結構前に書いたものの続きが書けずに頓挫したSSを供養がてら投稿しました。
そのためプロローグである権能簒奪のシーンのみ、また趣味全開なのでオサレポエム及び中二感が強いです。苦手な方はブラウザバックして下さい。
一応プロットは脳内にあるので筆が乗れば続きますが、一話すら書けない現状なので基本これで打ち止めです。
それでもよろしければ、どうぞご覧になって行って下さいな。
いつからだっただろうか。後ろなど顧みず、ただひたすら走り続けていた。
幼いころ、人質として捕らわれてしまったが、偉大なる父の背を追いかけ、なんとかみんなを守れる所までたどり着けた。
―――――その姿に、心を打ち震わされた。
――――――その生き様は、どこまでも真っ直ぐ、清廉で。
大挙を為して進軍してきた侵略者を倒すため、土地や森を焼き払い、奇襲や待ち伏せで戦力を削り、夜襲で敵の大将首を狙い、大量の敵兵を串刺しにして林のように築くことで敵軍を追い払った。
勿論、できることなら真正面から侵略者に挑みたかった。疾風のごとく野を駆け、炎のように敵を打ち破り、胸を張って堂々と凱旋したかった。だが彼我の戦力差は圧倒的に劣り、優秀な将もいなかった。どれだけ卑怯だろうと卑劣だろうと、力の限り戦った。自分が育った
―――――その偉業は、護国という、悲痛な覚悟で満ちていた。
しかしその覚悟は、行動は、心は、敵の策略でも民の裏切りでもなく、傍観していた間接的に守った
もう一度大事な故国を守ろうとしても時すでに遅く。愛する妻を喪い、民の心を失い、最期は追い払ったはずの老害の手によって、全てが終わってしまった
――――――確かに、あなたは非業の最期を遂げたかもしれない。
だがそれは別に良かった。失意の中で生に幕を閉じてしまったが、守ろうとしたものを守るために力を尽くしたのだから。未練はあっても後悔はなかった。その、はず、なのに。
どうして
―――――確かに、あなたは化け物として蔑まれ、怖れられていたかもしれない。
自分はただ、自分の
それなのに何故、俺は化け物に、血を啜る鬼になっているんだ?そんなことは一度たりともしたことはない。ただ、父から受け継いだ領土を、民を、十字架を守ろうとしたのに、どうして十字教の仇である悪魔になっているんだ!?
――――――それでも、あなたは英雄だ。
俺が全てをかけて守り抜いたのに、その恩を忘れ、後世に出た一冊の本なんかで人の生涯を塗りつぶして!俺の
―――――それでも、あなたは間違ってなんかいない。
俺のやったことがどれだけ忌むべきものかは解りきっていた。のちの世の中でどれだけ蔑まれるかは、畏れられるかはわかっていた。
それでも、大事な人たちを、尊い教義を、
――――――それでも、あなたは悪魔じゃない。誇り高い、護国の英雄なんだ。
ああ、ああ、いいさ。そうだと望むのならば答えてやろう。民も領土も教義も踏みにじり、恥も外聞も忍んで、醜く汚らわしい血を啜る化け物になってやろう。
全てに仇なし、恐怖をもたらし、災厄を運ぶ悪魔になってやる……!
―――――……それ、でも……
幸いなことに、今の私は人の身を超えた神として顕現している。何物にも縛られることはない、完全無欠の
ならば、私が全てを壊してやろう。領土を侵し、人民を串刺し、教義を穢し、尊厳を犯し、何もかも一切合切踏みつぶしてくれよう。私が味わった苦痛を、絶望を、嘲笑を罵倒を裏切りを理不尽を、余すことなく与えてやろう。
――――――それでも。
まずは貴様からだ。例え友誼を結んでいようと関係はない。神となった私は差別も区別もせず、全ての人間を平等に串刺しにするのだ。強者弱者老若男女関係ない。私の前に存在する人の子にはすべて死を与えてやろう。
さあ、それでも私に挑むのならば、止めようとするのならばかかってくるがよい。その想いも、決意も、木っ端みじんに踏みにじってくれよう!
――――――それでもっ!それでも俺はあ!
* * * * *
黄昏の光が一面を包む。広大な草原を、清澄な湖を、深緑の森林を。
その暖かく、安らかな輝きに思わず目を細める。ああ、この光を感じたのはいったいいつ以来だったろうか……?
過去に想いを馳せようとして、否と首を振り雑念を払う。神ともあろう身で、過ぎし日を顧みようとするとは何たる邪道。進み続けて踏み砕こうと覚悟を決めたのにこの体たらく。
きっと、あまりに想定外の事態に現実逃避したくなったのだろう。
自分が神性を失い、流浪の身であった時に偶然出会った少年。遥か東の島国から来たという彼は、祖母の遺品にあった借り物を返す次いでに、彼の好きな英雄の地を観光をするつもりだったという。
そこからは何の気まぐれだったのか共に行動することになり、彼と共に
その、幾許もなく死ぬであろう様子を見て嘆息しながら視線を自身の胸に、正確には心臓に突き立っている短剣へと移す。
そう、この少年は神たる我が身に挑んだばかりか、何の因果か幾千もの嵐の如く迫る我が杭を掻い潜り、吸血鬼としての
奇跡の一言では表しきれず、しかしてそれ以外では形容不可能な偉業を成し遂げた平凡な少年。そんな彼に、一柱の
「貴様、何故、聖女の十字架を使わなかったのだ?」
それは少年と行動を共にしていた時のこと。何かの拍子に、竜の調伏した聖女の聖遺物を偶然にも発見した。あの時の自身が何を考えたのかはよくわからないが、自分はそれを所持していたヘルメスの弟子たちから強奪し、聖遺物たる十字架を少年に与えていたのだ。
吸血鬼として現界しているこの身にとっては、聖遺物へと昇華した十字架は十分危険なものだ。しかも強靭な竜の腹を引き裂いたという逸話を備えた銀十字であれば、神といえどもそれこそ致命傷を受けかねないだろう。
だというのに彼はそれを攻撃を引き付ける囮としてのみ使用し、本命たる一撃を遺品として持っていた忌むべき宿敵の短剣へと託したのだ。
勿論それも永き年月を経て霊格を持っているものの、聖女の十字と比べればはるかに劣っている。もしかしたら自身に傷すらつけられなかったかもしれない。
それをわかった上で尚その剣にこだわった理由、それが知りたかったのだ。
彼のその問いかけが耳に入った瞬間、今まで焦点が合わず虚空を見つめていた少年の目に光が灯った。
「……ッ、ガ……ァァ……。」
少年は幾つもの杭に貫かれ磔にされているにもかかわらず、必死にもがきながらも力を入れて体を起こし、神へと向き直る。
「グゥ……ギィ……ッ!」
苦痛に表情を歪ませながらもこちらを向こうと。否、
「……だ……て……。」
何故彼が神たる我が身へと挑んできたのか。王の器でもなく、将としての度量も持たない。神殺しをなそうという欲すらない、ただの凡俗な彼が、命の危険を顧みずにひたすらに向かってきたのか。
「だっ……て……」
何故今も向かい合おうとしているのか。腕を千切られ、腹を抉られ、片目を貫かれ、今だって体中を串刺しにされ血に塗れているのに、それでも構わず言葉を紡ごうとしているのか。
「だって……、あな、たは……。」
神の暴虐を止めるためでも、功名のためでもなく、そこに意味を求めているわけでは断じてない。
もしもその理由を知れば、誰もが唖然とするだろう。神の脅威を知っていれば、彼のことを馬鹿にするかもしれない。そんなことのためにと、たかがその程度の為に命を懸けるのか、と。
「……あなたは、あくまなんかじゃ……ない、から。」
だけど、今ならわかる。彼にとっては、それが何よりも重要で。命を懸ける価値があって。
どれだけ身体が損なわれても、どれだけ痛みを受けていても、彼はただ―――――
「あなたは……だいじなくにをまもろうとした、偉大な
――――この、たった一言を
「だから、あなたは……間違って……ないんだ。」
だから、誇っていいのだと、胸を張っていいのだと。どれだけ後々否定されたとしても、積み重ねた偉業は、その道のりは、決してなかったことにはならないのだと。
そう伝えてきた彼の
その瞼の裏には、今まで俺が走り抜けてきた人生があった。たくさん辛い思いをしたし、泥水を啜るような屈辱も味わった。何度も失敗したし、自分のことを化け物を見るような眼で見て怖れる者もいた。
それでも。
それでも楽しそうに笑っていた人たちがいた。嬉しそうに迎え入れてくれる民が、確かにいたのだ。
「そう……だったな……。」
そうだ。俺の守りたかったものは、たしかにそこにあったんだ。ちゃんと守れたじゃないか。
失意のうちに死んだことも、化け物として伝えられたことはなかったことにはならないけれど、同じように、私(おれ)が守ろうとした人たちもちゃんと残ったじゃないか。
それならば、憎悪に溺れ復讐を焦がれなくとも、ただ自らが歩んできた
彼も言っていたじゃないか。俺が
―――だったら、俺はちゃんと現実に向き合うべきだったのだ。例えどんなに許せず、認められないことだったとしても、決して
(ああ、そうか……)
そうすると何故か、今までの人生が走馬灯のように流れてきて。その輝きに悔いが残っていないことに気付いて、ふと。
「そうか……。なら、しょうがないかな……。」
そんな言葉を、口にしていた。神という超越的な身でありながら、生前ですら呟いたこともないというのに。
それでも、たったそれだけでも、心から重しが取れたような、楽な気分になった。
自分が後悔していないなら、己に胸を張れるならば。周りがどう言おうが何を思おうが関係ないのだと。嗚呼、
――――それでも、気が付けてよかった……
「あら、――――様ったら、ずいぶん穏やかな顔をしているのね。少し羨ましいわ。」
何の脈絡もなく、声が響く。一瞬前まで何もなかったそこには、一人の少女が立っていた。
「……ほう、貴様が噂に聞く始まりの女か……。なるほど、余程鼻が利くと見える。まるで死肉を漁る禿鷹のようだな。」
「なっ!?女神に対して何て言草!もっとオブラートに、勇者を言祝ぐ乙女とか、そういう言い方はできないのですか!?」
「できんな。今の俺は最高に機嫌が悪いのだ。そちらこそ、もっと空気を読んだらどうだ。」
せっかくいい気分で余韻に浸っていたというのに、こいつのせいで台無しだ。これくらいの嫌味は寧ろ優しいものだろう。昔の俺であれば串刺しか首切だ。
ただ、この誰よりも美しい女神、全ての災厄と一掴みの希望を与える魔女が来たということは、時間が来たということなのだろう。こいつが現世に現れるのは、そのためなのだから。
「ええ、そういうことですわ。私は全てを与える女ですもの。……へえ、この子が新しい私と旦那の息子ね。ふふっ、苦しい?でも我慢しなさい、その熱と痛みはあなたを最高の高みへと導く代償よ。甘んじて受けるといいわ!―――まあ、あなたならこの程度、なんてことはないと思うけれどね。」
そう言って、女神は少年の頭を撫でる。だが少年は残った右目でふと隣に立つ女を一瞥し、その虚ろな、しかし焔の着いた眼をこちらに向け直す。その様子に、何故か口元が愉快気に歪んでしまう。
「あら、残念。フラれてしまったわ。やっぱりこの子は、あなたにご執心のようね。まあいいわ。」
女神は少年へと愛おし気に微笑みつつ、一歩後ろに下がる。
すでに俺の力の大部分が彼へと流れ込んでいる。ついに始まるのだ、世紀の大儀式、愚者と魔女の落とし子を生む暗黒の聖誕祭が。
「さあ皆さま、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴!七人目の神殺し―――最も若く、誰よりも愚かで勇敢な魔王となる彼に、聖なる言霊を捧げて頂戴!」
「……ふむ、祝福と憎悪、か。そんなもの、今更俺がするものだとは思わないんだがな……。では、一つ尋ねよう。お前は俺の
祝福だの憎悪だの、そんな高尚なものは思いつかなかった。だからこそ聞きたくなった。
「お……、俺、は……。」
彼は必死に口を開く。これが、この会話が、今生の別れになると、互いに理解しているから。
「ちから、とか。よくわかん、ないけど……。胸を張れるように、したいっ。あなたに、友と呼んでくれた貴方に、誇れるように生きたい……っ!」
少年は、俺を友と呼んだ彼は全てを、それこそ命そのものを振り絞るようにして神の見る前で宣誓する。
その答えを聞いて、思わず笑みが零れる。ああ、やはりそうだった。きっと彼ならば、そうした答えを出すのだと。
ならば。
「そうか。ならば、それがお前の道だ。たとえ誰が何と言おうが、何を思おうが関係ない。勝者たれ、とは言わない。いずれ俺と戦うまで、とも言わない。自分に対して、自分の信じるものに対して胸を張れるように生きろ。自分の信じる道を行け。――――大丈夫だ。お前なら、きっとできるさ。友たる俺が保証してやるよ。」
「……!……っ、ぅあ……!」
俺が贈るべきは、祝福でも憎悪でもない。
「さあ、往け。お前の人生が待っているぞ。さらばだ、精々達者でな。我が友、鳴海一夜!」
そうして、俺は光と消える。彼の往く道が見れないのが心残りだけど、信じて逝くことにしよう。僅か数日ばかりの友がくれたものを、大切に抱きながら。今度こそ、失くさないように。