マリア様がみてる~"アポロンの薔薇"~   作:穂高

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#22 とある兄妹の事情

(1)

 

「ふあーーー」

 

朝の日差しが差し込む車内で、祐巳は大きく伸びをした。

 

「ユミさん、寝不足ですか?」

 

私の不摂生を危惧してか、嗜めるように言うのはマネージャー。

 

「ん?違います〜日曜の朝に早く起きるのは慣れてないだけです」

 

祐巳は疑われたことへの不満を表す。

それに。

マネージャーのこの快適な運転も一因にはあると思うのだ。

 

「なら結構です」

 

それなのに、ピシャリと祐巳の不満もシャットダウンされてしまった。彼女が神経質になっているのは、今から撮るのがホームページという名の宣材用の写真だからである。『ユミ』に興味を持った人たち。またはその写真を見て『ユミ』を知る人たちの印象を左右しかねないから、と。

今日に限らず、撮影の度に言われてきたことだから、祐巳も覚えてしまった。…言葉を覚えるのと理解するのとは違うけれど。

写真を撮られる、という事がどうにも苦手なのである。盗撮なら撮られ慣れている(それもどうかという話だが)し、蔦子さんによると良い被写体ならしい。でも、それは祐巳の意識の外で行われていたことで、予め、今から撮るのでよろしく!という状況はどう構えればいいのか分からないのである。

 

「着きましたよ」

 

解決策も浮かばない内に、もう今日の撮影場所。

都内のスタジオに到着してしまったようであった。

四角い倉庫のような建物、とは言っても真っ白でどことなくお洒落な感じは漂っている。

外の階段を登って二階の扉をマネージャーが開ける。

 

「おはようございまーす」

 

祐巳も彼女に倣い、足を踏み入れ、挨拶を

 

「おは————ん?」

 

しようとして、引っかかった。

何に?それは………

 

「あ!祐巳さん!今日はよろしくお願いします!」

 

綾芽ちゃんに。

 

 

 

パシャ…パシャ…パシャパシャパシャ…

 

「……あの、祐巳…さん、えーと、もう少し、あの」

 

「……」

 

うん、私も綾芽ちゃんの言いたい事はなんとなく分かるんだよ?

でも、分かるからって出来るわけじゃないんだ…ごめんなさい。

今までも雑誌の挿画程度の撮影と、なんか色々エフェクトで誤魔化したらしいCDジャケットとかポスターの撮影で、散々見てきた同じ反応。

 

「…分かりました…祐巳さん!いったん休憩しましょう!」

 

綾芽ちゃんがそんな提案をしてくれる。

 

「でも、いいの?…時間とか…」

 

「今日はこの後兄の事務所で打ち合わせって聞きました。それなら全然大丈夫だと思います」

 

祐巳には何がそれなら大丈夫なのか不安なのだが、彼の妹である綾芽ちゃんが自信満々に言い切るので、従うことにした。どうせ続けても変化はないのだし。

 

スタジオの中程にある大きめのテーブルに、綾芽ちゃんと隣り合わせで座る。

 

「…私、おかしいなあって思ってたんです」

 

何が?と問うまでもなく、綾芽ちゃんは続けた。

 

「今までの祐巳さんの世に出た写真…もちろん祐巳さんは綺麗なんですけど…」

 

「被写体の抽象的な部分を表す美っていうか、そういった祐巳さんの魅力が全然伝えられてないって…」

 

さり気無く褒めちぎられている気がして、顔に熱が集まってしまう。

 

「例えば…」

 

パシャ …驚いた。

 

「ふふ。ごめんなさい。…例えば、今みたいな感じです。ほら?この祐巳さん凄く素敵でしょう?」

 

綾芽ちゃんはそう言って撮ったものを見せてくるのだが、同意し難い。

だけど、一つ確かなのは、今までの写真たちに比べると明らかに私らしさが出てはいた。

 

「写真は…私たち写真家が撮っているというより…被写体から与えられるものなんです…」

 

私が…与えるもの…。

私は、ただ受け身で、要求されるものにどう応えればいいのか悩んでいた…。

 

「…だから、変に写真家の要求に応える必要もありません。…祐巳さんのありのまま、今の想い、その写真で伝えたいことを考えてみて下さい」

 

私が伝えたいこと。

これは、私のホームページの写真。一度決めたらしばらく変えることのないもの、誰もが目にする…。たぶん、お姉さまや瞳子…由乃、志摩子、山百合会のみんな、家族…も——。

 

「私の仕事は、その熱を逃さずに捉えること。ただそれだけですから」

 

沸沸と、それは確かに、祐巳の内から湧き上がっていた——。

 

———伝えたい…皆んなに…私は大丈夫だ、と。

私の、決意と意志を…知って、もらいたい———!

 

「——っ」

 

「祐巳さん?」

 

祐巳はスッと立ち上がった。

身から滾る思いのままに。

 

 

「綾芽ちゃん、撮ってくれる?」

 

 

凛として、明らかに変わった、雰囲気。

 

 

周囲を取り囲むスタッフも目を留めた。

 

 

 

『ユミ』近い将来、その人気が爆発するであろうことを

 

 

 

そこにいた人々は予感したのだった。

 

 

 

 

 

 

(2)

 

「わー本当良い写真がいっぱい撮れましたーー祐巳さん素敵です!」

 

不得手な写真撮影も、終える頃には苦手意識はなくなっていた。

むしろ撮影中は、撮って欲しい!と、この想いを写して欲しい!と積極的に取り組んでいたように思う。

今振り返ると、若干恥ずかしさも過るのだけど。

 

現在、事務所に向かう車内では、なんでか綾芽ちゃんも同車している。

ルンルンと先ほどからとても上機嫌である。

 

「綾芽ちゃんは、お兄さんに用事?」

 

祐巳は疑問を口にしてみた。

 

「あっ、特に用事はないんですけど…早くこの写真を見せてあげたくて…ごめんなさい…私、ブラコンなんです…」

 

前々から思ってはいたけど、本当に仲の良い兄妹だ。

私と祐麒も一般的に結構仲の良い方だろうけど、この兄妹の仲の良さとは違う種類な気がする。

 

そんなことを考えている間に車はユニゾンプロダクション本社の駐車場に停められた。

 

地下から、高速エレベーターに乗り二十六階にある会議室へ向かう。

ここで打ち合わせをするのは五回目なので、まあまあ慣れていた。

でも、私の右隣に控えるマネージャーは緊張気味。そして左隣はウキウキと公園にでも遊びに来たかのような綾芽ちゃん。

不可思議な空間であった。

会議室に入り、席に着く。

私のプロデュースに関わる様々な人たちがここには集まっている。

 

それぞれに掛けられる声へと応えている内に、高岡さんが入ってきた。

みんな一斉に立ち上がる。

 

「社長。お疲れさまです」

 

この光景に祐巳は最初、唖然とした。

けれど今では周りに合わせて一応立っている。

高岡さんには、そんなことしなくて良いなんて言われたけれど、他の大人たちが立っているところ祐巳だけが座っているなど出来るはずもない。

綾芽ちゃんは駆け寄っていったのだけど、例外だろう。

 

「兄さん、見て!」なんて可愛らしく…ってカメラ!

 

祐巳は先ほどのものを見られてるのかと思うと、気恥ずかしくて顔を逸らしてしまう。

 

「おっ!なんだユミ。写真は克服したんだな」

 

そしてこちらに向けられる意味ありげな笑み。

写真は。この言葉の意味は、それ以外にもまだ克服しなければいけないことが山積みということ。

この男には、私の弱いところを色々と知られてしまっている。

 

「まっさすが俺の妹ってとこかな」

 

確かに綾芽ちゃんのお陰なのだけど、高岡さんに言われるのはいい気がしない。

 

「ははっ、そんな顔するなよ」

 

祐巳は先ほどから何も話していないのだが、高岡との会話は成立していた。百面相も便利なものである。

 

「じゃあ取り敢えず、まずは、今日集計される二週目のオリコンチャート…発表は二日後だけど、TOP10入りするだろうね」

 

おおー!と周囲から声が上がる。

オリコンTOP10…うれしい。半年前からデビューに向けて準備してきたものがちゃんと報われた、という意味では。

ただ、これは祐巳の実力というより、ここの優秀なスタッフや高岡さんの力だ。だから祐巳は浮かれたりはしない。

それに、数字と順位にイマイチ実感が伴わないというのもある。

 

「…なんだよ、ユミ。こんなんじゃ不満?」

 

高岡さんがニヤッとする。

 

「焦るなよ。ユミがまだまだこんなもんじゃ済まないことくらい分かってるからさ」

 

そしてなんだか嬉しそう。

そういう意味でもないのだけど…分かってからかわれてる気がする。

「おっ頼もしいね」と他からも弄られる。

いつの間に祐巳のこの立ち位置が定着したのか…。

 

「……」

 

高岡は、ふっと吹き出したあと、少し顔を引き締めた。

 

「それで、これからなんだけど——」

 

 

 

 

 

 

 

(3)

 

『高岡 涼平』

その名は、あるところでは持て囃されて。

そしてあるところ、というより俺の親族からは蔑まれる。

 

俺は高岡グループの総本家

高岡家の長男としてこの世に生を享けた。

高岡グループの創業は昭和の初期。俺の曾祖父が創業者である。

いまや日本の電機メーカーとして確固たる地位にあり、

その関係からか、映画・音楽分野にも重点を置いている。

様々な事業を展開しており、芸能プロダクションもその内の一部だ。

 

決して蔑ろにしている分野ではない。

ただ、『高岡 涼平』に求められたのはグループにおけるほんの一部事業のトップなどではなく、中核を支えんとする立場に立つことであった。

俺自身、幼い頃から厳しい教育を受け、なまじ優秀だったものだから、期待も相当高かった。ただ、この頃の俺には圧倒的に欠落しているものがあった。それが、感情。

高岡の教育方針は、合理的、理知的であれ。感情論で動くなど愚か者のすること。となんともまあ冷めたもので、それが徹底されていたのだから、致し方ない。

そんな俺がどこで変わったのか。

きっかけは、俺が十二歳の時。高岡家に第二子、つまり俺の妹である綾芽が産まれた。

父は子供に対し、愛情という意味での関心は薄い人で、特に綾芽は女であったため、それ以外の関心も与えられなかった。

ちなみに、俺の母親は体の弱い人だったらしく幼少期に他界している。だから、綾芽の母は後妻で綾芽が産まれるまで、俺とは殆ど接点がなかった。

妹が産まれた。何か不思議な思いが沸き立った。けれど当時の俺は、すぐにその気持ちを抑え、広い邸宅内、必要最低限でしか顔を合わすことすらなかった。

そんな淡々とした日々が、ある日、それは本当に予期せず、終わりを告げる。

 

その日も俺は学校から帰ると、自室の机に向かっていた。頭に叩き入れるべき知識が数多くあったのだ。この頃は、確か日替わりでいろんな分野の家庭教師が俺についていた。

ただ黙々と、当然こなすべきいつもの作業。

しかし、突如

コンコン とそこにいつもと違うモノが紛れ込んだ。

俺は不審に思いながらも扉を開けた。

 

「あっにいたま、あのね、おたんじょーびおめーとー」

 

一瞬誰もいないのかと思った。

だけど、遥か目線の下から拙く舌ったらずな言葉が聞こえた。

頭だけを下げて、その存在を見下ろした。

 

「これ、ぷれぜんとなの、にいたまに」

 

んーと懸命にその短い腕を伸ばし、俺に何かを差し出すそいつ。

よく見ると、それは四つの葉が付いた草だった。

 

「おかーたまがね、しあわせになれるっていってたの」

 

こんな草ごときで幸せになれるなら誰も苦労しない。

 

「にーたま、いつも、さびしそうだから…」

 

俺が、寂しそう?何を言っているんだ。

そして、ふいにぎゅーと俺の手を握り、その草を押し付けようとする。

 

そいつの手は暖かかった。

 

あまりにも必死なものだから、面倒くさくて、俺はその草をとりあえず受け取った。

後で捨てればいいと。

 

「にーたまがわらえるようになりますよーに」

 

それなのに、そいつは、俺に向かって満面の笑みを見せた。俺は、俺に、そんな顔を向けるやつなど今まで出会ったことがなかった。

俺が笑えるように。そんな言葉を残して、満足そうにたどたどしい足取りで廊下へと駆けて行ったそいつ。

結局俺は、夜になっても、次の日になっても、その草を捨てることは出来なかった。

それを手に取り、眺めていると、胸がむずがゆかった。

それ以来、俺はそいつを見かけると、つい目で追うようになった。

そいつが転ぶと、体が勝手に向かいそうになり、そいつが泣くと、胸が痛んだ。

そして、そいつが笑うと、俺の心は満たされた。

いつの間にか、構いたくなって、そいつも俺の後を付いてくるものだから、ますます目が離せなくなった。

気づけば、俺は、笑っていた。

 

 

迷信だと馬鹿にしたあの草は、確かに俺に幸せをもたらした。

 

俺は愛情というものを知った。

それは俺に全く違う世界を見せた。

今までただ無機質に眺めていたものに生を、キラキラとした輝きを感じるようになった。

 

俺は『人』というものに強く惹かれた。

『人』は人を変えることができる。

合理的には説明できないものが確かにそこにはあった。

心が躍った。胸が高鳴った。俺は『人』と関わりたい。そして見たいのだと。その内に秘めた無限の可能性を。

俺を突き動かしたのは『愛』そしていつしか俺の『夢』になった。

 

俺は求めた。

 

『愛』人でもモノでもなんでもいい。

何かに『愛』をもって懸命に生きるやつを。

人を突き動かす才能のあるやつを。

 

俺と『夢』を追ってくれるやつを。

 

 

だからユミ。

 

君は俺の理想そのものなんだ。

見せてくれ、その未知なる可能性を。

そして知らしめよう、世界に。

 

君なら

君と俺なら

きっとできるから。

 

 




高岡の独白…。私も祐巳ちゃん含めマリみてキャラたちの絡みを書きたいのですが、進行上必要かと思い、入れさせていただきました。
高岡はシスコン+祐巳への想いは重いという…。
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