マリア様がみてる~"アポロンの薔薇"~   作:穂高

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#11 きっかけの別荘地6

(1)

 

———それは、運命か。或いは、偶然か。

 

 

高岡と出逢わなければ——。

綾芽ちゃんと出逢わなければ——。

祐巳さまが歌わなければ——。

 

 

———でも。

 

 

この別荘地に来たのも——、

リリアンでの出会いも——、

祐巳さまが歌ったのも——、

 

 

全ては私たちにも結びつく———。

 

 

私たちとの絆が——、出逢いが——、思い出が——、

 

あって然るべきというのなら、

 

 

 

———それは必然だったのかもしれない。

 

 

 

 

(2)

 

ステージの上で、瞳子は僅かに手が震えていた。

 

負けたくない気持ちはもちろんあるし、あの祐巳さまの力になりたい。足を引っ張りたくない…。

けれど、そんな想いが、瞳子を気負わせてしまう。

 

視線を前に向けると、憐れむ顔。嘲笑う顔。飽きれた顔。

先ほどの余韻に浸っているのか、こちらに気づきもせず興奮気味に会話を弾ませるものたち——。

それは、ザワザワと、一種異様な空間と化していた。

まるで晒し者のように前に出されて、怖気付くのもしかたないではないか——。逃げ出したい。

 

 

 

けれどそんな中、祐巳さまの雰囲気が変わった——。

 

聖堂の壁面に描かれる天使のような清廉さと清潔さを纏い、

今この瞬間、ただ一人、自由な存在としてそこにいる。

 

「瞳子、お姉さま。大丈夫」

 

「ほら」そう言って、二人の手を片方ずつ握る。

自然と促されるように瞳子と祥子さまも手を握った。

———三人で輪になる。

 

あたたかい…。

 

まるで世界が三人だけになったかのように——、

祐巳さまの想いが、祥子さまの気持ちが、握られた手から伝わって体に染み込んでゆく——。

『大好き』だと。『信じている』と。

 

そのいつまでも続くかのような静謐な雰囲気の中———。

 

気づけば会場の空気も変わっていた。

 

祐巳さまに、三人に、充てられたとでも言うように伝染する——。

 

 

瞳子はここが西園寺家の広間であることすら忘れた。

 

ゆっくりと手を離す———。

祐巳さまの微笑みを合図に、心は静かに凪、瞳子は耳を澄ませた。

 

祐巳さまと祥子さまがまるで一つに溶け合うかのように、綺麗に歌い出しが合わさった———。

荘厳さの中にも軽やかさのある神秘的な音色——と

純真な歌声が一対になって響きわたる。

瞳子は、体に溜めていた想いをゆるやかに放つ——。なだらかな弦楽の音色が手元から二人の音と合わさり、会場の隅々にまで広がる。

気持ちいい。

弾きながら、自然と笑顔を溢すほど、気持ちがいい。

「ゾーンに入る」というものを、瞳子は初めて経験した。体がゾクゾクと震える——。

 

今、この時、確かに誰よりも幸福の中にいることを実感していた。

 

 

 

You were there in everything I knew

From the moment I began.

(あなたはいつも私のそばにいてくれた。)

 

Always there in every way I grew -

Saved me falling, held my hand

(ずっと成長を見守ってくれた。)

(私が転ばないように手を差し伸べてくれた。)

 

You were shelter from the storm

The shadows fade away,

All cares pass away.

(あなたは私を嵐から守ってくれた。)

(やがて暗闇は消え、)

(私の憂いも消えた。)

 

————————————詩の情景が、走馬灯のようになだれ込む。

 

As hour by hour and day by day

Your love lightens up the sky

As it shines across the night.

(いつもあなたの愛が)

(夜空を照らしてくれた。)

 

Ave Regina caelorum decora

Virgo gloriosa, Ave

(大いなる空のもと あなたに幸運あれ)

(美しく 素晴らしい 未来をあなたに)

 

————————————————————想いが溢れる。

 

And when the end of day is come,

Stay with me through the dark and bring me home.

(一日の終わりが訪れても)

(暗闇が訪れても、いつも私のそばにいてください。)

 

You are there - whichever way I go,

Keep me safely - night and day

Always there - whenever I am alone,

Hear me calling - show the way.

(私がどこへ行こうと、あなたはそばにいてくれる。)

(昼も夜も、私を守ってください。)

(独りぼっちのときは、いつもそばにいてください。)

——————————————————これは、私の願いだ。

Stay with me through the dark and bring me home

(暗闇が訪れても、いつも私のそばにいてください。)

 

 

———どこからか、息を飲む、音がした。

 

その希望と愛に満ちた歌声は誰もが惹きつけられずにはいられなかった——。

人の魂に呼びかけるかのように優しく、透き通って、沁み渡る——。

心が洗われた。

最初の雰囲気が嘘のように涙を流す者もいる。

それは祐巳さまに導かれるように、祐巳さまによって引き出された感覚だった———。

 

 

 

「想像以上だよ。祐巳さん」

 

 

 

静寂の中、初めに空気を揺らしたのは男のそんな言葉だった。

 

 

 

(3)

 

「きみと、正式に交渉がしたい」

 

未だ続くパーティの喧騒から離れた一室。

客の休憩用にとあてがわれた部屋で、西園寺夫人の趣味であろう華美なソファに腰を下ろした男はそう言った。

 

「いきなり何ですの?」

 

「きみまで呼んだ覚えはないんだけどな?」

 

食ってかかる瞳子に対し、男、高岡は皮肉げに返す。

たしかに、私は呼ばれてはいないが、あの状況で付いて行かない選択はない———。

 

 

瞳子たちの演奏が終わると、一瞬の静寂の後、多くの感嘆の声に迎えられた。あの従姉妹たちも気まずげに目を逸らしたものの、その後は妙に潮らしくしていた。

曾お祖母さまに涙ぐみながらありがとう、と声をかけられ、とても幸福な気持ちに満たされたまま、気持ちよくお暇しようとしていた。

もう用は済んだのだし、あとは別荘に戻って、祐巳さまと祥子さまと三人でゆったりとした時間を過ごしたい。——そう思っていたのに。

 

高岡が祐巳さまを引き留めた。

 

「重要な話があるから少し時間をちょうだい」といって。

「帰りは俺が送るから、君たちは先に帰るといいよ」といって。

 

こんな謎多き男に祐巳さまを預けて、はいそうですか。と帰るわけがないだろう。

祥子さまだって、せっかくこの男の存在を忘れていたのに。一瞬にして出会い頭の会話を思い出してしまわれた。

しかも、祐巳さまが了承したものだから——。

———となると、もちろん「私も残る」となるわけで、二人きりにするはずもない。「どうしても祐巳と話したいのなら、私も同席させること」というのを条件に、瞳子もそれに乗っかる形で、今この状況になっている。

 

「交渉というのは、そちらの芸能プロダクションに関連することでしょうか」

 

祥子さまが警戒も露わに高岡を問い詰める。

 

そもそもこの男が超有名歌手なんか連れてこなければ、余計な気苦労もなかった。どういうつもりかは知らないが、それをおくびにも出さず親しげに話しかけてきたのかと思うと、いい印象はない。

 

「うーん、そんなに急がないでよ。順序ってものがあるんだから」

 

高岡ののらりくらりとした態度は祥子さまを苛立たせる。

 

「順番などどうでも良いのです。最終的な目的をおっしゃって下さい」

 

それは聞きたいようで聞きたくないことでもあった。

おそらく祥子さまの予想通りだから——。

この一週間での様子を見る限り、祐巳さまはこの男のことを嫌っていない。それどころか、興味を持っている。

もし、そのまま高岡の元へと行ってしまったら、行きたいと言われたら、瞳子はどうしたらいいのだろう——?

 

「——高岡さん」

 

今まで大人しくしていた祐巳さまが、静かに会話を遮った。

 

「なんだい?祐巳さん」

 

高岡は祐巳さまに対すると楽しげにほほ笑む。

 

「私のことを試していたんですか?」

 

「うん、そうだよ。と言ったらきみは怒るかい?」

 

少しも悪びれることなく、むしろ挑戦的な瞳で祐巳さまを見つめている。怒らせたいのだろうか——。彼はまるで祐巳さまの一つ一つの反応を観察しているかのようだった。

 

「いいえ、ただ、私の大事なお姉さまと妹を巻き込まないで下さい」

 

祐巳さまは高岡に取り合わなかった。

それでも高岡は、何が楽しいのか、ますます笑みを深める。

祐巳さまの感情は読めない。

高岡に呼び止められた時から、少し眉を顰めたまま無表情に近い。

けれど、何でも顔に出てしまう祐巳さまが感情を隠しているとは思えない。複雑に思考が絡み合い、本人にも分からないのかもしれない。

 

そうして「用は済んだので帰りましょう?」と立ち上がった。

 

———瞳子は不思議に思った。

祐巳さまは高岡の話に興味を持っている。だから、付いてきたのではないのか?だとしたら、こんなシャットダウンするかのように帰ってしまっていいのだろうか?

もしかしたら本当に一言文句を言いたかっただけかもしれない。

けれど、もし、私たちがいるせいで祐巳さまが本音で行動できないのなら?———そうは思うものの、祐巳さまを取られたくない、という想いが結局瞳子の口を噤ませた。

 

 

「きみは今のままで本当にいいの?」

 

扉を出る間際、

祐巳さまがビクッと反応した。

 

———「ごめん。言い換えるね」

 

 

「今の環境に甘えたままで本当にいいの?」

 

 

それは脳によく響く低い声だった。

 

 

 

 

———空気が透き通り、夜空いっぱいに星々が煌めいている。

 

己の存在を主張する数多の星々を眺めながら、シン——、と静まる車内を思う。

言いたいことや聞きたいことが沢山あるはずなのに、誰も言葉を発さない。あんなに幸福な気持ちに満たされた時間は幻だったのだろうか——?

 

けれども、自分の言葉が、何かを壊してしまうのが怖かった。

 

瞳子はふと、隣の祐巳さまを見やる——。

窓の枠に肘をつき、ぼんやりと空を仰いでいる。

 

彼女はその瞳に何を映しているのだろう?

 

同じはずの景色を見ながら瞳子はそんな風に思った。

 

 

 

 




やってた人にしか分からないリアリティってあると思うんですけど、それを素人が表現するのは難しいのと申し訳ないのとで……すみません。
過去編が終わりましたら、オリキャラをまとめます。
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