小型液晶テレビ、高かった……サンキュッパだった……。
箱から取り出した小型テレビを見詰めながら予想外の出費に心の中で溜息を吐く。
「うん、まあ何か天災があった時に役立つから無駄な買い物って訳ではないか」
「そんなちっこいので三万以上って凄いっすね」
「機能や性能を考えればお値段相当かと。テレビにラジオ、充電と電池両方に対応で防水加工もされているみたいですし」
直斗が少年の様な純真な目で自分が持つ小型テレビを見詰める。
「直斗は機械に詳しいのか?」
「え、ええまあ。子供の頃は簡単なギミックの探偵グッズを自作したりもしていましたから」
「いや、それ普通に凄いと思うんだけど」
直斗の多彩さに驚きつつ、背後から見えないよう自分の身体でテレビを隠し、周りを見回して誰も見ていないことを確認してからテレビの画面に触れる。
軽い抵抗の後、掌が画面に沈み込む。どうやらテレビならサイズは関係無く能力は発動するらしい。
手を画面から抜き出してからテレビを鞄に仕舞う。これでテレビに入る能力が有るどうかを判別する事が出来るようになった。
あとは使う機会に恵まれるかどうかだな。
「確認したい事はしたし、このままマル久さんの所に行こう」
「はい」
「了解いっす!」
りせちゃん大丈夫かな。
今朝の事もあり、りせちゃんの事を心配しながら三人でマル久さんへと向かった。
マル久さんに到着する。ここに来るまでに色々な噂を耳にした。
りせちゃんが居るのはガセネタだとか、商店街に沢山の車が止められ交通の邪魔だからと警察が交通整備をしているとか。
「なるほど。交通整備しているから商店街の人通りが朝よりも少なくなっていたのか」
「まあいいじゃねっすか。そのりせって奴にも早く会えますし」
確かに完二の言う通りだ。
何人かが見せの前を通り過ぎる際にマル久さんの店内を覗いているが積極的に中には入って行こうとしない。
「しかし店の前に警官の方が居ませんね?」
「交代の時間とか?」
交通整備しているらしい警官が居ない事を訝しみながら入店する。
「あら白野ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちはお婆ちゃん。りせちゃん居ますか?」
「りせちゃんならあっちよ」
店内で作業していたマル久のお婆ちゃんが店の奥の方の作業場を指差す。
なるほどあそこなら入口からは見え難いから買い物する客以外には見付からないな。
「おーい、りせちゃん」
「あ、先輩」
近付いて声を掛けると少しだけ疲れた様子の彼女がこちらに振り返る。
「買い物のついでに様子を見に来たよ。あと、こっちの二人はりせちゃんの同じ一年生の巽完二と白鐘直斗、二人とも良い子だから紹介してようと思って。ほら、完二から自己紹介」
「え!? あ、あ~巽完二」
「白鐘直斗です。よろしく」
「因みに直斗は男子の制服だけど女の子だから、自分や完二に相談し難い事なんかは彼女に相談するといいよ」
「え、女の子だったの?」
りせちゃんが驚いた様子で直斗を見詰め、直斗は少し恥ずかしそうにしながら目を逸らす。
ここは話題を変えた方がいいかな?
「まあ色々とね。そう言えばなんか警察が交通整備をしているって聞いたけど?」
「うん。さっきまで凄かったけど今は落ち着いてる。あ、そうだ先輩」
「何?」
「マヨナカテレビに映った人が『誘拐される』ってホント?」
――ドクンと、心臓が大きく鳴った。
「失礼、久慈川さん。その話、どなたからお聞きしたのか教えて頂けますか?」
自分よりも先に驚きから復帰した直斗が尋ねる。流石は本職の探偵だ。
「えっと、少し前に来た二人組の男子学生からだけど」
「確認ですが、『失踪』ではなく『誘拐』と言ったんですね?」
「うん」
真剣な表情で尋ねる直斗にりせちゃんが頷いて答える。
「先輩」
直斗が緊張した様子でこちらに振り返り、たぶん同じ表情をしている自分もまた頷く。
天城と完二の失踪事件を誘拐事件だと断定できるのは『テレビに人を入れられる』という事実を知っている者だけだ。
「あのりせちゃん、このあと時間を貰えないかな?」
「えっと……」
りせちゃんがお婆ちゃんの方を見る。
「いいわよりせちゃん。みんな家に上がって貰いなさい。よく分からないけど大事なお話みたいだしね」
「う、うん分かった。じゃあみんなこっちから家に入れるから」
「ありがとう。それとごめんねりせちゃん。自分自身の事で色々と大変なのに……」
申し訳なく思い謝罪する自分に、りせちゃんは首を横に振って答える。
「別に気にしないで。一人で居ても色々考えちゃうし。それに三人共凄い真剣な顔してたもん。流石に断れないし、私にも関係する話なんでしょ?」
りせちゃんの言葉に頷いて返すと彼女も頷き返してみんなでお店と自宅に繋がっている出入り口から自宅に上がらせて貰う。
みんなで居間に集まるとりせちゃんがみんなにお茶を配り、彼女が座るのを待ってから出来るだけ外に聞こえないように声の大きさに注意しながら昨日暈していた部分の全てを伝える。
マヨナカテレビに映った人物が狙われている事。
二件の殺人事件の後も犯人よって二人の人物が狙われ殺されかけた事。
犯人の殺害方法が『テレビの世界に放り込まれる』という事。
「……テレビの世界?」
「うん。そういう反応をすると思ったよ」
りせちゃんがテレビの世界関連の話題に移った瞬間に、真剣だった表情からこちらを疑うような表情と視線に変化する。
「りせちゃん、この画面にちょっと触ってそのままにして貰える」
そう言って立ち上がってりせちゃんに居間にあるテレビに触る様に頼む。
最初は鞄に入っている小型テレビで説明しようかと思ったが、彼女の家のテレビの方が説得力が増すと思い、そちらに変更した。
りせちゃんは表情はまだ訝しんだままだったが、それでも立ち上がり指示通りに画面に手を置いてくれた。それを確認してから自分も画面に触れると、いつものように画面が歪み彼女と自分の手が沈む。
「きゃっ!?」
りせちゃんが慌てて手を引き抜き自分の手の無事を確認した後、数回自分の手とテレビの画面を交互に見る。
「え、今の何? 手品?」
「いや違うよ……というかタネを仕込んでる暇なんてなかったでしょ?」
そう言って自分も手を抜く。
りせちゃんは元に戻ったテレビの周りを見たり触ったりして確認し、最後にもう一回画面に触れるも手は沈まない。
その状態で自分がもう一度触れてもう一度沈む事を確認させると、りせちゃんは今度は手を抜かずに更に肘辺りまで沈ませてその先を確認するように動かす。
「なんか、画面の境界線は水みたいな抵抗感があるけど、その先は普通に空洞っぽい?」
「どうかな、少しは信じて貰えたかな?」
自分の言葉にりせちゃんは小さくではあるが頷いて答える。
「うん。まだ色々納得してないけど、とりあえず今までの被害者は私みたいに腕だけじゃなくて身体ごとこの中に入れられちゃったって事だよね?」
「ああ。そして向こうの世界にはシャドウっていう化け物が居て、それに殺されるとこっちに変死体として戻されるんだ。犯人がシャドウの存在を知っているかは分からないけど、少なくとも山野アナが死んだ時点でテレビに人を入れると死ぬと言うのは理解しているはずなんだ。なのに今も犯行を行っている。正直、危険な相手だと思う」
「警察に事情を説明するんじゃ駄目なの?」
「能力を知られて逆にこちらが疑われて拘束される可能性もありますから迂闊に説明が出来ないんですよ」
りせちゃんの言葉に直斗が説明する。
「それとこれまでの推理で犯人は男性で車を使用している。そして車にテレビを乗せている可能性があります。ただ単独犯なのか複数犯なのかまでは断定できていません」
「ああ、だから誘拐って教えに来た二人組を疑ってるんだ。でも普通、襲う相手に忠告なんてするかな?」
「そこなんだよ。自分達と同じでテレビに入れる能力を持っただけの連中か、それとも犯人側の人間で何かを狙っているのか……」
更には足立刑事の存在に、殺人事件と誘拐事件は別人の犯行の可能性と、はっきり言ってこれ以上推理を進めるには情報が足りない状況だ。
せめて足立刑事が誘拐事件の犯人ではない事が分かれば新しい推理も可能なんだが。
「……とにかく、これからは他人と接触する場合は今まで以上に気をつけて。この完二も家の中に居たのに、来訪した犯人にテレビに入れられたくらいだから」
「えっ嘘!?」
りせちゃんがありえないとばかりに目を見開いて完二の方へと勢い良く振り返る。
「……これが負けたの?」
「これとか言うな! 不意打ちだったんだからしょうがねーだろうが!」
「そう。完二が不意を突かれる相手なんだ。恐らくだけど犯行の手口は玄関から尋ねて、家の人が出てきた所をって感じだと思うからりせちゃんも誰かが来たら必ず相手を確認してから対応して」
「う、うん。でももし犯人に捕まったら……」
「その時は必ず自分達が助けに行くよ。自分達なら向こうとこっちを行き来できるし、シャドウとも戦えるからね」
そう言って不安そうにする彼女をなんとか安心させようと、表情を引き締めてしかりとりせちゃんの目を見て大きく頷いて見せる。
こちらの答えを聞いたりせちゃんは、しばらくこちらを見詰め、少しだけ安心できたのか小さく微笑んで頷いた。
「うん。それじゃあもしもの時は助けてね、先輩」
「ああもちろん」
笑顔で頷き返す。
話が一段落し、他に何か忠告しておく事はと考えていると、マル久のお婆ちゃんが戸を開けてやって来た。
「お話中にごめんね。りせちゃん、交通整備していた刑事さんが何かお話があるみたいなのよ。少しだけいいかしら?」
「あ、うん分かった。それじゃあちょっと行って来るね」
「いやとりあえずこっちも伝えたい事は伝えたし、帰るついでに一緒に行くよ。靴、向こうだし」
そう言ってみんなで店に戻って行く。
店には無精髭を生やした体格の良い刑事と少し猫背でなよっとした感じの刑事が並んでいた。
「堂島さんと足立さん」
直斗が驚き声を上げる。
「白鐘直斗? なんでここに?」
「こちらの先輩の付き添いです。そちらこそ何故こちらに?」
「いや~人手が足りないから僕達が交通整備の手伝いをしていたんだよ。あ、初めまして今年の春から稲羽署に配属になった足立です」
そう言って苦笑しながら自己紹介をする彼を、自分は一度だけ観察するように眺める。
彼が足立刑事、山野アナと小西先輩を殺した可能性のある容疑者。
「ちょ、ちょっとちょっとなんでそっちのヤンキー君は僕の事を睨んでるの!?」
足立の言葉に振り返ると完二がこれでもかって位に疑いの眼差しで睨みつけていた。
おおい! バレるだろうが!
自分はそのまま完二の頭を叩く。
「いった!? 何するんですか先輩!」
「お前はそうやって相手がサツだとすぐ睨むクセは直せって言ってるだろ。あ、それじゃあ自分達はもう行きます。またねりせちゃん!」
「う、うん。またね先輩」
慌てて完二を連れてお店を後にしする。直斗が慌てて後から駆け寄ってくる。
背後を確認して足立刑事がこちらを覗いていないか確認し、巽屋の裏手に周り完二の自宅の前に行って誰も居ないのを確認してから注意する。
「完二、アレじゃあ疑ってるのがバレるだろ」
「そうですよ巽君」
「うっ。すいません。いやぁコイツが例の足立かと思ったらつい顔に出ちゃって」
「まあ気持ちは分かる。自分もいきなりの出会いで内心驚いた」
それにしてもアレが足立刑事か、想像していた人物よりもなんというか、お調子者っぽい感じではあったな。
しかし演技の可能性もある。例えばどこぞのコンビニ店員とか、魔性菩薩とか、ああそう言えばアーチャーもちょっとニヒルで皮肉屋な演技をしていたか。
「因みに二人は足立刑事にどんな印象を受けた? 自分はなんかお調子者っぽい感じな印象を受けたんだが」
「なんかビクついてる小心者って感じでした。なあ白鐘、アレが本当に殺しなんてできるのかよ?」
「出来るか出来ないかで言えば、できます」
直斗がはっきりとそう答え、そう答えた理由の説明を始める。
「人は感情で人を殺せる生き物です。足立刑事と山野アナとの間に何かが有り、その何かで足立刑事の感情が高ぶり衝動に任せて行動したとしたら、可能性は十分に有ります」
「自分も同じ意見だ。これからも彼には注意して行こう。男子学生の二人組も気になるが、今はりせちゃんの安全が最優先だ。明日も放課後に様子を見に行こう」
自分の提案に二人は頷きそのまま完二と別れ、途中まで直斗とお喋りしながら帰宅した。
と言う訳で足立と遭遇。二年組の存在を知る。という回でした。
最初は小型テレビで説明しようかと思ったけど、お婆ちゃんと知り合いなら普通に家に上がってそのテレビ使えばいいじゃん。という事で使いませんでした。
ぶっちゃけ足立にその内使いたいから持たせてるけど……使う機会が今の所思い浮かばない。