マリア様がみてる~"アポロンの薔薇"~   作:穂高

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#02 —後編—

(1)

 

 四月八日、福沢家では、朝から家族四人そろって、テレビの前に鎮座し、その時を今か今かと待ちわびていた。マネージャーさんの話では、朝の八時頃のCMからということだったので、もうすぐのはずだ。

 

 「お母さん、録画の準備はできているのか」

 

 お父さんがそわそわしながら、お母さんに聞いている。これで五度目だ。

 

 「もう、お父さん。大丈夫ですよ。何度も言っているでしょう」

 

 お母さんも聞き飽きたのか、呆れた顔で応じる。

 

 「そうだよ。別に祐巳が映るわけじゃないんだから。声だけだろ~」

 

 そんなことを言いながらも祐樹だって落ち着かない様子なのは、突っ込まない方が良いのだろう。私は、ただだまってテレビを見つめる。――――――CMが切り替わる―――今人気の若手女優が、たおやかな髪をなびかせ優雅にほほ笑む映像とともに、祐巳の歌声が流れた。

 

 

 「――――――って!!!?どどど、どうしたの!??」

 

 私は感動のあまり、夢じゃないかと少し呆けてしまっていたが、気になってみんなの様子を窺い見ると―――なんと、両親が涙を流し、祐樹まで瞳を潤ませているのだ。

 

 「どうしたって、感極まって泣いているのよ。当たり前じゃない」

 

 「そうだよ、祐巳ちゃん。うぅ、祐巳ちゃんが芸能人にぃ~。遠くに行かないでくれよ~」

 

 「へぇ~。いい歌じゃん」

 

 よくわからないが、みんなも感動してくれたみたいだった。

 

 「へへへ~。なんか照れるな~」

 

 そんな風に、しばらく家族でわいわいしていたのだが、ふと時計をみれば、もう八時半。

 

 「ああーっお母さーん!もう時間ないよ~っ」

 

 「あら、入学式って何時からだったかしら?ぎりぎりじゃない!!?急いで準備しなさい!!」

 

 そう、今日はもう一つ大きなイベントがあった。祐巳のリリアン女子大学入学式だ。

 

 

 (2)

 

 「なんとか間に合ったわね」

 

 本当にとてもぎりぎりだった。お父さんが車をとばしてくれたおかげで入学式に遅刻という事態はふせげた。が――― 

 

 「二人とも、大学の入学式なんて付いて来なくてもいいのに」

 

 二人が出席するのは予想外だった。座って話を聞いているだけだから、つまらないだろうに。どんなものでも娘の晴れ舞台はしっかりと見届けたいのだという。正直うれしいが、両親同伴というのは少々恥ずかしい。

 

 「祐巳ちゃん、式の後はどうする。何か食べに行くか」

 

 お父さんが、私の照れ隠しの発言を無視して、今後の予定を聞いてきた。これから忙しくなるだろうから、なるべく家族との時間も大切にしたいのだが、今日はだめなのだ。今日は式の後に大事な人との約束が入っていた。

 

 「ごめんなさいっ。今日は祥子さまと約束があるの」

 

 本当に申し訳なく思っているのか怪しいほどの弾んだ声色で答えると、二人もそれならば仕方ないという風に、ほほ笑んで「行ってらっしゃい」といってくれた。

 

 

 

 入学式も終わり、ぞろぞろと帰って行く集団の並にまぎれて、祥子さまとの待ち合わせ場所である〇〇駅の西口へと急いで向かう。手足はきびきびと動かしつつ、頭ではこの後の祥子さまとのデートに思いを馳せていた。今このとき、祐巳のすべての身体機能は祥子さまのために働いている。―――と、聞き覚えのある声に呼ばれ、後ろ髪を引かれる思いで、意識をそちらへ向ける。

 

 「祐巳っ!」

 

 アリサたちだった。よくこんな大勢の並の中で見つけられたものだと感心していると、祐巳は目立つからなんて言われてしまう。また百面相をしていたのだろう。それにしても、目立つとは…まさか急いだせいで身だしなみがぐちゃぐちゃなのか…人目を引くほどに。これからデートなのに祥子さまに申し訳ない。祐巳はがっくりと肩を落として落ち込んだ。

 

 「ねぇ祐巳、聞いてる?もう~だからあ、この後空いてない?私たち、一旦家に帰って着替えてから合流して合コン行くんだけど、祐巳も―――」

 

 アリサたちが何やら話しかけてくれていたが、先ほどからネガティヴな思考が脳を廻っていた祐巳には、まったく内容が届いていない。適当に相槌を打とうとする―――と、突然アリサの声が遮られた。

 

 「祐巳っっ!!」

 

 祐巳にとって、その声は何よりも優先的に耳に届くものだった。祐巳の意識はすっかりクリアになり、瞬時に声の元へ顏を向ける。――――敬愛して止まない、祐巳の大好きな大好きなお姉さま。彼女がすぐそこでほほ笑んでいた。

 

 「お姉さま!!」

 

 アリサたちのことも忘れて、祥子さまに駆け寄る。

 

 「えっちょっ!祐巳!合コンはっ??」

 

 「へっ!?あっ!ごめん。今日は無理!またね、みんなっ」

 

 祐巳は一瞬だけ振り返り、申し訳程度に応えると、そのまま二人でホームへと足早に去って行った。

 

 

 (3)

 

 駅の柱にもたれながら、祥子は祐巳を待っていた。もうすぐ入学式が終わる。祐巳と会うのは本当に久しぶりだ。電話などはけっこう豆にしていたけれど、祐巳は大学の準備やデビューの件で忙しいし、祥子もまた、小笠原グループの一人娘として、パーティに参加したり、仕事を手伝ったりと多忙な日々を送っていた。

―――祐巳は、これからますます忙しくなるのよね…。今日の朝、祐巳の歌う曲が流れるCMを見た。あの子から、今日だと聞いてはいたが、実際、公共の電波で祐巳の声を聴くというのは…、なんだか祐巳が遠くへ行ってしまうように感じて、どうすることもできない焦燥に駆られた。祥子は空を見上げ、頭を左右へふる。嫌な予感を振り切るために。今日のデートは祐巳のお祝いだ。CMと入学二つ合わせた。これから楽しいことが待っているというのに暗くなっていてはいけない。―――とそこに、やっと式が終わったのか、スーツを着た学生がぞろぞろと駅へ向かってくる。祐巳はどこだろう。きょろきょろとスーツの集団を見回す。すると、すぐに彼女は見つかった。祥子は祐巳がどこにいてもどんな姿でも見つけられる自信がある。―――が、祥子でなくても今の祐巳を見つけるのは容易だろう。一人だけきれいな光をまとっているように思える。それは祐巳の素直で純粋な心の表れか―――それとも、容姿の美しさそのものの輝きか―――両方…というのが正解かもしれない。しばらく祐巳を眺めていると、ともだちだろうか、何人かの女の子が祐巳と話している。祐巳が近づいてくるに連れて祥子は待ちきれなくなり、お友達には申し訳ないが、会話の途中であろうとおかまいなく、大きな声で祐巳の名を呼んだ。祐巳はすぐに祥子の声に気づいて駆け寄ってきた。いつものように、あのお日様のような笑顔を向けながら。そんな祐巳の様子に、祥子の心は、ぽっと灯りがともったかのように温かくなった。―――のもつかの間。先ほどまで祐巳と話していた子が、‘合コン’などという単語を発した。祐巳は断ってはいるけれど、そんな言い方では、また誘われてしまうだろう。こんな不愉快な会話が成される場からはすぐさま立ち去りたくて、祐巳の手を少し強引に引き、ホームへと急いだ。

 

 

 (4)

 

 「…お姉さま。どうされたのですか」

 

 祐巳が不安そうに瞳を潤ませ、少し遠慮がちに訊ねてくる。それはそうだろう。あの駅から予約しておいたこのレストランに入るまで祥子は一切口を開かなかったのだから。最もそれは、なにか余計なことを言ってしまわないように祐巳を気遣ってのことなのだが、あまりよくなかったみたいだ。

 

 「なんでもないわ」

 

 祥子はそっけなく答えるが、祐巳が食い下がってくる。

 

 「なんでもないわけありません。私がなにかしてしまったのでしたらおっしゃってください。やっぱり、私の見た目が見苦しいからでしょうか…。急いでいたせいで、髪も乱れちゃいましたし。せっかくのお姉さまとのデートなのに…」

 

 そういうと、祐巳はうつむいてしまった。涙を堪えているのだろうか、肩が少し震えている。この子は、何を勘違いしているのだろう。よりにもよって祐巳の見た目が見苦しいなどと、誰が思うだろうか。そんな祐巳の鈍感なところも愛おしい。

 

 「ごめんなさい、祐巳。あなたは悪くないの。ただ、そうね。心配でたまらないのよ」

 

 「しん…ぱい?」

 

 自分のせいではないことに安心したのか、祐巳は顏をあげ、不思議そうに首を傾ける。

 

 「そう。心配。あなた、絶対に合コンなんて行ってはだめよ。分かっているわよね?」

 

 「なんだ~そのことですかあ~。行く訳ありませんよ。私に合コンって!似合わないと思いません?お笑い要員なんて嫌ですもん」

 

 祐巳は頭をかきながら、ハハハッと笑っている。―――頭が痛い。鈍いにもほどがある。この子は、今まで何人もの男に声をかけられたきたことを何だと思っているのだろうか。

 

 「あなただって、ナンパとかされるでしょう。そういう風に見られているってことよ」

 

 「それは、お姉さまとか瞳子とかが、あっ志摩子や由乃も!一緒にいたからじゃないですか~。私なんておまけですよ」

 

 なるほど…ね。祥子はため息を吐く。

 

 「とにかく、あなたは無防備すぎるのよ。もう少し危機感を持ちなさい!どこでなにが起こるか分からないんだから」

 

 少し、声音を低くして説いてみる。祐巳も心持ち真剣な表情になるが、納得できないという不満が滲み出ている。

 

 「……お姉さまも、他のみんなも、最近心配しすぎではありませんか?~~っ私だってもう大学生です!!お姉さま方には及ばないかもしれませんが、紅薔薇さまとして役目だって、一年間、全うしてきました。自分のことは自分でできます。…私が芸能会に入ることを不安に思っているのでしょうけど…私はっ!何も変わりません。それなのに…今までどおりにみんなと仲良くしたいのに。~~っそれではいけないのですかっ」

 

 祐巳が一気に捲くし立てる。嗚咽をもらしながら…。普段あまり見られない祐巳の様子に、祥子は唖然とした。

 

 「…祐巳。そうじゃないわ。あなたはまだ何もわかっていない。有名になるということがどういうことか……」

 

 「うっ…くっ…そんなこと…っありません」

 

 だめだ。今の祐巳では、何を言っても無駄だろう。それに、祐巳が泣いているのをいつまでも見ていたくない。

 

 「祐巳…。ごめんなさい。今日はいいわ。こんなことで言い争うために誘ったんじゃないんだもの。―――ほら、祐巳泣き止んで。おいしい料理が冷めてしまうわよ。っはい!あ~~~ん」

 

 祥子は、なんとか場の空気をまぎらわせようと、少し恥ずかしいまねをしてみる。

 

 「えっうっちょっっお姉さま!!」

 

 祐巳が驚いてわたわたし始めるが、照れくさそうにしながらも付き合ってくれた。

 

 「ふふっ!一度やってみたかったのよ。いいわね、これ」

 

 祥子は、うれしくなって祐巳に微笑みかける。

 

 「………………はい」

 

 顔を真っ赤にしながらも、祐巳も同意する。本当にころころとよく表情が変わる。さっきまで泣いていたというのに。昔から何も変わらない。―――素直で優しい子。それを好ましく思うし、いつまでもそのままでいてほしい。けれども、あまりにも祐巳は無防備で、誰にでも心を開き、誰でも受け入れる。そんな剥き出しの状態では、祐巳は自分で自分自身を守れない。今までは、リリアンというある種閉鎖的な空間に守られていたし、周りも純粋培養のいい子たちばかりだった。でも、これからは――――――。祥子はその身にうづく不安な想いを押し殺す。せっかく祐巳も元気な様子に戻ったのだし。

 

 「ところで祐巳。入学おめでとう。それから、朝CM見たわよ。―――きれいな歌声だった」

 

 祥子がそういうと、祐巳はうれしそうに、にへらと笑ってお礼をいった。

 

 「それでね。これ、私からのお祝いなのだけれど」

 

 祥子はバックから綺麗にラッピングされた小さな長方形の箱を取り出し、祐巳へと差し出す。

 

 「えっそんな!申し訳ないです!ランチだってご馳走になっているのに」

 

 祐巳はなかなか受取ろうとはしない。そう来ると思っていたけれど。

 

 「いいのよ。私が好きでしているのだから。それに、受け取ってもらえないと悲しいわ」

 

 そういうと、祐巳は、おずおずと祥子の手から箱を受け取り、開けてもいいかと訊ねてきた。祥子がうなずく。祐巳はそっと、丁寧に包みを剥がし、折りたたんでバックに入れてから、再び箱を手に取り、緊張しているのかおそるおそるふたを開ける―――そこには、ロザリオを半分にしたような『ト』のかたちをしたモチーフのネックレスが入っていた。それは、祥子が今しているネックレスの片割れだった。

 

 「お姉さま。これって…」

 

 祐巳は目を見開いて、祥子の首元と自分の手元のそれとを交互に見比べる。

 

 「私のと対なの。…気に入らないかしら?」

 

 「そんなわけありませんっっ!!!すごく!…すごく、うれしいです。お姉さま」

 

 祥子は少し意地の悪い聞き方をすると、祐巳は首をぶんぶんと振ってから、とてもかわいらしい笑顔を見せてくれた。安心したのと同時に祐巳の反応に心が満たされる。

 

 「あのロザリオはもうないけれど、私と祐巳はいつまでも変わらない絆で結ばれている。これはその証」

 

 「いつまでも…変わらない」

 

 祐巳はまるでその言葉を胸に刻みつけるかのように、繰り返しつぶやいた。

 

 

 

 きれいに料理を食べ終えた二人は、最近できたというショッピングビルでウィンドウショッピングをして楽しんだ。店内はとても広く、上の階から順番に全部を見て回るとあっという間に時間が過ぎた。外はもうすぐ日が落ちる。祥子は現在、大学の近くの2LDKの小笠原名義のマンションで一人暮らしをしているため時間をきにしなくても良いが、祐巳は夕食を家族と食べることになっていたため、今日はここまでだ。帰りはそれぞれ反対方向の電車だった。

 

 「お姉さま。今日は本当に楽しかったです。それから、これ、大事にします。」

 

 改札の前、祐巳はさっそくつけてくれていたネックレスをうれしそうに見つめながらいう。祐巳の首元できらりと光る銀のそれが、私が側にいない間も少しでも祐巳を守ってくれるように。ネックレスに込められたもう一つの想い。祥子は祈りを込めて祐巳の視線の先を見つめた。

 

 「それじゃあ、また明日学校で、会えるといいわね」

 

 「はいっ。ごきげんよう。お姉さま」

 

 「ごきげんよう。祐巳――――――」

 

 




 祐巳も祥子さまも今後どうなっていくことやら…

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