄々とした一郎の、それは珍しい年相応の姿だった。

 

「まあね。今はこうしてひとりの身の上だし、カメラも持ってないから」

 

 そんな一郎に、エルフは優しくささやいた。

 

「だったら、わたしと一緒に撮りましょう? これから一生、ずっといっしょに二人で遊ぶの。それで、その思い出を写真に残すのよ。きっと、とびきり楽しくなるわ。一年、また一年とすごすうちに、どんどん思い出が増えていくの。あの時はこうだった、この時は――なんて話してるうちに、一生なんてあっという間に過ぎちゃうわ」

 

 胸に回した腕は、いつしか、ぎゅっと一郎を抱きしめていた。まるで、あらゆる哀しみから彼を守るのだと言わんばかりに。

 

「約束するわ。わたしが、イチローを幸せにしてあげる。毎日楽しくって忙しくって、そんな寂しそうな顔なんてできないくらい、幸せでいっぱいな一生にしてあげる」

 

 胸に回された腕が熱い。じんわりと染み込んでくような、それは情深い言葉だった。

 そんなまっすぐな想いを向けられた一郎は、

 

「ありがとう。きっと、エルフさんといれば楽しい一生になるんだろう。――けど、僕は小説があればそれいい」

 

 そっとエルフの抱擁を解いて、立ち上がる。

 己の腕から逃れようとする一郎を、エルフの手が追いかける。

 それを、一郎は風のようにすりぬける。

 

「エルフさんの言うとおり、一生なんてあっという間だよ。だから、僕は小説にすべてを捧げたいんだ。小説を書くには、人間の一生ひとつじゃあ、あまりに短すぎる。ふたつあっても足りるかどうか分からない」

 

 同じく立ち上がったエルフに目を合わせて、困ったように、けれどもはっきりとした口調で言う。

 

「こんなヤツだから、一緒にいたってきっとエルフさんは満足しないよ。エルフさんは僕にはもったいないくらいの、素敵な女性だ。だから――」

 

 何事か続けようとした一郎を遮って、

 

「ちょっと黙りなさいよ、このおバカ」

「あいたっ」

 

 エルフが一郎にチョップをかました。

 かと思えば、一郎の頭を両手で捕まえて、その瞳をのぞき込む。琥珀の瞳が、黒曜石の瞳をがっしり捉える。

 そのまま、瞳越しに想いを届けるかのように、エルフはまっすぐに言葉をぶつけた。

 

「そんなこと、とっくに分かってるわ。三度の食事よりも小説が大切な、小説バカだってことくらい。だって、ウチに来ても小説読むか書くかばっかりじゃない。わたしみたいな至高の美少女がいて、それからついでに、めぐみみたいなそれなりの美少女もいるのに、活字ばっかり追いかけてるんだもの。最初、ホモじゃないかと疑ったくらいよ。……だから、こういう返事が来るんじゃないかって予想はしてたわ」

 

 そのままの体勢で「しょうがないわよね」と呆れ混じりの、けれどもあたたかな笑みを浮かべる。

 

「アンタはそういうヤツだもの。そんな小説狂いで、小説のことだけやたらめったら熱くって、普段はおとなしいのに小説のことになるとわたしに食ってかかってくる面白いヤツ。そんなイチローだから、好きになったの」

 

 するりと一郎から離れて、それから、楽団の指揮者のようにひらりと指を振って、一郎に突きつけた。

 

「――勝負よ。わたしとイチローで一対一、正々堂々の勝負で決めようじゃない。わたしが勝ったら、イチローの一生をもらうわ。イチローが勝ったら、なんでもひとつ言うことを聞いてあげようじゃないの」

「……勝負か」

 

 困り顔の一郎に、エルフは悪戯小僧のような笑みを向ける。

 

「くふふ。勝負なんてしたくないって顔してるわね。大丈夫よ、安心なさい。わたしが好きになったイチローなら、絶対に喜んで受けるくれるはずだから」

 

 そう言うと、今度は不敵に笑って、理不尽をつきつける悪の親玉のように尊大に宣うた。

 

「――小説勝負よ。面白い小説を書いた方が勝ち。ジャンルはラノベにライト文芸に、純文学にホラーに紀行文まで、なんでもありの無差別級選手権よ! なんなら、トマトやドーナツが人間を襲うパニック・コメディでもかまわないわ」

 

 どうかしら、と挑発的に一郎を見やる。

 

「――へぇ。面白そうじゃないか」

 

 一郎はにやりと笑った。

 一郎は、なにより小説が大切な小説狂いである。それも、小説家らしいことにワガママだ。自分が書きたい小説を書くためなら、常識はずれの行動も平気でとるし、計算高くもなる。そして、小説は私生活のすべてに優先する。

 そんなだから、「面白そうだな」と思わせてしまえば、あとは容易い。たとえ結婚という人生の重大事がかかっていようが、小説勝負という面白そうな催しを辞退する理由にはならないのだ。

 

「それじゃあ、受けて立つのね?」

「もちろんだよ。ああ、書くのはラノベにするよ。ラノベ作家に、ラノベで挑む。同じ小説家として、こんな楽しいことはないからね」

 

 めずらしく不敵に笑う一郎である。

 

「っ!」

 

 思わずエルフは身を退きかけた。黒曜石の瞳に、ゆらゆら揺れる黒炎を幻視したからである。

 けれども、エルフとて不退転の決意である。負けてなるものかと声を張る。

 

「あらあら! はやくも勝負を投げてしまったのかしら。そんなにこのエルフちゃんと一緒になりたいのなら、素直にそう言えばいいのに」

 

 根が単純な性格のエルフである。虚勢を張るうちに調子が戻ってきて、気が付けば、いつもの調子でマイクパフォーマンスをしていた。

 それは、一郎をたいそう喜ばせた。

 

「ふはっ! いいねぇ、小説家たるもの、そうじゃあなくっちゃ!」

 

 一郎の顔が裂けた。

 裂けんばかりに口を開いて、獣のような笑みをかたちづくる。

 それは、小説に生涯を捧げた男の業そのものである。

 であればこそ、エルフは負けることはできない。背をのばして胸をはり、腕を振るって、戦意をたたきつけた。

 

「負けないわよ! 今回ばかりは、傑作中の傑作にする自信があるんだから!」

 

 こうして、二人の作家は人生を賭けて対峙するのだった。

 

「たっだいま~、今日もかわいいめぐみちゃんが来ましたよー。って、どうしたの二人とも! 喧嘩ですかっ!?」

 

 もう一人の人物を巻き込みながら。




11,888文字。


 転勤と引っ越しのため、思うように時間が取れないでいます。ほんとうは、全て今日中に投下したかったのですが……。
 次の投稿はしばらく先になります。

 ところで、四月一日なのに新たな勤務地には雪かきの道具がありました。おかしいなと思っていると、昼間に吹雪いて車がかまくらみたいになりました。おかしいな、春なのに。
 聞けば、僻地手当と寒冷地手当が頂けるそうです。暖房費と、雪かきの人足代と、スタッドレスタイヤ代の足しになるかしらん。
 社宅には、冷房とインターネット回線がありません。前者は言うまでもありませんが、後者も「最低限文化的」な設備だと思うんです。
 そんな某県の県北にやってきました。土手の下を見かけるたびに戦々恐々とします。ああ~たまらねぇぜ!

 それはさて置き、エルフちゃんパワーでプロッットが青色吐息です。これもうエルフちゃんルートなんじゃ……。


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ネタ解説
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冒頭部の描写:
 なろうの『玉葱とクラリオン』の、マルチ商法で億万長者になったシーンを参考に。

見なさい、人がゴミのようよ:
 お決まりの台詞。

GTA5の最高級物件:
 大抵が高層マンションの最上階。とてもオシャンティ。

七曜宮:
 『グインサーガ』に登場する、とある宮殿の名称。

すっごぉい、ハイツ・ハイソよりたかぁ~い!:
 名作RPG『バハムートラグーン』より。「サラマンダーより、ずっとはやい!!」はあまりに有名。

半裸のオッサンが、はちきれんばかりの筋肉を見せつけていた:
 グイン・サーガ作中でのグインの挿絵はだいたいこんな感じ。

それはそれは萌える豹面オヤジなんだからぁ~(中略)ね、萌えるでしょ?:
 グイン・サーガで一番萌えるキャラは、この豹面オヤヂだと思います。

ヒス持ちのロイヤルビッチ王女様:
 グイン・サーガのシルヴィア王女のこと。ビッチ、ありだと思います。

魂の兄弟:
 フリーPCゲーム『elona』より。仲間からの信頼度、あるいは仲の良さのパラメータの最高値を示す表示。

ここがイチローのハウスね:
 元ネタは「ここがあの女のハウスね」。

トマトやドーナツが人間を襲うパニック・コメディ:
 寿司が人を襲うヤツもあります。
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