色々下調べしてたら時間が掛かった。
ぶっちゃけこの導入の話が一番時間掛かった。
林間学校から数日が経った。
あれから直斗が稲羽警察署で足立刑事が署に居ない時を狙ってそれと無く取調室を確認しに行ってくれた。
そして取調室にはテレビが有った。
直斗の話では小柄か痩せ型の女性なら放り込めそうなサイズとの話だ。
やはり足立刑事が犯人? しかし動機は? もしかして山野アナと過去に何かあったとか?
新しい情報をノートに書き写し終えた所で今晩の夕飯を作ろうとして豆腐が切れている事に気付く。
「ありゃ。今日は麻婆豆腐が食べたい気分だったのに」
それも激辛の。時折無性に前世で食べた購買の激辛麻婆豆腐が食べたくなる。味は違うがそれでも激辛で尚且つ美味しく作れるようになるのには苦労したなぁ。
『それじゃあ買いに行くの?』
ヒノの言葉に時計を確認する。今から行けば間に合うかな?
「じゃあ買いに行くか」
こちらの言葉にヒノが『お買い物だ!』とはしゃぐ。なんとも微笑ましい。本当に兄弟が増えたみたいだ。弟か妹かは分からないけど。
ヒノの嬉しそうな反応にこちらも自然と笑顔になりながら丸久さんへ向かう。
丸久さんの前に到着する。店はまだ開いているようだったのでそのまま入店する。
「あら白野ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはお婆ちゃん。絹豆腐ってまだ有る?」
「有るわよ。いつもありがとうね」
マル久豆腐店を一人で切り盛りしている店主であり豆腐職人でもあるマル久のお婆ちゃんが、いつもの柔和な笑顔で対応してくれる。
豆腐が美味しいのは勿論だがお婆ちゃんも好きだから自分はここによく買い物に来ている。かれこれ十年近い付き合いだと思う。
「そうそう。ねえ白野ちゃん、明日って時間空いているかしら?」
「明日ですか? 特に予定も無いですけど何かお手伝いですか?」
お婆ちゃんは身体の方は健康そのものだが、それでも一人では大変な時もあるだろうと『力仕事はもちろん何か困った事があったらお手伝いしますよ』と伝えてある。何回か大掃除や店番を手伝った事もある。
「白野ちゃんはりせちゃんの事は覚えているかい?」
「ええ。あの可愛いくて大人しそうな子ですよね」
数年前までお婆ちゃんの家族はお盆の時期にこちらに数日だけ帰省していた。その時に自分と同い年くらいの女の子がいて一緒に遊んであげたのを覚えている。
親が厳しいらしくて服が汚れるような遊びは出来なくて、お婆ちゃんの家で一緒にあや取りや折り紙、あとは近所を一緒に手を繋いで散歩とかしたくらいか。
「そのりせちゃんが久しぶりに帰ってくるから一緒に駅に迎えに行って欲しいのよ。りせちゃん暫くはこっちで暮らす事になるみたいでねぇ。たぶん学校は白野ちゃんと一緒の所に通う事になるから、白野ちゃんさえ良ければ色々と面倒を見てあげて欲しいの。りせちゃん、こっちじゃ知り合いなんて私だけで不安だろうから」
なるほど。確かにこの時期に転校してくるとなると友達を作るのも大変だろう。
「分かりました。そう言う事なら喜んで」
笑顔で承諾するとお婆ちゃんも嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「ありがとうね。迎えに行く時間は――」
それから明日の予定を色々と話し合って目的の豆腐を買い、ついでに御礼として残っていたお惣菜も幾つか頂いてしまった。
『りせちゃんってもしかしてりせちー? わー! 本物に会えるの?』
嬉しそうにしているヒノに、そうだね。と答えつつ別の事を考える。
確かりせちゃん、映画の主演が決まっていたような気がするんだけど、大丈夫なのかな?
ヒノと一緒に見た番組でアナウンサーがそんな事を言っていたのを思い出す。
……まあ何か理由があるのかもな。
自分には想像すら出来ないため、りせちゃんに会うのを楽しみにしているヒノの話を聞きながら帰宅し、さっそく買ってきた豆腐で激辛麻婆豆腐を作り食べる。
そして食事を終え満足感に浸っている時に、はたと気付く。
明日、それも数年ぶりに会う女の子相手に、この香辛料マシマシな激辛麻婆豆腐の口臭は失礼になるのでは?
せめて少しでも抑えるためにその日は牛乳を飲んだり入念に歯磨きをしたりしてから就寝した。
『ドキドキ、ワクワク!』
学校が終わり私服に着替えてからお婆ちゃんを迎えに行き、一緒に駅までやってきた。
生憎の雨で駅前のベンチには座れなかったので改札口前でお喋りして過ごす。その間もヒノは今か今かとそわそわしっぱなしだ。
『電車がまいります。黄色の線の内側まで御下がり下さい』
「あ、着ましたね」
乗降場から響くアナウンスに視線を上げる。
ガタゴトと言う響と共に見慣れた電車が改札口の向か側に現れ、しばらくして停車する。
降りて来たのは手にキャリーバックを持ち、サングラスを掛け髪をツーサイドアップにした少女一人だけだった。おそらくあの子がりせちゃんだろう。
「あ、お祖母ちゃん。と……」
りせちゃんは少々困惑、というか若干警戒したような仕草をしつつこちらに近付く。恐らくだが迎えに来るのはお婆ちゃんだけだと思っていたのかもしれない。
「久しぶりねりせちゃん。また可愛くなったわねぇ。あ、それと覚えているかしら、子供の頃によく遊んでくれ白野ちゃんよ」
マル久のお婆ちゃんがいつもの笑顔を浮かべながら彼女を向かえ、その後自分の事を紹介されたので軽く頭を下げる。
「えっと、久しぶり、りせちゃん」
「あ、うん。久しぶり……久須美さん」
なんともぎこちない挨拶を交わす。
いや正直なんて話しかけていいか迷う。数年ぶりに会った年頃の女子との共通の話題なんてすぐには思いつかない。
りせちゃんも久須美さんなんて他人行儀だし。子供の頃の記憶が正しければ白野君だったはずだ。
因みにヒノは先ほどから『本物のりせちゃんだ!』とか『やっぱり可愛い!』と大はしゃぎだ。
「それじゃあ行こうかね」
「「あ、うん」」
お婆ちゃんが傘を差してニコニコ笑顔のまま一人で先を進んでしまったので、自分とりせちゃんは戸惑いながらも並んで一緒に付いて行く。
「えっと、そう言えばこの時期にこっちに来るのって始めてだよね。少し前に映画の主演が決まったってテレビで言っていたからお婆ちゃんからこっちに来るって聞かされて驚いたよ」
「……昨日のニュース、見てないの?」
りせちゃんがサングラスを外してこちらに探るような視線を向ける。
「昨日? あっとごめん、見てないや。お婆ちゃんからりせちゃんを一緒に迎えに行く事になったからすぐに身支度整えて寝ちゃって。あ、あとちょっと口臭が気になってそっちばかり気にしてた」
「口臭?」
なんでそこで口臭と言いたげに首を傾げる彼女に昨日の夕食の事を告げる。
「いやぁ、女の子に会うのに昨日思いっきり激辛麻婆豆腐作って食べちゃって……」
後ろ頭を掻きつつ思えば自意識過剰だったかなと少し恥ずかしくなって照れてしまう。
隣のりせちゃんは話を聞き終えると過去の記憶を思い出そうとしたのか首を傾げながらしばらく間を置いてからこちらに向き直る。
「久須美さんって、辛いの好きなの?」
「うん好きな方だと思うよ。元々美味しければ極端に辛くても甘くても行けちゃう方なんだけど、時々無性に凄く辛い物のが食べたくなるんだよね。特に麻婆豆腐が好き。そう言うりせちゃんは辛いの好きなの?」
「私も辛いのは好き。アイドルしてた頃はキャラとか体型とかで殆ど食べられなかったけど。でもそっか、もうそう言うの気にしなくてもいいんだ」
そう言ってどこか疲れたような笑顔を浮かべながら視線を下げるりせちゃん。今のやり取りでなんとなく彼女がこの町に着た理由に当たりがつき、少し迷ったが尋ねる事にした。
「えっと、もしかしてりせちゃん、アイドル辞めたの?」
「……私は辞めるつもり」
『えー!? りせちゃんアイドル辞めちゃうの!?』
さっきまで嬉しさで騒いでいたヒノが今度は驚いて騒ぎ出す。
はいはい、ヒノは落ち着くように。とりあえず今はりせちゃんと大事な話の最中だから。それにりせちゃん本人とはこれからも会えるんだから別に気にならないだろ?
『あ、それもそうだね!』
驚き悲しんでいたヒノだったが、これからもりせちゃんに会えるのを思い出してようやく落ち着く。
「……ねえ、久須美さんはなんで今日、お祖母ちゃんと一緒に来たの?」
ヒノを落ち着かせるために間を置いた事で何を思ったのか、りせちゃんは少しだけ眉を顰め、こちらを探るような視線を向けつつそう尋ねる。
「昨日、お婆ちゃんにりせちゃんがしばらくこっちで暮らすから色々面倒を見て欲しいって頼まれたんだよ。学校も同じになるだろうし、知り合いもいないからって」
「それ、どうせ私がアイドルのりせちーだから引き受けたんでしょ?」
「いやアイドルどうこうよりも、りせちゃんだから引き受けたんだけど?」
「え?」
分かってるんだから。といった感じの表情で尋ねてきた彼女に対して、自分は何故そんな事を尋ねられたのかいまいち理解できずに思ったことをそのまま返答すると、今度は彼女の方が戸惑った表情をさせる。
「う~ん、上手く言えないんだけど……アイドルだろうが、アイドルじゃなかろうが、りせちゃんはりせちゃんだろ? 少なくとも自分にとっては子供の頃からの知り合いな訳だから手助けできる事があるなら手助けしてあげたいなって」
「アイドルじゃなくても私は私……」
自分の言葉の何かが気になったのか、りせちゃんはそう呟き、先ほどまでとは違ってどこか戸惑ったような表情をさせる。
「だからその、困った事があったら遠慮なく頼って貰えると、先輩としてはあの頃の関係に戻ったみたいで嬉しい、かな」
最後の方はもう自分の願望というか要望になってしまったが、とりあえず言いたい事は言い切ったので彼女の反応を待つ。
しばらくりせちゃんと視線を交し合うと、彼女はちょっと頬を赤くしながら視線を前に戻した。
「そっか……うん、ありがとう先輩」
「先輩?」
「その、流石にこの歳で年上の人を君付けで呼ぶのは恥ずかしいって言うか。だからとりあえず先輩かなって」
ちょっと恥ずかしそうにそう告げる彼女にこちらは苦笑を浮かべる。
「確かに。そっちの方が苗字でさん付けされるよりずっといいかな」
「だ、だってお祖母ちゃんしか出迎えに来ないと思ったらもう一人いる上に、何年も会ってなかったからすぐに先輩って分からなかったし、それに子供の頃の記憶の先輩と変わらないか分からなかったし……」
ぶつぶつと文句を言いながら頬を膨らませるりせちゃんの反応が子供っぽく、それが歳相応でつい笑ってしまう。
「ははは。まあこっちも久しぶりで緊張していたからお互い様だな。でもまあとりあえず、これからよろしく、りせちゃん」
「あ、うん。よろしく、先輩」
お互いにまだ少しぎこちなかったが、それでも再開した時よりはあの頃の様な距離感へと近づけた気がした。
それから少しアイドル関係の話題を意図的に外しながら世間話や個人的近況の話をしている間にマル久豆腐店に到着する。
「あ、もう着いちゃった」
「ふふ。りせちゃんが楽しそうで良かったわ。やっぱり白野ちゃんに頼んで正解ね」
店に着くとずっとこちらの話を黙って聞いていたお婆ちゃんが嬉しそうに笑い、りせちゃんはどこか恥ずかしそうだ。
「それじゃあ、自分はもう家に帰るけど何かあったら遠慮無く言ってくれ。連絡先はお婆ちゃんが知ってるから」
「ふふ、うん。分かった」
りせちゃんと互いに挨拶し別れようと思ったその時、伝えておかなければいけない事を思い出す。
「そうだ。りせちゃんマヨナカテレビって知ってる?」
「マヨナカテレビ……えっと確か雨の日の零時に映るって噂だよね。殺人事件の話が上がった時にネットに一緒に書き込まれていたって誰かから聞いた気がする」
「りせちゃんの住んでた所では見た人は居ないの?」
「うん。もし見てる人が居たらもっと噂になってたと思う」
という事はマヨナカテレビはこの町周辺限定で起きている現象って事か?
「えっと実は――」
自分は殺人や誘拐、テレビの中については伏せたまま知る限りのマヨナカテレビに関する情報をりせちゃんに伝える。
「へーそんな内容なんだ」
「ああ。何か映ったら教えてくれ。それと殺人事件も起きてるから、来客があったら必ず相手を確認するようにね」
「大丈夫。そのあたりの事には慣れてるから」
そっか、りせちゃんアイドルだもんな。そのへんの防犯意識は一般人の自分達よりもしっかりしているか。
「それでも気をつけて。それじゃあまた」
「うん。またね先輩」
今度こそ手を振ってりせちゃん達と別れて帰宅した俺はテレビをつけてニュースを観る。
その番組では『久慈川りせ突然の長期休業』というテロップと共に昨日開いたらしい記者会見の様子が映し出され、その後どうして彼女が休業したのかをコメンテイターがあれこれ言っていたが、その内容は耳に入らずテレビを消して溜息を吐きながらソファーに座る。
『りせちゃん、元気無かったね』
ああ。
ヒノの言葉通り会見でのりせちゃんはとても疲れた様子だった。
何か悩みがあったのか、それとも身体的な疲労の延長線上でのストレスか、他の理由か、それはいまだ社会に出て働いた事すらない自分では想像すら出来ない事だ。
そんな想像できない世界で、りせちゃんは今日まであの小さな身体で立派に立って生きて来た。それだけで自分は十分に彼女を尊敬できるし褒め称えたい気持ちになる。
とりあえず自分達に出来るのはりせちゃんと一緒に遊んだりごはん食べたりして過ごして、少しでも笑顔になって貰う事くらいかな。そうすればきっとりせちゃんもまた笑顔を向けてくれるさ。
『そっかぁ。あーあ、ボクもこっちで過ごせたら、りせちゃんやお兄ちゃん、直斗お姉ちゃんや完二お兄ちゃんと過ごせるのになぁ』
ヒノがとても残念そうにそう呟く。
確かにヒノの身体の方もできれば何とかしたいが、こればっかりは自分ではどうにも出来ない。
そう悲観する事ないさ。あのよく分からない火の玉を手に入れる度に、ヒノは色々変化してる。もしかしたら向こうの世界でなら会えるようになるかもしれないだろ?
『うん。そうなったらいいなぁ』
ヒノの渇望するような呟きを聞きながら、少しでも元気付けようと今日はいつも以上に積極的にお喋りし、そしていつものマヨナカテレビの時間がやって来た。
「――やっぱり」
その日マヨナカテレビに映ったのは、久慈川りせだった。
下調べで出てきた一番の問題点↓
【りせちゃん来たタイミングと移動手段】
いやホント、凄い悩んだ。車か電車かで最後まで悩みました。
結局一番展開を進めやすい電車にしました。
と言う訳でりせちゃんとは他の一年同様に最初から友好的な関係で開始!