転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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3.三人のラノベ作家

 ***

 

 

 玄関先で仁王立ちする山田エルフが、鈴木一郎を出迎えた。金糸の髪を、まっしろな指で手櫛に解く。それはまるで、陽光きらめく水面で跳ねる白魚のようだった。

 たおやかに家を指さし、詠うように吟じあげた。

 

「ようこそ、我がクリスタルパレスへ!」

「その名前は……!」

 

 一郎はぎょっとした。奇遇とはまさにこのことで、『豹頭譚』に登場するとある王国の宮殿と同じ名前なのだ。

 ひょっとして自分の作品を読んだのかと思ったが、そういうわけではないらしい。

 

「どうよ。格好いい名前でしょ」

 

 白い頬を上気させて、エルフはふんぞり返る。

 縁起の悪いことこの上ない。なにせ『豹頭譚』の物語は、かの水晶宮(クリスタル・パレス)が敵国の奇襲によって蹂躙され、王家の双子が着の身そのままで逃げ落ちるところから始まるのだ。それになぞらえるなら、エルフもまたこのクリスタルパレスを追われることとなるのである。更に言うと、水晶宮(クリスタル・パレス)の受難はこれに留まらないし、追われた子供も当然大変な目に遭う。

 

「アニメ化資本を当て込んでキャッシュで購入したのよ。一括購入よ、一括購入。まさにアニメ化御殿よね!」

「なんて早まったことを……」

「ちょっと、どういうことよ!」

 

 アニメがこけて水晶宮から追い出されるエルフの姿が脳裏に浮かぶ。アニメがこけた先達の身としては忠告しておきたいところであった。

 

「取らぬ狸の皮算用という諺があってだね」

「狸の皮ザンヨー?」

 

 山田エルフは中学校にろくに通っていない。のみならず、彼女は外国人である。「わたしは八ヶ国語を話す才媛よ!」などと胸に手を当てお上品におほほほと笑っていたが、そうはいっても日本語は第二外国語であろう。

 いくら優れた第二言語学習者でも、その力はネイティヴのそれとは比べ物にならない。何十年間も日本語を学んできた外国人の日本語学者が、わずか六歳の子供に絵本の読解スピードで負けて大変なショックを受けたという話がある。

 それを思えば、第二言語学習者でありながら小説を、しかもヒット作を書き上げる山田エルフという少女は、確かに天賦の才があると言えた。

 

「この場合は、借金の返済に博打の勝ちを当て込むのは正気の沙汰じゃない、みたいなトコかな」

「なによ。わたしのアニメが失敗するっていうの。そうならないように、わたし自ら監修をしてるんじゃないの!」

「え、監修してたのかい。僕はてっきり、制作会社に丸投げしてるものとばかり思っていたよ」

 

 鈴木一郎がこうして山田エルフの邸宅――クリスタルパレスを訪れるようになって早数日。その間の自称アニメ化作家ときたら、見聞きする限りでは寝ては食って遊び、料理をして掃除洗濯をしてと、なかなかこまめに家事には取り組んでいるらしかったが、作家業には全くと言っていい程ノータッチであるようなのだ。

 

「今はまだその時じゃないわ。楽しいものを書くには、楽しく書ける時じゃなくっちゃいけないの」というのが山田エルフの言であった。

 一郎もその言い分には、どちらかといえば賛成だったから、それ以上口うるさく言い募ることはしなかった。ただただ、にこにこと、あるいはにやにやと「そう」とほほ笑むだけである。

 そうした、どこか一線を引いた一郎の態度は、エルフの自堕落をますます加速させた。叱りつける人間がいないので、もともと貧弱な自制心がいよいよ寝たきりになったようである。

 

「そんなことより、一緒にゲームしなさいよ。新作ゲームが出たんだけど、協力プレイできるのよ」

「ゲームか。僕にできるかな。インベーダーゲームかファミコンしかしたことがない」

「あんた、随分なレトロ趣味ね」

「ボードゲームの方が趣味なんだ。麻雀とかね」

「オッサン趣味ね。頭の中にオッサンでも入ってるんじゃないの」

「びっくりした。鋭いね、エルフさんは」

 

 はい、と言いながらコントローラーを手渡してくる。受け取って当然と言わんばかりである。

 もちろん、一郎は受け取った。

 

「よく言われるよ、好奇心旺盛なオッサンだって。古くさい趣味してるけど、新しい体験は大好きだよ」

 

 よっ、ほっ! と言いながらコントローラーを操る。画面上のキャラクタと合わせて身体が傾くのはご愛嬌である。

 

「ちょっと、フレンドリーファイアよ、下手くそ!」

「悪い悪い」

「笑いながら撃ってんじゃないわよ、わざとなの!? わざとよね!」

「ごめんごめん。わざとじゃないんだけど、いや、これは難しい」

「むきー!」

 

 というやりとりをしていた時である。

 ピンポン、とチャイムが鳴った。

 おや、と一郎は首を傾げた。この洋館がクリスタルパレスとなったのはつい半月ほど前のことである。ここを訪れる人間は、一郎の知る限りでは担任と自分ぐらいである。

 

「来たわね」

 

 エルフは嬉しそうに言った。

 それは、一郎が初めて見る表情だった。

 つけたばかりのゲーム機を切ると、エルフは立ちあがって言う。

 

「ちょうどいいわ。イチローに紹介しておきたいヤツがいるのよ」

 

 

 ***

 

 

「おいエルフ。その人って、お前のご家族ってワケじゃないよな」

 

 部屋に上がってくるなり、その少年は困惑の声をあげた。

 そんな少年をひしと指差して、エルフは一郎に顔を向ける。

 

「こいつもわたしと同じ作家よ。名は、和泉マサムネ。イズミマサムネってのは本名で、かつペンネームってわけ。あんたと同じでセンス無いわよね」

「おい、他人様の名前になに失礼なこと言ってるんだよ! そういうお前こそ、山田エルフだなんて出来の悪い冗談みたいな名前じゃないか!」

「ちがいますぅ~。山田エルフは、まさしくエルフのように可憐で美しいわたしにぴったりのハイセンスでエレガントなネーミングですぅ~」

「ちがいますぅ~。どっかのドカベンにファンタジーを足して悪意で割って冗談に仕立て上げたような、意図して作られた頭の悪いエロゲーにしか登場しないくらい加減なネーミングですぅ~」

「なによ!」

「なんだよ!」

 

 と火花を散らす二人の姿は、まるで十年来の親友のようである。

 当然、一郎はおもしろくなかったので、苦笑まじりにからかった。

 

「仲が良いのは結構だけどね。僕のことも思い出して欲しいな」

「あっ」

 

 というのは、どちらの声だろうか。

 エルフはバツが悪そうな顔をし、マサムネは初めて一郎を見た、とでもいうような顔をした。

 

「えっと、すいません、失礼しました。どうもご紹介に預かりました、和泉正宗と言います。ペンネームは和泉マサムネです」

 

 と頭を下げる姿に、一郎は好感を覚えた。

 和泉マサムネ少年は、痩せ形中背とはいえ高校生である。中学生の一郎は頭ひとつほど背も低く、顔立ちも幼い。にも関わらず「同業者」に対する礼をしっかりと取ってみせたのだ。

 

「あの、俺と同じってことは、あなたも小説家なんですか」

「ええ。僕は鈴木一郎と言います。どこぞの野球選手の本名と同じ漢字を当てます。ペンネームも同じです」

 

 懐から名刺を取り出す。

 

「あの、すいません。俺、名刺を持ってなくって」

「いえいえ、お構いなく。学生作家で名刺まで作ってる人は珍しいので。それこそ自己顕示欲がめっぽう強いか、方々と打ち合わせする必要のある人くらいじゃないかな」

 

 エルフは前者と後者を兼ねる。アニメ化作家ということを吹聴して回りたくてうずうずしているきらいがあるが、接触するアニメ・出版の業界人が爆発的に増えたからという理由もあった。

 それではお前はどちらなのだ、という疑問を顔面に張り付けたマサムネは名刺に視線を落とすと、うおっと声をあげた。

 

「代表作品『豹頭譚』だって!? 『豹頭譚』って、あの!?」

「知ってるんですか。嬉しいなぁ」

「知ってるもなにも、日本のファンタジー作品の代表格じゃないですか! シリーズは連載百巻越え。書店に行けば嫌でも目に入る、同じ背表紙がずらりと棚をまるまる一つ占領するという不気味な絵面。あんまり凄すぎて、俺の本を立てかけて隠してやろうという気すら失せるぜ……」

「ん? 聞き間違いかな、恐ろしい台詞が聞こえたような」

「え? 俺、何か言いましたか」

 

 いかにも真面目かつ誠実な好青年に見えるが、実はこいつ結構ヤバイやつなのでは、と一郎は慄いた。

 

「ってか、エルフ、お前すげーな。こんな大物と知り合いだなんて」

「わたしが凄いのは当然だけど、そんなに凄いのかしら、イチローって。確かに戦闘力はわたしより上だけど、他人の作品を引き継いでの数字よ。いわば仲間の気を分けてもらったドーピング状態、あるいはボディチェンジで身体を奪ったギニュー隊長みたいなものじゃない」

「ばっ、馬鹿、お前! そんな作品の後継者に認められて、しかも売り上げもそこまで落ちてないばかりか、ファンですら辛口コメントばかりで嫌気のするネット上の評判だって上々なんだぞ! それがどれだけ凄いことか、お前はぜんぜん分かってない」

 

 マサムネは吠えた。特に最後の節は力が入っている。

 

「そんなのあんただけですぅ~。わたしの下僕(ファン)は従順ですぅ~。いつもわたしの作品を絶賛してくれてますぅ~」

 

 と唇を尖らせるエルフは手に負えないと見たのか、マサムネは一郎に向き直る。

 

「えっと、鈴木先生、でいいのかな? 俺から見たら先輩作家だし、ずっと大物だし、敬語は崩せないよな……」

 

 その小さなつぶやきを、一郎は聞き逃さなかった。

 

「一郎でいいですよ、マサムネ先生。作品の売れる売れないは腕だけじゃ決まりませんし、お互い同業者ってことで、気楽な口調でお願いします」

 

 などと見た目も年齢も自分よりずっと若い先輩作家に言われたマサムネは、困った顔で逡巡して、

 

「……そういう一郎先生だって、かしこまった口調じゃないか」

 

 と絞り出した。

 それが苦りきった声だったから、人の悪い一郎は思わず吹き出した。

 

「いや、ごめんごめん。話題の高校生作家はどんな反応するのかなと思って、つい意地悪をしちゃったよ」

「同じレーベルに、俺よりもっと年下で、もっと売れてるやつもいるけどな。というか、それを言ったら自分だって最年少の小学生デビュー作家じゃないか」

 

 苦笑でマサムネが応じてみせる。

 一郎は「僕のは反則みたいなもんだから」とひそかに口の中で転がして、続けた。

 

「それにしても、中学生作家に高校生作家。若年作家のバーゲンセールじゃないか。いったい近年の若者はどうなってるんだろうね」

「まさにスーパーサイヤ人のバーゲンセール、ってやつね!」

 

 エルフの弾む声が割って入る。

 

「時代の変化ってやつよ。小学生から老人まで誰もが気楽に自分の作品を公開できるようになって、ネット小説が流行った。たくさんのファンを持つ作品が出てくると、今度は出版社が目を付けるわ。この作品をウチが出せば売れる、金になるってね。結果、マサムネのような高校生作家が誕生するようになったのよ」

「俺の場合は新人賞への応募だったけどな。でも、俺のネット小説を喜んでくれる人がいたってのが、プロ作家を目指す一番のきっかけになったのかな」

「ああ、感想なんかすぐに書き込まれるんだってね。確かにそれは励みになる」

「っていうか、イチローってネット小説読むの?」

「小学生の頃から読んでるよ。カラオケも行けばゾンビ映画も見るし、ゲーセンでクレーンゲームだってする。人並みの中学生してるつもりさ」

「げっ、なんか意外。もっとこう、俺様はザ・小説家でございって感じで、書斎でしこしこ原稿用紙に向かってそうなイメージだった」

「うーん、それを聞いて怒るべきなのか、喜ぶべきなのか」

「怒ったらいいんじゃないかな。俺なら確実に怒ってる」

「それにしても、へぇ、カラオケね。どうせ寂しくヒトカラでしょ。可哀想なイチローくんの為に、これからカラオケに付き合ってあげましょうか! もちろんあんたも一緒よ、マサムネ」

「ただ単にお前が遊びたいだけだろ。っていうか、そんなことしてて大丈夫なのかよ」

「大丈夫ってなにが?」

「もう締め切りまで何日もないだろ。今日までお前が仕事らしい仕事してる姿なんか見たことないぞ。本当に間に合うのかよ」

「大丈夫よ。なんたってわたしは大作家だから、固有スキルでなんとでもなるわ」

 

 右手で左目を隠し、腰をひねってスタイリッシュにポージングを決めた。

 そんな自称美少女天才作家を「これがアホ可愛いってやつかぁ」とほんわか眺めながら、一郎は小首を傾げる。

 

「スキル?」

「そう、スキルよ。全ての作家は売り上げ二百万部以上になると大作家にジョブチェンジして、固有のスキルを得るの」

「随分詳しく設定練ってるんだな。で、お前のスキルって?」

 

 と呆れ半分で尋ねたのはマサムネである。

 

完成原稿召還(サモンザダークネス)よ。完成した原稿を異界から召還するの。そして、スキルを使うにはまだMPが足りないわ。ちなみにMPは、神聖な歌の満ちる聖域に行けば回復できるわ」

「つまりカラオケ行こうってか! スキル使えないってことは、まだ全く原稿書いてないってことだろ!」

 

 うぎゃあとマサムネは噴火した。

 

「ちゃんと仕事しろよ、仕事! 毎日こつこつ書くもんだろうが!」

「毎日こつこつって……ひょっとしてあんた、そんな仕事の仕方してるの」

 

 形の良い眉が、眉間に寄る。

 当然だろと返したマサムネに、エルフはぴしゃりと言い放った。

 

「だからあんたの小説はつまらないのよ」

「つっ、つまらない!?」

 

 ぬわぁぁー! とマサムネは悲鳴をあげる。

 そんなマサムネをひしと指さして、エルフは追い打ちをかける。

 

「気乗りしない時にいくら書いたって、文章に魂は乗らないわ。そんなのはバカのすることよ」

「ば、バカ。俺がバカ。バカにバカって言われる程のバカ……」

 

 うなだれるマサムネの肩に、そっと手が置かれる。

 

「マサムネ先生、あんまり気にしない方がいい」

 

 一郎である。

 一郎は、優しく語りかける。

 

「世には二種類の作家がいるんだ。こつこつ毎日書いていく作家と、興の乗った時にガッと一気に書き上げる作家だ。真面目な君は前者なんだろう。けれども、気分屋の山田エルフ先生はバリバリの後者なんだ」

 

 などと言われても、すぐに納得できるものではない。マサムネは、訝しげに眉をひそめる。

 

「……ちなみに一郎先生は?」

「うーん、折衷型かな」

「三種類いるじゃねぇか!」

 

 吠えるマサムネの肩に再度手を置くと、それはさておき、と強引に続ける。

 

「考えてもご覧。こんな気分と思いつきで生きてるような人が、毎日こつこつ仕事なんてできると思うかい」

「いや、全く以てこれっぽっちも。なるほどな、そう言われてみれば納得だ。ドジョウは清流には住めないもんな」

「おいこら、あんた達!」

「だって本当のことだろ。考えてみれば、お前がきちんと仕事なんてできるわけないもんな」

 

 あまりにも失礼な言いぐさである。

 案の定、エルフは反論した。ただし、その論旨はマサムネの想像を大きく越えていた。

 

「勘違いしないでちょうだい。わたしは仕事なんかしないわ」

「なっ――」

 

 マサムネは息を呑んだ。エルフの琥珀色の瞳が冷たく、そして熱く、鋭くマサムネを見据えていたのだ。それは炎を閉じこめた氷のまなざしであった。

 

「わたしは趣味で小説を書いてるのよ。趣味だからこそ、決して妥協しないわ。最高に面白いものを書く為に、最高の努力をするの。やる気全開マックスファイアー状態で書いてこそ、自分のベストを上回る傑作が書けるのよ。そんなベスト以上の作品を書き上げることが、下僕(ファン)たちに対するわたしの務めなの!」

「なんてむちゃくちゃな……」

 

 台詞とは裏腹に、マサムネはエルフの主張を認めていた。認めざるをえなかった。

 氷のなかの炎はだんだん勢いを増し、ついには氷を溶かして、マサムネをひと呑みにしたのだ。

 

「いや……そうだな。そうだよ、お前の言うとおりだ。俺の最高に可愛い妹の可愛さを伝えるんだ。全力を更に越えた全力(百パーセント中の百パーセント)じゃないと、最高に可愛い妹の最高の可愛さは最高には伝わらない。ありがとう、エルフ。俺、やるよ! 腹をくくって待ってろ、俺はお前には負けない。エロマンガ先生は渡さないぞ!」

 

 と指を突きつけ叫ぶなり、マサムネは駆けだした。エルフに点けられた炎が、彼の内部で暴れ狂っているのだ。

 そんなマサムネを見送って、一郎は楽しそうに言った。

 

「へぇ、面白い子だね」

「でしょう。あいつは面白いのよ」

「それに、面白いことをしているみたいじゃないか」

 

 どうやら、エルフとマサムネはエロマンガ先生とやらを巡って勝負のようなことをしているらしい。

 水を向けると、エルフは嬉しそうに語りだす。

 

「エロマンガ先生は、マサムネのラノベのイラスト担当よ。すごいのよ。とっっってもエッチな女の娘の絵を描くの!」

「へ、へぇ……」

 

 琥珀の瞳をきらきら輝かせて、とびっきりの宝物を見出した童のように語る。

 これで卑猥なことさえ叫んでいなければ、それだけで一郎は再度惚れ直したところであろう。

 

「わたしは、エロマンガ先生が欲しいの。わたしの書いた最高の文章に、最高にエッチなイラストを描いてもらって、最高のラノベを作り上げたいの」

「なるほど。相棒をかけて、小説の出来を競うのか。それはなんていうか――」

 

 一郎は奥歯を噛みしめた。腹の底からこみ上げてくるその衝動をこらえようとしたのだ。

 だが、その努力は無駄だった。噛みしめた歯間から、くっくと笑いがこぼれる。

 ついには笑い声と一緒になって、一郎は声をあげていた。

 

「すごい。すごく、羨ましい……! そんな少年マンガみたいな、最高に貴重で面白い体験、是非ともしてみたい! それをネタに書く小説は、いったいどんなふうになるんだろう! きっと今までよりも、もっとずっと斬新で印象的な、面白い文章が書けるに違いない!」

 

 突如声を張り上げ、一郎は笑った。

 奇行である。いつも薄笑いの向こうに自分の内心をひた隠す、捉えどころのない男が、突然笑い出したのである。

 もしも口の悪い幼馴染みがこの場に居合わせたなら、ぎょっとして、一郎から距離を取ったに違いない。キモイだと何だの、さんざん口を荒らしたであろうことは、想像に難くない。

 エルフは違った。彼女は、いつになく感情的な一郎を見ても驚くことなく、代わりに、にやりと笑ったのである。

 

「へぇ、いいじゃない。普段のイチローより、ずっとずっといいわ。そういう熱いの、わたしは好きよ。す、好きって言っても、そういうアレじゃないからね!」

 

 それがまた、一郎の激情を再点火した。

 

「ははは! 分かってるよ。エルフさんのそれは、あんなんじゃなくって、もっとアレなソレなんでしょ。ははは!」

「あっ、バカにしたわね、この!」

 

 笑う一郎と、顔を真っ赤にして金切り声をあげるエルフ。

 ようやく一郎が笑いを収めた時である。エルフは、すっかり真面目な顔になって、つぶやいた。

 

「わたしも火が点いちゃったみたい」

 

 イチロー、と呼びかける。

 

「今日はもう帰ってちょうだい。これからスキル発動の準備に入るわ」

 

 空気を読んで「ああ、原稿を書くんだね」とは言わないでおく一郎であった。

 

「ねぇ、エルフさん」

 

 玄関口で、一郎はエルフを呼び止めた。

 いわゆる「やる気マックスファイアー状態」なエルフはうずうずしており、一郎を追い出すやいなや踵を返そうとしていたところであった。

 不機嫌そうに「なによ」と言いかけたエルフであったが、思わず言葉を飲み込んだ。

 一郎の黒曜石の瞳が、真正面から力強くエルフを射抜いていたのである。

 エルフの肌が上気する。こんなに真っ直ぐ見つめられたのは、不意の告白を突きつけられた、あのとき以来だったのだ。

 エルフは身構える。いくら優れた容姿を自覚し、美少女を自称していたところで、そこは対人経験の浅い不登校中学生である。真正面からあけすけに好意を告げられることに不慣れであった。

 だが、その心配は杞憂であった。

 

「ラノベって楽しそうだね。マサムネ先生も、エルフさんもすっごく楽しそうだ。そんな君たちを見てたら、僕も新しいものを――ラノベを書きたくなってきた」

 

 一郎は笑った。どこまでも澄み渡った、彼の心の奥底までのぞかせたような、それは幼い笑みだった。

 それは、エルフが初めて見る「年相応」の鈴木一郎だった。

 

「前に『豹頭譚』ばかり書いて楽しいのかって訊かれた時、実はちょっと思ったんだ。新しい作品が書きたいって。もちろん『豹頭譚』を書くのも好きだけど、それだけじゃなく新しい作品も書きたいって。――書いてみるよ、僕もラノベを。他の誰も書いたことのない、新しいラノベを。そしたら、僕もライバルに加えてくれないか」

 

 エルフはぱちくりと目を瞬いて、それから、にやりと桜色の唇をつり上げた。

 

「この美少女天才作家山田エルフ様と同じ土俵に上がろうとは、いい度胸ね。面白いじゃない。かかってきなさい。わたしの足下にはいつくばらせてやるわ。あんたもマサムネも、ううん、日本中のラノベ作家だってまとめて相手にしてやるわ!」

 

 視線がぶつかり、火花を散らす。

 このとき、二人は初めて同じ目線の高さで言葉を交わしたのである。

 




8,370文字

ちょっとだけ距離が縮まった感。
でも次回フラれます。

なお、本作は練習を兼ねています。文章のご意見、ご感想、ご助言など頂ければ幸甚です。
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