転生作家は美少女天才作家に恋をする   作:二不二

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書けたのでストックせずに投下します。


8.打ち上げ会

 ***

 

 

「ラノベ天下一武道会の打ち上げをするわよ」

 

 いつものように和泉家に遊びに来ていた一郎は、その決定事項を唐突に告げられた。

 もちろんマサムネも初耳だった。

 

「打ち上げって、このメンバーでか。いつもの面子で今更だし、そもそもおまえは応募者じゃないだろ」

「甘いわね。それは一を知って二を知らざる者の言葉よ」

 

 白魚の指をたおやかに振り、びしりと天を指すエルフ。

 そのまま片手で地面を指し、天上天下唯我独尊とでも宣うのかと思いきや、真面目に話しだす。

 

「参加者の獅童国光から連絡があったのよ。ぜひ打ち上げを、参加者の二人としたいって」

「えっ、どうしてエルフのとこに話がいってるわけ?」

 

 エルフの説明によれば、SNSで連絡があり、連絡手段のない一郎、マサムネとの連絡を仲介することになったとのことである。そのお義理で、エルフも参加する運びとなったと見える。

 

「まぁ、マサムネや一郎を口実に、この美の化身たるエルフ様とお近づきになりたいという思惑も、もちろんあるでしょうけどね」

「流石、エルフさん」

「おまえはやっぱりエルフだなぁ」

 

 微笑む一郎に倣って、微苦笑のマサムネであった。

 そこからの話はとんとん拍子であった。なにせエルフが仲介役をするのである。

 

「この日は新作ゲームの発売日だからダメね。この日は撮り貯めたアニメを消化したいし。よし、この日なら良さそうね!」

 

 ぐいぐいと話が進む。

 

「なにが良さそうねだよ! まぁ、俺も一郎先生も問題ないけどさ。獅童国光先生はどうなんだよ」

「大丈夫じゃないかしら。だってわたしにセッティングを一任したんだし」

「一任されたのは連絡の仲介だろ……」

 

 呆れ顔でつっこむマサムネである。一郎は軽く流して、話を促した。

 

「ということは、会場も獅童先生が?」

「それに関しては、国光がおさえるって。大学生らしいし、いいお店に詳しそうでいいんじゃない?」

「そうか、大学生なのか」

「…………」

 

 話が弾むなか、なにやら思案顔のマサムネであったが、やがて、決心したように口を開く。

 

「なぁ、そのことなんだけど、ここを会場にできないかな」

「マサムネ先生の家を?」

「ああ。今回の優勝はエロマンガ先生との二人三脚で勝ち取ったんだ。だからエロマンガ先生も打ち上げに呼びたいんだけど、先生はちょっと訳ありでさ……」

「PC越しにしか接触できないのよ」

 

 言いにくそうなマサムネに代わって、エルフが言葉を継いだ。

 気配りのできるエルフである。きっと何かしらの事情があるのだろうと察した一郎は、調子を合わせる。

 

「へぇ。ひょっとして、エロマンガ先生ってAIとかじゃないよね。電子の妖精とか」

「えっちな絵ばっかり描く電子の妖精とか、ちょっと嫌だな。いや、えっちな絵を描くのが嫌ってわけじゃないけど! むしろ大好物だけど!」

 

 何故か天井に向かって弁明する。

 そんなマサムネの尻を叩くように、エルフが言う。

 

「まったく、バカばっかりね。とにかく、そんなワケだから、気兼ねなくPC越しに宴会ができるこの家が都合が良いってわけなのよ。そういうことよね、マサムネ?」

「あ、ああ。もちろん、料理だって俺が用意する。というか、用意させてほしい」

「そうか。そういうことなら是非もない。噂のエロマンガ先生には僕も会ってみたかったんだ。マサムネ先生にはご負担をかけるけど、お願いできるかな。もちろん、手伝えることがあれば、言ってくれると気が楽になる」

「大丈夫。一郎先生はのんびり手ぶらで来てくれよ」

「そうか。ホスト役をしてもらってすまないね。ありがとう」

「いや、俺が好きで言い出したことだからさ」

「しっかり働きなさいよ」

「おまえはちっとは気を遣えよ!」

 

 いつものように、にぎにぎしく騒ぐなか、一郎はそっと辺りを見渡した。

 

(それにしても、ここで打ち上げか)

 

 勝手知ったる和泉家である。

 だが、もちろん知らないことも多い。 

 この家には、さらにもうひとり人の気配があるのだ。

 たとえば靴。玄関口に、もう長いこと使われていないような、女物の靴が置かれている。それは、いつでもすぐに履くことができるように、ピカピカに手入れをされている様子であった。

 また例えば階段。マサムネの生活は一階で完結する。リビングや台所、風呂、マサムネの部屋はすべて一階にあった。にも関わらず、二階に続く階段にうっすらつもった埃は、まるで誰かが歩いたかのように、ちょうど人の歩幅だけ払われているのである。

 

「あのさ、料理をお祭りの出店風にしたいんだけど、いいかな」

「あらあらあら! ひょっとして、わたしからの連絡を絶って花火大会を逃したこと、後悔してるのかしら!」

「そういや、今朝、そんな話もしたっけな。別にそういうわけじゃないけど、せっかくだから、お祭りふうにしたいなって」

 

 一郎の預かり知らぬことではあったが、エルフは、縁日へ行ってきたことをさんざん自慢していたのである。

 

「あんたが連絡しても出ないもんだから、一郎とふ、二人でお祭りに行ってきたのよっ。でも安心してちょうだい。そういうアレじゃないんだからっ」

 

 なにやら弁明をしながらも、かわいらしい嫉妬を期待したエルフであった。しかし、そこは妹のことで頭がいっぱいのマサムネである。

 

「ふぅん。そっか。やっぱり沙霧も、花火大会、行きたかったよな……」

 

 と心ここに在らずといった反応に「むきぃっ!」と腹を立てたという経緯があったのだ。

 そんな折りにこの提案である。意図が分からぬエルフではない。

 

「……あっそう。そういうことね」

 

 途端にしおらしくなるエルフを見て、一郎も察しがついた。

 

(なるほど。マサムネ先生の妹さんだな)

 

 妹といえば、ついに雑誌連載がはじまる彼の振作『世界で一番可愛い妹』が頭をよぎる。普段の彼の言動と併せて考えれば、ヒロインのモデルは、彼の妹とみてまず間違いない。

 今回、発起人でもなんでもないはずのマサムネがわざわざ会場に自宅を挙げたのは、何かしらの思惑があると一郎は見ていた。そうでなければ、ことのほか妹を大切にしているらしい彼が、わざわざ見ず知らずの他人を呼んで宴を開こうと言い出す筈がない。年頃の娘さんなら、そういうのを厭う筈で、それを良しとするマサムネではない。

 関心はある。一郎にとって、マサムネはもう気の置けない友人なのだ。

 けれども、敢えて踏み込まない。

 

(マサムネ先生の方から言ってこないということは、そういうことだ)

 

 親しき仲にも礼儀あり。適切な距離を保つこともまた礼儀であると、一郎は心得ている。その距離を適切に詰めてこそ、友情というのは長続きするのだ。

 

 

 ***

 

 

 そんなことがあって、今、一郎は和泉家に居る。

 

 ピンポン、と呼び鈴が鳴る。

 料理の下拵えをしていたマサムネは、前掛けで手を拭きながら、愛想を浮かべて玄関に飛んでいった。

 

「こちらは和泉マサムネ先生のお宅でよろしいでしょうか」

「はい。俺が和泉マサムネです」

 

 それからしばしやりとりがあって、そのお客はリビングに通された。

 茶髪にカジュアルな服装。いかにも大学生といった風貌の青年である。

 一足早くにソファーに腰掛けていた一郎は、立ち上がって頭を下げる。

 

「どうも、鈴木一郎です」

「獅童国光といいます」

 

 青年は柔らかく微笑んだ。

 おや、と一郎は思う。

 見た目は、今時の「チャラチャラした大学生」である。「ウェーイ」と奇声をあげて酒を飲み、女と見れば尻を追いかけ回す。そういう、古い人間にありがちな先入観を体現する出で立ちをしていながら、与える印象はむしろ逆であった。

 名乗りを終えてゆっくり頭を下げる様には、上品な落ち着きが漂う。わざわざ立ち上がった一郎に「おかけください」と促す気配りも好印象だ。加えて、一郎が腰かけるのを追って席に着く礼儀正しさ。若年の一郎を先輩作家として立てているのだ。

 それは、育ちの良さと、元来の気だての良さの証左である。

 一郎は、すっかりこの好青年が気に入った。

 

「今回はお声掛けありがとうございます。こういう場に呼ばれるのは生まれて初めてなので、大変嬉しく思っています」

「こちらこそ、お越しくださってありがとうございます――というのも変ですかね。マサムネ先生のお宅なわけですし。……あの、鈴木先生とお呼びしたら?」

「気軽に一郎と呼んでください。僕は年下ですし」

 

 一拍の間。一郎のキャリアに対する遠慮が逡巡を生んだと見える。

 獅童国光は、しかし、自然体で言葉を継いだ。

 

「では、僕のことはシドーと。友人はそう呼びますので」

「それでは、シドー先生、友人ということでよろしいですか。僕のことは気楽に一郎と」

「喜んで、一郎先生。同年代の作家友達がいなかったので、嬉しいです」

「それじゃあ、タメ口でお願いしたいかな。僕もその方が楽だからね」

「あはは、それは嬉しいな。是非タメ口で気楽にお願いします。ただ、僕のこれは素なんで」

「なるほど、シドー先生はしっかりしてるんだね」

 

 などと和気藹々と話を弾ませる二人に、納得いかない顔のマサムネが加わった。

 

「一郎先生、俺の時と違って優しくない? 俺の時はもっと意地悪に、先輩風吹かしてから敬語でタメ口強要してきたのに」

「僕も木の又から生まれてきたわけじゃないからね。先客を無視してエルフさんと盛り上がる人をからかうくらいの人間味は持ち合わせているつもりだよ」

「うっ。それは、その、すいません……」

「謝る必要はないよ。あの場でからかったんだから、おあいこさ」

「やっぱり一郎先生はときどき人が悪い」

 

 にやりと笑う一郎に、マサムネはため息を吐いて降参してみせると、獅童に向き直る。

 

「とまぁ、こういう人だよ」

「お二人は仲が良いんですね。ひょっとして、以前からのお知り合いですか」

「この通り、マサムネ先生と、それとエルフさんには良くしてもらってるよ。歳が近いからかな。有り難いことだね。これからはシドー先生も加わるわけだ」

「俺は不思議と、年寄りを相手にしてるような気分だけどな。なんだか爺臭いんだよな、一郎先生は。その点、シドー君となら話が合いそうで正直ほっとしてるよ。エルフもずいぶんな変わり者だからなぁ」

「山田エルフ先生ですか。やっぱり、ネット通りの人なんでしょうか」

 

 と盛り上がる三人に、鈴を転がしたような声がかかる。ただし、それは、幼子がハンドベルを無茶苦茶に振り回すような、遠慮のない声だった。

 

「そう言うマサムネの苔むしたような和菓子趣味も、負けてないと思うけどね」

「おやおや。噂をすれば影が射すとはよく言ったものだね」

「イチローは、そういうところが爺臭いのよ」

 

 そこには、対照的な美少女が二人いた。

 一人は、言わずと知れた山田エルフである。

 艶やかな肌は、丁寧に磨きあげた乳白色のアイボリーで。さらりと流れる髪は、陽光をくしけずった煌めく金糸であり。美しい(かんばせ)は、熟練の芸術家が己が魂を注いでつくりあげた奇跡の芸術であった。いとけなくも美しい、妖精のような少女である。

 おや、と一郎は思う。

 西洋人形のようなエルフは、派手な浴衣を身にまとい、結い上げた長髪を、これまた可愛らしいリボンで結わえていたのである。

 

「今日は浴衣なんだね。そのリボンは初めて見るけど、よく合ってる。髪型も、大人っぽくて素敵だよ」

「でしょう? ね、マサムネ。どうかしら、この究極美少女生命体エルフちゃんは!」

 

 エルフはすっかり上機嫌になって、マサムネを見やった。見せつけるようにくりと回る。

 肝心のマサムネはというと、何故か一郎の方を向いていた。

 

「驚き! 一郎先生って、そういうこと言うんだな。ちょっとイメージ変わるかも」

「マサムネ君。女性の装いは褒めなければいけないよ。それは、男が車を替えるのと同じくらい、重大なことなんだ」

「そんなポンポン車を買い替える男なんていないだろ……」

「ちょっと、男二人でいちゃいちゃしてないで、こっち見なさいよ!」

 

 苦笑混じりに耳打ちする一郎と、よく分かっていない様子のマサムネであった。

 一郎は、怒り心頭のエルフを宥めると、その後へ視線を転じる。

 

「ところで、そちらの子はひょっとして」

 

 そして、いま一人の美少女である。彼女は、エルフの影からするりと身を現した。

 鴉の濡れ羽色の髪は艶やかで、落ち着いた柄の着物をしっかり着こなし、すっと背筋を伸ばす様は、古き良き大和撫子を体現している。

 けれども、ひとふりの刀のように研ぎ澄まされたまなざしが、彼女の内面の激しさ予感させた。三歩下がって夫の影を踏まぬよう歩く、おとなしい大和撫子では決してありえない。

 彼女は、言葉少なに名乗った。

 

「千寿ムラマサだ」

 

 こうして並べてみると、二人はまるで対の人形のようだった。

 表情ゆたかな現代西洋人形さながらの山田エルフと、口数少ない和人形の千寿ムラマサ。

 その印象は、しかし、たちまち覆ることとなる。

 彼女は、きょとんとした顔で一郎と獅童を眺めやる。やがてマサムネに向き直り、そのへっぽこぶりを露わにするのだった。

 

「誰?」

「『ラノベ天下一武道会』で戦った、獅童国光先生と鈴木一郎先生だよ。こちらが獅童先生ね」

「そんな人、いたっけ」

「ほら、あったじゃん。あの、ケーキ屋さんが舞台の癒し系小説」

「読んでない」

 

 本人を前にしての、この物言いである。

 さしもの一郎も、人の善い獅童も、これには苦笑を禁じ得ない。

 だが、そこは流石に年長者である。二人は雄弁な目配せを交わせ合って、

 

「立ち話もなんですし、席に移って自己紹介といきませんか」

 

 発起人の鶴の一言により、打ち上げを始めることとなったのだった。

 

 

 ***

 

 

「獅童国光、デビュー二年目の新人作家です。大学に通いながら、主にお菓子をテーマにした小説を書いてます。今回のスウィーツの小説を書いたんですけど、幸い出版枠が拡大されて、刊行してもらえることになってほっとしてます。気楽にシドーと呼んでください」

 

 全員と初対面ということで、まずは自分がと口火を切った獅童であった。

 マサムネがすかさず話を広げる。

 

「デビュー作もコンビニスイーツ大好き少女とのラブコメだったし、今回もケーキ屋さんが舞台のラブコメだったけ。何かこだわりがあるんですか」

 

 行儀良く尋ねるマサムネ。答える獅童も、堅さが抜けきっていない。

 

「僕、子供のころからお菓子が大好きなんですよ。親や祖父母に連れられてお店に行けばお菓子をねだって、今でもコンビニやデパ地下に繰り出してはお菓子を買ってますし、”キットカット”や”ポッキー”なんかは常備してます。そういう、誰もが口にする定番商品を、親から孫までみんなが楽しんでもらえる商品をいつか作れたらいいな、一生の自慢になるだろうなって、そう思うようになったんです」

 

 獅童は、照れ隠しにお茶らけた。

 

「あはは、お菓子づくりの修行をしたり、お菓子について調べ回ったりしてたら、いつの間にかお菓子の小説を書いてました」

 

 それを、一郎は真摯に受け止める。

 

「なるほど。シドー先生は成るべくして小説家に成ったんだね」

 

 一同――ただしムラマサは除く――は頷きを以て肯じた。

 

 小説が書きたくってたまらなくって。あるいは息を吸うように自然に小説を書いていて。書いて書いて、気がついたら小説家になっていた――

 スポーツ、マンガ、芸能、芸術。どの分野にも、そうした人間は一定数いるものである。彼らは、そういう生き方しかできない。どこかで野垂れ死ぬか、そうでなければ、遅かれ早かれその仕事に就いてしまう。なんとなれば、それは仕事ではなく生き様、人としての在り方なのだから。

 けだし、獅童国光もまた、そういう類の人間である。

 他ならぬ一郎は、いや、この場に居合わせた面々は皆、獅堂国光という作家が己の同類であることがよく分かったのである。

 

 思わぬ反応を得たシドーは、くすぐったそうに「ありがとうございます」と応えて、続けた。

 

「そんなわけで、いつか食品メーカーさんとコラボして、僕が考えたキャラやお菓子を、コンビニに置いてもらうのが今の夢です」

「なるほどね。ビックリマンチョコやドラゴンボールのグミみたいな、コラボ商品ね。なかなか野心的でいいじゃない。ラノベ業界をまたいで、食品業界すら支配下に置こうというのね!」

「それはちょっと、いや、かなり色々違うんじゃないか。――売り出されたら絶対買って食いますよ!」

「そうだね。シドー先生の作品ももちろん読ませてもらったけど、これだけこだわりのある作品が書けるんだ。そんな人の考えたお菓子は美味しいに決まってる。これは箱買いかな」

 

 シドーは照れくさそうに、けれども誇らしげに礼を言うと、小さな紙袋を家主に手渡した。

 

「へぇ、手作りクッキーじゃあないか。さすがスウィーツ男子だね、シドー先生」

「お祭り料理とは合わないかもしれませんけど、良かったら食べてください」

「なによ、そんなこと気にすることないじゃない。甘いものは別腹っていうもの。つまり、美味しいスウィーツはいつ食べても大丈夫ってことなのよ」

 

 いいこと言ったわね、と自画自賛のエルフである。

 

「次は僕かな」

 

 一郎が立ち上がる。

 残りの面子のうち、最も知り合いが少ないのは一郎である。

 彼は、獅童の自己紹介にも耳もかたむけず一心不乱に原稿を書きつづけるムラマサと、未だに物言わぬ机上のPCを意識して、名乗りを上げた。

 

「鈴木一郎。中学二年生で、学校に通いながら作家業をしてる。『豹頭譚』を引き継いで書いてるんだけど、マサムネ先生とエルフ先生に触発されて、ラノベを書くことにしたんだ。残念ながら今回のコンペでは規定違反で選考外となったけど、捨てる神あれば拾う神ありというやつで、今度フルドライブ文庫でシリーズになります」

「やっぱり一郎先生は、あの鈴木一郎先生なんですね!」

 

 獅童が歓声をあげた。

 あの、という一語に込められた意味は大きい。最年少小学生デビューを飾った天才作家。『豹頭譚』の正統後継者。

 そんな彼がラノベに挑戦するということで、ネット上では話題になっていた。

 

「なぁ。こいつはそんなに有名なのか」

 

 意外なところから反応があった。

 それまで手元のノートに没頭していた千寿ムラマサである。

 

「そうね。ジャンルは違えど、わたしと同程度か、悔しいけどそれ以上に有名な作家ね。最近では、規定違反の選考外をしでかしたアホ中のアホとして、更に知名度を上げたわ」

「描写がエグすぎて、雑誌掲載されなかったんだ。面白いのは確かなんだけどな」

 

 マサムネの擁護に、ムラマサは興味を示したようである。

 

「ほう、面白いのか。初のラノベが掲載されなかったということは、つまり、私はおまえの小説を読んでいないというわけだな」

「ラノベに限っていえば、そうなるね」

「見せてみろ」

 

 大上段にムラマサが命じる。

 あんまりな物言いに鼻白むマサムネ、獅童の両名であったが、一郎はどこ吹く風、柳に風とばかりに仕事道具(ポメラ)を差し出した。

 

「はい、どうぞ」 

「む」

 

 ムラマサは唸った。

 

「これはどう使うのだ? ぱそこんとは少し違うようだが……」

 

 一郎は微笑ましい気持ちになった。

 古き良き着物姿の千寿ムラマサは、その見かけに違わず機械音痴だった。それは、テレビの扱いに難儀する着物姿の大正人さながらで、なつかしい前世の祖母の思い出のよすがとなったのだ。

 一郎は、老人を介護するように優しく、ゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「この矢印を押すんだよ」

「こ、こうか」

「そうそう。よくできたね」

 

 そうして、ようやく小説を読み始めたムラマサは、

 

「む」

 

 再び唸る。

 

「むむむ」

 

 頁を送る指が、止まらない。

 次を読ませろと身体で語っている。

 

「あー、ムラマサ先輩はこうなると止まらないんだ。面白い小説読むために生きてるところがあるから、ちょっと我を忘れるっていうか」

 

 鬼気迫る表情で読み進めるムラマサの、異様とも言える姿を、マサムネが擁護した。

 それは余計なお節介であったかもしれない。竹を割ったような性分のエルフは「しょうがないヤツね」とさばさばしていたし、人の善いシドーはぎょっとしながらも「そういう人もいるのか」と微苦笑で、一郎はいつものようににこにこしていた。

 生温かく見守られながら、やがて最後の一頁を読み終えたムラマサは、そっと息を吐き、

 

「つまらん。駄作だ」

 

 と言い放つのだった。 

 

「あれだけ一生懸命読んでおいてなんてヤツなの!」

 

 というエルフの叱責に態度を改めるムラマサではない。彼女は、あくまで傲慢に宣うた。

 

「だが、ここは良かったぞ。ほめてやってもいい。ほら、この最初の……むぅ、どうやって戻るんだ」

「こうしながら、反対の矢印を押してね――」

 

 ややあって、

 

「ここだ。ここは良かった」

 

 と指し示したのは、ムラマサが唸り声をあげた、まさにその箇所である。

 

「これが? たしかに面白い表現だけど」

「なんだ、覚えがないのか。私はよく覚えているぞ。これは君の『転生の銀狼』に出てきた一節にそっくりなんだ」

 訝しがるマサムネに、ムラマサは笑顔で答える。それはそれは嬉しそうに。

 

「へぇ。流石はムラマサ先生だ」

 

 一郎は感嘆の声をあげた。

 

「この作品にはね、鈴木一郎としての”好き”を詰め込んだんだ。友達と観た映画とか、エルフさんと一緒に遊んだゲームとか、ほぎゃあと産まれてから今まで読んできた本とかね。これはと思う展開や表現を、もちろん自分なりに消化してだけど、取り入れてある。――そこは確かにマサムネ先生の作品を参考にした部分だよ」

「いっ、いや! 自分で言うのもなんだけどさ、この表現はめちゃくちゃ上手いよ。上手すぎて、元は俺の書いた文章だったって言われても、よく分からないんだけど」

 

 と慌てふためくマサムネに、

 

「そんなことはない。この文章からは、たしかに君の匂いがする」

 

 とムラマサが反論すれば、

 

「謙遜することはないよ。君の作品があってこそ、この一文は生まれたんだ。そういう意味では、君はこの作品の親みたいなもんだ」

 

 と一郎が言葉を継いだ。

 

「――っ」

 

 マサムネは頬を赤らめた。

 嬉しかったのだ。

 とてつもない作品を書く先輩作家が、自分の作品を好きと言い、その一節を自作品にまで取り入れてくれた。

 とはいえ、それは、完全に消化されて昇華され、鈴木一郎の地肉となり果てている。元の持ち主でさえ気付かなかったそれに、なんとムラマサは、マサムネの気配を見出したのだ。

 そのどちらも、たまらなく嬉しかった。

 

「ちょっと、わたしの作品は入ってないわけ? 信じらんない! どうしてこのへっぽこ小説家のしょっぱい文章なんかがインスパイアされて、このわたしの超超超傑作は見向きもされないの!?」

 

 むくれるエルフであったが、一郎は対処法をよく心得ている。

 

「そこは、ほら、エルフさんは僕にとっては最大のライバルだから。考えてもみてほしい。越えるべき相手の技をパクって勝つ。それってどう思う?」

「面白くないわ! コピー能力なんて踏み台の代名詞じゃない。……そっか。そうよね。その点、マサムネ作品のインスパイアなら、仲間と苦労して身につけた新必殺技でラスボスに挑む的なアレよね。そういう熱い展開は大いにアリだわ!」

 

 上機嫌になるエルフを後目に、

 

「一郎先生、よく舌が回るなぁ……」

「なるほど、ああやって捌くんですね」

「エルフさんは素直で素敵な人だからね。気持ち良く話に乗って、納めてくれるんだよ」

 

 と囁き合う男三人であった。

 さて、すっかり上機嫌になったエルフである。

 

「次はわたしね!」

 

 もう待ちきれないとばかりに名乗りを上げる。

 元来が目立ちたがり屋の彼女は、同世代の仲間に囲まれた昂揚もあって、ずっと喋りたくてうずうずしていたのだ。

 

「我が名は山田エルフ! わたしの壮大なる夢は、”究極のラノベ”を書いて、世界を征服することよ!」

 

 ラノベ王に俺はなる! と気炎を上げるエルフである。

 

『なぁ。ラノベで世界征服って可能なの?』

 

 変声器を通した、奇妙な高低音が尋ねた。

 年齢、性別不詳の怪人物、エロマンガ先生である。

 彼あるいは彼女は、テーブルの上に居た。正確には、テーブルに置かれたノートPC。そのディスプレイの向こうに、アニメキャラの仮面を被った、奇妙な出で立ちで鎮座していたのだ。

 そんな怪人にエルフは自然体で答える。

 

「世界中にわたしの本を売りまくれば、超可能よ。全世界で我が名が称えられるようになって、地上を我が下僕(ファン)が満たせば、それは世界征服したのと同じことだわ」

『そーいう理屈かぁ。でもさ、マジに本で世界征服しようと思ったら、世界最古にして最強のラノベであるアレを倒さなくちゃいけねーよな』

「アレって何よ。来年の今頃には戦闘力六千万になってる予定のわたしを、ちょっとでも手こずらせることのできる相手がいるっての?」

『エルフちゃん風に言うなら、戦闘力三千八百八十八億だな』

「さんぜんはっぴゃくはちじゅうはちおく!?」

 

 エルフからさっと血の気のひく音がした。

 

「来年のわたしの戦闘力が六千万だから、その五万倍以上じゃない! うわーん、スーパーサイヤ人でも戦闘力五十倍なのに、いったいどういう変身したらいいのよっ」

「世界人口が七十億人だから、その五十倍以上だ。つまり、五十世代の人間を下僕(ファン)にしなくっちゃね」

 

 そこまで聞いて、ピンときた獅童である。

 

「ああ、あの世界でもっとも力をもったフィクションのことですね」

「複数の作家に書かれたリレー小説でもあるね。いろんな作品の要素をすすんで取り入れて、見事にひとつにまとめた、尊敬すべき作品だと思うよ」

「ほぅと生返事で小馬鹿にされた腹癒せにフクロウに変身させちゃうとか、エグイよな」

「えっ、なによそのキチガイ主人公。そんな器の小さいキャラが主人公のキモイ作品が受けるわけ――」

「やめろエルフ、それ以上いけない!」

「何なんだ、そのトンデモ設定のラノベは!?」

 

 いつしかムラマサまでもが加わり、話に危険の花が咲く。

 

「うすうす分かってましたけど、山田エルフさんって、リアルでも山田エルフさんなんですね」

「へぇ。やっぱりエルフさんて、ネットでもエルフさんなんだ。流石だね」

「そりゃあまぁ、エルフのやつはエルフだからな。どこでもエルフしてるだろ」

 

 そんな話題の中心人物、山田エルフは少しだけ現実的なことを言い出した。

 

「ならば! 世界進出する前に、まずはラノベ日本一を目指すわ! さしあたっては、ラノベ作家”九雷神”打倒からね」

「なにその中学生のノートから飛び出してきたようなネーミング」

「日本に九柱存在する雷神の転生体よ。発行部数一千万部越えの偉大なる小説家(アークノベリスト)たちのことね」

「おお、エルフさんの設定が更に深まった」

「戦闘力って何ですか?」

「売り上げのことだってさ。エルフのやつ、作家の力を売り上げで測ってるんだ」

「そのなんとかという変人集団は、そんなに面白い小説を書くのか?」

 

 喰いついたのは小説狂いのムラマサである。

 

「なにを隠そう、この場にも九雷神の二柱がいるわ。まずは一郎がそうよ」

「あれ、僕もなのかい」

「あんたには一千万部オーバーの大作家相当の実力があると認めてあげるわ。仮に粟元(なにがし)その人だったとしても、驚かない。()()()()()()()

 

 意味深な言葉を、からからと笑いながら、なんでもないように投げかける。

 そんなエルフに、一郎は呑まれた。

 粟元芳としての自分。鈴木一郎として自分。ふたつの自分を受け止めてもらえたという歓喜にぶるりと身をふるわせる。

 

「エルフさんは、本当にいい(ヒト)だね」

「一郎先生、あんまりエルフのやつを褒めないでくれよ。すぐ調子に乗っちゃうからな。まぁ、褒められてうれしいのはわかるけどさ」

「ふふ。――それじゃあ、九雷神のもう一柱、ムラマサの番ね」

 

 急に水を向けられたムラマサは、ぱちくりと目を見開いた。

 

「私もなのか?」

「あんた、今更自分の作品の売り上げを知らないだなんて言わないわよね」

「……そ、そうじゃない。自己紹介だなんてどうすれば」

「簡単よ。心の赴くままに語れば良いのよ、”狂い咲く黒雷のムラマサ”」

「狂い咲く……」

「なんだよ、その中二病な二つ名は。ひっ、ムラマサ先輩がっ」

 

 すっとムラマサの瞳が細められる。

 すわ怒ったのかと一同が見守るなか彼女は、

 

「九雷神が一柱”狂い咲く黒雷のムラマサ”、推参!」

 

 ノリノリだった。

 ムラマサは中二病を患っていた。

 

「ムラマサ先生って、ひょっとして邪気眼とか好みなのでは」

 

 と一郎が耳打ちすれば、

 

「すっかり黒歴史と化した俺のWeb小説、いまだに気に入ってくれてるみたいだしなぁ」

 

 とマサムネが苦笑い。

 なんともいえない沈黙が兆したので、マサムネは助け船を出すことにした。

 

「ムラマサ先輩、ふつうの自己紹介もしてくれよ。ほら、初対面の人もいるしさ」

「む、そうか。では、名乗ろう。千寿ムラマサ。マサムネくんの友達だ」

 

 簡潔に名乗りを上げたムラマサは、そのまま自己紹介を終えようとする。すかさずマサムネが尋ねた。

 

「先輩の夢は?」

「”世界で一番面白い小説”をたくさん書き、それを自分で読むことだ」

「なるほど。読書中毒なんだね」

 

 一郎は頷いた。

 きっと、彼女はずっとお腹が空いているのだろう。どれだけ食べても腹ぺこで、だからこうして自分で小説を書いている。

 彼女もまた、成るべくして小説家になった人間なのだ。

 

「ははは、皆さん個性的ですね」

 

 微苦笑するシドーに、マサムネは親しみをこめて頷いた。

 

「ああ、本当にな。だから、俺はシドーくんと友達になれてすっげぇ嬉しいんだ。常識人同士、仲良くしようぜ」

「騙されてはダメよ、シドー。そいつは常識人どころか、真性の妹マニアなんだから。三度の飯より妹が好きな、妹マニアのお兄ちゃんは切なくて、妹を想うとついつい妹小説を書いちゃうおませなボクの私のぷにぷになのよっ」

 

 その揶揄が、どういうわけかマサムネの琴線に触れたと見える。マサムネは、顔を真っ赤にして妹の良さを力説しだした。

 

「妹が好きでなにが悪い! 妹はこの世で一番尊い存在なんだぞっ。やわらかそうな頬、困ったような上目遣い。袖に隠れる指先は愛らしく、ちっちゃな(あんよ)は愛くるしい。そんな娘が、兄さん、ってか細い声で頼ってくれることの嬉しさときたら、筆舌に尽くしがたい。いいか、妹を好きにならない兄は、兄じゃないっ」

 

 一同が「うわぁ……」と顔をしかめるなか、

 

 ドンドン

 

 と天井から苦情が降ってきた。

 

「は、恥ずかしがらなくたっていいじゃないかっ。分かってくれるまで、俺は声を大にして言うぞ! 妹が好きだ、大好きだ!」

 

 ドンドンドンッ、と激しい音。

 

「ちょっ、冗談じゃないか! ごめん、許してくれっ! えっ、嘘だったのって? 本気だよ、冗談じゃないよ、だから許してくれって!」

 

 慌てて二階へ駆け上がっていくマサムネを、一同は呆けた顔で見送った。

 

「あの、何ですかこれ。床ドンと会話してるんですか、ひょっとして。モールス信号とかじゃないですよね。というか、二階に誰かいらっしゃるんですか?」

 

 人の善い獅童も、目の前で繰りひろげられた理解を超える現象に顔をひきつらせた。

 予想だにしない展開へと転がり始めた話を修正すべく、エルフは口を開く。

 

「そっ、それはそうと、ムラマサは、知っての通り『幻想妖刀伝』の作者で、小説家和泉マサムネの熱心なファンよ。具体的には、『幻想妖刀伝』もマサムネのフォロー作品だし、今回のラブコメ小説はマサムネに対抗して書いた、しかも事実を基にしたフィクションよ。そんな”筋金入り”だから、そこんとこよろしく!」

 

 もうなんかグダグダだった。

 

 




12,596文字

打ち上げはもうちょっとだけ続きます。

さて、シドーくんを書くにあたって原作を読み返しましたが、本当に善い人ですね。草薙パイセンもきちんと相手を認めて、素直に自分をさらけ出せるから嫌味がない。等身大で人間味あふれる、ほんとうに魅力的なキャラばかりです。

文章について不安でいっぱいでしたが、様々な励ましをいただき、ほっとしております。及第点をいただいたものと思い、大変勇気づけられる思いです。
なのですが引き続き、文章に関するご意見、ご感想、ご助言などいただければ大変嬉しく思います。
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