***
和泉家のリビングには、三人の作家が雁首をそろえて鎮座していた。
三人の様子はまちまちである。
高校生作家の和泉マサムネは、肩肘をはってノートパソコンの前に陣取っている。
それもその筈で、彼は連載の終了を受け、作家としての生き残りをかけて『ラノベ天下一武道会』に臨んでいたのである。
その隣でくつろいでいるのは、中学生作家の鈴木一郎である。
彼もまた、ラノベ作家としてのデビューをかけて同コンペに応募していた筈である。それが、どういうわけか、悠長に茶などすすって宣うた。
「マサムネ先生、更新までまだ十分あるよ。ゆっくりお茶でもしばかないかい」
「でも、早くにページが更新されるかもしれないじゃないか。俺にとっては作家生命のかかった結果発表なんだ。とてもそんな気になれないよ」
と胃を撫でるマサムネである。
一郎にしても、その気持ちは分からないではない。
三十年余りの作家人生の一番始め。作家としてデビューをかけた、最初の挑戦。その時はまさに、マサムネのように緊張に身を縮こまらせていたのである。
「やれることはなんでもやる。僕もそうやって作家デビューを果たした。マサムネ先生も、エルフさんに監修してもらって、何度も書き直して、全力を尽くした。――大丈夫だよ。自信を持っていい。マサムネ先生の作品が一番面白かった」
「一郎先生にそう言われると、なんだか安心してくるよ」
「なによ、わたしじゃ不安だっての」
薄い唇をかわいくひん曲げて、ぷりぷり言う。
妖精のような幼い美貌をフリフリの服で飾りあげた、まさに絵画のような出で立ちの、その少女は、中学生作家の山田エルフである。
彼女は今回、マサムネの作品に数々の助言をしてきた。やれ展開が遅いだの、キャラのパンチが弱いだの、担当編集のようにマサムネを熱く厳しく監督してきた。のみならず、初めてライトノベルを書く一郎にも薫陶を授け、冗談半分、感謝半分で「師匠」と呼ばれるほどである。
そんな彼女は、二人の一歩後ろに陣取り、ニヤニヤしながら二人の姿を見比べる。
落ち着きのないマサムネを見てはうんうんと頷き、やけに落ち着いた一郎を見ては面白くなさそうに眉を寄せる。一生懸命に物事に打ちこみ一喜一憂する、魂の発露とでもいうべき姿を見るのが、彼女は好きなのだった。
「そういう一郎は、残念だったわね」
「お前ね、なんでそう余計な場面でド直球投げるかな。俺だって敢えて触れないでおいたのに」
「分からないわね、そういう日本的な気遣いって。そんな気持ちでいたんじゃ、お互い気持ち悪いじゃない。面倒くさいことはサクッと終わらせて、マサムネの勝利または敗北を楽しもうじゃないの」
「人様の人生のかかった勝負をおもちゃにするんじゃない! ったく、俺はともかく、一郎先生には謝れよ」
「大丈夫だよ、マサムネ先生。もう心の整理はついてるから」
と穏やかに言われては、マサムネも二の句が継げない。
にわかに立ちこめた気まずい沈黙を払ったのは、エルフだった。
「もうそろそろ時間なんじゃないのさっさと更新しなさいよ。ほらっ」
「こら、そんなに
「そんなヤワなサーバ使ってる筈がないじゃない。F5連打ごときで落とせたら、世の中スーパーハカーだらけよ。どれだけ連射しても問題ないわ。ほら見て、十六連射よ、十六連射」
何度目かのクリックで、画面が一新された。でかでかとした「準備中」の表示は消え去り、代わりに、待ちに待った結果が表示される。
マサムネは身を乗り出す。
「……!」
ぎし、とマウスのきしむ音がした。それは果たして、歓喜の声の代弁だった。
――第一位、和泉マサムネ。
画面は、マサムネの勝利を告げていた。
「やっ――」
我知らずほとばしりそうになる歓喜の声を、とっさにマサムネは飲み込んだ。しまったという顔で、一郎を見やる。
一郎は、しかし、笑顔で頷いてみせる。
(喜んじゃっていいんですか)
(喜んじゃっていいんです)
そんな目配せがあって、ようやく、マサムネは喜びの声をあげた。
横目に見ていたエルフが、呆れまじりのため息をつく。
「日本人って面倒くさいわね。そんなので疲れないの?」
「そういうエルフさんだって、よっぽど気遣いの人だと思うけどね。行動は異文化だけど。ところで、マサムネ先生に勝負を挑んだっていうライバル先生はどうだったのかな」
「ああ、ムラマサ先輩だな」
マサムネは画面をスクルールしていく。
第一位、和泉マサムネ。
第二位、獅童国光。
そこからずっと下、ページの最下段に、その記載はあった。
「ムラマサ先輩、規定違反で失格だってさ。投票数の減点だとか、なんらかのペナルティはあると思ってたけど」
「ま、文字数オーバーじゃ仕方ないわね。それで優勝なんてした日には、他の作家に刺されても文句言えないし」
「へぇ、投票数は一番なんだ。僕はマサムネ先生の方が面白いと思うけど、そのムラマサ先生とやらも、惜しいことをしたね」
投票数だけを見れば、千寿ムラマサこそが堂々の一位なのである。
ただ、既定の文量を遙かにオーバーする超大作を送りつけるという横紙破りを堂々とやってのけた為、あえなく失格となった。
その結果、僅差で二位に着けていたマサムネが、繰り上げ一位となったのである。
「何はともあれ、優勝おめでとう」
「ほら、喜びなさいよ。俺が一番だー、ムラマサのヒモにはならないぞ、ざまみろーって。なんだったら、勝負の報酬を今からでも変えて、裸で町内一周でもさせちゃいなさいよ」
一郎はにこりと微笑み、エルフは物騒なことを言いながら、無遠慮にばしばし背中を叩く。二人とも、心からマサムネの一等賞を喜んでいる。
だというのに、他ならぬ当の本人は、心ここにあらずと言った様子である。
「なによ、暗い顔して」
「いやさ。ムラマサ先輩はやっぱすげーなって」
千寿ムラマサは投票数だけなら一位であった。それも、はじめて挑戦したであろうラブコメという分野で、である。
「ムラマサ先輩さ。ラブコメだなんてくだらないって、そう言ってたんだ。俺もラブコメなんてやめて、バトルものを書けって。それくらい、ラブコメを嫌ってた。それなのに、コレだからなぁ」
腕を組み、難しい顔で画面を示す。
「俺だって、最高に面白い小説を書いたつもりだった。けど、ムラマサ先輩の小説だって、すっげぇ面白かった。だから思っちゃうんだ。本当に俺が一位でいいんだろうかって」
マサムネの額には、暗雲が立ちこめているかのようである。
「バカね」
エルフは一笑した。
「ムラマサのアホときたら、いったいどれだけ文字数オーバーしたと思ってるのよ。そんだけ書いていいなら、アンタだってもっと面白い話が書けたでしょ」
「それは……そうかもな。必ずしも長ければ面白くなるってわけじゃないけど、今の俺なら、面白いネタをもっと詰め込むことはできたと思う」
「でしょ? 片やマサムネはルールのなかで最高の小説を書いた。片やムラマサのバカはルールを無視して好きなだけ書いて、マサムネと僅差。だったら、ルールを守ったアンタの圧勝ってことでいいじゃない」
それに、とエルフは続ける。
「小説ってのはね。読ませる相手を限定すればするほど、面白くなるのよ。ほら、パロディだってニッチであればあるほど、分かる人はニヤリとできるじゃない。その点、あんた程この作品を楽しめるヤツはいない筈よ。他のどの読者も、あんたほどは楽しめなかった筈だわ」
「う、それは、まぁ……」
マサムネは頬を染め、落ち着きなく視線をさまよわせる。それだけ強烈な内容だったのだ。マサムネにとっては殊更に。
件の小説の内容が、マサムネ本人に宛てたラブレターとなんら選ぶところがないことは、事情を知る者には一目瞭然であった。
「それじゃあダメなのよ。アイツの小説は、徹頭徹尾マサムネと自分の為だけの小説。マサムネの小説は、たくさんの読者の為の小説。その差が順位に出たってことよ」
「なるほど。プロとしての意識の差ってやつだね」
一郎が頷く。
二人の支持を得て、マサムネもようやく、この結果の正当性を認めることができたらしい。
「そっか、そうだよな。俺は、小説家を続けるために、たくさんの人に楽しんでもらえるような小説を書いて、たくさんの人に読んでもらうための賞に応募したんだもんな」
今やすっかり、マサムネの額の陰りは晴れていた。
それを満足そうに見やるエルフに、一郎は嘆息する。
「流石エルフさんだなぁ」
かくも鮮やかに他者を元気づけ、しかも、それを喜ぶことのできる、太陽のような女性。それこそが、一郎が尊敬し愛する山田エルフという少女であった。
当の本人は、そんな一郎の内心など露知らず、一郎を名指して叱りつけた。
「ちょっと、そこでしたり顔で頷いてるプロ失格作家。あんただって人のこと言えないんだからね!」
「そうだ、規定違反といえば、一郎先生もじゃないか。アンタ一体何をやらかしたんだよ! ムラマサ先輩だって、一応は掲載されて投票もできたんだぞ」
マサムネは、PCの画面を指し示す。
――鈴木一郎先生の作品『ファンタジー・オブ・ザ・デッド』は、規定違反の為、掲載および投票することができません。
画面の最下部、ムラマサ失格のお知らせのすぐ下に、その一文は仲良く並んでいたのである。
「投票期間中にHP見たときはびっくりしたぜ。なにせ、投票ボタンの代わりに、鈴木一郎先生には投票できませんって一文があったんだからな」
「そりゃそうだろうね。そもそも作品だって掲載されなかったんだし」
一郎は肩をすくめてみせた。
作品そのものが掲載されていないのだから、もちろん投票することも叶わない。
事実上の不戦敗である。
「こいつ、元から読者に見せる気なんてなかったのよ。見なさいよ、ほら。規定なんて知ったこっちゃないって小説よ」
一郎から
「お前、もう読んだの?」
「最初の方だけね。わたしが缶詰で死にそうな思いをしてるときに、わざわざお菓子を持って遊びに来てくれたのよ。わたしのことを見捨ててくれた誰かさんと違ってね」
「あれはお前が悪いんだろ。それに、あんな黒服連中に楯突こうなんて思うかよ。重要人物のSPか、そうでなけりゃマフィアかと思ったぜ」
などとエルフの戯れ言を流しつ、マサムネは原稿を読みはじめる。
いくらもしないうちに、
「う、わぁ」
マサムネは呻き声をあげた。
「なんだ、これ、面白いぞ! 面白いけど、これはちょっと……うわ、うわっ、うへぇ!」
口元を押さえても、次から次へと呻き声が指の間からあふれてくる。
それくらい、一郎の小説は好き勝手していたのだ。
「一郎先生、よくこんなのラノベの賞に応募しようと思ったな。こんなの掲載できるわけないじゃないか」
「レーティング区分はR15かしら」
「R18って言われても俺は驚かないぞ。なんだよ、これ。ゾンビものの映画とかゲームとかマンガとかたくさんあるけど、こんなエグく”臭い”を表現してるのなんか初めて見たよ。どうしてそこを書こうと思ったのか……」
「常々、納得いかないと思ってたからね。”歩く死体”だっていうのに、腐敗についての表現が省かれすぎてるって。もっとリアリティのある作品を書きたいと思ったんだ」
一郎は飄々と答えた。
「リアリティか。たしかに、雰囲気は凄いな。凄いけど、凄すぎるっていうか……」
臭いだけではない。今にも腐りおちそうな肉が互いに絡み合い、ねちゃりと糸を引く様子。近くを通り過ぎるゾンビの吹かす風が、ふっと身体を撫でるときのうす気味悪さ。歩くたびにぬちゃりと耳にまとわりつく、粘着質な足音。
それらを読めば、いったい亡者どもの身体がどのような状態になっているのか、思わず考えずにはいられなかった。
マサムネは、背中を掻きむしった。いる筈のない蛆虫が幻痒をもたらしたのだ。
「う”ーん。今にも紙面から臭ってきそうなこの描写。どうやったらこんなの書けるのかしら。アンタの頭のなか、腐ってるんじゃないの?」
鼻をつまみながらエルフが言うものだから、一郎は言い募る。
「念のために言っておくけど、僕は腐ってなんかいないし、部屋だって臭くないよ。こないだ来たときだって、綺麗にしてたでしょう。変なものもなかったし」
「それじゃあ、このいやにリアルな描写は一体どうやって書いたんだ。もしかして、何かコツが?」
ずいとマサムネが身を寄せる。
もし何の参考もなしに書いたのであれば、それは、類まれな才能の発露か、それとも卓越した技術によるものである。後者であるなら、その秘訣を教わりたいと思ったのだ。
一郎の答えは、そのどちらでもなかった。
「腐らせた」
「へ?」
「実際に肉を腐らせて、何度も臭いをかいでは描写した。豚肉が人に近いらしいから、まずは豚肉を。それから描写の幅を広げるために、鶏肉に牛肉、羊に馬。おかげで、臭いでゾンビを書き分けるくらいになったよ」
「うわぁ……」
「それだけじゃない。腐った肉をトングでつかんで、地面の上をぺたぺた歩かせた。ぺたぺた、というよりも、もっとたくさんのパターンがあるって分かったよ。大収穫だね。それと、せっかくだから味も――」
「分かった、分かったから! もう黙ってくれ!」
「いやっ、近寄らないでっ。
何が一郎をそうまでさせるのか――
けだし執念であろう。一郎の黒曜石の瞳は、ふつふつと黒い炎を宿しているかのようだった。
底冷えのする熱気にあてられてマサムネは飛び退いた。その後ろにエルフが身を隠し、顔だけ出して一郎を威嚇する。
そうして、やれ「気持ち悪い」だの「悪趣味」だの「サイコパス」だのとさんざん罵倒を浴びせるエルフと、背中を掻きむしるマサムネであったが、いつの間にか一郎の作品に夢中になっていた。
話の筋は、このようなものである。
――陸の孤島とでもいうべき、山奥に設けられた魔術学園都市。そこで突然巻き起こるゾンビパニック。
腐臭と死臭のただようなか、ヒロインと部屋へと逃げ延び立て籠もる主人公は、やがて、危険を承知で生活物資を探しに学園都市を徘徊する。
そんな生活が何日も続くうちに、とうとう生活物資も底をつき始め、ついには生き残りをかけた人間同士のバトルロワイアルの様相を呈することとなる。
さらには、学園都市をかくのごとき魔界へと変貌せしめた、亡者の親玉、吸血鬼が現れて――
「なんというか、本当に好き勝手にやったわね」
エルフは、熱いため息をこぼした。
それは、醒めやらぬ興奮の余韻であった。あれだけ罵りを並び立てたにも関わらず、すっかり一郎の小説に夢中になって頁を送っていたのである。
趣味の
濃厚なハイファンタジーの世界を舞台に、ゾンビあふれるパニックホラーが軽快に、燃えて萌えるラノベ調に展開される。かと思えば、ときには抑揚たっぷりの、おどろおどろしい和風ホラーを演出した。
「自分の趣味をこれでもかと突っ込んだ、まさに”好き”のごった煮ね。節操なしよ。バカの雑煮ね」
「おい、ちょっとは言葉を選べよな」
「本当のことじゃない。ストーリーだって、どっかで見た展開の寄せ集めで目新しさなんてないし、キャラだってわたしの子の方がずっと格好いいし可愛いわ」
「お前ね……」
いっそ殴ってでも止めようかと思ったマサムネである。
その心配は、しかし、杞憂となった。
でも、とエルフが言葉を継いだのである。
「めっちゃ面白いのよね。雰囲気の作り方が抜群に巧いのよ」
読者はまず、みずみずしい奇妙な果物や、登場人物のいっぷう変わった暮らしぶりに度肝を抜かれる。
ひとびとは一日の無事を神に祈り、決して違えぬ約束を各々の神に誓い、夜のしじまに怯えては聖句を唱え、失敗の責任は悪魔に押しつけ、喧嘩相手は神ごと罵った。六つ足の動物にたとえて相手をからかい、ガラス細工のような可憐な花を引き合いに恋人を褒めちぎる。屋台ではよく分からぬ肉の串焼きを買い、恋人と仲良く分け合う。そのすぐ傍では、シチュー売りのおばばが声を張り上げて客を呼び込み、はす向かいでは客と店主が「まけろ」だの「びた一文まからぬ」だの言い争いをしている。
気がつけば、この奇妙な世界で暮らす、人間くさいひとびとの、にぎにぎしい日々の営みを横目に旅をしている心地になっていた。
「ああ、すごいよな。ほんの数ページなのに、すっかりこの世界に引き込まれてるんだ」
「ヒロインも可愛いし、いいと思うわ。裸にならないのが難点だけれど」
「裸はさておき、ヒロインが可愛いのは確かだよな。だってのに、なんだよこの展開は!」
この世界をもっと見たい。旅したい。
そう思いはじめたころに、ゾンビパニックが巻き起こるのだ。
亡者の醜悪な姿が、五感に訴えかける強烈な描写でもって、主人公と読者に襲いかかる。
展開や演出そのものは、どこかで見た作品の焼き直しである。そのなかにあってさえ、闇夜をながれる箒星の尾のように、異世界の不思議、異文化の臭いはぼうっと妖しくつきまとった。
ある者は頑なに信じた迷信とともに心中し、またある者は亡者の波に呑まれながら悪魔を呪った。神に誓ったとおり、最期を共にした恋人たちもいる。彼らは、今際の時まで、この世界の奇妙な在り方、不思議な魅力を読者に伝え続けたのである。
「豪商の倉庫にたて籠もって、魔法でゾンビをなぎ倒すわ。仲間と一緒にゾンビの群をなぎ倒して、馬車で逃げるわ。結局ヒロインはゾンビに殺されちゃうわ。やってることはB級ゾンビ映画なんだよなぁ。こんなに馬鹿馬鹿しいくせに生々しくってしっかりファンタジーしてるんだから、脱帽だよ」
「力業よね。それも、綺麗な力業。そっくりだわ。我が目を疑うくらいに」
「そっくりって?」
圧倒的な筆力で以て、パニックホラーをハイファンタジーに落とし込む技量は圧巻の一言につきる。喩えるなら、エレキギターでマイルドなフォークソングを演奏するようなものである。誰にでもできることではない。
その数少ない一例をエルフは知っていた。
「そっくりなのよ。『豹頭譚』の第一巻にね」
エルフは、神妙な面持ちで言葉を継いだ。
雰囲気を作り出す。それはまさしく、粟本芳の最初にして最大の武器であり、今となっては生涯をかけて磨き上げた、己が技術の集大成である。
『豹頭譚』の冒頭部では、短くない描写を必要としたそれは、今作ではもっと短く端的になっている。そのくせ、与える印象はより鮮烈なのだ。
「イチローの――鈴木一郎の書いた最新刊も読んで、思ったんだけどね。我が<神眼>によれば、これは粟本芳そのものよ。あるいは進化した粟本芳とでも言うべきかしら。おかしなことだけどね」
エルフは、まるで初めて鈴木一郎という作家を見たかような顔をした。あるいは、幽霊を目にしたような、とでも言えたかもしれない。
この大変洞察力に優れた山田エルフという作家は、文章から書き手の本質を見抜くことができた。
彼女の目には、鈴木一郎という同い年の中学生作家が、かのベテラン作家の亡霊のように映ったのである。
一方で、マサムネの感想は単純なものだった。
「へぇ、すごいじゃんか、一郎先生。エルフの人を見る目っていうか、小説を見る目は確かだぜ。俺のラノベもいろいろ見抜かれちゃったし、今回これだけおもしろい作品にできたのだって、七割は妹のおかげだとしても、残りはエルフのおかげみたいなもんなんだ。そんなエルフが、一郎先生こそが粟本先生の後継にふさわしいって太鼓判を押してくれてるんだぜ!」
「そういうのとも違うんだけど。うーん、でも、そんなラノベみたいなコトがある筈ないし。そういうことになるのかしら?」
エルフにしては珍しく、口ごもる。こっそり一郎を窺って、ぎょっと目を剥いた。
一郎が、感極まったように笑っていたのである。嬉しそうで、悲しそうでいて、切なくもある、制御不能の感情の嵐が渦巻いていた。
「――ありがとう」
一郎は天にも登る思いだった。
彼は、鈴木一郎として生を受けた以上、鈴木一郎として新たな人生を歩かねばと思っている。なればこそ、新しいことにすすんで挑戦し、ラノベ作家として立とうとしている。
けれども、一作家・粟本芳としてのプライドも捨ててはいない。己が半身ともいえる『豹頭譚』を真に描くことができるのは、自分をおいて他にいない。自分が書いた『豹頭譚』は偽物などではない。そのことを、作品で分からせなければならない――
文章の一句一言に込められた密かな主張を、エルフは過たず読み解いてみせたのだ。
「ありがとう、エルフさん。そう言ってもらえて、うれしい。僕を見つけてくれて、うれしい」
エルフは鼻白んだ。これではまるで、本当に
そんな二人のやりとりが、マサムネには理解できぬ。
けれども、一郎の気持ちはよく分かった。一郎にしては珍しい、というよりはじめて目にする心からの笑顔は、はじけるような喜びを雄弁に物語っていたのだ。
「なんだかよく分からないけど、一郎先生も楽しんだんだな。最高の仕事をやりきったぜって顔してる」
「ああ、力一杯楽しんだんだ。あんまり楽しくて、ちょっとばかしやり過ぎたかもしれないけどね」
「分かるよ。あんまり夢中になって、知り合いの裸婦像を勝手に描いたり、女の子のパンツを下ろしちゃうようなノリだろ。エロマンガ先生を思い出すぜ」
「流石、マサムネ先生は相棒も凄いね。はは……」
実妹への愛を叫んでやまない作家と、名前通りの変態絵師。類は友を呼ぶとはこのことかと一郎は驚愕することしきりである。
「けど、いつまでも笑ってられないぞ。確かにおもしろいラノベだけど、結果は規定違反で選考外。一郎先生、これからラノベはどうすんのさ」
「もちろん挑戦するけど、うーん、大丈夫だと思うんだよなぁ。あの出版社だし」
「へ?」
「僕なりに努力はしているってことだよ。最大限の努力をね」
神妙に尋ねるマサムネに、一郎は飄々と答える。
そんな一郎を、エルフは茫然と見やるのだった。
こうして闇に沈んだはずの、一郎の作品の刊行が決まったのは、その数日後のことである。
====山田エルフ先生の<
<執筆能力>
キャラ:C
ストーリー:C
設定:B
文章力:A
得意ジャンル:ハイファンタジー
[A:超スゴイ][B:スゴイ][C:ふつう][D:ニガテ][E:超ニガテ]
<スキル>
<Memo>
ラノベ参入を狙ってるハイファンタジー作家よ。
どこかで見たことある展開だし、設定もいい加減で、キャラも特別魅力的ってわけじゃないんだけど、雰囲気をつくるのがすごく上手いのよねぇ。気が付いたら夢中になって読んでるの。
あんな平凡な素材でこんな面白い小説書いちゃうんだから、残念な天才よ。
普段はにこにこしてるけど、小説書くときはニヤニヤしてるわ。文章も、楽しみながら書いてるのが読んでるこっちに伝わってくる素敵な文章ね。
当たり障りのないことばっかり言う胡散臭いヤツかと思ったけど、最近はなかなか熱くていいじゃない。ラノベでわたしに挑んでこようだなんて、なかなか面白いわ。
初めて話をした日のうちに粉かけてくる軟派なヤツかと思ったけど、ちょっとは骨があるみたいねっ。
9,682文字
「ぼくのかんがえたさいきょうのらのべ」を披露するオリ主SUGEEE回でした。しかも設定集付き。
次回、エルフちゃんと花火大会に行きます。